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建国千年記念祭

  窓を閉め忘れたのか、外から入る風でカーテンがめくれた。僅かに射し込む朝日で微かに開いた右眼が焼ける。

  最高に不快な朝を迎えた。

  覚醒しきれていない意識のまま体制を起こす。 右眼を焼かれ、左眼しか使えない。ベットの上を膝で歩き、片目を閉じた状態で開いた窓に手を伸ばす。

  しかし、未覚醒の意識と片目の状態が相まって距離感が掴めない。

  不意に吹く風が再度カーテンをめくり、左眼の火葬も完了する。

  視界が完全に眩み、思わず右手で両眼を覆う。その瞬間、左膝がベットの上からコースアウト。

  バランスを崩した結果、世界が反転する。背中に感じた強い衝撃で意識が覚醒した。しかし、視界は未だに反転している。

  そして、唐突に自分が背中から落下した事を理解した。



 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈



  完全に意識が覚醒したジャイロは、部屋を出た後、階段を下った。

  木造の階段は一歩踏み出す度にミシミシと音を立てる。とは言っても耳を澄ませば聴こえるレベルの低度な家鳴りだ。

  いつもなら意識すらいないことなのだが、先の一連以降、妙な浮遊感が身体を蝕んでいるのを感じる。

  その所為で歩き慣れた自宅の階段でも慎重になってしまった。

  階段を下りた先にはリビングがあり、大きな木製の机の上には既に朝食が並べられている。


「おはようございます。お兄様。」


  リビングに踏み込むと同時に、透き通った声が鼓膜を震わせる。

  振り向いた先には、綺麗に整えられた黄褐色の長髪を持つ少女が一人。

  ジャイロの義妹のアナサー・ミーク。

  とても礼儀正しく、十五歳という若さで神童とまで言われる程の魔法の才を発揮している。


「おはよう。アナサー。」


  机には四つの椅子が備え付けてあり、そのうちの一つにはアナサーが腰掛ける。

  ジャイロはアナサーの隣の椅子に腰掛けた。

  眼前の料理に鼻孔が擽られる。

  二つのパンと熱々のスープ。プラスで切り分けられた果物が数種類ほど。

  至ってシンプルな朝食。しかし、果物は歪な形のものが多い。

  母の家系が代々果物屋の所為...もといお陰で売り物にならない程度に形が歪で少し傷んではいるが、果物が毎日食べ放題だ。


「いただきます。」


  真っ先にパンをひとかじり。一口目のパンは口内の水分を余さず持っていく。

  透かさずスープの皿にに手をかける。湯気の立つスープで口内を満たす。旨味を一身に流し込み、一息。


「匙があるんだから使いなさいよ。」


  台所から母が顔を出す。

  スープの皿を置いた音で反応したのだろう。

  アナサーと似た容姿、同じ髪色をしている。十五になる娘を持つにしては若い顔をしている。

  「そういえば」と言いながらジャイロは手を叩く。


「父上は?」

「人の話を聞かない子ね。」

「お父様はお母様の命でお店の手伝いに回っています。」


  小言を言う母の代わりにアナサーが応えてくれた。

  家庭の主導権はほとんど母が握っている。

  命って事は半ば強制だったのだろうと心底父に同情する。


「ところでお兄様。今日のご予定はございますか?」

「特にないが、なんでだ?」

「えっと、今日はその...非番なので一緒にお出かけでもと思いまして...。」



  膝をもじもじさせ、胸の前で両手の人差し指をつんつんしている。緊張(?)しているのか言葉の歯切れが悪い。

  普段あまり欲を言わないアナサーが蕪雑だが、こうして願いを乞いている。

  神童と謳われ、幼い頃から魔導士としての素質を買わて、殆ど毎日仕事に追われているアナサーが態々休暇を取ってまでお願いしているのだ。

  断る理由をなんてある訳ない。


「いいよ。たまには二人で街を回ろうか。」


  「やった!」と小さなガッツポーズを執るような仕草を見せると、勢い良く立ち上がる。


「ご馳走様でした!今すぐ部屋に戻って支度に取り掛かります。」


  気づいた時にはアナサーは既に朝食を完食していた。

  満面の笑みを浮かべながら部屋へ向かうアナサーを制止したのは玄関をノックする音だ。

  ノックと言うには余りに騒々しい。

  玄関ドアの向こうから微かに聴こえる金属が擦れる様な音も相まって、ノックの音は最早騒音に近いレベルだった。

  おそらく玄関の向こうにいるのは騎士だろう。


「アナサー・ミーク様はご在宅でしょうか。」

「アナサー、呼ばれてるぞ。」


  ジャイロが呼び掛けるとアナサーは苦い顔をしながら玄関へ足を運ぶ。

  溜息を吐きながらドアを開けて外に出る。

  しばらく玄関の向こうからアナサーと騎士数人の話し声が聞こえた。

  話が終わったのか声が聞こえなくなり、アナサーが再度溜息を吐きながらドアを開ける。


「すいませんお兄様。王女の護衛に付いてくれと団長に頭を下げられましたので行ってきます。」


  家に入ったアナサーは玄関の前で両手と膝を床につけ嘆いていた。


「そうか、大変だな。王女の護衛なら俺が行こうか?」

「いえ、お兄様の手を煩わせる訳には。それにそれだと休暇を取った意味がありませんので。」

「そ、そうか。」


  アナサーが不憫に思ったジャイロは慰めるように言葉をかけたつもりだったが効果がなかった。


「では、私は準備をしてから王城へ行きます。」

「わかった。気をつけてな。」

「はい、お兄様。」


  そう言ってアナサーは階段を駆け上がる。

  本当によくできた妹だとジャイロは思った。

  残った朝食を掻き込み、胸の前で手を合わせる。


「ご馳走様。美味しかった。」

「ジャイロは今からどうするの?」


  母が珍しくジャイロに予定を訊いた。


「どうって特に予定は無いけど。そういえば外が騒がしいね。アナサーも珍しく一緒に出かけたいって言ってたし、今日はなんかの記念日だったりする?」

「え!」

「え?」

「今日は国立千年記念日よ。」


  母は困惑した様子でジャイロを見る。

  まさか国を挙げての大イベントの存在をジャイロが忘れているなど思ってもみなかったという感じだ。

  当のジャイロもそんなこと初めて聞いたという表情を顕にしている。

  母は頭に手を当てた。


「そうか、国立千年か。母上、やっぱり俺は少し外を観て回るよ。」

「そう、楽しんでね。お金は必要?」

「いや、大丈夫。そんなに使う予定は無いし。それじゃあ、部屋で準備してくる。」


  部屋に戻ったジャイロは寝巻き姿から外出用の服装に着替えた。

  机に隣接したチェストから小銭袋を取り出し、腰に付ける。

  そして、チェストに立て掛けた木刀を手に取る。

  この木刀はジャイロが幼い頃、東の国で両親が買ってくれた思い出深い物だ。

  ジャイロ自身、木刀を甚く気に入っている。


  支度が終わったジャイロは窓を開け、足を掛けて身を乗り出した。

  窓の外には人が一人ギリギリ歩ける幅の通路がある。民家と民家の間にあるこの路地は人通りが無いに等しい。

  成人男性が落ちてきても気にする人はいないだろう。

  ジャイロは着地地点に人がいないことを確認すると、反対側の民家にぶつからないよう注意を払って飛び降りた。

  態々窓から飛び降りる必要も無いのだが、玄関から出るよりも階段を下りる手間が省ける上に、この道を通るとなんか抜け道感があって気分がいい。

  一つ問題があるとすれば窓が全開なので防犯対策がガバガバだと言う事だ。

  まぁそこは「伯爵家から盗みを働く命知らずはそういないだろう」と高を括っている。分家だけど。

  狭い路地を三回曲がった。

  重度の方向音痴であるジャイロでも、流石に何度も歩き続けた道で迷う事はあまり無い。

  大勢の人の足音や話し声が聞こえてくる。表通りが近い証拠だ。

  路地の出口が見えてきた。大勢の人が横切っていく。本当に今日は記念日らしい。


  路地を出ると人々の熱気を感じた。

  日が差しているというのもあるが、単純に活気に溢れている。

  ここは王城が近くにあり、王都の中でも更に都会の中心地。数えるのが面倒になるほどの人混みだ。

  店はこの機を逃す手はないと商売に心血を注いでいる。

  通行人もその熱に当てられて浮かれ騒いでいるようだった。

  ジャイロは一刻も早くこの人混みから抜け出すにはどうすれば良いか考えていた。

  このまま踵を返してもう一度路地に入り、人の少ない所まで歩くという考えも浮かんだが直ぐに却下した。

  自分が路地を歩くと迷子なる事はジャイロも自覚している。

  前には人混み、後には迷宮。


「詰みだな。」


  ジャイロは考えることを放棄し、人混みに流される事を選んだ。



 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈



  フェリィ王国中央都市外れの荒野に一人の魔族がいた。

  魔界から遥々やってきたその魔族は地面に魔法陣を書いている。

  自身の手をナイフで切り、書いた魔法陣に血を垂らした。


「魔界に住まいし同胞よ。我が血を媒介にこの地に顕現せよ。」


 魔族が詠唱すると魔法陣が裂け、その裂け目から計十匹の魔物が現れた。


「よく来てくれた。今からお前らを私の空間魔法でフェリィ王国王都に送る。そこで王族を攫ってこい。」


  魔族は魔物達に命令を下すと十匹の内九匹を魔法で飛ばした。

  残った一匹は大きな鳥型の魔獣だった。


「私の魔法ではお前ほどの巨体は送れん。悪いが自分で飛んでいってくれないか?」


  魔獣は特に返事を返すこと無く飛び立って行った。

  飛翔の風圧だけを残して。


「前線国の王族を殺し『結界侵攻』を成功に導けば私も魔帝十三将の一人に...!」


  誰もいない荒野には高々に笑う魔人の声だけが木霊した。



 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈



  騎士団の隊服を身につけたアナサーはフェリィ王国王城の王女室前まで来ていた。

  王女室の扉をノックする。アナサーのノックに応えるように部屋の中から「どうぞ」と声が聞こえてきた。

  しかし、声は女性のものではなかった。

  アナサーが扉を開けると、そこには鏡の前で髪を解いている王女とそれを見守る王国騎士の騎士団長ナルタ・アスリスが居た。

  ナルタも王女の護衛に駆り出されたのだろう。


「失礼します。」


  そう言って部屋に一歩踏み出すと改めてこの王女室が広い事を実感した。

  そこは流石に王族と言うべきか間取りが贅沢極まりない。

  部屋に無駄な物は無く、家具の配置も整っており、収納も腐るほどある。それに存在感の大きなベッドが一つ。

  これらも部屋が大きく見える要因だろう。

  王女はクシを置いてアナサーを方を向いた。


「今日は非番なのに来てくれてありがとう。団長さんだけでも事足りると思うのだけれど、父上が外に出るならBランク以上の護衛を二人以上付けろと聞かなくて。今日は『結界侵攻』もあって騎士が足りなかったの。わかってくれると嬉しいわ。」

「いえ、元々無理言って休暇を要請したのはこちらですから気負う必要はありません。団長さんは前線に行かなかったんですか?」

「いや、俺はアナサーの代わり、というかジャイロの代わりに王女の護衛に就くことになったからな。それに向こうはテトラ達で事足りるだろ。」


  二人の会話の最中に身支度を終えた王女は綺麗に編んだ長い金髪を揺らしながら椅子を立った。


「それでは行きましょうか。」


  王女がそういうとアナサーとナルタは「はい」と返事を返して王女の後に続いた。

  城を一歩出ると街は熱気に包まれていた。城の外はまさに別世界だった。


「暑いですね。」

「街が活気に満ち溢れているのはとてもいい事ね。女王としてとても喜ばしく思うわ。」


  暑いと文句を言うナルタを尻目に国民を第一に考える王女を見て「やはり一刻の王女は度量が違う」と感じるアナサー。

  しかし、暑いと言うとは同感で自分と王女に軽い氷魔法をかけ体温調節する。


「寒かったら申してください。」

「ええ。」

「寒い?あっ俺にも氷魔法かけてくれよ。」

「3人分は魔力消費が大きくて疲れるので嫌です。団長は騎士なんですからちょっとは我慢してください。」


  アナサーが使っているのは二人分の氷魔法だけでなく、周囲の魔力反応を感知する魔法『魔力感知』も使用していた。常に警戒を怠らないよう精神をすり減らし、『魔力探知』により魔力も減り続けている。ナルタに魔力を割くほどの余裕がなかった。


「ところで王女様、今日の行き先はお決まりですか?」

「とりあえず街を歩いて国民の楽しむ姿を見てみたいわ。」

「わかりました。」


  王女が先頭を歩き、その後に二人が続いている。

  道の真ん中を歩いているにもかかわらず、この人混みの中誰にもぶつかっていない。

  王女が先頭を歩いているお陰で民衆が道を開けているのだ。

  これだけスムーズに探索できているなら一周して王城に戻ってくるまで王女の体力も持つだろう。

  そうほっとしていた矢先。アナサーの『魔力感知』に魔物の反応があった。


「団長さん!反応です。」

「わかってる。」


  ナルタとアナサーは付き合いが長いだけあって「反応があった」という一言で状況を理解した。

  ナルタは足の踏み場に違和感を覚えすぐ近くの王女を抱えて、アナサーと同時にその場から飛び退いた。

  すると、三人が居た場所にはクレーターの様な綺麗なすり鉢状の穴が空いた。穴の中の土砂が中心に向かって収束している。

  通路の真ん中だったが道が広いため露店には影響がなく人民も王女に道を空けていた為被害は出なかった。

  ナルタは周囲の安全を確認すると王女を下ろした。


「あれはテキラサイトです。あの穴に入ると本体のいる中心まで沈んで餌食になります。限界がありますが少しずつ広がっていくので店が沈む前に倒したいですね。」

「敵はこれだけか?」

「いえ、地下に八体ほど」

「地下?」

「恐らく空間魔法でしょう。規模が小さく精度もお粗末なのでCランクかそこらの仕業かと。」

「その主犯らしいのは後で騎士団を編成して探させる。今はこいつらをどうするかだな。」


  話している間に土に埋まっていた魔物達が出てきてしまった。その大半はゴブリンであった。

  しかし、ゴブリンはさほど問題では無い。出てきた直後にアナサーが風魔法で二体捻じ斬ってしまった所為で腰が抜けている。

  問題はゴブリンと一緒に一体だけ出てきた悪魔。

  身体は真っ黒。頭に二本生えた角が特徴的で常に浮遊している。

  小型だが呪いを得意とする悪魔族は民衆に被害が出しかねないため早急な対処を要求されていた。


「私はゴブリンを制圧します。団長は虫と悪魔を」

「いや、ゴブリンは俺が制圧する。」

「悪魔は外せませんよ。魔法防御が高いので私がやろうと思えば街に被害が出ます。」

「わかった。だが虫はやってくれ。俺は虫が大の苦手なんだ。貧民街時代に食い扶持がなく餓死しかけた時ですら目の前のコウロギを」

「はいはい、わかりましたから早く仕事してください。」


  王国騎士の騎士団長が虫が苦手という理由で年下の女の子に魔物狩りをさせるという状況呆れるアナサー。

  民衆は逃げて行ったがもし聞いていれば騎士団の株が下がっていたところである。

  早速、ナルタは穴を避けつつゴブリンを狩った。アナサーが殺した二体を覗いて計五体を叩き斬る。

  EランクのゴブリンではBランクのナルタに歯が立たない。

  ナルタのゴブリン狩りを他所にアナサーは平然とテキラサイトの巣に入っていく。

  穴の中心部に着くと、テキラサイトのハサミのような大顎を掴み、引き抜いた。


「テキラサイトの巣は弱点の腹を隠すためのもの。顎は強靭だけどそれ以外は弱く薄い外殻でしか覆われていない。」


  アナサーはテキラサイトをそのまま空中に投げ、胴体を風魔法で真っ二つにした。

  落ちたテキラサイトの死骸は自身の巣に沈んで行った。

  アナサーも膝下まで沈んでいたが土魔法で崩れた土を上書きし、足を引き抜くついでに道を元通りに修復した。

  残るは小さな悪魔一匹のみ。


「団長さん。そろそろ終わりましたか?」


  そう言いながらナルタの方へ視線を向けると、刃こぼれしまくった剣を持って悪魔と見合っている。


「どうしたんです?その剣。」

「わからん。悪魔を斬ろうと思ったら刃こぼれしていた。」

「悪魔は呪いを得意とする魔物です。きっと刃こぼれの呪いでしょう。低ランク武器にダメージを与える呪いです。その剣何ランクですか?」

「...Fランク。」

「えー、よくその剣でゴブリンを一刀両断出来ましたね。」


  呆れと関心を同時に顕にしたアナサーだが、この悪魔をどう倒そうか頭を悩ませていた。


「団長さんの拳骨は何ランクですか?」

「俺、悪魔触るの嫌だぞ」

「冗談です。幸い人体に害のある呪いは無さそうですしこのレベルなら私が解呪できるのでお兄様が来るまで放置しましょう。お兄様を呼んでくるので王女様を見ておいてくださいね。」

「あぁ、任せろ。」


  小型悪魔を後にしジャイロを呼びに行こうとしたその時、バサバサという音と共に風圧を感じた。

  魔力感知に反応した時にはもう遅く、鳥型魔獣は既に王女を連れて飛び上がっていた。


「アナサー!」

「無理です。あの距離まで飛ばれると下級魔法では届きません。とは言え威力の高い魔法は王女にも被害が出かねません。」


  ナルタは刃こぼれした剣を振りかぶって鳥型魔獣へ向かって投擲した。

  剣は回転しながら正確に鳥型魔獣を捉えていたが、鳥型魔獣の周りに発生した風に弾かれてしまった。


「風魔法です。投擲の類は効果がないでしょう。」


  ナルタは「クソッ!」と吐き捨てる。

  盛っていた王国生誕祭は魔物の襲撃により一瞬にしてその賑わいを失ってしまった。

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