忘れ物
短編です
仕事を、仕事を片付けなくては。あの資料はどこだ、まずはこの計算を済ませないと。あぁ、忙しい。
忙しいが、一旦家には帰らないと。娘がお腹を空かせているかもしれない。妻は水曜日は帰りが遅くなると言っていたんだった。あぁ忙しい、忙しい。
「遅くなってごめんな、これ買ってきたから。お父さんまた会社戻るけど、いい子にしててな。お母さんすぐ帰ってくるから」
子供ながらに不服そうに頬を膨らませるけど、文句は言わない、無口な娘。こんなかわいい子を置いていかないといけないのは忍びないが、今俺が仕事を休むわけにはいかないんだ。
娘を置いて、家のドアを閉めた。妻に一応連絡を入れて、俺は急いで会社に戻る。このプロジェクトが終わったら、娘の好きなものを目いっぱい買ってやろう、遊びでも旅行にでもなんでも連れて行ってやろう。そう決意した自分の目じりからジワリと涙が零れ落ちる。歳をとると涙もろくなるなぁ。
それから一週間経っても帰れない。正確には帰っているんだけど、夜中に帰って、明け方出てくるみたいな帰り方で、娘にも妻にも会えていない。リビングに俺の洗濯物が溜まっていく。妻も忙しいんだ、早く自分の洗濯物片付けないと。
しょぼしょぼとした目を擦りつつ、会社で朝日を拝む。コーヒーでも飲むか。
「先輩、昨日も徹夜したんですか?」
「いや?昨日は一旦帰ったよ」
「そう、ですか、あんま無理しないでくださいね」
後輩は良いやつだ。でも俺は、無理なんてしてないよ、娘と妻を養うために頑張らないと。
自分の席に戻ると、上司から呼び出しがあった。
「君、少し休みたまえ」
「・・・え?」
解雇通知かと思ってビビったけど、どうやら労働基準法の改正で、有休を使わせないといけなくなったらしい。俺がいないと回らないプロジェクトはどうなるんだろう。
上司の圧に負けて、俺は久しぶりに定時に家に帰った。
まずはリビングに残ってる洗濯物を片付けようかな。
深夜だけど洗濯物を回す。以前怒られたんだっけ、深夜に回したら娘が起きてしまうだろうって。でも洗濯機の音、そんなに気にならないよなぁ。
だめだ、眠い。ここ最近眠れていなかったからな。
でも洗濯物を干さないと、あと、乾燥もまわして・・・。
気がついたら俺は洗濯機の前で寝てしまっていた。
「やばい、妻に怒られる・・・」
はたと気が付いた。妻と娘は、1年前に居眠り運転のトラックに轢かれて亡くなったんだった。怒られるわけがない。
「はは・・・・バカだな」
洗濯物を出して、干そうとしたら、洗濯ばさみを置いている棚の奥からメモが一枚落ちてきた。
[柔軟剤も使うこと!]
妻のメモだった。ごめん、忘れていたよ。
——会いたいな——
・・・。




