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忘れ物

掲載日:2026/03/13

短編です

 仕事を、仕事を片付けなくては。あの資料はどこだ、まずはこの計算を済ませないと。あぁ、忙しい。

 忙しいが、一旦家には帰らないと。娘がお腹を空かせているかもしれない。妻は水曜日は帰りが遅くなると言っていたんだった。あぁ忙しい、忙しい。

「遅くなってごめんな、これ買ってきたから。お父さんまた会社戻るけど、いい子にしててな。お母さんすぐ帰ってくるから」

 子供ながらに不服そうに頬を膨らませるけど、文句は言わない、無口な娘。こんなかわいい子を置いていかないといけないのは忍びないが、今俺が仕事を休むわけにはいかないんだ。

 娘を置いて、家のドアを閉めた。妻に一応連絡を入れて、俺は急いで会社に戻る。このプロジェクトが終わったら、娘の好きなものを目いっぱい買ってやろう、遊びでも旅行にでもなんでも連れて行ってやろう。そう決意した自分の目じりからジワリと涙が零れ落ちる。歳をとると涙もろくなるなぁ。

 それから一週間経っても帰れない。正確には帰っているんだけど、夜中に帰って、明け方出てくるみたいな帰り方で、娘にも妻にも会えていない。リビングに俺の洗濯物が溜まっていく。妻も忙しいんだ、早く自分の洗濯物片付けないと。

 しょぼしょぼとした目を擦りつつ、会社で朝日を拝む。コーヒーでも飲むか。

「先輩、昨日も徹夜したんですか?」

「いや?昨日は一旦帰ったよ」

「そう、ですか、あんま無理しないでくださいね」

 後輩は良いやつだ。でも俺は、無理なんてしてないよ、娘と妻を養うために頑張らないと。

 自分の席に戻ると、上司から呼び出しがあった。

「君、少し休みたまえ」

「・・・え?」

 解雇通知かと思ってビビったけど、どうやら労働基準法の改正で、有休を使わせないといけなくなったらしい。俺がいないと回らないプロジェクトはどうなるんだろう。

 上司の圧に負けて、俺は久しぶりに定時に家に帰った。

 まずはリビングに残ってる洗濯物を片付けようかな。

 深夜だけど洗濯物を回す。以前怒られたんだっけ、深夜に回したら娘が起きてしまうだろうって。でも洗濯機の音、そんなに気にならないよなぁ。

 だめだ、眠い。ここ最近眠れていなかったからな。

 でも洗濯物を干さないと、あと、乾燥もまわして・・・。


 気がついたら俺は洗濯機の前で寝てしまっていた。

「やばい、妻に怒られる・・・」

 はたと気が付いた。妻と娘は、1年前に居眠り運転のトラックに轢かれて亡くなったんだった。怒られるわけがない。

「はは・・・・バカだな」

 洗濯物を出して、干そうとしたら、洗濯ばさみを置いている棚の奥からメモが一枚落ちてきた。

[柔軟剤も使うこと!]

 妻のメモだった。ごめん、忘れていたよ。


——会いたいな——

・・・。

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