星の石
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たえなるは 星の石
天より来たる 地にともる
虹色のほうき星 尾を引いて
またたくは 瑠璃色のひとみ
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砂の都のトーリャの裏路地を、ベリルは走った。
ベリルの仕事は届け屋だ。トーリャの親なし子たちの多くがそうであるように、ベリルもそう。食べ物と住処を得るかわりに親方の元で小間使いをする。
ベリルのように、はしっこい子どもは下町で届け屋を営むギルタン親方が面倒をみてくれる。近所のバザールまでの簡単なお使いがてら、ベリルはあちこちに目を光らせて走った。
トーリャの路なら端から端まで、くまなく知り尽くしている。だから、見つけられないはずはない。きっと、あるはず。
――『城下に星の石が落ちたってさ。拾えば値千金。いまなら、城からたんまり褒美をいただけるそうだ』
今朝、親方のところへ来た客の誰かが話していた。
ベリルは、ほかの仕事を請け負いながらちゃんと聞いていた。
星の石。
たぶん、それは空から落ちた石塊だ。
そういえば、昨夜はいくつも流れ星をみた。そのうちのひとつが街に落ちたのだろう。
走り回っているあいだ、誰かが見つけたという話は聞かなかった。
であれば、まだ無事なはず。
(どこだろう)
今日は年が改まる暮れの日。たいていのバザールは買い物客でごった返しているし、ふだんならひとけのない神殿庭園も貴族による炊き出しがおこなわれている。
――年に一度は誰もが施しをせよと法典に定められているゆえに。
おかげでおいしそうな煮炊きの匂いにつられ、ベリルの腹はぐうと鳴ったが、いまはそれどころではない。
空から石が落ちて騒ぎにならなさそうな場所を考え、考えに考え抜いて都の外れをめざした。
そうして、あまりひとが立ち寄らない寺院跡地を訪れたとき。
「ベリル? どうしたの」
「! びっくりした。サティか」
ベリルは、ほっと胸をなで下ろした。
おんぼろ廃虚にしか見えない建物とその周辺部は灌木と草が生い茂り、獣も棲み着いている。
だからこそ、茂みをガサガサと鳴らして出て来た少女をじとりと睨んだ。
「探し物だよ。サティこそなんで」
「わたし? わたしは薬草を摘みに」
「こんなところまで!? 危ないだろ。女の子がひとりで」
「まあ、ありがとう。でも大丈夫よ」
クスクスと笑う、黒い髪を背中に垂らした少女は、ぽん、と腰に結んだ草の束を叩いた。
「これは、獣避けのセンギの葉。それに、ここにしか生えない薬草があるの。だから、親方様に言われるのはしょっちゅう」
「……大変だな。まじない師の婆が親方ってのも」
「エンリ様を悪く言わないで」
頬をふくらませ、今度はサティがベリルを睨む。
「わたしを引き取ってくださったかたよ」
「あー、悪かったって」
頭をかきながらすごすごと引き下がる。
ベリルは、ちらと空を見上げ、天頂を過ぎたばかりの太陽を確認した。肩から斜めがけにした届け屋の鞄からひとつ、つやつやとしたリンゴを取り出す。
ぽかん、と濃紺の瞳をまたたいた少女に、決まり悪げに呟いた。
「半分こしよ。昼、食べてないだろ?」
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ふたり、廃虚の手前にある古びた橋げたまで戻り、石枠に腰かけて並んだ。橋の下は乾いたレンガがまばらに残る運河の跡。
言い伝えによると、この辺りは昔は満々と水をたたえた、うつくしい景観だったらしい。
けれど、いまは『砂の都』と呼ばれるだけあって砂漠のど真ん中。当然運河なんてものはなく、水は貴重だ。
トーリャ城と大神殿。ふたつにしかない泉がこの街を潤す。
よって、水分はもっぱら果物で摂る。トーリャでは、スイカやメロンはすくすくと育つ――そんな事情があっても、寒冷地にしか実らないリンゴは珍しい。
ベリルはリンゴを皮ごとナイフで切れ目を入れ、真っ二つに割ってから半分をサティに渡した。
しゃく、と直接果実をかじるベリルに、サティはおっかなびっくり目をみはる。
「どうしたの。これって、高いんじゃない?」
「届け屋の特権。たまに分けてもらえるんだ。少しキズがあるからって、ただでもらえた。……あ、そっちは無瑕」
「ありがと」
ほんのり、はにかんだ笑みは幼いときそのまま。サティは礼を言って半分になったリンゴを両手に持ち、うれしそうに歯を立てた。
橋げたの下を風が通り、余波が彼女の髪と服のすそをなびかせる。
さっさと食べ終えたベリルは、少量ずつ噛みしめるように食べるサティを待ちがてら、探し物について話し始めた。
語りながら、昔を思って。
ベリルとサティは同じ養護院育ちだ。
赤子のころから養護院にいたベリルと異なり、サティは七つで施設にやって来た。やたらと身ぎれいな子だった。
ベリルにとっては、ほかに同年代がおらず、院長先生から「面倒を見ておやり」と言われた手前、何くれとなく気にかける習性がついた――その名残りだと思っている。
養護院の子どもは十を過ぎればそれぞれの適性に見合う奉公に出される。
ベリルは脚や機転の速さを買われ、商人連合のギルタン親方に。サティは思慮深さや賢さを買われ、希代のまじない師のエンリに。それぞれ引き取られていった。そのあとも、たまに様子を見に行っている。
……ベリルが。
リンゴを食べ終え、行儀よくハンカチで口元を拭いたサティは、ようやく話題に追いついた。
「星の石って。ベリル、まさか信じてるの?」
「えっ、嘘なの?」
「嘘……というか」
ううん、と困ったようにサティが人差し指で顎をつく。
「おとぎ話になぞらえた暗喩だと思うの」
「あんゆ?」
「暗号のこと。ねえ、お客さんってどんなひと? ほかに何か言ってなかった? ギルタン親方さんに」
「えーと……いい服を着てた。吟遊詩人みたいにひょろっこい、若い男。『星の石』の四行詩ってさ、おれらが子どものときに流行ったろう? 気障ったらしく歌ってたよ。いまなら城から褒美が出るって」
「……虹色の石なら持ってるけど」
「!! えっ」
「ほら。これ」
そう言ってワンピースのポケットを探り、差し出したサティの手のひらには一粒の宝石があった。大きさはサティの親指の爪ほど。陽光をきらり弾いて色を変え、幻想的で柔らかな輝きをたたえている。卵のかたちをしていた。
サティは、こともなげに首をかしげる。
「どうする? 持っていく?」
「え?」
「あげるわ。お金になるんでしょう?」
「いや、でも」
ベリルは唇を噛んだ。
お金は欲しい。もちろん欲しい。『値千金』がどれほどの価値かはわからないが、きっと豪邸が建つほどだろう。
でも――これは。
拾ったにせよ、そうじゃないにせよ、彼女のものだ。
暗号云々はさておき、持ち主である彼女がこれをポケットに無造作に入れつつ、肌身離さず持っているのならば。
賢い彼女のことだ。わけがあるのだろう。
(……)
ベリルは、ふいっとそっぽを向いた。
「きれいだけどさ。おれ、もっときれいな虹色知ってるから。いいよ、いらない」
「? それ、どういう……」
「内緒」
「もうっ!」
宝石を握りしめた拳でぽかぽかと殴りかかるサティに目を細め、ベリルは腰を上げた。
ふう、と天を見上げて息を吐く。
「エンリさんの用事、どうせまだあるんだろ? 手伝うよ」
「いいの? 届け屋の仕事は?」
「ない。どうせ暮れの日だ。ギルタン親方は午後から休みをくれた」
「そうなんだ」
「ふつう、そうだろ。明日は新年の祝だぞ? 人使いの荒いまじない師と一緒にすんなよ」
「エンリ様を悪く言わないでったら!」
「はいはい」
ぷんと怒ったサティは足音も高らかに寺院跡地へ。
歩きながら腰のセンギの葉を揉みしだいているのは、獣避けの匂いを強くするためだろう。
くせのある、つんと鼻をつく匂いに目をすがめ、ベリルは先をゆくサティの黒髪を眺めた。
――――覚えている。あの髪は昔、不思議な色をしていた。
彼女が養護院にやって来た、その日だけだ。よく手入れされた艶のある髪は陽光やランプの明かりを受けて虹色に見えた。
瞳を潤ませても泣いたりわめいたりしない、芯のある強い子だった。
院長先生に言われただけではない。ベリルはもっと、ずっと違う部分でこの子を守らなければと思っていたのだ。
(城……。跡継ぎの王女が偽物だったって、小耳に挟んだんだよなぁ。バザールで)
本物か、偽物か。それは石についても。
たんなる届け屋でしかない、物知らずなベリルには判断がつかないけれど。
たくさんの褒美をもらったら立派な家を構えて、一緒に暮らしたい少女がいるとは、とうてい言えない。
目をつむればいつでも胸に輝く。あの日、まだ黒く染めていなかったころのサティの髪を。変わらぬ宝石のような眼差しを。
さて、『星の石』とは。
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わさわさと草むらをかきわけ、果敢にサティは廃虚へと足を踏み入れる。
距離を維持しながら後を追い、ベリルは前方へと問いかけた。
「なあ! 瑠璃色ってさ、どんな色か知ってる?」
「……お、教えないー!!」
うわずった声には戸惑いと照れ隠し。
またたく星をとじこめた珍かな濃紺の瞳を持つ少女は、ほんのり耳を赤らめて突っぱねた。
〈了〉
お読みくださり、ありがとうございました。
みなさま、よいお年を。




