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正しかった気がする  作者: kinpo


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第4話

第5話


 エスカレーターを上る途中で、止まった。


 前の段に乗っていた男が、降りない。

 スマートフォンを見たまま、完全に止まっている。


 後ろの人が、距離を詰めてくる。

 軽く、ため息の気配。


(声をかけるべきか)


 判断は、保留する。


 男は、画面をスクロールしている。

 何かを読んでいるというより、

 指を動かしていない時間の方が長い。


 エスカレーターは、上り続ける。


 終点が近づく。


 ようやく男が顔を上げ、

 「あ」と、短く言った。


 降りる。


 一歩遅れて、全員が動く。


(声をかけなくてよかった)


 判断は、正しい。

 いつも、一手遅れて。


 上のフロアは、静かだった。


 店がいくつか閉まっている。

 看板は光っているのに、

 シャッターが下りている。


 理由は、書いていない。


 通路の真ん中に、試食台がある。


 誰もいない。


 紙コップが並んでいる。

 中身は、透明に近い。


(何だったか思い出せない)


 前回も、思い出せなかった。


 手に取る。

 飲む。


 味がしない。


(……水?)


 喉は潤う。

 意味は、ない。


 その場を離れようとして、

 女性が立っていることに気づいた。


 少し前から、いたような距離。


 たぶん初対面だ。


 年齢は分からない。

 服装は、きちんとしている。


 目は、こちらを見ていない。


「それ、どうでした?」


 聞かれた。


 判断が、遅れる。


「……分からなかったです」


 正しい答えだと思う。


 彼女は、少し考えてから、

 同じ紙コップを取った。


 飲む。


 首を傾げる。


「味、しませんね」


「しませんでした」


 会話は、それで終わる。


 続けようと思えば、

 続けられた気もする。


 理由は、ない。


 彼女は、コップを戻し、

 試食台の説明文を探す。


 見当たらない。


 係員も、いない。


「こういうのって、

 何を試させたいんでしょうね」


 聞かれた。


 判断が、遅れる。


(味じゃない、気がする)


 だが、それは言わない。


「さあ」


 そう答える。


 彼女は、納得したように頷いた。


 それ以上、何も言わない。


 沈黙が続く。


 気まずくは、ない。


 ただ、長い。


 通路の向こうで、

 台車の音がする。


 何かが運ばれている。

 何かが、片づけられている。


 どちらかは、分からない。


 女性は、先に歩き出した。


 同じ方向だが、

 距離は縮まらない。


 追いつくことも、

 追い抜くことも、ない。


 自然に、離れる。


 エレベーター前で、別れた。


 挨拶は、しなかった。


 必要な感じが、しなかった。


 下の階に戻る。


 さっきのエスカレーターは、

 今は空いている。


(さっき乗っていれば、

 もっと早かったな)


 判断は、正しい。

 今さら。


 外に出る。


 空は、まだ明るい。

 でも、影は長い。


《これは、誰も生き残る必要のない話である。》


(試食は、結局何だったんだ)


 透明な味だけが、

 口の中に、残っていた。

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