第11話
今日は、少し早く着いた。
早いと思ったのは、時計を見たからではない。
人が少なかったからだ。
自販機の前で立ち止まる。
昨日は微糖だった。
今日はブラックにする。
苦いのは嫌いだが、薄いよりはましだと思った。
買う。
一口飲む。
苦い。
想定どおりだが、満足ではない。
もう選び直す理由は失われた。
彼女は、すでにベンチに座っていた。
位置は、中央。
端ではない。
それだけで、何かが違う気がする。
「今日、ここ来たことあります?」
彼女が言う。
「あります」
即答する。
昨日までの積み重ねが、そう言わせる。
「ですよね」
彼女は、少し笑った。
笑う理由は、共有されていない。
風が吹いて、
近くの立て看板が、音を立てる。
何の案内かは、読まない。
「昨日、清掃員の人いましたよね」
彼女が言う。
「いました」
昨日より、迷いが少ない。
「私も、そう思いました」
彼女は頷く。
前回とは逆だ。
「柵も、ありました」
続けて言う。
「ありましたね」
そう答える。
あった気がするからではない。
話が先に進みそうだからだ。
彼女は、少し考えてから言った。
「じゃあ、私たち、
中に入っちゃいけなかったんですね」
「そうなりますね」
二人で、足元を見る。
柵の跡は、ない。
跡がないことを、不自然とも思わない。
通りすがりの女性が、こちらを見る。
年配で、買い物袋を下げている。
「あら、ここ」
女性が言う。
「ずっと開いてますよ?」
彼女と目を合わせる。
今度は、すぐに。
「昨日も、今日も?」
彼女が聞く。
「ええ」
女性は首を傾げる。
「閉まる理由、あります?」
理由は、思いつく。
いくつか。
だが、どれも確認できない。
「勘違いかもしれません」
僕が言う。
「そうねえ」
女性は納得して、去っていく。
彼女が、小さく息を吐く。
「じゃあ、
私たちの記憶が、間違ってたってことで」
「そうなります」
「二人とも?」
「二人ともです」
その言い方が、
どちらか一人を守っているように聞こえた。
ブラックコーヒーを飲み干す。
やっぱり、少し残しておけばよかったと思う。
だが、残した場合の後悔も想像できる。
「正しかったんですよね」
彼女が言う。
「何がですか」
「ここに、来たこと」
答えは、用意されていない。
だが、遅れて正しくなる判断は、
だいたい、こういう形をしている。
「正しかったと思います」
そう言う。
彼女は、それで十分だという顔をした。
それ以上、確かめない。
立ち上がる。
どちらからともなく。
次にどこへ行くかは、決めない。
決めなければ、間違えようがない。
《これは、誰も生き残る必要のない話である。》
(正しさは、合意した瞬間に固定される)
午後は、何事もなかったように続いていた。




