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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
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マヨイガ

マヨイガ〜なにもなかった〜

作者: 吉尾京
掲載日:2025/10/30

これで完結です。お疲れ様でした。

「僕はね、今の今までたったの一度だって知るのが怖かったことなんてのはないんだ。でもね、今は自分の予想がどうか外れてくれと、そう願うばかりだよ。だからどうか――」

 そう言って彰人は前を見据えた。

「諦めて大人しく成仏してくれないかね」

 目の前には悪霊とはかくありきとばかりの風貌の男が恨めしそうに立っていた。女のような出で立ちだが、なんてことはない。ただ寝たきりの男の髪を切りに通ってくれる床屋がいなかっただけである。

 男は酷く恨めしそうに彰人を見た。上背は彰人よりあるが、首を前に突き出すように立っているため上目遣いだった。

「まあ何というか、お前は不幸だったと思うよ。でもね、あの時代に幸せなやつなんかいたかい? いくら身体が頑丈だって吹き飛ばされりゃ生きてはいないんだから」

 ここで一度、なぜ彰人がこうしているのかの説明をする必要がある。少年の元を去った後、彰人は一人で考えた。確かに少年の言う通りだ。いくら一緒くたにしていたとはいえ、弟と自分は全くの別物で、似ている所なんか一個もない。血の繋がりでさえ半分しかないのだから似ていなくとも当然である。裏切りを嫌う村人達が、東京へ出た兄と寝たきりの弟を同一視するとも考え難かった。それに自分の死因である。東京から帰り、弟のことを知ってそれから村人に話をして、たったそれだけでいきなり死んでしまったのだろうか。そこで一旦元の考え方に戻ってみる。悪霊と戦わせるためなのだろう。化け物には化け物をぶつける。それがあの村のやり方だったじゃないか。自分は弟の恨みと戦うために全く同じ方法で殺されたのだ。図書館で見た連続バラバラ事件。あれは自分ではなく、弟が起こしたものだろう。

 自分は目が見えないこと、手足がないことを不便に感じてはいたものの、人を殺めてまで解決しようとは思っていなかった。結果的に自分も得をする所にはなったが、一度だって人を殺してまで奪ってしまおうとは思っていなかったはずだ。しかし、回数が多くなれば流石に自分でも気付き始めた。自分は自分の得になることが好きだ。元より他人の気持ちなど理解できなかったのだから、自分の為に人が死んでいくことを悪いことだとは思わなくなってきた。それでも彰人は今、こうして弟と向き合っている。

 一度でも愛した兄弟をもう一度殺すためだ。

「お前は僕を恨んでいるだろうな。僕が村を逃げ出したことを追いかけてまで責める奴はいなかったから。きっとお前が罰を受けたんだろう。いい思いはしなかったはずだ」

「――解っているならなんで」

 男は地を震わせるような声でそう言った。彰人はひるみもせず続ける。

「そりゃあお前、死人は生きている人間に干渉できないからだよ。いくら恨めしかったって、生きてる人間殺すのはいかんでしょう」

 男はつり上がった眉をますますつり上げ声を上げた。

「許せる訳ぁねぇだろう。あんな目に遭って、俺一人殺して奴らは楽しく生きてんだぞ」

「その前に子供が何人も殺されてんだろ」

 彰人が真実を言っても男はひるまない。

「だからそいつらの分まで――」

 彰人はその時漸く気付いた。

「――ああ、そうか」

 男は禍々しい気を放っている。生前より明らかに丈夫になっている。

「人から望まれるから、神になるのか――」

 そう言って彰人が天を仰ぐと、彰人もまた禍々しい気を放ち始めた。ここでぶつかり合ったとて、彼が改心してくれるとも限らない。既に死んでいる者をもう一度殺す方法があるかもわからない。発生した理由も、仮定の域を出ない。根っこを止めて収まるものだろうか。彰人は考えた。考えても答えは出ない。出ないからといって考えるのをやめる質でもない。

 どうにかして弟の気持ちを鎮められないだろうか。恨みを増幅させ鬼神になろうとしている彼を、どうにか成仏させてやれないだろうか。これは慈悲の心からではない、彰人の都合による身勝手な思いでしかない。合理を突き詰める彰人にとって、例え兄弟であれども邪魔だと感じたら躊躇いなく切り捨てるというのはおかしなことではなかった。

「じゃあ、望まれない存在にしてやろう。決められた悪が必要ないように、誰もが生け贄を必要としないように。――いや、無理だな」

 人は不安になると敵を作りたがる。自分のせいだと思いたくない人達が、わかりやすい悪人を生み出す。そうやって悪のレッテルを貼られこの世から退場していった存在は世界中に山程存在する。彰人も旭斗も、そのうちのひとりだろう。悪を退治したからといって彼らが満足するはずもなく、こうして幽霊や怪異として再び悪にされる。ゆっくり寝かせてくれと思わなくもないが、全人類の考えを変える力が自分にはないことは、ある程度知恵をつけた人間なら誰だってわかるだろう。

「こういうのはどうだ? お前をこうした奴らとその子孫を全て殺してしまうというのは」

 語られて生まれた怪異なら、語る口を塞いでしまえばいい。どれだけ言葉を尽くして正しいことを教えたって、一度張り付いた恐怖はふいに蘇る。ならばその脳みそごとなくしてしまえばいい。死人が生きている人間を殺してしまうのはいけないことだが、こうしなければ誰彼構わず殺してしまう本物の悪霊になってしまう。根本を断ち、彰人ごと消してしまえば全て解決するのではないか。不条理で非科学的な存在は、同じように不条理で非科学的なアプローチで対応するしかない。

 目の前の弟は彰人が急に意見を変えたことに驚きはしたものの、すぐに乗った。元からそのつもりだったのだろう。心の弱い男なので、こうして賛成してくれる人がいるとわかるとすぐに気を緩める。たったひとりの意見だが、まるで全ての人から認められたかのように上機嫌になる。

「じゃあお前は村人とその子孫をやれ。僕は村や僕達を知った人間をやる」

 男は頷くとすーっと消えていった。

*********

「田舎の村で集団自殺? これまた随分とセンセーショナルなものを見つけてきましたね」

「ああ。この時代、村ってだけでそれなりに雰囲気が出るよな。平成の大合併でほとんど市か町になっちまったからな」

 オカルト雑誌の記者をやってりゃ、重箱の隅からネズミの住処までひっくり返してほじくり返すものだが、今回はそれなりにデカいネタだった。九割嘘を書くのが普段の仕事だが、これは二割嘘でもそれなりの記事にできそうなほど面白かった。人が死んでて面白いも何もないだろうが、少なくともオカルト雑誌を読む人間が喜んでくれそうではある。

「で、どうやって死んだんです? その、村人達は」

「まあ、人によってバラバラでな。わざと飲まず食わずで死んだやつもいりゃあ、枯れ井戸に頭から突っ込んで死んだやつもいりゃあ、他の村人達を次々石で殴って殺した後に包丁で自分の胸を一刺し、他にも生きたまま村人の四肢を切断したやつ、目玉をくり抜いたやつ、それから……」

「ああ、もういいです。こうやって口にするのは簡単ですけど、発見者は大変だったでしょうね」

 どれもこれも明るい気持ちじゃいられないような内容だ。こういう仕事をしていれば嫌でも痛い怖いグロいは見聞きするが、直近の実在の事件でこれは中々あとを引くかもしれない。

「現地の警察にも取材したんだが、口が固くてな。これ以上のことは聞き出せなかったよ」

「それでも大したもんじゃないですか。新聞じゃちょこっとしか載せてないですし、ニュースも熱心には追っかけてないですよ」

「まあ、令和じゃ昼間っから流すようなネタでもないしな。苦情がきちまう」

 これだけの人数が死んだなら地方の話題とはいえ全国ニュースになるだろう。しかし内容の凄惨さから、あまり詳細を説明するようなワイドショーはみかけなかった。不意に目に入るにしては死に方が重すぎる。出社前に見て元気に仕事が出来るタイプの話ではない。だが、ネットは違った。こういった話に飛びつくオカルトマニアは多く、最近じゃ動画配信サービスでなんとなく観て興味を持つ若者も多い。素人の作る動画やブログは出版物よりも自由で、俺達の仕事が減った理由のひとつでもある。

 数字を求めるのはテレビと変わらず、そのためにどんどん過激になっていくのも昔のテレビと同じだった。コンプライアンスや放送倫理がある分テレビの方がマイルドになってしまい、刺激を求める視聴者達はみんなそっちに流れてしまう。

「オカルトチャンネルが村に押しかけて大変な状況らしいですね」

 SNSや少し行儀の悪いニュースサイトを斜め読みしてスマホをしまう。取材、原稿、校正、出版……世に出るまでのプロセスが多い雑誌は後手後手になるしかない。その頃にはみんな飽きて違うネタに行く。

「まあ掘ればいくらでも美味しいネタは湧いてきそうだし、そうでなくてもいくらでも盛れるから長期連載にしてみるか。これだけ素人の動画編集技術が上がってんじゃ、こんな斜陽の雑誌がドカンとウケるビジョンがわかん」

 高望みせず、求める人に求められたものを丁寧に出し続けていけばいい。今までだってそうだったじゃないか。

 その後、想像通りこの話題は人々から忘れ去られていった。若者の相次ぐ不審死という新たなネタを見つけた民衆の興味がそちらに移ってしまったからだ。

*********

「東京の大学生、富山の中学生、北海道の主婦……あげだしたらキリがないな」

「これといって共通点らしい共通点もないようですしね」

 近頃、日本中の様々な場所で理由のない突然死が多発している。最初のうちはニュースになっていたが、あまりに数が多いのと共通点がないのとで自然と報道されなくなっていった。取材をしたり地方紙のお悔やみ欄を眺めたりしているとニュースにならなくなった後も続いているらしい。

「心臓発作だの飛び降りだのはまあ、事件性なしと判断すりゃ報道しないか」

「目玉をくり抜く……は流石にテレビでは言えませんしね」

 死んだ人間の中にはあの村人達と同じような死に方をしたやつらもいた。流石にひとりで腕を切断することは出来なかったのか、四肢が切断されたものはなかったようだが。

「警察でもなんでもない俺達で共通点を探せると思うか?」

「年齢もバラバラですね。年寄りがいないことだけが今のところ共通点か」

 ふと気になったことがあった。村人達と同じ死因、若者……動画か?

「先輩、あの動画って今どうなってます?」

「いくつかはバンされたと思うが、それがどうした」

 俺は急いでパソコンを立ち上げ、動画サイトであの村の名前を検索する。運営に消されたのか、あれだけたくさんあった関連動画はほとんどなくなって、一件だけがヒットした。先輩を呼んで再生ボタンをクリックする。

 その動画は村の様子を撮影したものだった。手ブレの多い映像で、編集らしい編集もしていない、撮って出しのものだろう。なんの変哲もない田舎の村を歩いて、都会の若者には珍しく感じるものを寄りで撮影していった。アップロード日時を見れば今から数年前。まだなんの事件や事故も起こっていない、平和な村だ。投稿主は地方を一人旅する様子を撮影することが多かったらしく、この村もオカルト関係なく訪れたようだ。

『なんだこれ。井戸だ。井戸ですねえ』

 なんとも言えない言葉遣いで撮影者が井戸に近寄る。

 見るな

 画面に赤い文字で何かが映った。その文字はみるみる増えていき、画面いっぱいが真っ赤に染まった。

「なんだ、演出か?」

 不安になって先輩を見る。先輩の顔が文字で隠されていた。

 先輩だけじゃない。部屋中が同じ文字で隠されている。違う。俺の目が、隠されているんだ。

 見るな

 見るな

 見るな

 先輩はもういない。編集室はもうない。俺はいない。


 ここは、どこだ。

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