第八話 揺れる心、決断のとき
翌朝。
城下の市場は朝の光に包まれ、活気に満ちていた。
勇者はいつものように無邪気な笑顔で、城下町を歩いていた。
しかし、その背後では陰謀が静かに動き始めていた。
「勇者様、ちょっといいかしら?」
リオナが、昼のティーパーティーよりもさらに柔らかい笑みを浮かべながら、勇者の肩に手を置く。
その仕草に、私は心の中で舌打ちした。
──くっ、なんでこんなにも自然に距離を詰めるの!?
「え、あ、リオナさん……?」
勇者は少し戸惑いながらも、いつものように素直に応じる。
その様子を、私は少し離れた屋敷の二階の窓から見ていた。
胸がざわざわする。
心臓の奥が、ぎゅっと締め付けられる。
「……ああ、これが嫉妬ってやつですのね」
自覚した瞬間、私は自分の任務と感情の狭間に立っていることを痛感した。
国のために、勇者を守る使命。
でも、今目の前で勇者の笑顔が揺れている。
その瞬間、任務よりも“自分の心”が先に動くのを感じてしまう。
そのとき、勇者が私の方を見上げ、困った顔で叫ぶ。
「セレナさん……どうしてそんな顔してるの?」
──しまった。
感情を読まれた。
このままでは任務が危うい。
私は咄嗟に笑顔を作り、強く言った。
「……心配無用ですわ。私、任務に忠実ですから」
嘘。
本当は、任務よりも、勇者の無垢な笑顔を守りたい。
それが私の本心。
でも、まだ誰にも言えない。
その瞬間、リオナが柔らかい声で言った。
「ふふ……勇者様、セレナ殿下の目は、よく見ていれば真実がわかるものですわ」
「え……?」
勇者はキョトンとした顔で私を見つめる。
その視線が、胸に突き刺さる。
任務として守るのか、それとも心のまま守るのか。
どちらを選ぶべきか、私の心は揺れに揺れた。
──その瞬間、宰相の声が屋敷に響く。
「セレナ! 勇者の安全は帝国の未来に直結する。
感情に流されてはいけぬぞ!」
理性の声。
でも、胸の奥で別の声が囁く。
「私が守りたいのは、国だけじゃない──あなた自身も」
窓の外で、勇者は笑顔でリオナと話している。
その光景に、私は決心した。
「……任務と心、両方、守りますの!」
――そう、私は決めた。
任務を全うしつつ、勇者の笑顔を守る。
そのためには、私自身がもっと強くなるしかない。
胸の奥に芽生えた“使命を超えた感情”が、
これから帝国と勇者を繋ぐ、最大の武器になると信じて──。




