第六話 陰謀は夜に囁く
夜の帝都は静かだった。
窓の外には満月。
風がカーテンを揺らすたびに、灯の影が揺れる。
その静けさの中で、私は机の上の書簡を見つめていた。
差出人は、帝国宰相。
封蝋には、鮮やかな金の紋章──つまり、“極秘命令”の印。
「勇者の信頼を確保せよ。
いかなる手を使っても構わぬ。
だが、他国に心を移したなら──排除せよ」
紙の上の文字が、月明かりに滲んで見えた。
……排除、ですって?
たった三文字で、人ひとりの運命を命じるなんて。
私は思わず拳を握った。
勇者はただ、人を助けようとしているだけなのに。
なのに、世界は“利用価値”で彼を計る。
その現実が、胸の奥でざらりと痛んだ。
「……でも、私は王女。任務を果たさねば」
そう呟いて、自分を落ち着かせようとしたそのとき──
コン、コン、と扉を叩く音。
「セレナさん、起きてます?」
その声に、心臓が跳ねた。
「ゆ、勇者様!? もう夜更けですのに、どうして……!?」
「なんか眠れなくて。
昼のあの人といろいろ話してたら、頭がぐるぐるして」
「話して……? どんなことを、ですの?」
「えっと、“聖なる使命”とか、“導きの愛”とか。
でも正直、よく分かんなくて。
俺、別に世界を救うとかより──
“今助けたい人”を助ける方が大事だなって思っちゃって」
……ああ、ずるい。
そんな真っ直ぐな言葉を、夜の静けさの中で言わないで。
心が、勝手に反応してしまう。
「勇者様……貴方は、誰かをすぐ救おうとしすぎですの。
この世界では、それが“危うい”こともありますわ」
「うん。でも、セレナさんだって、そういう人でしょ?」
「え……?」
「だって、いつも人のために動いてる。
自分のこと、あんまり後回しにしてる気がする」
──見透かされた。
その優しさが、痛い。
私は顔をそらし、窓の方を向いた。
月が、やけに明るい。
まるで、嘘をつくには向かない夜みたい。
「……勇者様。私、貴方にひとつお願いがありますの」
「うん?」
「どうか……誰も信じすぎないでくださいまし。
この世界には、“笑顔で刃を隠す人”が多いから」
勇者は少し驚いた顔をして、それから穏やかに笑った。
「……セレナさんは? 笑顔の裏に刃、隠してる?」
心臓が止まりそうになった。
笑って、誤魔化すしかなかった。
「ふふ……私は王女ですわ。国を守るためなら、刃くらい幾つも持っておりますの」
──嘘。
本当は、そんなに強くなんかない。
でも、言葉にしなければ、自分が崩れそうだった。
「そうなんだ。じゃあ俺、セレナさんの“刃”になれるくらい強くなります」
勇者は、まっすぐに言った。
何の迷いもなく。
その言葉が、胸の奥に突き刺さる。
そして、去り際にふと振り向いて──
「セレナさん。
俺、この国、好きですよ。
みんな優しいし、セレナさんも、なんか……温かいから」
扉が静かに閉まる。
私は、残された月明かりの中で、ただひとり立ち尽くした。
「……ああ、どうしましょう。
本当に……落としたいのは、どっちなのかしら」
任務としての恋か。
それとも、心からの恋か。
夜風が吹き抜ける。
その冷たさが、頬の熱を誤魔化してくれた。




