第四話 恋も外交も修羅場ですわ!
勇者が帝国に滞在して三日。
すでに城中が彼の話題で持ちきりだった。
──勇者殿下、侍女にお礼を言う。
──勇者殿下、厨房で第二のオムライス事件。
──勇者殿下、庭師と仲良く日向ぼっこ。
……全部、好感度が上がる方向である。
なにこの人、平民と庶民のハートを鷲づかみ。
“恋に落とす任務”のはずが、周囲の方が先に落ちているではありませんか。
「セレナ様、勇者様が昨日、侍女に“ありがとう”と仰ったそうです!」
「それだけで報告書にするのやめなさい!」
国政より勇者の日常がニュースになる。
この城、末期では?
とはいえ、油断は禁物。
彼の存在を羨む他国は、確実に動き始めている。
そんな予感が当たったのは、昼下がりだった。
「──聖教都市の使節団が到着しました!」
「はあ!? もう!?」
勇者召喚の主導国である“聖教国ルミナス”。
勇者の保護と引き渡しを求めて、早くも圧をかけてきたというわけだ。
私は深呼吸して、謁見の間へ向かった。
大理石の床を踏みしめながら、心の中で唱える。
──冷静に。優雅に。外交スマイルON。
「帝国の皆様、光のご加護を。聖教国第一巫女リオナ・セラフィーヌにございます」
現れたのは、金糸の髪を揺らす絶世の美女。
……あ、これ絶対、勇者狙いのやつだ。
見た目からして“攻略対象を一瞬で落とすタイプ”。
「リオナ殿、お久しぶりですわ。勇者様の件で?」
「ええ。召喚の儀にて生まれた聖なる使命──勇者様の導きを、我ら聖教国にお任せいただければと」
要するに、“勇者を返せ”である。
言い方が丁寧すぎて逆に怖い。
でも、私も負けない。
「勇者様は今、帝国で心身の回復をされていますの。
召喚の影響が癒えるまでは、私どもが責任をもってお預かりいたしますわ」
「まあ……ずいぶん親しげな口ぶりでいらっしゃるのですね」
笑顔が刺さる。
外交戦、開戦である。
その瞬間──背後の扉が開いた。
「おーい、セレナさーん、例のスープ、出来ましたよー!」
……やめて勇者様。
なんでこのタイミングで来るんですの!?
勇者は両手に鍋を抱えて現れた。
服の袖まくり、髪少し乱れ、いつもの調子で。
「昨日のパンがちょっと硬かったから、スープにしてみたんですけど──」
勇者とリオナの視線が交わる。
場の空気が、一瞬で変わった。
彼女の瞳が輝き、柔らかく微笑む。
「まあ……あなたが勇者様ですね。初めまして。私はリオナと申します」
「あ、どうも。えっと、よろしく……?」
──やばい。笑顔が甘い。声が柔らかい。天然勇者、秒で落ちる危険信号。
私は慌てて鍋を受け取り、前に立ちはだかった。
「勇者様、まずはお食事の前にお手を洗いましょう! ほら! 衛生第一ですわ!」
「え、あ、はい!?」
「ちょっ、セレナ殿!?」
「申し訳ありません、勇者様は現在療養中ですの!」
強制撤収。
勇者を抱えるようにして廊下へ引っ張り出した。
背後では、リオナの静かな笑い声が響いていた。
「……ふふ。帝国の王女殿下。なるほど、“恋に落とせ”とはこういうことですのね」
──なぜバレているんですか。
私は勇者を廊下の影に押し込み、息を吐いた。
心臓がうるさい。
「セレナさん、どうしたんですか? あの人、優しそうだったけど……」
「優しい人ほど危険なのです! 特に外交の場では!」
「えぇ……」
勇者は困ったように笑う。
その笑顔が、さっきよりも近い。
ああもう、この距離感ずるい。
胸の奥がちくりと痛む。
──落とすどころか、また私が落ちてどうしますの。
恋も外交も、思っていたよりずっと難しい。
そして、もっと厄介なのは。
恋のライバルが、国家単位で出てくるということだった。




