第三話 王城大混乱! 勇者、なぜか台所に立つ
勇者が帝国城に滞在するようになって、まだ半日。
私は朝から各部署の調整でバタバタしていた。
勇者を迎えるための部屋の準備、謁見の段取り、食事の手配──
どれも「予算が足りません」の一言で片づけられ、結果、私はこう叫んだ。
「もう私がやりますわ!!」
……王女とは。
最近、本気で自問している。
とにかく勇者には“帝国は素敵な国です”という印象を与えねばならない。
第一印象は恋愛任務の生命線である。
それなのに。
「セレナ様! たいへんです!」
「今度は何ですの!?」
「勇者様が……その……台所に……!」
………………。
「………………は?」
私が現場に駆けつけたとき、そこには地獄絵図が広がっていた。
王城の厨房。
勇者が袖をまくり、フライパンを振っていた。
「え、勇者様!? なにしてらっしゃるんですの!?」
「あ、セレナさん。ちょっと腹減ってて。食堂の人たちが忙しそうだったから、手伝おうかなって」
「手伝いってレベルじゃありませんわ!? それ、帝国王族の食卓用の鍋ですわよ!?」
「え、そうなんですか!? めっちゃ重いなとは思ったんですけど!」
フライパンからジュワッと立ちのぼる香ばしい匂い。
気づけば、料理長や侍女たちがぽかんと立ち尽くしている。
……いい匂いする。悔しいけど、いい匂いする。
「な、なにを作ってるんですの……?」
「オムライスです」
「オム……?」
「卵とご飯の料理。あとケチャップがあれば最高なんですけどね」
ケチャップ? 何語ですのそれ。
でも、出来上がったそれは──見た目こそ素朴だが、ふわりと立ち上る香りがたまらない。
「味見、します?」
「い、いいんですの!? 毒味は……あ、いや、その……」
「え? 毒味? そんな物騒な……」
──あ。
やっちゃった。つい口が。
貴族の癖で、思わず「毒味」なんて言葉が出てしまった。
勇者はちょっと眉をひそめたが、すぐに笑った。
「そっか、いろいろ大変なんですね、この国」
その笑顔が、まっすぐで。
刺さる。
胃じゃなくて、心に刺さる。
「……いただきます」
一口。
ふわり。
優しい味がした。
懐かしいような、胸の奥が少し熱くなるような。
気づけば涙が出ていた。
「え、ちょ、セレナさん!? 味、変でした!?」
「いえっ、違いますのっ! その、あまりに……美味しくて!」
「……よかった」
笑った。
この人、どんな状況でも笑えるんだ。
召喚されて、異世界に放り出されて、それでも人を笑顔にできる。
勇者、というより──ただ、まっすぐな青年。
その姿を見て、私は思った。
この任務、ただの恋愛工作では終わらない。
きっと、帝国の運命すら変えてしまう。
そのとき、扉が勢いよく開いた。
「セレナ様ぁぁぁ!! 陛下が! 陛下が来られますっ!」
「なっ……!?」
厨房に、帝国皇王──私の父が現れた。
威厳たっぷりの声が響く。
「セレナ! 勇者をどこに……」
「おおっ!? 父上!?」
「……何をしておる。勇者が、厨房で……卵を……?」
「い、いえ! これはその! 勇者様の勇気ある文化交流でして!」
「文化交流!? それは卵料理だろう!!」
「ええ、ええ、まさしく異文化の架け橋ですわ!!」
勇者はおっとり笑って言った。
「よかったら、陛下も食べます?」
帝国史上初、
国王が勇者手作りのオムライスを食す日であった。
そして後日。
王宮の噂好きな女官たちの間で、こう呼ばれることになる。
──“勇者殿下、胃袋から帝国を攻略中”。




