第一話 勇者召喚、恋愛任務はじめます。
かつてこの大陸の三割を支配したヴァルディア帝国は、今や見る影もない。
敗戦と内乱、政治的失策の連続で領土を削られ、いまや地図の片隅に小さく残るだけ。
そんな折、世界を震撼させる予言が告げられた。
──魔王、復活目前。
各国は慌てて手を組み(※名目上は協力、実態は牽制)、
聖教都市リュミエールで「異世界から勇者を召喚する」という大儀式を行うことになった。
そして、その日。
世界中の王族、聖女、神官、巫女が大聖堂に集う中──
私は、王女セレナ・ヴァルディアとして、帝国代表の列の最後尾に立っていた。
光り輝く円陣、聖歌、祈り。
荘厳な儀式の中、私は冷静に思う。
──全員、勇者を狙っている。
召喚直後の勇者は、各国にとって「自由に誘導できる白紙の英雄」だ。
だからこそ、巫女も聖女も、笑顔の裏では外交官。
この場は聖堂ではなく、恋愛戦線である。
そんな中、私の使命はただひとつ。
「勇者を恋に落とせ」
……はい、国の命運が恋愛スキルに託されました。
宰相に言われたときは、正直、耳を疑いました。
でも父上も元老院も真顔だったんです。冗談の通じない人たちです。
勇者召喚の光が爆ぜた。
眩い輝きの中に、ひとりの青年が現れる。
白いシャツ、焦点の合わない目、寝ぐせ。
……救世主、意外と庶民的。
「召喚……? うわ、めまいが……」
彼はそのまま気絶した。
聖歌が止まり、巫女たちがざわめく。
各国の代表たちが眉をひそめる中、私はこっそり息を吐いた。
──あの顔、悪くない。いや、むしろ好印象だ。
初対面で大国の聖女たちに囲まれても笑ってられるより、ずっと人間味がある。
その夜。
勇者は大聖堂の控え室で目を覚ました。
そして、外交ラッシュが始まった。
各国の巫女たちが次々に入れ替わり、笑顔と贈り物と意味深な視線で勇者を包囲する。
──まさに恋愛外交戦。
私は最後の順番。帝国はいつも一番最後。
でも、悪くない。印象は“最後に残る方”が強い。
やがて扉が開き、侍女が私に告げた。
「セレナ様、勇者様がお会いになるそうです」
よし。
深呼吸、笑顔、姿勢完璧。
外交用スマイル、起動。
扉を開くと、そこには──
目の下にクマを作った青年が、頭を抱えて座っていた。
「……ここどこですか。夢ですかね」
第一声から現実逃避である。
勇者らしからぬほど庶民的。
私はできる限り柔らかく、声をかけた。
「ここは聖教都市リュミエール。あなたは“勇者”として召喚されました」
「……勇者って、ゲームとかで聞くやつですよね? いや俺、ただの大学生なんですけど」
困惑の混じる目でこちらを見てくる。
この目、嘘がない。
けれど、この世界では嘘をつかない人間ほど、利用されやすい。
私は優雅にスカートの裾を持ち上げた。
「帝国第一王女、セレナ・ヴァルディアと申します。勇者様にお目にかかれて光栄です」
「帝国……? ああ、なんか一番後ろの方にいた国か」
「……ええ、よく覚えていらっしゃいますね(※皮肉です)」
「なんか……一番疲れてそうでした」
……正論。
思わず笑ってしまった。
彼は悪気のない笑みを浮かべて首をかしげる。
「みんな、やたら距離が近いし、手とか握ってくるし……こっちの挨拶、スキンシップ強めなんですか?」
あ、それは外交です。
──とは言えず、私は営業スマイルを強化する。
「ご挨拶の一環ですわ。勇者様への敬意の表れでして」
「敬意……? 圧の間違いじゃ……」
素で言うな。
けれど、笑ってしまう。
この人、怖いくらいに率直だ。
そして、なぜだろう。
そんな彼を見ていると──“任務”なのに、少しだけ心が軽くなる。
「ふふ……正直なお方は嫌いではありませんわ。勇者様」
「それ、褒めてます?」
「もちろん」
微笑みながら言う。
外交の仮面のまま、ほんの少しだけ素の声で。
──ああ、まずい。
この人、本気で落としに行く前に、私が落ちるかもしれない。




