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いかにも微妙な、唯一無二の私のスキル

作者: 田中鈴木

「あのさ、スキル発現した」

「まじか」

 帰り道で二人になったタイミングで私がそう言うと、坂田裕生は目を丸くした。

 裕生は家が近くて小学校の登校班が一緒。家を出て合流して学校に行く、が習慣付けられたせいか、中学生になってもなんとなく同じ時間に登校することが多い。部活が違うので帰りが一緒になることは滅多にないが、試験前は部活動禁止なのでなんとなく一緒になることもある。

「え、どんなん?」

「……微妙」

「え、俺のも微妙だよ」

「裕生のはまだいいじゃん。使い道あるし」

 超能力というか魔法というか、なんかよく分からんけど使えるようになる「スキル」。五百人に一人くらいの割合で発現すると言われている。レアといえばレアだが、まあまあよくある話だ。裕生は中学二年生になってすぐくらいに発現した。

「使えねぇって。『ちょっと涼しいくらいの風を起こす』って何だよ」

「いいじゃん。わりと涼しいよ」

「エアコンあるじゃんか……」

 言いながら裕生がむうっと口を尖らせる。前に使ってもらったことがあるが、鬱陶しくないくらいのちょうどいい風が吹いてきて、わりと快適だった。言うほど悪いスキルではないと思う。スキルは本当にピンキリで、世界を滅ぼしかねないような危険なものから何にどう使えばいいのか分からないものまで様々だ。どちらかというとハズレというか、あっても無くてもいいみたいなものが多いらしい。

「いいじゃん。バドで使えば無双でしょ」

「使った瞬間公式試合永久出禁になるんだって。知ってるでしょ」

「バレないように使えば……」

「そんなんに頭使うなら練習した方が強いって」

 裕生はバドミントン部だが、ほんの少しの風でもシャトルは流れる。「ちょっと涼しいくらいの風」を自由に操れるなら、使い方次第では相当有利だ。そこそこスキル持ちがいるため、スキルの使用には色々制限があってスポーツでは原則使用不可。試合で使えばドーピングと同じ扱いをされる。その他の場面でも、基本的に私的利用に限るみたいな感じだ。

「んで、どんな能力よ」

「いや、だから……。微妙」

 今度は私がむうっとする番だ。スキルが発現する時、人々は神に出会う。人によってビジュアルは違うが、私の場合は女の人だった。「あなたのスキルは……」と告げられる時にはドキドキして、頭の中でドラムロールが再生されていた。まあ結局、しょーもなさすぎて怒りが湧いてきたわけだが。

「風が吹くより微妙ってあんまり無いでしょ。いいから教えてよ」

「いや、んー……。笑うなよ?」

「笑わない。約束する」

 元々こっちから話を振っておいて今更言わないってのも無いのだが、いざ言おうと思うとどうにも腰が引ける。横を歩く裕生が答えを待って黙ってしまったので、私も腹を括った。

「あの、さ」

「うん」

「豆腐を中華スープに入ってるくらいに細かく切るスキル」

「……ん?」

「だから、『豆腐を中華スープに入ってるくらいに細かく切るスキル』」

 裕生が何を言ってるんだ、という顔をした。私もきっと、あの時はこんな顔をしていたんだろう。


 何もかもが白く光る空間。現実ではない。でも、夢でもない。意識ははっきりしている。ふわふわ掴みどころのない、立っているような浮いているような感覚。何が起こっているのか分からない私の耳に、声が聞こえた。

「加須当麻里」

「はい」

 大きいわけではないが、はっきりと響く女の人の声。いや、「人」ではないのがすぐに分かった。姿が見えないのに、その姿が頭の中で組み上がっていく。

「あなたに、スキルを授けましょう」

「……はい」

 白く輝く空間。姿は見えないが確かに存在を感じる相手。いろんな人が語るスキル発現の瞬間と一致する状況に、私の胸が高鳴った。ついに、私も。私にも、特別な力が。

「あなたのスキルは……」

 どこかからドラムロールが聞こえた気がしたのはそういう演出なのか、私の心が生み出した幻聴なのか。幻聴なのだとしたら、この後に続いた言葉の方であってほしかった。

「豆腐を中華スープに入ってるくらいに細かく切るスキルです」

「…………ん?」

 言われた単語は認識できたが、意味が分からない。固まる私に、相手──仮に女神とでも呼ぼうか──は構わず続けた。

「豆腐を手にすれば、自ずと道は開かれましょう。では」

「いや?ちょっと、待って?」

 勝手に場を〆ようとする女神に思わず突っ込んでしまう。豆腐が……何?

「あの、どういう?こと?ですか?」

「豆腐を手にすれば」

「いやあの、意味が分かんないです」

 なんとなく、女神の溜め息が聞こえた気がした。

「言葉の通りです。豆腐が切れます」

「はあ」

「ほら、中華料理でスープ付いてきますよね?チャーハン頼むと」

「はあ」

「町中華だとネギの入ったラーメンスープだったりしますが、そうではないやつです」

「すみません、全然分かりません」

 もう一回、クソデカ溜め息が聞こえた気がした。

「あるじゃないですか。町中華じゃなくて、豚バラ青菜チャーハンとか出てくるようなお店」

「豚バラ青菜チャーハン」

「ランチメニューが豊富で。好きなんですよね、私」

 中華好きなんだ、女神。

「ごめんなさい、行ったことないです」

「一度行ってみてくださいね」

「はい」

 なんで中華おすすめされてるんだろう私。こんな不思議空間で。

「で、そのスープに入ってる豆腐がね、ちょっと嬉しいんですよね。優しい味で」

「はあ」

「スキルをどう使うかはあなた次第です。あなたの人生に幸いあれ」

「え、いや」

 雑に〆ようとする女神をもう一度止める。なんとなく面倒くさそうなジト目で見られている気がする。

「あの、他に使えないんですか?その、豆腐を……」

「豆腐を中華スープに入ってるくらいに細かく切るスキル。覚えてくださいね、自分のスキルなんですから」

「……豆腐を中華スープに入ってるくらいに細かく切るスキル、は、豆腐を切る以外には使えないんですか?」

「使えるわけないでしょう。豆腐を中華スープに入ってるくらいに細かく切るスキルなんですから」

「はあ」

「では、もういいですか?次の予約があるので」

 予約制なんだ。

「では、幸いあれ」

 何もかもがよく分からないまま、周囲が暗くなっていく。気が付くと、私はベッドの上で横になっていた。


「…………へー」

 私の話を聞き終えた裕生は、それだけ言うと黙ってしまった。まあそうだろう。私もコメントが思い浮かばない。

「で」

「ん?」

「どうだった?」

「何が?」

 口を開いたと思ったらよく分からない質問をしてくる裕生を見上げる。

「豆腐。試してみたんでしょ?」

「いや?」

「え?なんで?」

「え?」

 お互いに何を言ってるんだコイツ、という目で見つめ合った後、裕生がふいっと目を逸らした。

「買ってくか」

「は?何を?」

「豆腐」

「は?」

 言うなり裕生は通学路を外れて歩き出した。私も後を追う。目的地は聞かずとも分かった。すぐ先に「まいばすけっと」の看板が見える。

 こいつ、本当に豆腐買うつもりだ。


 裕生の家に上がるのはいつ以来だろう。

 小学校の時には時々来ていたから、二年……三年?なんだか落ち着かない。覚えているのと変わらないような、何か違うような。私に構わずにずんずん進む裕生にくっついてキッチンに入ると、ずいっと買い物袋に入った豆腐を差し出された。

「じゃ、頼んだ」

「……おう」

 豆腐を受け取ると、裕生は冷蔵庫の中を漁り出した。卵を一個と、何か赤い缶を出してシンクに並べている。

「何それ」

「味覇。中華スープって言ったらコレでしょ」

「そうなんだ」

 慣れた様子で小鍋を出して水を張る裕生の横で、私は何をしていいのか分からず突っ立っていた。お母さんが仕事で遅くて自分で料理することもある、って聞いたことあるけど、本当だったんだ。

「本当はキクラゲとかも入れるんだろうけど、とりあえず今あるもんだとこんなもんか」

「ふーん」

「当麻里は行ったことないの?中華」

「なくはない。けど、そういうお店じゃなかったかな」

 なんか家族でショッピングモールとか行った時に中華になることはあるけど、豆腐のスープは出てきてない気がする。そうこうしているうちに裕生は鍋を火にかけて、ボウルに卵を入れて軽く混ぜ始めた。

「まーシンプルに、卵と豆腐だけでやってみようか。お湯沸いたら卵入れるから、その後豆腐お願い」

「うん」

 さっき買ってきたばかりの豆腐を袋から取り出す。三個一パックの、裕生が絹の方がいいと言うので絹豆腐。正直木綿と絹で何が違うのか分からない。裕生なら知っているかもしれないけど、聞くのもなんか嫌なので黙っていた。

 煮立ってきた鍋に調味料を入れると、キッチンに中華っぽい匂いが広がった。裕生が溶き卵を慣れた手つきで流し込むと、鍋の中でクリーム色のふんわりした塊が踊り出す。ぼけーっと見ていると、裕生がチラ見してきた。

「じゃ」

「ん」

 正方形の小さなパックを開ける。みっちり詰まった豆腐を手に鍋に近付き、裕生に並んだ。

「……あのさ」

「ん?」

「この後、どうしたらいいと思う?」

「え?さあ」

「だよねえ」

 豆腐を中華スープに入ってるくらいに細かく切るスキルって、どうやったら使えるんだ?


 あのどこか適当な女神が言っていたことを思い返してみる。豚バラ青菜チャーハン……は、どうでもいいか。なんだっけ、豆腐を手にすれば自ずと道は開かれる、的な?豆腐は手にしたけど?

「……裕生はさ、スキル使う時にどうしてる?」

「どう、って、使おうと思うと使える、みたいな?」

「だよねー……」

 切れろ、と思ってみても、手のひらの上のパックには何の変化もない。豆腐は相変わらず生っ白くみっちりパックの中に詰まっている。

「……クッソハズレじゃね?私のスキル」

「いやまあ……そう、だね?」

 フォローする気もない裕生を一にらみすると、私は目の前の豆腐に目線を戻した。くつくつ煮える鍋と、ただ白い豆腐。もう面倒だし、このままブチ込んでやろうか。なんだか憎たらしくなってきて豆腐の表面を指先でつんと突いた。

 と、その瞬間豆腐がボロッとばらけた。崩れたのかと思ったら、よく見ると小さな正方形に刻まれている。お味噌汁に入っているよりもかなり小さい、五ミリ角とかそれくらいっぽい大きさの豆腐が、パックの中にひしめいていた。

「おー……」

「あ、それが例の、えーと、豆腐を……」

「『豆腐を中華スープに入ってるくらいに細かく切るスキル』」

「そう、それ。すげーじゃん、当麻里」

 豆腐を手にすれば、って、直接触れろって意味かよ。まあ確かに?スーパーで豆腐のパックに触れる度に細かく切り刻んでいたら迷惑だけれども?面白がって覗き込んでくる裕生には悪いが、これ……やっぱ微妙。

「とりあえず、入れてみよう」

「ん」

 鍋の上でパックを傾けると、正確に正方形に切られた豆腐がどぼどぼ鍋に落ちていった。小さなパックとはいえ、二人前としてはやや多い。豆腐と卵の具だくさんスープみたいになってしまった。

「んじゃ、ちょっと盛り付けちゃうから待ってて」

「ん」

 裕生が何かの粉を溶いて鍋に入れると、スープがとろんとしてきた。手際よくお椀にスープを取り分けていくのを、邪魔にならないように端に避けて待つ。

「じゃ」

「ん」

 お椀とスプーンを差し出され受け取る。お椀の中でキラキラ光る豆腐の自己主張が強い。量が多すぎてスープの水面?よりも盛り上がってしまっている。

「じゃ、いただきます」

「いただきます」

 キッチンで立ったまま食べ始める裕生に合わせて、私も中華スープ……というか豆腐スープをひと掬いして口に運んだ。口に入れた瞬間、「中華!」って味が口に広がる。裕生が自信満々に中華といえばコレとか言っていただけのことはある。そこまで味は濃くなく、卵ともったりした感じのスープがなんだか優しい感じだ。豆腐も味は優しいのだが、量が優しくない。この半分……いやもっと少なくても良さそうだ。

「ん、けっこううまくできた」

「ん。美味しい」

「これさ、豆腐がいいね。大きさが絶妙。さすがスキル持ち」

「うざ」

「いや本当に。なんていうか、丁度いい?つるつる邪魔にならない感じ」

「んー、まあ確かに」

 量が多いのはともかく、確かに舌触りというか、食べていて心地よい大きさではある。だから何だって話だが。

「良かったじゃん。中華スープ作り放題」

「そんな作らないでしょ。毎日中華とか」

「んー、でもこれなら毎日食べたいかも」

「は?何それ。プロポーズかよ」

 途端に裕生の顔が真っ赤になった。口に運びかけていたスプーンから豆腐がポロポロ落ちて、お椀に戻っていく。

「は?バカじゃねーの」

「……バカ言うやつがバカ」

「うっせ」

 裕生がお椀を口に付けてスープを一気に流し込んだ。動揺が伝わってきて、私まで顔が熱くなってくる。

 中華スープが熱いせいだ、きっと。豆腐の割合が高すぎるお椀の中にスプーンを突っ込む。『豆腐を中華スープに入ってるくらいに細かく切るスキル』って何だよ、マジで。何の役に立つっていうんだ。

 視界の端にドヤ顔で「今、役に立ってるでしょ?」とサムズアップする女神が見えた気がして、私もお椀に口を付けて残りを流し込む。スキルで正確に切り刻まれた豆腐が、ムカつくくらいつるつる口当たりよく通り過ぎていった。

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