8
---
数時間後、事件は学院全体に知れ渡った。校長室では、校長とアルト、エリーゼが事後処理について話し合っている。朝の光が窓から差し込み、長い夜が終わったことを告げていた。
「ルドルフ教授には厳重な処罰を下します。そして、魔導書は再び厳重に封印されました」
校長の言葉に、アルトは安堵のため息をついた。
「これで学院の平和が戻りますね」
「ええ。あなたがたのおかげです」
校長は深く頭を下げた。
「ところで、アルト殿。若返りの術の効果は?」
「幸い、まだ完全には失われていません。しばらくは学生として過ごせそうです」
アルトの答えに、エリーゼは嬉しそうに微笑んだ。
「それなら、まだ一緒に学院生活を送れるのね」
「ええ。あなたと過ごす時間は、私にとって新しい発見の連続です」
二人は見つめ合い、自然と笑顔になった。
「それでは、トム君の回復具合はいかがですか?」
「医務室で休んでいますが、幸い後遺症はないようです」
「よかった...」
エリーゼが安堵の表情を見せた。
「彼には記憶の混乱があるかもしれませんが、時間が解決するでしょう」
「そうですね。皆で支えてあげましょう」
校長は二人の絆の深さに感動していた。
「君たちを見ていると、希望を感じます」
「ありがとうございます」
「これからも、学院をよろしくお願いします」
「はい。微力ながら、お手伝いさせていただきます」
会議を終えると、アルトとエリーゼは学院の庭を散歩した。
---
その日の夕方、アルトとエリーゼは学院の庭を散歩していた。事件の解決により、学院には平和な日常が戻っている。生徒たちの笑い声が響き、穏やかな風が木々を揺らしていた。
「本当に終わったのね」
エリーゼが安堵の表情で呟いた。
「ええ。これで皆安心して学院生活を送れます」
「でも、少し寂しくもあるわ」
「どうしてですか?」
「スリルのある調査も、それなりに楽しかったもの」
エリーゼの言葉に、アルトは笑った。
「あなたって、案外冒険好きなんですね」
「祖母譲りよ。きっと冒険者の血が流れてるの」
「セレスティアも、そう言いそうですね」
二人は笑い合った。
「アルト様、本当のことを教えて」
エリーゼが立ち止まり、真剣な表情でアルトを見つめた。
「本当のこと?」
「若返りの術を完成させた理由。本当は、もう一度青春をやり直したかったからでしょう?」
アルトは驚いた。エリーゼの洞察力は、彼の心の奥底まで見抜いている。
「...その通りです」
アルトは素直に認めた。
「長年の戦いと隠居生活で、私は多くのものを見失っていました。仲間との友情、純粋な学びへの喜び、そして...」
「そして?」
「恋愛への憧れです」
アルトの言葉に、エリーゼの頬が薄紅色に染まった。
「私は80年以上生きながら、真の恋愛を知らずにいました。戦いに明け暮れた人生で、そんな感情を抱く余裕がなかったのです」
「でも今は?」
「今は、あなたと出会えました」
アルトは優しく微笑み、エリーゼの手を取った。
「あなたといると、若い頃には感じられなかった温かい気持ちになります。これが恋愛なのかもしれません」
「私も...私もアルト様のことが...」
エリーゼは恥ずかしそうに俯いたが、その手はアルトの手をしっかりと握り返していた。
「大好きです」
「私もです、エリーゼ」
夕日が二人を優しく照らし、新しい恋の始まりを祝福しているかのようだった。
「これからも、一緒に学院生活を送りましょう」
「はい。そして、新しい冒険があなたを待っていても、私も一緒に行きます」
「ありがとう、エリーゼ」
二人は見つめ合い、ゆっくりと近づいていく。初々しい恋人同士のように、そっと額を合わせた。
「愛してるわ、アル」
「僕も愛してます、エリーゼ」
学院の鐘が夕暮れを告げる中、伝説の魔術師と天才少女の新しい物語が始まろうとしていた。
---
## エピローグ 新たな始まり
それから一年後の春。
桜が美しく咲き誇る学院の庭で、アルトとエリーゼは仲良く読書をしていた。二人とも上級生となり、後輩たちの指導も任されている。
「アル先輩、この魔術式の意味を教えてください」
一年生の少女が駆け寄ってくると、アルトは優しく微笑んで説明を始めた。
「これは魔力の流れを安定させるための基礎的な術式ですね。ポイントは...」
丁寧で分かりやすい説明に、少女は目を輝かせて聞き入っている。
「ありがとうございます!アル先輩の説明は本当に分かりやすいです」
「どういたしまして。分からないことがあったら、いつでも聞いてくださいね」
少女が嬉しそうに走り去った後、エリーゼが楽しそうに笑った。
「相変わらず、教えるのが上手ね」
「80年の経験は伊達ではありませんから」
「でも、昔のあなただったら、こんなに優しく教えられなかったでしょう?」
エリーゼの指摘に、アルトは考え込んだ。
「確かに。若い頃は自分の実力を証明することばかり考えていました」
「今のあなたは、人を思いやる心を持ってる。きっと年齢を重ねたからこそよ」
「そして、あなたと出会えたからです」
アルトは照れくさそうに答えた。二人の関係は、この一年でさらに深まっている。
「そういえば、来月祖母のお墓参りに行くの。一緒に来てくれる?」
「もちろんです。セレスティアに、あなたとの出会いを報告したいと思っていました」
「きっと祖母も喜ぶわ」
桜の花びらが風に舞い、二人の周りをひらひらと踊っている。
「この一年、本当にいろいろなことがありましたね」
「そうね。でも、すべて良い思い出よ」
二人は去年の出来事を振り返った。黒幕との戦い、正体の発覚、そして芽生えた愛情...
「あの事件がなければ、私たちは出会えなかったかもしれません」
「運命って不思議ね」
「本当に」
「トム君も、すっかり元気になったしね」
「ええ。記憶の混乱もなくなって、今では立派な魔術師を目指しています」
「私たちも良い先輩でいなくちゃ」
「そうですね」
午後の陽射しが暖かく、平和な学院生活を象徴している。
「アル、実は相談があるの」
「何でしょうか?」
「卒業したら、一緒に冒険の旅に出ない?」
エリーゼの提案に、アルトは目を見開いた。
「冒険の旅?」
「ええ。世界中を回って、困っている人々を助けるの」
「それは素晴らしいアイデアですね」
「本当?」
「はい。あなたとなら、どんな冒険も楽しくなりそうです」
「やったあ!」
エリーゼは嬉しそうに手を叩いた。
「でも、まずは卒業まで学院生活を楽しみましょう」
「そうね。まだやりたいことがたくさんあるもの」
「例えば?」
「学院祭の出し物とか、魔術研究とか...」
「それに、二人だけの時間も大切にしたいですね」
アルトの言葉に、エリーゼの頬が赤く染まった。
「そ、そうね...」
「一緒にいる時間が、僕にとって一番の宝物です」
「私も同じよ」
二人は手を取り合い、幸せを噛み締めた。
「若返りの魔術って、すごいわね」
「どうしてですか?」
「あなたに新しい人生をくれただけじゃなくて、私との出会いも運んでくれたから」
「確かに。最高の魔術でした」
夕方になり、学院の鐘が響く。
「そろそろ寮に戻りましょうか」
「そうね。今日は宿題もあるし」
「一緒に勉強しませんか?」
「喜んで」
二人は立ち上がり、手を繋いで学院に向かった。
「アル、愛してるわ」
「僕も愛してます、エリーゼ」
桜並木の下を歩く二人の姿は、まるで絵画のように美しかった。
---
その夜、アルトは自分の部屋で日記を書いていた。
『今日もエリーゼと素晴らしい時間を過ごした。彼女といると、まるで本当の青春を取り戻したような気分になる。若返りの魔術を研究して本当に良かった。
これから卒業まで、彼女との時間を大切にしよう。そして卒業後は、二人で新しい冒険に出発する。きっと素晴らしい旅になるだろう。
セレスティア、君の孫は本当に素晴らしい女性に成長したよ。君と同じように、正義感が強くて、優しくて、美しい。君もきっと誇らしく思っているだろう。
僕は幸せだ。長い人生で初めて、心の底から幸せだと言える。』
日記を書き終えると、アルトは窓辺に立った。夜空には星々が美しく輝き、平和な学院を見守っている。
「明日も、きっと素晴らしい一日になる」
彼は心の中でそう誓い、ベッドに入った。
隣の部屋では、エリーゼも同じように星空を見上げていた。
「おやすみなさい、アル。明日も楽しみにしてるわ」
小さく呟いて、彼女も眠りについた。
学院は静寂に包まれ、二人の恋人たちは幸せな夢を見た。
---
## 真のエピローグ
数年後。
魔術学院を卒業したアルトとエリーゼは、約束通り世界中を旅していた。困っている人々を助け、平和を守る冒険者として活動している。
二人の名前は、やがて新たな伝説として語り継がれることになる。「若き賢者アルとエリーゼの冒険譚」として。
しかし、それはまた別の物語。
今はただ、二人が幸せに過ごしていることを知っていれば十分だろう。
若返りの魔術がもたらしたのは、単なる若い肉体ではなく、人生をもう一度楽しむ機会だった。そして、真実の愛を見つける機会も。
魔術学院の桜は、今年も美しく咲き誇り、新しい生徒たちの門出を祝福している。そして時折、風に乗って聞こえてくる笑い声は、きっとアルとエリーゼの幸せな声に違いない。
物語は終わったが、二人の愛の物語は永遠に続いていく。
星空の下で交わした約束のように、永遠に。