表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/9


---


しかし、資料室の様子は一変していた。先ほどまで中央にあった魔法陣は消え去り、魔導書の姿もない。


「消えてる...」


「魔導書を持ち去られたようですね」


アルトは部屋を詳しく調べた。床には魔力の残滓が残っているが、手がかりになりそうなものは見当たらない。


「でも、誰が?そして何のために?」


「恐らく、その魔導書の力を利用しようとする者がいるんでしょう」


「利用って?」


「禁忌の魔導書には、強大すぎる力が封印されています。もしその力が解放されれば...」


アルトは言葉を続けることができなかった。その結末を想像するだけで、背筋が寒くなる。


「どんな力なの?」


「世界を滅ぼすほどの破壊力を持つ魔術が記されています」


「そんな危険なものが、なぜ学院に?」


「安全な場所で厳重に保管するためです。しかし、それが裏目に出たようですね」


アルトは後悔していた。もっと早く行動していれば、魔導書を守ることができたかもしれない。


「自分を責めてはダメよ」


エリーゼがアルトの心を読んだように言った。


「でも、僕がもっと注意深く...」


「あなた一人の責任じゃないわ。私たちは最善を尽くした」


「ありがとう、エリーゼ」


「それより、これからどうする?」


「まず、校長先生に報告しなければなりません」


「夜中に?」


「緊急事態です。時間を選んでいる場合ではありません」


アルトの判断に、エリーゼは同意した。


「分かったわ。一緒に行きましょう」


二人は図書館を出て、校長室に向かった。夜の学院を歩きながら、アルトは今後の対策を考えていた。


「エリーゼ、お聞きしたいことがあります」


「何?」


「あなたの魔術の才能...それは本当に祖母譲りですか?」


「どういう意味?」


「先ほどの魔力共鳴の際、あなたの魔力に特別なものを感じました」


エリーゼは少し考えてから答えた。


「実は、私にも分からないことがあるの」


「どのような?」


「時々、自分でも驚くような魔術を使えることがある」


「具体的には?」


「予知能力みたいなもの。未来の出来事を薄っすらと感じ取ることができるの」


アルトは驚いた。予知能力は、極めて稀な才能だった。


「それは貴重な能力ですね」


「でも、コントロールできないから困ってるの」


「訓練すれば、必ず制御できるようになります」


「本当?」


「はい。僕がお手伝いしましょう」


アルトの申し出に、エリーゼは嬉しそうに微笑んだ。


「ありがとう。心強いわ」


校長室に着くと、意外にも明かりが点いていた。


「まだ起きていらっしゃるようですね」


「こんな時間に珍しいわね」


アルトがドアをノックすると、すぐに校長の声が聞こえた。


「どなたですか?」


「アル・ノートンです。緊急事態が発生しました」


「アル君?こんな時間に...入りなさい」


二人が部屋に入ると、校長は深刻な表情をしていた。


「実は、私も異常事態を感じ取っていたところです」


「どのような?」


「学院全体に、不吉な魔力が漂い始めています」


アルトとエリーゼは顔を見合わせた。


「校長先生、お話があります」


アルトは今夜の出来事を詳しく報告した。図書館での調査、魔導書の発見、そして謎の空間に閉じ込められたこと。


「なんと...禁忌の魔導書が盗まれたと」


校長の顔は青ざめていた。


「申し訳ありません。僕の不注意で...」


「いえ、あなたのせいではありません。むしろ、よく調査してくれました」


「ありがとうございます」


「問題は、誰が魔導書を狙ったかです」


「学院の内部の者である可能性が高いですね」


アルトの分析に、校長は頷いた。


「ええ。外部の者では、あの資料室の存在を知ることは難しいでしょう」


「では、容疑者を絞り込む必要がありますね」


「そうですが、慎重に行わなければなりません。相手が誰であれ、今や強大な力を手にしています」


校長の言葉に、室内に緊張感が漂った。


「ところで、エリーゼ君」


校長がエリーゼに向き直った。


「はい」


「君もこの件に関わることになりますが、大丈夫ですか?」


「はい。微力ながらお手伝いしたいと思います」


「ありがとう。君の祖母、セレスティア様のことは聞いています」


「祖母を?」


「ええ。素晴らしい賢者でした。君にもその血が流れているのでしょうね」


エリーゼは誇らしそうに微笑んだ。


「それでは、今後の対策を相談しましょう」


三人は夜明けまで、対策会議を続けた。


---


翌朝、アルトとエリーゼは普段通り授業に出席した。しかし、二人の関係は昨夜の出来事で大きく変わっていた。


「おはよう、アル」


「おはようございます、エリーゼ」


「昨夜はお疲れ様」


「あなたもです」


他の学生たちには聞こえないよう、小声で会話を交わす。


「それにしても、まさか君がセレスティアの孫だったとは」


「運命的な出会いね」


「そうですね。きっと彼女が引き合わせてくれたのでしょう」


「私もそう思う」


朝の授業が始まると、二人は普段通り学生として振る舞った。しかし、内心では魔導書を盗んだ犯人について考えている。


「犯人の手がかり、何かないかしら」


エリーゼが小声で呟いた。


「注意深く観察してみましょう」


「そうね。でも、あまり怪しまれないように」


授業中、アルトは教師や学生たちの様子を観察していた。しかし、特に怪しい行動をする者は見当たらない。


昼食時間になると、二人は人目につかない場所で相談した。


「何か気づいたことは?」


「いえ、特には...あなたは?」


「僕も同じです。皆普通に見えます」


「案外、巧妙に隠してるのかもしれないわね」


「その可能性もありますね」


「でも、必ず何らかのサインがあるはず」


エリーゼの言葉に、アルトは同意した。


「そうですね。魔導書のような強大な力を扱えば、必ず魔力に変化が現れます」


「私の予知能力で、何か感じ取れるかもしれない」


「無理をしてはいけません」


「大丈夫よ。試してみる」


エリーゼは目を閉じ、集中し始めた。しばらくして、彼女の表情が険しくなった。


「どうしました?」


「何か...不吉な気配を感じる」


「どこからですか?」


「分からないけど、とても近い場所」


「近い場所?」


「学院内のどこか」


アルトは周囲を見回したが、特に異常は感じられない。


「もう少し詳しく分かりませんか?」


「ごめんなさい。まだコントロールできないの」


「大丈夫です。少しずつ慣れていきましょう」


午後の授業でも、二人は注意深く観察を続けた。


---


その日の夕方、実戦魔術の授業中に事件が起こった。


「それでは、今日は少し高度な魔術を練習してみましょう」


ハートウェル教授が授業を始めると、学生たちは期待に満ちた表情を見せた。


「まず、中級の攻撃魔術から...」


教授が魔術の実演を始めたとき、突然異変が起こった。教授の魔術が予想以上に強力になり、練習場の壁を破壊してしまったのだ。


「え?」


教授自身も驚いている。明らかに、いつもより強すぎる魔術が発動してしまった。


「教授、大丈夫ですか?」


学生たちが心配そうに駆け寄る中、アルトとエリーゼは顔を見合わせた。


「これも異常事態の一つですね」


「ええ。魔力の暴走が教師にまで及んでる」


「事態は思ったより深刻かもしれません」


授業は中止になり、学生たちは寮に戻ることになった。アルトとエリーゼも寮に向かいながら、今日の出来事について話し合った。


「ハートウェル教授の魔力暴走、偶然じゃないわよね」


「はい。恐らく、魔導書の影響でしょう」


「でも、なぜ教授が?」


「魔導書が解放されれば、周囲の魔力環境に影響を与えます」


「つまり、学院全体が危険ということ?」


「その可能性があります」


二人の表情は深刻だった。


寮に戻ると、アルトは部屋で一人考え込んだ。


「このままでは、もっと大きな事故が起こるかもしれない」


窓の外を見ると、学院の建物が夕日に照らされて美しく見える。しかし、その美しさの裏に、大きな危険が潜んでいることを彼は知っていた。


「明日も調査を続けよう」


その時、ドアがノックされた。


「はい」


「アル、私よ」


エリーゼの声だった。ドアを開けると、彼女が心配そうな表情で立っている。


「どうしました?」


「少し話したいことがあって」


「どうぞ、入ってください」


エリーゼは部屋に入ると、窓際に立った。


「今日のハートウェル教授の件、気になってるの」


「僕もです」


「それに、昼間感じた不吉な気配も」


「何か新しく分かったことが?」


「実は、夕方からその気配がより強くなってる」


アルトは驚いた。


「より強く?」


「ええ。まるで何かが近づいてるみたい」


「危険な予感がするということですか?」


「そう。とても悪いことが起こりそうな...」


エリーゼの予知能力が警告を発しているようだった。


「分かりました。今夜も調査してみましょう」


「ありがとう。一人じゃ不安だった」


「大丈夫です。僕がついています」


アルトの言葉に、エリーゼは安心したように微笑んだ。


「それじゃあ、また夜中に」


「はい。気をつけて部屋に戻ってください」


エリーゼが去った後、アルトは再び窓の外を見つめた。


「今夜は、きっと何かが起こる」


彼の直感が、そう告げていた。夜が更けるにつれ、学院に漂う不吉な気配はますます濃くなっていく。


「セレスティアの孫と一緒に戦うことになるとは...」


運命の皮肉を感じながら、アルトは今夜の調査に向けて心の準備を整えた。月が昇り始める中、新たな危険が学院に迫っていることを、まだ誰も知らなかった。


---


深夜12時。約束の場所で落ち合った二人は、今夜こそ真相に迫ろうと決意していた。


「今夜は何か違う」


エリーゼが不安そうに呟いた。


「僕も感じます。より強い邪悪な気配が...」


「でも、だからこそ真実を知らなければ」


「そうですね。行きましょう」


二人は手を取り合い、暗闇の中を歩き始めた。今夜の調査が、どのような結末を迎えるのか、それはまだ誰にも分からなかった。


学院の上空には、不吉な雲が広がり始めていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ