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昼食時間、アルトは食堂で一人静かに食事をしていた。広い食堂には学生たちの笑い声が響き、和やかな雰囲気に包まれている。
「一人で食べてるの?」
突然声をかけられ、アルトは顔を上げた。トムが笑顔で立っている。
「ああ、トム君。はい、まだ知り合いが少なくて」
「僕たちと一緒に食べない?」
トムは数人の学生を連れてきた。
「こちらアル・ノートン君。今日から転入してきたんだ」
「初めまして。僕はサム・ブラウン」
「私はメアリー・ジョンソンです」
「ボブ・ウィルソンだよ」
「皆さん、よろしくお願いします」
アルトは丁寧に挨拶した。
「アル君、朝の授業すごかったね」
サムが興味深そうに言った。
「え、そうですか?」
「光魔術があんなに安定してるなんて、びっくりしたよ」
「僕なんて、まだ光を作るのがやっとなのに」
ボブが苦笑いを浮かべた。
「そんなことないです。皆さんも十分上手でしたよ」
アルトは謙遜したが、心の中では複雑な気持ちだった。
「アル君は、どこの村出身なの?」
メアリーが質問した。
「西の辺境の小さな村です。とても静かなところでした」
「家族は?」
「両親は早くに亡くなりました。一人暮らしでした」
アルトは用意していた設定を答えた。
「そうなんだ...大変だったね」
「でも、今は学院で新しい友達ができそうだ」
トムが明るく言った。
「はい、皆さんと知り合えて嬉しいです」
食事をしながら、アルトは彼らの会話に耳を傾けていた。
「最近、夜中に図書館で変な光が見えるって話、知ってる?」
トムが小声で話し始めた。
「ああ、僕も聞いた。警備員が調べに行ったけど、何も見つからなかったらしいよ」
サムが答えた。
「それに、魔術の授業中に突然魔力が暴走する生徒も増えてるし...」
メアリーが不安そうに言った。
「怖いよね。一体何が起きてるんだろう」
ボブも心配そうだった。
アルトは慎重に質問した。
「いつ頃からそんなことが起きているんですか?」
「うーん、一ヶ月くらい前からかな」
「最初は偶然だと思ってたけど、だんだん頻繁になってきて」
「先生たちも調査してるみたいだけど、原因は分からないみたい」
学生たちの不安そうな表情を見て、アルトの使命感がさらに強くなった。
「確かに不安になりますね。でも、きっと先生たちが解決してくれますよ」
「そうだね。アル君が言うと、なんだか安心する」
トムが笑顔を見せた。
「ありがとうございます」
食事を終えて食堂を出ようとしたとき、アルトは一人の少女と目が合った。長い銀髪と澄んだ青い瞳が印象的な美しい少女で、彼女の瞳には並外れた知性と好奇心が宿っている。
「あの子は...」
その瞳がアルトを見つめる視線には、なぜか探るような色があった。
「どうしたの、アル君?」
「いえ、何でもありません」
アルトは慌てて視線を逸らした。しかし、あの少女の視線が気になって仕方ない。
「あの銀髪の子、知ってますか?」
「ああ、エリーゼ・ベルナールのことだね」
トムが答えた。
「エリーゼ・ベルナール?」
「学院でも有名な天才少女だよ。魔術の才能が抜群で、いつも首席の成績」
「そうなんですか」
「でも、ちょっと近寄りがたい雰囲気があるんだよね」
サムが付け加えた。
「高嶺の花って感じかな」
ボブも同意した。
「確かに美人だしね」
メアリーも認めた。
アルトは直感的に、この少女が普通の学生ではないことを感じ取った。彼女の目には、アルトと同じような深い知識と洞察力が隠されているようだった。
「エリーゼ・ベルナール...覚えておこう」
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午後の授業は実戦魔術の練習だった。広い練習場で、学生たちがペアを組んで魔術の攻防を行っている。
「それでは、二人一組になって練習してください」
教授の指示で、学生たちがペアを作り始めた。アルトは誰とペアを組もうか迷っていると、後ろから声をかけられた。
「君、一緒に練習しない?」
振り返ると、昼食時に見かけた銀髪の少女が立っていた。近くで見ると、その美しさは一層際立ち、アルトは一瞬息を呑んだ。
「もちろんです。僕はアル・ノートン」
「エリーゼよ。エリーゼ・ベルナール。よろしくね」
二人は練習場の一角で向かい合って構えを取った。エリーゼの立ち居振る舞いには、長年の訓練に裏打ちされた自信と優雅さがある。
「転入生の君のこと、朝から話題になってるわ」
「そうですか?」
「光魔術がとても上手だったって」
エリーゼの言葉に、アルトは警戒した。
「たまたまうまくいっただけです」
「そうかしら?」
彼女の瞳が、探るようにアルトを見つめる。
「それでは、始めましょうか」
アルトは話題を変えようとした。
「ええ。手加減しないから、覚悟してね」
エリーゼが魔術の構えを取る。その姿勢は完璧で、無駄が一切ない。
「では、お互いに」
「風の刃」
エリーゼが唱えた魔術は、基礎的なものでありながら驚くほど洗練されている。魔力の制御が完璧で、威力と精度が両立している。
「すごい技術ですね」
アルトは素直に感嘆した。これほどの才能を持つ学生がいることに、純粋な驚きを覚える。
「ありがとう。でも、あなたの方がもっとすごいわ」
エリーゼの言葉に、アルトは内心で警戒した。
「そんなことは...」
「魔力の流れの制御、魔術の発動タイミング、すべてが教科書通りを超えてる」
彼女の分析は的確すぎて、アルトは背筋に冷たいものを感じた。
「まるで長年の経験があるみたい」
「考えすぎですよ。僕はただの転入生です」
「本当に?」
エリーゼの瞳が、さらに鋭くアルトを見つめる。
「は、はい...」
アルトは動揺を隠しきれない。この少女は間違いなく、ただ者ではない。
「氷の矢」
今度はエリーゼが氷系の魔術を放った。複数の氷の矢が美しい軌道を描いて飛んでくる。
「土の壁」
アルトは防御魔術で対応した。しかし、その防御も完璧すぎて、彼女の注意を引いてしまう。
「やっぱり...」
エリーゼが何かを確信したような表情を見せた。
「何か気になることでもありますか?」
「あなたの魔術、どこで学んだの?」
「村の長老に教えてもらいました」
「その長老さんは、どんな人?」
質問が続く中、アルトは答えに窮した。
「とても...とても尊敬できる方でした」
「もっと詳しく教えて」
「それは...」
「時間です!」
教授の声で練習が終了し、アルトは救われた。
「また今度、詳しく聞かせてね」
エリーゼは意味深な笑みを浮かべた。その笑顔は美しくもあり、同時にアルトにとっては脅威でもあった。
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練習が終わった後、アルトとエリーゼは練習場の端に座って休憩していた。夕日が練習場を赤く染め、穏やかな風が頬を撫でていく。
「アル、あなたって不思議な人ね」
エリーゼが唐突に口を開いた。
「どういう意味ですか?」
「魔術の知識が深いのに、なぜか基礎的なことから学んでる」
「それは、まだまだ未熟だからです」
「本当に?」
彼女の瞳には、確信めいたものが宿っている。
「まるで...」
「まるで?」
「まるで、昔からすべてを知ってるみたい」
アルトの心臓が早鐘を打った。エリーゼは明らかに彼の正体を疑っている。
「考えすぎですよ。僕はただの転入生です」
「そうかしら?」
「はい。普通の学生です」
「でも、あなたの魔術を見てると、何か懐かしい感じがするの」
「懐かしい?」
「私の祖母が話してくれた、昔の魔術師の話に似てるの」
アルトは動揺を隠そうとしたが、エリーゼの鋭い観察眼は見逃さなかった。
「祖母の話?」
「祖母は昔、勇者パーティで冒険していた賢者だったの」
「勇者パーティ?」
「ええ。いつも仲間の話をしてくれて、その中に素晴らしい魔術師がいたって」
アルトの心臓が激しく鼓動した。まさか、エリーゼの祖母とは...
「その魔術師の名前は?」
「アルトって言ったかな。伝説の魔術師アルト」
アルトは言葉を失った。エリーゼの祖母は、間違いなくセレスティア・ベルナールだった。
「あなた、その人に似てるの。魔術の使い方が」
「そ、そうですか?」
「ええ。とても似てる」
エリーゼの瞳が、さらに鋭くアルトを見つめる。
「まさか...」
「何でもありません」
アルトは慌てて否定した。
「でも、もしかして...」
「違います。僕は普通の学生です」
しかし、エリーゼの疑念は深まるばかりだった。
「そうね、きっと気のせいよ」
彼女は表面上は納得したように見せたが、その瞳には確信が宿っている。
「それじゃあ、今日はこれで」
エリーゼは立ち上がった。
「はい。お疲れ様でした」
「また明日ね、アル」
彼女は振り返って微笑んだが、その笑顔の奥には何かが隠されていた。
「また明日」
アルトは手を振り返したが、内心では困惑していた。
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夜が更けて寮に戻った後も、アルトはエリーゼのことを考え続けていた。窓の外では月が静かに輝き、学院の建物を銀色に照らしている。
「エリーゼ・ベルナール...セレスティアの孫娘か」
昔の仲間の孫と出会うなんて、運命的すぎる偶然だった。
「あの少女...一体何者なんだ」
彼女の鋭すぎる洞察力と、並外れた魔術の才能。そして何より、アルトの正体を見抜こうとするその執拗な探求心。
「セレスティアにそっくりだ。あの探究心と洞察力」
アルトは昔の仲間を思い出していた。セレスティアも、真実を追求することに情熱を燃やす人だった。
「だが、このままでは調査どころではなくなる」
彼は深いため息をついた。学院での生活は始まったばかりだが、すでに予想以上の困難に直面している。
「正体がバレる前に、何とかしなければ」
月明かりが部屋を静かに照らす中、彼は明日への対策を練り続けた。
「それにしても、学院の異常事態についても調べなければ」
今日聞いた学生たちの話を思い出しながら、アルトは情報を整理した。
「夜中の不審な光、魔力の暴走...何か大きな事件の前触れかもしれない」
窓の外を見ると、図書館の方角に微かな光が見えた。
「あれは...」
アルトは目を凝らした。確かに、図書館の窓に不自然な光が点滅している。
「学生たちが言っていた、あの光か」
彼は急いで服を着替え、部屋を出た。廊下は静寂に包まれ、誰もいない。
「今夜、調査してみよう」
アルトは慎重に寮を出て、図書館に向かった。夜の学院は昼間とは全く違う雰囲気で、どこか不気味な感じがする。
「気をつけないと」
彼は魔術で身を隠しながら、図書館に近づいた。しかし、図書館の近くまで来ると、光は消えてしまった。
「消えた...」
アルトは図書館の周りを調べたが、特に異常は見つからない。
「一体何だったんだ」
疑問を抱えたまま、彼は寮に戻った。
「明日も調査を続けよう」
ベッドに入ったアルトは、様々な疑問を抱えながら眠りについた。エリーゼのこと、学院の異常事態のこと、そして自分の正体を隠し続けることの難しさ...
「明日はどんな一日になるだろうか」
月が西の空に傾く中、アルトは不安と期待を胸に眠った。
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翌朝、アルトは早起きして図書館に向かった。昨夜の光の件を詳しく調べるためだった。
「おはよう、アル」
図書館の入り口で、エリーゼと出会った。
「エリーゼさん、おはようございます。早いですね」
「私、朝の図書館が好きなの。静かで集中できるから」
彼女の瞳には、昨日と同じような探るような色がある。
「僕も調べ物があって」
「何を調べるの?」
「魔術の基礎理論について」
「一緒に調べましょうか?」
エリーゼの提案に、アルトは少し迷った。
「いえ、大丈夫です」
「そう?でも、私も同じような本を読んでるの」
「同じような本?」
「古代魔術の研究書よ」
アルトは驚いた。なぜ彼女がそんな高度な本を読んでいるのか。
「古代魔術?」
「ええ。最近興味があって」
「具体的にはどのような?」
「封印術とか、失われた魔術の研究」
彼女の言葉に、アルトは警戒した。
「なぜそんなことに興味を?」
「学院で起きてる異常事態と関係があるかもしれないと思って」
エリーゼの答えに、アルトは驚いた。
「異常事態?」
「夜中の不審な光とか、魔力の暴走とか」
「君も気になってるんですね」
「ええ。何か大きな事件の前触れかもしれない」
彼女の分析は的確で、アルトは感心した。
「一緒に調べてみませんか?」
エリーゼの提案に、アルトは迷った。協力すれば調査が進むかもしれないが、正体を見破られるリスクも高まる。
「...分かりました。協力しましょう」
最終的に、アルトは調査を優先することにした。
「ありがとう。二人なら、きっと何かわかるはず」
エリーゼは嬉しそうに微笑んだ。
こうして、アルトとエリーゼの共同調査が始まった。二人は図書館で古い魔術書を読み漁り、学院の異常事態について情報を集めた。
「この本によると、古代には強力な封印術があったみたい」
「どのような封印術ですか?」
「危険な魔術や魔導書を封印する術」
エリーゼの説明に、アルトは心当たりがあった。
「もしかして、その封印が破られようとしているのかもしれません」
「そうね。それなら、最近の異常事態も説明がつく」
二人の推理は核心に迫っていた。しかし、アルトには言えない事実があった。封印された魔導書について、彼は詳しく知っているのだ。
「アル、あなた詳しいのね」
「え?」
「古代魔術について、とても詳しい」
エリーゼの指摘に、アルトは慌てた。
「いえ、本で読んだだけです」
「どの本?」
「えっと...」
「教えて」
彼女の追求に、アルトは困惑した。
「ちょっと思い出せません」
「そう...」
エリーゼは疑念を深めたが、それ以上は追求しなかった。
午前中いっぱい調査を続けた二人は、学院の異常事態について多くの情報を集めることができた。しかし、同時にアルトにとっては正体がバレる危険性も高まっていた。
「今日はここまでにしましょうか」
「そうね。でも、夜になったら実際に調査してみない?」
エリーゼの提案に、アルトは驚いた。
「夜に?」
「不審な光が見えるのは夜だから」
「危険じゃないですか?」
「二人なら大丈夫よ」
彼女の積極性に、アルトは圧倒された。
「...分かりました」
結局、アルトは夜の調査に同行することにした。
「じゃあ、今夜12時に図書館前で待ち合わせましょう」
「分かりました」
こうして、二人の本格的な調査が始まることになった。アルトにとって、エリーゼは頼もしい協力者であると同時に、正体を見破られる危険性を持つ存在でもあった。
夜が更けるまで、アルトは不安と期待の入り混じった気持ちで過ごした。学院の謎を解明することと、自分の正体を隠し続けることの間で、彼は複雑な心境だった。
「今夜、何かが起こるかもしれない」
月が昇り始める中、アルトは新たな冒険の始まりを予感していた。