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三日後の朝、アルトは庭で軽い魔術の練習をしていた。


「フレイム・ボール」


小さな火の玉を手のひらに作り出し、コントロールの練習をする。若い肉体になったことで、魔力の流れが格段に良くなっていた。


「これは予想以上だな。魔力の容量も回復力も、全盛期以上かもしれない」


アルトは満足そうにつぶやいた。長年の経験に若い肉体が加わったことで、理想的な魔術師になったと言えるだろう。


「それにしても、この三日間は村の人たちに説明するのが大変だった」


彼は苦笑いを浮かべた。孫だと偽ることで何とか切り抜けたが、怪しまれているのは間違いない。


「まあ、そのうち慣れるだろう」


火の玉を消しながら、アルトは空を見上げた。雲一つない青空が広がり、清々しい朝を演出している。


その時、空に巨大な影が現れた。見上げると、威厳ある老人が空飛ぶ絨毯に乗って降りてくる。


「あれは...まさか」


アルトは驚いて魔術の練習を中断した。その老人は魔術学院の校長、エドウィン・グレイベルドだった。


「おはようございます」


エドウィンは絨毯から降りると、アルトに向かって歩いてきた。その表情は深刻そのものだった。


「これは校長先生、こんな辺鄙な場所までわざわざ...どのような御用でしょうか」


アルトは慌てて練習を中断し、校長を出迎えた。


「君は...」


エドウィンはアルトを見つめ、目を細めた。


「君は一体何者だ?この強大な魔力、そしてこの若さ...」


「あの、僕は...」


アルトは返答に困った。正体を明かすべきか迷う。


「まさか...まさか君はアルト殿なのか?」


校長の鋭い洞察に、アルトは観念した。


「はい、お察しの通りです」


「やはりそうか。だが、この若さは一体...」


エドウィンは驚愕の表情を浮かべた。


「少々説明の必要な事情がございまして」


アルトは苦笑いを浮かべながら答えた。校長の驚いた表情を見て、自分の変化がいかに劇的だったかを改めて実感する。


「信じられん...伝説の魔術師が若返るとは」


「校長先生こそ、こんな辺鄙な村まで何の御用で?」


アルトは話題を変えようとした。


「ああ、そうだった。実は君に頼みがあって来たのだが...この状況では説明が必要だな」


エドウィンは混乱している様子だった。


「とりあえず、家の中で詳しくお聞かせください」


二人は家の中に移り、居間で向かい合って座った。暖炉の火がぱちぱちと音を立て、部屋を暖かく照らしている。


「まず、君の若返りについて説明してもらえるか?」


校長は紅茶のカップを手に、真剣な表情で尋ねた。


「20年間研究し続けた若返りの魔術が、ついに完成したのです」


「若返りの魔術だと?そんなものが本当に...」


「はい。時の流れを逆行させる究極の魔術です」


アルトは詳細な説明を始めた。


「理論的には不可能ではないと考えていましたが、実際に成功するとは思いませんでした」


「驚くべきことだ。君は魔術史に新たな1ページを刻んだぞ」


校長は感嘆の声を上げた。


「で、校長先生の御用件とは?」


「ああ、そうだった」


エドウィンは急に重い表情になった。


「実は、緊急事態が発生しているのです」


「緊急事態?」


「学院内で不吉な気配が日増しに強くなっており、生徒や教員の間で不審な出来事が相次いでいる」


校長の言葉に、アルトの表情が引き締まった。


「どのような出来事でしょうか」


「魔術の実験中に突然力が暴走したり、深夜に学院内で不気味な光が目撃されるといった報告が絶えません」


「それは確かに不審ですね」


「調査しようにも、内部の者では正体を見破られる恐れがある」


エドウィンは一息ついて、アルトの目を真っ直ぐに見つめた。


「そこで、あなたにお願いがあります」


「どのような?」


「学生として学院に潜入し、この謎を解き明かしていただけないでしょうか」


アルトは暫く沈黙した。外では風が木々を揺らし、葉っぱのざわめきが静寂を破っている。彼の心の中では、平穏な隠居生活への執着と、かつての仲間たちへの想い、そして正義感が複雑に絡み合っていた。


「学生として、ですか」


「はい。若返った今の姿なら、学生として潜入するのに最適でしょう」


「しかし、僕は既に80年以上生きています。今更学生生活というのは...」


「だからこそです。豊富な経験と若い肉体、これ以上の条件はありません」


校長の熱心な説得に、アルトは心を動かされた。


「生徒や教員に危険が及んでいるのですね」


「はい。このままでは取り返しのつかないことになるかもしれません」


「...分かりました。お引き受けしましょう」


最終的に、アルトの正義感が勝った。校長の顔に安堵の表情が広がる。


「ありがとうございます。本当に助かります」


「ただし、条件があります」


「どのような?」


「僕の正体は絶対に秘密にしてください。学生として自然に行動するためにも」


「もちろんです。それから、新しい身分が必要ですね」


「偽りの経歴を作るということですか」


「はい。辺境の村出身で、優秀な魔術の才能を持つ転入生という設定にしましょう」


校長は既に計画を練っていたようだった。


「名前はどうしましょうか」


「アル・ノートンというのはどうでしょう?」


「アル・ノートン...悪くないですね」


「では、詳細を詰めていきましょう」


夕暮れまで詳細な打ち合わせを続けた。偽りの身分証明書、経歴書、学院での部屋の手配まで、細かく計画が立てられた。


「これで準備は整いました」


校長は満足そうに頷いた。


「明日にでも学院に向かいますか」


「はい。一刻も早く調査を開始したいと思います」


「頼もしい限りです。では、私はこれで失礼します」


校長は立ち上がり、空飛ぶ絨毯に向かった。


「校長先生、最後に一つお聞きしたいことが」


「何でしょう?」


「この不審な出来事、何かご推測はありますか?」


エドウィンは少し考えてから答えた。


「正直なところ、禁忌の魔術に関係している可能性があります」


「禁忌の魔術?」


「学院には封印された危険な魔導書があります。もしそれが狙われているとしたら...」


校長の表情は深刻だった。


「分かりました。十分注意します」


「くれぐれも無理はしないでください。何かあればすぐに連絡を」


「はい」


校長は絨毯に乗り、夜空に消えていった。一人残されたアルトは、窓辺に立って星空を見上げる。


「まさか再び学院に戻ることになるとは...」


遠い星々がまたたく夜空を見つめながら、彼は新たな冒険への覚悟を固めていった。


「運命とは不思議なものだ。若返りの術を完成させたのも、きっと意味があるのだろう」


風が頬を撫で、まるで背中を押すかのように感じられた。


「よし、明日から新しい人生の始まりだ」


アルトは決意を新たにして、部屋に戻った。


---


学院への出発を翌日に控えた夜、アルトは久しぶりに学生服に袖を通していた。


「うーん、サイズはぴったりだな」


鏡の前に立ち、制服姿の自分を見つめる。深い紺色の制服は彼の若々しい容姿によく似合い、まさに現役の学生そのものだった。


「こんな日が再び来るとは思わなかった」


アルトは苦笑いを浮かべながら、襟を整えた。制服を着た瞬間、遠い昔の記憶が蘇る。


「初めて学院に入学した時も、こんな気持ちだったかな」


初めて学院に入学した時の緊張感、友人たちとの楽しい日々、厳しい試験の数々...


「あの頃は何も知らない青二才だった」


若い頃の自分を思い出しながら、アルトは感慨深げに呟いた。


「今度は豊富な経験を持った状態で学生生活を送ることになる。面白い体験になりそうだ」


書斎の机には、新しい身分証明書と偽りの経歴書が置かれている。


「アル・ノートン、か...しばらくはこの名前で生きることになるな」


アルトは書類に目を通しながらつぶやいた。偽りの人生を演じることへの複雑な心境と、新たな冒険への期待が胸の中で混在している。


「辺境の村出身、16歳、両親は既に他界...なかなか悲しい設定だな」


彼は苦笑いを浮かべた。


「だが、これなら誰も詮索してこないだろう」


荷造りを始めると、どの魔術書を持参するかで悩んだ。


「あまり高度な本を持っていると怪しまれるな」


結局、基礎的な魔術書を数冊選んで鞄に入れた。


「これで学生らしく見えるだろう」


荷造りを終えると、彼は外に出て夜風を浴びた。村は静寂に包まれ、家々の窓からは暖かい光が漏れている。


「この平和な村を離れるのは寂しいが...」


この平和な村を離れることへの寂しさと、未知への挑戦に対する高揚感が心を支配していた。


「学院での調査が終わったら、また戻ってこよう」


彼は村を見渡しながら、心の中で誓った。


「明日からは、伝説の魔術師アルトではなく、普通の学生アル・ノートンとして生きなければならない」


彼は空を見上げ、深呼吸した。星々が静かにまたたき、まるで彼の新たな出発を祝福しているかのようだった。


「さて、寝るとしよう。明日は早い」


アルトは家に戻り、ベッドに入った。しかし、興奮で眠れそうにない。


「どんな学生たちがいるのだろうか」


「授業はどんな内容なのだろうか」


「そして、不審な出来事の正体は...」


様々な思いが頭を巡る中、アルトはいつしか眠りについた。夢の中では、若い頃の学院生活が蘇り、懐かしい仲間たちの声が聞こえていた。


「セレスティア、君も元気でいるだろうか...」


夢の中で、アルトは昔の仲間の名前を呟いた。明日から始まる新しい冒険への期待と不安を胸に、彼は静かな眠りについた。


---


翌朝、アルトは早起きして出発の準備を整えた。


「よし、これで全て揃ったな」


鞄を肩にかけ、鏡で最後の身だしなみチェックをする。


「アル・ノートン、16歳。今日からはこの名前だ」


何度も確認した設定を心の中で復習する。


「絶対に正体がバレないように注意しないと」


彼は深呼吸をして、家を出た。


「それでは行ってくるよ、この家も」


振り返って家に別れを告げ、アルトは村を後にした。魔術学院への長い道のりが始まる。


朝靄に包まれた村の道を歩きながら、アルトは新たな人生への第一歩を踏み出した。若返りの魔術が導いた運命に身を委ね、彼は未知なる冒険の舞台へと向かっていく。


遠くで鐘の音が響き、新しい一日の始まりを告げていた。

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