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## 第一章 新たな始まり


穏やかな午後の陽射しが、小さな村の家々を温かく照らしていた。遠くの森からは鳥たちの心地よいさえずりが聞こえ、風に揺れる木々の葉が優しい音楽を奏でている。この平和な村の一角に佇む古い石造りの家で、アルトは書斎の机に向かっていた。


分厚い古書を広げ、羽根ペンを手に複雑な魔法陣の設計図を描いている。80年以上の歳月を重ねた彼の顔には、数々の戦いで培った深い知恵と経験が刻まれていた。しかし、その目には今でも燃え続ける知識への探究心が宿っている。


「ふむ、この魔力の流れをもう少し調整すれば...」


古い手で羽根ペンを動かしながら、アルトは独り言を呟いた。長年の研究の成果が、ついに形になろうとしている。


「いや、待てよ。この部分の魔術式に問題があるな」


彼は眉をひそめ、図面の一部を修正し始めた。完璧主義者である彼にとって、少しの妥協も許されない。


「もしこの理論が正しければ、時の流れすら逆行させることができるはずだが...」


アルトの心には期待と不安が入り混じっていた。もし成功すれば、誰もが不可能だと考えていた若返りの魔術が完成する。しかし、失敗すれば命を失う危険性もあった。


「20年...20年もかけて研究し続けてきた」


彼はため息をつき、窓の外を見つめた。村の子供たちが楽しそうに遊んでいる姿が見える。


「あの頃の自分も、あんな風に無邪気だったのだろうか」


遠い記憶を辿りながら、アルトは再び机に向かった。


「よし、ようやく完成だな」


数時間後、アルトは満足そうにつぶやき、羽根ペンを置いた。20年もの歳月をかけて研究し続けてきた秘術の完成図が、ついに彼の前に現れたのだ。


「これで本当に若返ることができるのだろうか」


彼は図面を見つめながら、内心で自問自答を繰り返していた。理論上は完璧だが、実際に試したことはない。


「だが、今更躊躇している場合ではないな」


アルトは決意を固めた。長い隠居生活で得た平穏も悪くはなかったが、心の奥底では再び冒険に満ちた日々への憧れが燻り続けていたのだ。


夕日が窓辺を赤く染める頃、アルトは立ち上がった。


「さて、いよいよ実験の時だな」


彼は家の裏にある小さな実験室へと向かう。石畳の床には精巧な魔法陣が刻まれ、部屋の四方には様々な魔術具が整然と並べられている。


「久しぶりだな、この部屋も」


実験室に足を踏み入れながら、アルトは懐かしそうに呟いた。この部屋で数々の魔術研究を行い、多くの発見をしてきた。


「今日という日が、新たな人生の始まりになるかもしれない」


彼は魔法陣の前に立ち、深呼吸をした。長年の経験から、この実験がいかに危険かを理解している。


「もし失敗すれば、この命はないかもしれない」


アルトは一人つぶやいたが、その声に迷いはなかった。


「だが、それでも構わない。このまま老いて死を待つよりは、よほどましだ」


彼の心には、確固たる決意があった。平穏な隠居生活を送っていても、どこか物足りなさを感じていたのだ。


「よし、始めよう」


魔法陣の中央に立ったアルトは、魔力を集中させ始めた。空気がぴんと張り詰め、魔法陣から青白い光が立ち上る。


「この魔術が成功すれば、再び若い肉体を手に入れることができる」


呪文を唱えながら、アルトは期待に胸を膨らませた。若い頃の自分がどんな姿だったか、もう曖昧になっているが、それでも楽しみだった。


「ルクス・テンポリス・レヴェルトス」


古代語で時の逆行を意味する呪文を唱えると、部屋全体が神秘的な光に包まれた。アルトの体を中心に魔力の渦が形成されていく。


「うおおお!」


予想以上の魔力の奔流に、アルトは思わず叫び声を上げた。全身に稲妻のような痺れが走り、意識が朦朧としてくる。


「これは...これほどの力が必要だったのか」


彼は歯を食いしばり、呪文を続けた。途中で止めれば、魔力の暴走で確実に命を失う。


「今こそ、新たな人生の始まりだ!」


最後の呪文を唱え終えると同時に、まばゆい光が部屋を満たした。アルトの意識は深い闇の中に沈んでいく。


---


「...ん?」


どれくらい時間が経ったのだろうか。アルトはゆっくりと目を開けた。実験室の床に倒れていた彼は、体に異変を感じて慌てて起き上がる。


「これは...まさか」


彼は自分の手を見つめて息を呑んだ。しわだらけだった手は、若々しく滑らかになっている。


「本当に成功したのか?」


アルトは震える手で鏡を取り、自分の顔を映した。そこには17歳の頃の端正な顔立ちと、しなやかな体つきが蘇っていた。


「まさか...まさか本当に」


鏡の中の自分を見つめながら、アルトは言葉を失った。理論では可能だと分かっていても、実際に若返った自分を見ると信じがたい。


「これが...これが昔の僕なのか」


若い頃の記憶が蘇ってくる。学院での生活、仲間たちとの冒険、初めて魔術を覚えた時の感動...


「体が軽い。こんなにも軽やかだったのか」


アルトは立ち上がり、軽く跳び跳ねてみた。老化による関節の痛みも、筋肉の衰えも全て消え去っている。


「素晴らしい。この研究は間違いなく成功だ」


彼は興奮を抑えきれずに実験室を歩き回った。


「でも、この姿では村の人たちに説明するのが大変だな」


アルトは現実的な問題に気づいて苦笑いを浮かべた。昨日まで老人だった自分が、突然若者になって現れたら騒ぎになる。


「まあ、適当に理由を考えよう。今は成功を素直に喜ぼう」


彼は再び鏡を見つめ、若返った自分に満足した。外の世界では星々が夜空にきらめき始め、新たな冒険の始まりを告げているかのようだった。

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