成熟した殿方達が二人揃えばつい左右を熟考いたします
午前の授業も無事終わり、昼食は大体一人なので食堂ではなく部屋に運ばせて食した。
食事が終れば、後は自由だ。
出かける仕度をしていると、扉をノックする音がしたので、要件を聞く為にグレーテが廊下へと出て行く。
「お嬢様、冒険者ギルドからお客様がいらしておりますが」
「そう、では応接間にお通しして。用意が出来次第向かいますと伝えてね」
返事の代わりにぺこりと頭を下げたグレーテが、一度廊下に出てまた戻ってきて着替えの手伝いを開始した。
外行きだが質素めのドレスを着て、応接間に向かうと、長椅子には二人の男が座っていた。
一人は恰幅もよく筋肉質の中年男性で、髪には白いものが混じり始めている。
茶色の髪に茶色の目の、にこやかな大男だ。
もう一人は、鋭い目つきで痩せ型の、灰色の髪に灰色の目の中背の男で、二人ともディートリンデが部屋に入ると椅子から立ち上がった。
「お待たせ致しました。当家の長女、ディートリンデと申します」
スカートを持ち上げて、膝を少しだけ屈してお辞儀をすると、二人は深々と頭を下げた。
「グルストで冒険者ギルドの長をしています、デニスと申します。こちらはハンターギルドの長、ツェーザルです」
紹介したのは大男で、紹介されたのが痩せ男だ。
ディートリンデは、二人の目の前の長椅子まで歩き、もう一度ちょこんと膝を屈めるだけの挨拶をしながら
二人を見上げた。
「わざわざご足労頂きありがとう存じます。わたくしの出した手紙の用件で間違いございませんか?」
「はい。伯爵様のご令嬢にあんなむさ苦しい所に来てもらう訳にはいきませんや」
デニスは楽しそうにガハハと笑いながら、隣に立っているツェーザルの背中をばしばしと叩いた。
悪くない。
ディートリンデはメンズラブも、おっさんラブもイケる口なのだ。
ですが、今は自粛しておきましょう。
「お二人とも楽になさって。手紙の通り、わたくしは家庭教師を探しておりますの」
「屋外屋内をとわず、罠の設置と解除、ってのは伯爵のお嬢さんにどんな理由がありますんで?」
にこやかにだが、油断無く如才ない雰囲気で、デニスが聞いてきた。
お茶を運んだ後に、壁際に立っているグレーテにまでは声は届かない仕様になっている。
応接室のテーブルの下にある絨毯は、防音の魔道具なのだ。
「残念な事に、我が家に鼠が出ますの。とても頭の良い鼠が…」
ディートリンデはふと視線を落として、そこで言葉を止める。
「ですが、大事にはしたくありませんの」
要するに泥棒が出るという匂わせである。
仕えている家人は基本的に、平民だが、帝国の法律は割と厳しい。
仕事を奪われて終わり、は大事にならなかった場合でしかない。
軽くて指や手を奪われ、最悪の場合は死刑だ。
もちろん盗んだものによって、その量刑は大きく異なるが、平民同士の盗難、貴族同士の盗難とは違う。
貴族が平民のものを盗んでも罪に問われない事はあるが、逆は極刑なのだ。
二人は顔を見合わせてから、ふむ、と唸った。
少なくとも、子供だと言ってあしらわれないで済んだようだ。
「もう一人、家庭教師を雇いたいと思っておりまして…」
言葉をかけると、二人が視線をディートリンデに戻した。
「帝国語以外の言語を学びたいのですが、特に王国語を急いで完璧に学びたいのです。
出来れば、唇を読めるくらいの精度で学びたいので、専門の方がいたらご紹介ください」
今何て?という顔を二人がするのをディートリンデは見逃さなかった。
だって仕方がないではございませんか?
遠くに見える殿方二人が親密そうに話していたら話を聞きたい。
でも聞こえなかったら、どう致しますの?
そう、唇を読むのですわ。
などとはとても力説できない。
代わりに弟を煙に巻いた論法で静かに微笑む。
「わたくし、将来政治に携わりたいと思っておりますの。出来るだけ完璧に、学びたいのですわ」
末恐ろしい少女がいたものである。
二人は、愕然とした表情で、目の前で静かに紅茶を嗜むディートリンデを見詰めた。
自分の小さかった頃を思い出して比べてみて、その違いにううむ、と唸る。
「勿論、紹介料も十分お支払致しますわ。紹介された方が、こちらの意向に沿って頂ける方でしたなら」
面接して駄目ならまた探せば良いし、倫理的な問題も当事者に丸投げできる寸法である。
ここにきてようやく、二人は頷き合った。
「アイツが適任なんじゃないか?」
「仕事も請けてないからな、ちょうどいい」
デニスの問いかけに、ツェーザルが頷き返す。
悪くないですわ。
わたくし、どちらもいけましてよ。
ディートリンデも関係ないカップリングの左右について頷いた。
「心当たりがお有りになりまして?」
頬をぽりぽりと武骨な指で掻きながら、デニスが頷いた。
「王国出身の冒険者で、あ、こっちは語学の方じゃなくて、その罠とかを解除してた奴で。
割と有名な新人冒険者だったんですが、主力の一人が怪我で断念して解散したってんで、たまたま今町にいるんです。
名前はアレンと言いますが、請けるかどうかは分かりませんし、粗野な奴なんでお嬢さんの方が気に入らんかもしれんですが…一応、紹介は出来るので、明日にでも寄越します」
「もし気に入られなかったら、ハンターギルドの方でも探しておきますので、ご安心を。
語学教師の方は、知り合いに…まあ、少しばかり変人ですが、語学には堪能なので、
一応紹介出来ます。本人が了承すればですが」
何だか訳有物件の紹介のようだわ…?
だが、ディートリンデも無理を言っている自覚はあるので、こくりと頷く。
特に鍵開け技能は急務なので、断らせなければいいだけの話なのだ。
「宜しいですわ。条件についてはこちらの紙に仔細を記載しておりますので、ご確認下さいませ」
覗き込んだ二人が、少し驚いたように目を瞠る。
「こりゃあ…破格ですなぁ」
「技術さえ学べればすぐに終わる可能性もございますので」
ディートリンデの言葉に、二人は納得したようにふむふむと頷いた。
一ヶ月に当たる平均的な収入を一週間で得られるのだから、悪い話ではないはずだ。
家庭教師に至っては、条件によっては家に部屋も用意できるので、食事も漏れなくついてくる。
「どうぞ、宜しくお願い致しますわね」
ディートリンデはにっこりと微笑んだ。