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ええ、社交を学びたいのです…特にお父様達の社交を

さて、弟の買収をどうしたものか、と部屋に戻ったディートリンデは思い耽った。

其々に家庭教師が付き、日ごろの交流は盛んではない。

食事時に顔を合わせ食事をするものの、グレンツェンもディートリンデも口数が多い方ではない。

大抵は父と母が必要な会話をし、それに返事をするくらいだ。


まだ幼い為、個人的な資産はそんなには無い。

弟に譲れるものは、最近献上された名馬の血筋の牝馬くらいだろうか。

艶々とした黒い毛並みが美しい子馬だ。


望むかは分からないけれど、まずそれで打診してみましょう。


早速、侍女のグレーテに言付けて、弟を部屋へ招く。

思い起こす限りでは、自室へ招くのは今回が初めてである。


「グレンツェン様が参られました」

「どうぞ」


返事をすると、グレンツェンの侍従のベルントが扉を開け、グレーテと共に室内に入って壁際に待機する。


「失礼します、姉上。何か御用でしょうか?」

「ええ。まずはかけて頂戴。グレーテ、お茶の用意を」


グレーテは静かに会釈をして、扉から出て行く。


「神聖国へ行くというお話だけれど、お父様も外交をなされると思うの」

「はい。そうでしょうね?」


それが何か?と言いたげに、グレンツェンは眉を上げた。

ディートリンデは、少し頷いて、革の表紙で綴じた紙束を机の上でグレンツェンに寄せる。


「こちらに、その遣り取りの一切を記録してきて欲しいの。後学の為に」


本当は勿論、萌えの供給の為である。

愛しい殿方と、一体どんな会話をなされるのか…。

という下品な目的でしかないのである。


「何故急に…政治に興味でもお有りなのですか?」

「ええ、とても興味がありますの」


お父様の、交友関係に。

特に親友と、振り回してくる美形の想い人に。

ものすごく、興味があるのですわ。


「本でしか得られない知識と、実際に行われる会話は全然違うと申しますでしょう?

会話は生き物と同じですわ。本に載っているだけでは、実戦では役に立たない事もあります」


そう。

本の中の物語は、言わば空想、妄想の類である。

本物のお父様と、麗しい人との会話から、過去にあった出来事や関係性を導き出して、

そして、じっくり堪能したい。


「ですから、なるべく緊密に、仔細を省かずに、書き記して欲しいの。

貴方も人間観察をする良い機会になると思いますわ」


何でもいいから、重箱の隅を突くように、舐めるように全部、全てを書いて欲しい。

出来る事なら自分で行きたいのだが、それは無理なのだから仕方ない。


ああ…そうね。

こんな時に欲しいわね、盗聴器。


どうでも良かった前世の知識から引っ張り出してきた、危ない道具である。

実際にはもう魔道具化されていそうだけど、どうなのかは今まで興味が無かったので分からない。

それは、不在の際に調べておくしかないようだ。

今回は間に合わないのが悔しいところだ。


「はあ……分かりました」

「お礼は、この前わたくしが頂いた黒い子馬で良いかしら?」


やる気があまり感じられない返事だったが、馬の話をした途端にびっくり驚いた、という顔を見せる。

グレーテが運んだ紅茶を飲みかけたのを戻して、テーブルに手を付き、前のめりになる。


「え?そんな事で、馬を譲るというのですか?」

「そんな事?貴方に重要さが伝わっていなかったようですわね?

言葉の端々に含まれる微妙な雰囲気で、同じ言葉でも意味が変わってきますのよ。

出来るならわたくしがご一緒したいくらいですわ」


どんな些細な遣り取りでも、色々な妄想が膨らみ、萌えが得られるのだ。

それはもう、思い切り馬を乗り継ぐ旅でいいのでついて行きたい。

血反吐を吐いてでも、這ってでも行きたい。


「え、いや、軽々しく扱ったつもりではなく、礼にしては過分かと……」


ディートリンデに気圧されたのか、グレンツェンはしおしおと席に座り直した。


「という事は、引き受けて頂けますのね?安心致しましたわ。

お父様にはそれとなく、帝国共通語での会話をして頂く様に前もってお願いしておくのですよ。

他の言語を使われて、会話が聞き取れないのでは元も子もありませんから」


礼について言及したのだから、もうこっちのもんだ!とばかりにディートリンデは畳み掛けた。

ついでに、一番の懸念材料である言語についての誘導も言いつける。

グレンツェンは、目を丸くして、それから素直に頷いた。



翌朝、陽も上りきらないうちに出立するから見送りは不要と言われて、

ディートリンデは普段通りの朝を迎えた。

食事の席に父と弟が一人いないだけなのだから、普段とそう変わりは無い。


「お母様、お願いがございますの。家庭教師を2、3増やして頂いても構いませんこと?」

「ええ。構わなくてよ。家令に直に交渉なさい。報告は彼から聞きますわ」

「ありがとう存じます、お母様」


無駄の無い会話で助かる、とディートリンデは僅かに微笑んだ。

家事については全て家令と侍女長が取り仕切っている。

家庭教師もその領分だ。

母は社交に勤しみ、家の事は家令及び自分の侍女から、領地の事は管理人から報告を受けるだけなのである。

ただし、痛くも無い腹を探られたくは無いので、実際は痛くもある部分も出来そうなのだが、

先手を打って報告しておけば、特に問題は起こらないだろうとディートリンデは踏んでいた。


授業を前倒しにしてもらい、今日の分の課題を急いで終らせると午後に空き時間を作れる。

その時間に冒険者ギルドにお邪魔して、直接依頼をしよう、とディートリンデは考えた。

事前に連絡の必要があるので、訪れる連絡を手紙にしたためて、従僕に命じて届けさせる。

準備は出来た。


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