わたくしの結婚よりお父様の三角関係の方が重要です
その日の晩餐の事である。
早目に戻った父ナハトが、家族に話があると切り出した。
「明日から暫く家を空けることになる。グレンツェンを連れて、ルクスリア神聖国へ赴く事になった」
父は神官の中でも割と高い地位にいるので、そういった呼び出しが割とあるのだが、
いつもは少なくとも1ヶ月前には決まっているので大変珍しい。
今まで気にしないのだが、今日からは違うディートリンデである。
父の「全くアイツは無茶を言いやがって」という呟きを聞き逃さなかった。
これは深く掘り下げなければいけないやつ。
「どんな用事で参られますの?」
何時もはあまり会話をしないディートリンデの質問に、ナハトは驚いたような目を向けた。
そして少し考えた後に、まあいいか、と言って教える。
「友人の娘が聖女候補になったから、その手助けをしにな」
「まあ…それは学園でご一緒した御友人ですの?」
「そうだな。我侭で面倒な奴だ」
まあ…!
まああ……!
我侭で面倒な美形に振り回されておいでなのね!?!?
無茶を言われて駆けつけてしまうとか、何て健気なのですか、お父様。
「一人娘だし、同じ歳だからな。折角だからグレンツェンと会わせてくる」
「婚約も視野に入れておりますの?」
と母エレオノーラが静かに質問した。
お母様ナイス!!
ディートリンデばかり食いついていたら不審がられるかと躊躇していた所である。
話題の中心は友人の「娘」なのだが、ディートリンデにとっては、やはりそれもどうでも良い情報だ。
だがしかし、小道具としては見逃せない。
それにしても、何て事。
結ばれなかった恋の末に、子供達同士を添わせるなんて、なんて、なんて、エモい。
「それは子供達次第だが、悪くない話だろう?ルーセンもジェラルドに呼び出されてるから、
多分アイツも連れてくるだろうしな」
「ええ、良いお話だと思いますわ。でも恋敵は多うございますわね」
母が賛成しつつ、しっとりと微笑む。
子世代の話はどうでもいいけれど、何ですって?
親友も、一緒に我侭に振り回され……えっ?我侭女王様に振り回される親友?
三角関係??
先程までの見守る構図は置いといて、これもまた美味しい。
メインディッシュは幾つあってもイケる口なのである。
ディートリンデは一分の隙もなく話を聞きながら、メインディッシュのステーキをもぐもぐと食べていた。
「でも、馬車のお仕度は宜しいのですか?」
「今回は教会の馬を乗り継いで行くから必要ない。急ぎなんでな」
「グレンツェンには大変じゃないかしら?」
心配を口にするけれど、止める気はないようだ。
エレオノーラは感情が分かりにくいし、軽くネグレクト気味でもある。
かといって、子供達を邪険にする事はない。
あまり興味がなさそうに見えて、最低限の心配や質問をする程度には思い遣りはあるようだ。
いわれた弟はメインディッシュに頬を膨らませながら、ぶんぶんと首を振った。
「大丈夫です。鍛えておりますので」
そういえば、剣の稽古に加えて乗馬の稽古も始まったと聞いていた。
既にディートリンデの背丈と同じくらいに身長も伸びている。
婚約とか、友人の娘に会う話にも特に関心は無さそうに、グレンツェンは食事をもりもり食べていた。
「先程仰ってましたけれど、リヴァノフ伯爵もいらっしゃるのでしょう?
御子息とディートリンデは歳も近いですけれど」
暗にディートリンデとリヴァノフ伯爵家長男レオニードとの婚約についてエレオノーラは聞いているのだ。
まさかこっちにくるとは思わなかった。
そうか、わたくしも結婚を考えなければならないのね。
ナハトはワインを傾けつつ、背筋を伸ばしてマナー通りに行儀良く食事をするディートリンデをちらりと見た。
「考えていない事も無かったが、状況が変わった。向こうで会った時に話をしてみよう。
一応聞くが、ディートリンデはどう思っている?」
「わたくしにはまだ早すぎますわ。淑女教育もまだ終えておりませんし、
色々な国の言葉ももっと学びたいですし…」
結婚したくありません、などとは口が裂けてもいえないので、曖昧に誤魔化しておく。
少なくとも学園に通いだすまでは何とかなるだろう。
その先はまた考えるとしよう。
この世界にも本当に同性を愛する人はいる。
偽装結婚なり、最悪親の言う通りに結婚するとしても、自分の聖域さえ守られれば問題はない。
ディートリンデは澄ました顔で方向性を決めて、
それでもなるべく自分の身の振り方は自分の望むように出来るようにしようと決意を固め、食事を続けた。
本当は旅に同行したいが、さすがにそれは無理なので、弟に全てを聞くしかない。
弟を買収しなければ。