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見つけましてよ、わたしの情熱(うんめい)を

元おばさん伯爵令嬢は、お父様の薄い本を作りたい



深窓の令嬢、麗しの姫君、だったはずなのだけれど。


少女は憂鬱な溜息を吐いた。

名前はディートリンデ。

アーベル伯爵家の長女である。


フォールハイト帝国は大陸の西部に位置するのだが、伯爵領はその中でも東に位置しているので、

ほぼ大陸の中央と呼んでも良い場所にある。

すぐ隣はルクスリア神聖国という立地もあり、代々聖職者の家系でもある。

伯爵領は大きくもなく、狭くも無く中程度だが、交通の要衝として税金による収入も多く、

幾つかある町も美しい為に観光地としても栄え、裕福な暮らしをしていた。

先祖代々生真面目なのか、受け継がれる財産も多いのだが、

帝国臣民にしては質素な暮らし振りかもしれない。


そんな家の長女に生まれたディートリンデは将来を約束されていた。

濡れたような漆黒の髪に、紺鼠色の物憂げな瞳。

透き通るような白磁の肌に、薄く色づいた唇。

切れ長の眼の端正な顔立ちだ。


父と母はそれなりに愛してくれている。

弟達もそれなりに可愛い。

礼儀作法や習い事は厳しいけれど、許容範囲内。


そんなある日、ディートリンデは父の書斎にある本を借りにと部屋に踏み入れた。

黒の家具と壁に囲まれた部屋は重厚な美しさがあり、壁に嵌めこんである本棚にはずらりと希少な本が並んでいる。

ふと、あるものが目に付いて、そちらに視線を向けると、幾つもの絵が壁に立てかけてあった。

有名な画家の絵画なら、廊下にも応接間にも沢山飾ってあるのだが、

それは人物画だった。


金色の髪の、儚くも美しい少女の絵。

年の頃は10代に見えるが、親族にもその配偶者にも絵の中の女性に似た人物は思い当たらない。

若かりし父の想い人だろうか、と側によって、床に座ると絵画を覗き込んだ。

一枚目の女性の絵を見終わって、横に退けると若かりし父だろうか、

黒髪に紺鼠色の青年の絵が現れる。


あまりの完璧さに息が止まりそうになった。


どくどくと心臓が音を立てて鳴り、眩暈を起こしそうになりながらその絵を脇に退ける。

これ以上直視したら心臓がもたない、と思ったのだが、続いて出てきた絵はそれ以上の破壊力だった。

二つの絵と比べたら大判の、制服を着た何人もの学生の絵だ。

中央に赤髪と金髪の女性が椅子に座っており、その間に凛々しい男性が腕を組んで立っている。

金髪の少女は先程の絵の女性と同じに見えた。

三人を囲むように、美男達がひしめいている。

その中に推定父もいた。

挑発的な微笑を浮かべる青年は先程と違った生き生きとした魅力に溢れている。


情報過多……っ


その時、その情報以上に過多な記憶がぶわっとディートリンデに流れ込んだ。


前世の記憶、というにはとても曖昧なものではあったが、死んだ時の年齢は50代。

喪女だった。

それはどうでもいい情報としてより分ける。


大事なのは、

BLだ。


アクティブかつ守備範囲の広い喪女だったので、乙女ゲーから漫画、小説、映画、芸能まで

二次から三次までイケる貴腐人であった。

収入の全てを推しと同人誌に注ぎ込み、新作は布教用まで押える。

夫はいないが、友人はいた。

充実した腐人生を歩んでいた。

階段を踏み外すまでは。


まあ、今更死の理由などはどうでも良かった。

それよりも、今抱えている情熱の行き先が分かったのだ。


お父様の薄い本が作りたい。


素敵な方達に囲まれる学生時代を送られたのですね、お父様。

どの方が恋人だったのかしら?

学生期間限定の、恋の戯れがあったのかしら?

この女性はフェイクでしたの?


「はあはあ…」


興奮し過ぎて、少し落ち着く必要がありそうだった。

心を落ち着けるように、そっと大事にその集合写真めいた絵画は出入り口付近に運ぶ。


これはわたくしの部屋に飾りましょう。


残りの絵は残念ながら、学生時代(黄金時代)のものはなく、幼い頃の父や、

結婚衣装に身を包んだ父と母の絵だった。


「……………」


自分の父を犠牲にするのはどうなのかしら?


ディートリンデは結婚式の絵を手に持ったまま、少しの間沈思した。

そこで、過去の記憶が少し掘り起こされる。

中学時代の親友は、自分の彼氏をBL漫画にしていた。

彼氏と同じ部活の親友と、親友の彼氏が逢引してキスしていたのを見て、

彼女が殺してしまうという何ともエキセントリックな漫画だったのだが…


いや、付き合ってるのお前じゃん……


と、当時も思ったものだった。

今もそう思う。

彼女は満面の笑みで「あの二人って怪しいよね」と言っていた。


お前の彼氏ぞ……


彼女は恋人として彼氏の事を好きだったし、

ディートリンデも親として父の事を愛している。


でも学生時代の父は別薔薇。

いえ、別腹。


「二次と三次の両立か…問題ないですわ」


ふむ、と頷いて、少女はすっくと立ち上がった。

こうなったら、家捜しの開始である。


執務机の引き出しを開けてみる。


開かない。


鍵がかかっているので、当たり前であった。

慎重に鍵の掛かっていない引き出しを見つけて開けてみる。


どこかに昔の手紙など無いかしら。


ごそごそと探すが、それらしいものは見当たらない。


「手ごわいですわね……」


父が聞いたら別に隠していないと言うだろう言葉を呟きながら、ディートリンデはとりあえず部屋を見回した。

ふと執務机の上を見ると、小さな箱がある。

ぱか、と開けて見ると手紙が収納されていた。


これよ、これ。これを探していたのですわ。


何の変哲も無い手紙だった。

領地の管理人やら、教会からの事務的な手紙だ。


すんっと意識が暗くなるが、まだ家捜しは始まったばかりだ。

だが取りあえず、一番大事なお宝は部屋に運ぶ事にする。

ディートリンデは外に待たせていた侍女のグレーテに、絵画と新しく借りる本を渡した。


「わたくしの部屋に運んでおいて。絵はまだ飾らなくていいので、布をかけておいてね」

「承りました」


ちらと絵に目をやった侍女は、それが高価な芸術品でなさそうだと分かると、

静かに頷いてそれを運んで行った。

すすっと扉の内側に戻ったディートリンデは、再度家捜しを開始する。

先程見つけたような、手紙を入れられる箱はないものかと、見回すと見つかったのだが鍵が掛かっていた。


「鍵を、かけすぎではありませんの?」


ぶつくさと文句が口から漏れる。

アーベル家は上位貴族なのだし、防犯面で言えばきちんとしているので文句を言う筋合いではない。

高い位置にある箱は取れないし、流石に本棚をよじ登るのは危険である。

ディートリンデは恨めしげに棚の上の方にある箱を見上げた。

命綱無しで崖を上るようなものである。

もし、取り返しのつかない怪我や、前世のように落下死してしまっては元も子もない。


お父様の妄想が出来なくなってしまう行動は控えるべきね。


仕方ないので高い場所にあるものは諦める。

代わりに低い位置にあるものを、舐めるように丹念に探していく。

絨毯の上を這いずり、隙間に何か落ちていないかもきちんと確かめた。

そしてやっと、念願の手紙の束を棚の中に見つけ、

ディートリンデは束ねてある紐を外して、中身を見る事が出来た。



読めなかった。





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