彼女を守るために後をつけていただけなのに ストーカーとかもう遅い、俺の愛を受け取れないというならば
ザクリッーー。
彼女の腹部に包丁を刺した。
なぜって?
彼女に振られたから。当然だろう。他人のモノになるくらいなら壊してしまった方がいい。
ざまぁ……。
ハッと目が覚めた。
パジャマをめくって、自分のお腹を見る。
何もない。刺された後も、血も。
「ぜ、絶対、付き合わないようにしないと」
開口一番、そう口にした。
そして気づいた。わたし、高校生の頃の部屋にいる。
ペタペタとお腹を触り、自分の部屋を見回す。大きな姿見用の鏡に映るのは、ティーンの私。茶髪で陽キャの印象を与えていた頃のイケてるわたし。
でも。
わたしは決意を固めた。汗だくのパジャマを脱いでしまう。まだ成長期の肉体は、未発達で魅力的とは言えない。姿見をマジマジと見る。
「戻ってきている」
今更、そんな、超常の現象を口に出して確認する。起きてすぐに分かっていたけど、どこか夢のような気分だった。夢で未来を見ていたような、そんな感覚。今さっきも白昼夢にいるような。
でも、今は、ハッキリと理解できる。戻ってきたんだ。あの頃に。
わたしを刺したのは、元カレだった。
元カレといっても、数ヶ月付き合って、二、三回デートしただけの存在。わたし的には、高校の初めに、ちょっと関わっただけという印象の子。クラスメイトだったかな。
「うん、よし。絶対に関わらない」
あれ、でもカレって誰だったけ。ぼんやりする。筋肉質でガッシリした印象ではなくて、優男で穏やかな声をしていた。誰だろう。なんで思い出せないの。
刺されたときも、あれは、白い痩せこけても、まだ顔立ちが整っている綺麗なーー。
そ、そうだ、わたし、高校の間はダサくしておこう。全然、未来につながらない恋愛だし、高校生の男友達とか大学でも全然関わらなかったはず。無意味だ。もっと女子の友人に力を使おう。女の友情は儚いって言われるけど、それはただ社会進出できてなかったから。経済的基盤と社会的地位があれば、友情だって守れる。
うんうん、元カレが誰か分からなくても、男子全員バイバイすればいいんだ。
そもそも高校の初めに付き合ったのは憶えている。告白してくる人は全員却下していこう。
伊達メガネをかけて、オールバックにした黒髪をヘアゴムで後ろでくくるだけ。おしゃれ?なにそれ、不特定多数の男子なんて気にしないから。目の保養はその辺の画像でやっててね、男子諸君。
スカートも校則を守ります。膝下10cm、これはダサい。まぁ、防御力がいいから採用。冬は下にジャージも履きます。
教室にイン。誰もが無言。でも、そそくさと席に着いた。
「瀧沢さん……だよね」
「うん、そだよー」
親友だったアイナが、苗字に「さん」まで付ける他人感を出してくれる。
「なに、ダサダサファッションが都会ででも流行ってるんの。やめなよ、鏡見てみ、そこには昭和の学級員長がーー」
他人行儀感があっという間に崩壊した。
「これからは優等生で通します。勉学に目覚めました、キリッ」
アイナは無駄に爆笑しながら、「形から入るアホがいるよ」とあきれていた。
「髪戻したの、せっかく色染めたのに。髪痛むよ」
「時代は黒髪。優等生が裏で犯罪をおかすのだよ」
「え、売るの。まさか男ウケ狙いで……」
「たしかに、それもアリだ」
まぁ、高校生で、そんなことして危ない橋を渡るわたしではないのだよ。
ただ、見栄ははっておこないと。性的に進んでいる感を出した方が、変な粘着質には効果的だし、女子のヒエラルキーでも優位だ。
昔は悪だった、みたいな男の見栄のごとく。
「サイテー」
「2億からオークションをかけようかな」
「どこから、そこまでの自信が」
冗談冗談ーー、ノリだけの会話。中身はすぐに忘れて、空気だけ残る。
その日の放課後、下駄箱に一通の手紙が入っていた。
差出人はーー。
なんだろう。まさか愛の告白……アホか。
屋上ねぇ、あんまりいいイメージないな。ガラの悪い生徒が描いた落書きだらけだし。別に不良がたむろしていたりはしないけど、好んで行きたいとも思わない。
少女漫画の恋愛シーンのような美しさのない場所だ。
「どうしたのー、こんなところに呼び出して」
屋上の先で、腕を伸ばしている。背中の髪が風になびいている。
振り返ると、にっこりと笑ってーー、わたしの腕を掴み、引き寄せて。
「バイバイ」
わたしは、落下した。
優しい声だった。
ハッと目が覚めた。
あれ、あれは誰だっけ。
ぼんやりしている。
三週目。
わたし、死んだ。
思考がまとまらない。まだ登校初日なのに、いきなり殺された。屋上にいたのはーー、誰。
なに、なんで思い出せないの。こんなの、またーー。
そうだ、きっと、向こうも記憶があるんだ。一周目の、二周目のーー、えっ、てことは、何度も殺されーー、いや、いや、いや、で、でも、不毛だよね。わたしが死ぬたびに繰り返すとしたら。殺す意味がない。
死が終わりにならないんだから。
目的は何、考えたって分かるはずがない。
「と、とにかく、誰なのかだけでも把握しないと」
予感がある。絶対にもう一度、わたしを殺しにくるって。何度も何度も、絶対に。
あ、そうか。不登校しよう。もともとわたしは、そんなに真面目な生徒ではないし、学校に行かなければ殺されることもない。
そう思っていた。
ザクリッ。
わたしの首にはナイフが刺さっていた。
ああ、そうか、家にあがれるぐらい親しいのか。
でも、あなたは誰なんだろう。
どんどん、わたしは、記憶が曖昧になっていく。執拗にわたしを狙うあなたを、わたしは忘れていく。
四周目。
登校中にバイクに轢かれた。そして、ひきなおされた。
意識が途切れた。
五周目。
お弁当を食べていたら、後ろから熱湯をかけられた。
はいはい、終わり終わり。
六周目。
わたしの爪を剥いで、指を折って、歯を抜いてーー、平たく言えば、拷問して、それから火をつけて殺した。
でも、もう、なにも思い出せそうにない。苦痛も、覚めたら、遠い現実。ホラー映画のヒロインが惨殺されたのを見たなぁ、程度の印象。
七周目。
一つ方法を思いついた。
クラスメイト全員の中で、一番記憶に残ってないのが、犯人なのでは。
なぜ、犯人の記憶が曖昧になるかは知らないけれど。記憶にない名前の生徒が犯人じゃない。
アイナじゃない。アイナはそんなことしない。だいたいカレだけど実は女の子でした、とかオチとしてサイテー。
いったい、そもそもわたしを何度も殺してなにがしたいわけ。
見つけた。記憶にない名前。
「きっと彼が、元カレだ」
「どういうつもり、何度も何度も、わたしになんの恨みがあるの」
「ああ、今回も失敗だ。彼女はまだ僕を憶えている」
「えっ……」
わたしは、気づくと死んでいた。一瞬で綺麗に心臓にナイフが刺さっていた。
「でも、さすがに八周目になれば、全部忘れているだろう。僕のことも、今までのことも」
「ふわぁ、眠い」
今日、学校あるよね。
〇〇くんに、宿題見せてもらおー。
あれ、なんか大事なことを忘れているような……気のせいかな。