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9 『氷の王子様』は『春の空の王子様』


今日もエイダ様についてお茶会にて社交の勉強をする。

私は公爵家の行儀見習いという立場なので家名は公爵家に預けおり家名を名乗ることはない。

そしてエイダ様と共に参加しているので行儀見習いとは言え公爵家に準ずる扱いをされる。



今日参加したお茶会は先日の豪雨で領地が大きな被害を受けたとされるドルマン伯爵家。

正直、お茶会をしている場合ではないだろうと思うのだが……。


先日、フリック先生に渡された課題の中に紛れ込んでいた報告書から私が怪しいと仮定した家なので普段であればお断りする。

しかしエイダ様の判断により、こうして参加することになった。




会場に到着し、本日の主催であるドルマン伯爵夫人そして伯爵令嬢にご挨拶に向かう。


前回のサベッジ侯爵夫人やローレンナ様と違いエイダ様や公爵家と友人関係というわけでもないので挨拶に向かったと言っても声をかけてもいいのは伯爵家よりも上位の爵位であるエイダ様。公爵夫人からである。


「ドルマン夫人。そしてご令嬢。本日はお呼びいただきありがとう。

先日の領地での災害に私共も心を痛めております。

早期のご復興ができることを祈っておりますわ」


「お気持ち痛み入ります。

本日はマグネ公爵夫人並びに行儀見習いご令嬢にご参加いただき感謝しております」



お互い軽く挨拶のみ行い、私はエイダ様の隣で礼をとっただけだった。

顔を上げたときにエイダ様をドルマン伯爵令嬢ソフィー嬢がキラキラした目で何か言いたげに立っているのが気になった。




私はエイダ様に付き添い決められた席に行く。

着席し、テーブルの上に乗るお菓子の山に驚きが隠せなかった。

私は小さく「エイダ様……」とつぶやく。

エイダ様の方を見ると軽くうなずかれただけだった。


テーブルには王都で今、流行のチョコレート系のお菓子やカラフルなマカロン。それにたくさんの焼き菓子が乗っている。

ドルマン伯爵領は酪農が盛んな領地なので、本来であればバターをふんだんに使用したお菓子。

牛乳、生クリームを使用したお菓子が並ぶべきである。




今回の災害で酪農関係に大きな打撃を受けたという情報は聞いていない。

もし今回のお茶会が領地のためのチャリティーだった場合必ず領地の物をテーブルに乗せ

『我が領の特産物は素晴らしいのでぜひお助いただけますように』

という暗黙のアピールがあってしかるべきである。


しかしそもそも今回のお茶会の招待状にはチャリティーの旨は記載されておらず、ただのお茶会という事になっている。

自領が大変な時にと眉をしかめる貴族夫人も少なくない。

そして本来であれば高位の貴族であるエイダ様に伯爵家以下が集まるお茶会に招待状を出すこともかなり眉をしかめられることである。




隣に座っている令嬢にそれとなく声をかける。

先ほどからテーブルの上を真っ白な顔色で呆然と見ている事が気にかかる。

ドレスは着ているがアクセサリー類をつけず、ドルマン伯爵令嬢のソフィー嬢に比べればかなり質素な身なりであった。



「初めまして。カローテ子爵令嬢様。

私、マグネ公爵家の行儀見習いのサリエラと申します。

お隣になったご縁ですし、よろしければ少しおしゃべりしていただけませんか?」


呆然としていたカローテ子爵令嬢が私の言葉にハッとして急ぎ自己紹介とあいさつをする。


「大変申し訳ありませんでした。

わたくしカローテ子爵家長女のニーナと申します。

マグネ公爵夫人、サリエラ様どうぞお見知りおきを」


オレンジ色の髪に緑の瞳のニーナ嬢は顔色を悪くしながら私たちに挨拶をする。

エイダ様は「よろしくね」とだけ言いこの場は私に任せると言った風だった。


「カローテ子爵領は今回の災害でかなり被害を受けられたとか……。

ご家族や領民の方々は大丈夫でしょうか?」


「……はい……。

ありがたいことに人的被害はございませんでした。しかし……」



目に涙を浮かべこぼれないように必死で歯を食いしばるニーナ様の様子に胸が痛む。


「カローテ子爵領でとれるイチゴなどのハウス栽培のフルーツ。私大好物でしたの。

早く復興されることを心からお祈りしております」


「……ありがとうございます……。

今、父も母も領地に戻り必死で復興に向けて動いております……」


膝の上でギュっとドレスを握り耐えるように言葉を紡ぐニーナ様。

私は思わずその手に自身の手を添え慰めるように話しかける。


「それではニーナ様は不安で落ち着かないですよね。

私で良ければお話を聞きますのでおっしゃってくださいね」



緑の瞳が私を恐る恐る見て揺れる。

泣くのを必死で我慢しているのだろう。

まだ12歳の少女が一人王都に残り領地が不安定ということも不安を募らせていっているはずだ。


「私……まだ何もできなくて……復興資金が厳しいとお父様が仰っているのを偶然聞いて……。

私も何かしなければと持っていたアクセサリーや宝石を売ってすこしばかり領地へ送ったのです。

けれどお父様もお母様も大変そうで……。

お金と共に送った手紙の返事は『すまない』の一言だったのです」




カローテ子爵家はドルマン伯爵家の領地のすぐ隣になる。

そしてその近辺を流れる大きな川のちょうど湾曲部にあたっているのがカローテ子爵領だ。

その川が氾濫し、湾曲部で溢れた水が大きな被害をもたらしている。


本来であれば河川工事も含め復興金と今回の被害による税収減少の補填金の多くはカローテ子爵家が受け取るべきである。


しかし、湾曲部の下流のほんの一部分だけドルマン伯爵家にかかっている。

交通の不具合もあってまだ王宮の調査隊も現地へ向かうことができない。

そのこともあって私が目にした資料では多くがドルマン伯爵領に充てられていた。


私は公爵邸にある資料や地図そしてカラスの報告を参考に立てた仮説であるが、このお茶会の異常さとニーナ様の様子と話から私の仮説は遠からずであるのではないかと考えた。

私とニーナ様が話し込んでいるとエイダ様のところに一人の少女がやってきた。



「マグネ公爵夫人! お探ししました! 今日はルイ様はご一緒ではないのですか?」


やってきたのは本日の主催のドルマン伯爵令嬢ソフィー嬢だった。

思わず顔をしかめそうになるのをグッと堪える。


『お探ししました』と言っているがまず主催者であれば参加者の席は把握しておくべきである。

そして、伯爵夫人からの紹介はあったけれど、エイダ様に直接ご挨拶もしていない状態で話しかけている。


更に、ルイの事をいきなり聞く。これも主催者であれば把握しているべきである。



エイダ様は手に持っていた扇で顔をさっと隠す。

暗に『あなたと話す気はない』という意思表示である。


さすがにその意味は分かったのだろう。

自分の無礼は気づかずにむくれた顔をするソフィー嬢。

すぐに私の方を向いて再度同じことを言う。


「あなた行儀見習いなのでしょう? ルイ様と知り合いじゃなくて?

本日はルイ様はお越しにならないの?」



いくら私が行儀見習いといえ、私はマグネ公爵家の行儀見習いである。

公の場にエイダ様と共に参加しているので公爵家に付随する人間として扱われるべきである。


離れて座っているならば多少は目こぼしが許されるが、エイダ様の隣に座っている限りこのような不遜な態度を許すことはできない。

しかし、ソフィー嬢に今そのことを注意したとしても意味をなさないであろうことは明白である。


私は彼女の不作法に対する不快さを押し込めて、情報を取ることを優先した。


「まぁすみません。わたくしサリエラと申します。

本日はお誘いいただき光栄ですわ。

残念ながら公爵家嫡男のルイ様は勉学がお忙しいため社交はされていないのですわ」


「そうなの。残念だわ。『氷の王子様』とお知り合いになりたかったのに」



「『氷の王子様』とは?」



眉根を下げてとても残念そうに言うソフィー嬢の言葉を不思議に思い思わず聞いてしまった。



「あら? あなた公爵家の行儀見習いなのに知らないの?

ルイ様は髪の色と瞳の色、そして誰にも笑顔を見せず淡々と会話される姿から『氷の王子様』として有名なのよ。

それに王太子様とよくご一緒におられるから、王太子様を『夜の王子様』と呼ぶのよ」



ルイがご令嬢方から人気があるのはうなずける。

公爵家の嫡男であり次期公爵。

そして王太子とは幼馴染であり本人がとても優秀であるからだ。


しかし『氷の王子様』と呼ばれていることは知らなかった。

私にとっては……と考え始めふと本来の目的を思い出した。



「それにしても……。ソフィー様の髪は本当に綺麗だわ。その髪留めもよくお似合いで」


彼女が自分の薄いピンクの髪を自慢に思っていることは知っている。

それを言えば大喜びで自ら様々な自慢を始めてくれた。


「そうなの! 最近お父様から贈られたのよ! このドレスも」


「こちらのお菓子類も最近王都で流行りのものばかりですよね?」


「そうなの! お母様とお父様とよくお店に通ってるのよ? 

あらそちらはカローテ子爵のところの娘じゃない。挨拶もなしかしら?」



私はソフィー嬢の言葉に思わず小さなため息をこぼし少し威圧を含んだ笑顔を向ける。


「ソフィー嬢?

私がマグネ公爵家の行儀見習いで本日エイダ様と参加しているのはご存知ですよね?

ソフィー嬢は私にご挨拶していただけました?

エイダ様にはご挨拶は?」



親切心からの言葉のように聞こえるが

『自分はもっと高位のものに挨拶をしていないのに』ということを含めて言っている。



私の言葉にソフィー嬢は自分の失態を思い出したのか急いでエイダ様に挨拶をする。

そして、そのままその場から逃げ出すように去っていった。

もう少し色々話を聞きたかったがこれは仕方ないとあきらめる。



席を立ったエイダ様についてニーナ様に挨拶をして帰宅することになった。


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