6 新しい可能性(ルイ視点)
2人でお茶を飲み、会話をしているとウトウトし始めたサリーに声をかける。
「サリー眠いならベッドに行こう。
眠るまでまた手を繋いでおくから」
僕の言葉に安心したようにこちらを見て微笑むのを確認してそっと手を握りサリーをベッドに連れて行く。
「また……本……一緒に読んでね……」
布団にもぐりこみながらとろとろした目をしながらサリーが言うのをクスリとして
「もちろんだよ」と返事をする。
サリーは僕と繋いでいない方の手でウサギのぬいぐるみを抱きしめ目を閉じるサリー。
すぐにスゥスゥと寝息を立て始めたので僕はそうっと部屋を出る。
部屋を出たところでクラリッサが立っていた。
「ルイ様、エイダ様がお待ちです」
「分かった。サリーは眠ったからまた時々様子を確認してくれ」
「もちろんでございます」
クラリッサの言葉にうなずき僕は母上が待つ部屋へ向かった。
「母上入ります」
母上に扉の前で声をかけ扉を開けると母上がお茶を飲んでいた。
「あぁルイ。いらっしゃい。
ちょうどお茶を飲んでいたからあなたもどうぞ」
「ありがとうございます」
そう言って母上の前の椅子に腰かける。
「やっとサリエラも少し落ち着いたようね」
「はい。今日は入浴をして疲れたようでいま眠っています」
「まぁこの調子で体力もつけばなんとか普通の生活ができるようになるわね」
母上の言葉に軽くうなずき、準備されたお茶を一口飲む。
すると母上は嬉しそうに僕の顔を見ながら口を開いた。
「さぁ、サリエラの事を教えてくれる?」
一日のうち数回僕はサリーの元に行っている。
僕と母上がサリーに会う時間はずれているため一日のうちこうして時々サリーに関しての情報を共有しているのだ。
「今日は図書室から鉱物の図鑑と花の図鑑を持っていきました。
最初絵本しか文字を読めなかったことを考えると異様なほど理解が早いと感じます」
「そうね。サリエラは私が教えたことも一度言えばすぐにできるようになるし記憶力もかなりのものね」
母上の話を聞きながら再びお茶を口にしながら考える。
サリーはほんの数日であっという間に様々なものを吸収していった。
最初は
「これはなって読むの? これはどういう意味?」
と何度も聞いていた
しかし最近は辞書を枕元に置き自身で調べ、時には僕が渡した本を読み切ったときなどには辞書を読んでいるときまである。
「すぐにというわけではないけれど、カラスになれる可能性はあるわね」
母上の言葉に思わず顔をしかめてしまう。
僕の表情を見て母上は困ったように微笑みながら僕に向かって再び口を開く。
「ルイ。このままカラスの事をサリエラに秘密にすることはできないわ。
今すぐは無理でも、あの子がせめて普通の生活が送れるようになれば伝えなきゃ……」
僕は納得できないが、公爵邸で過ごす限りいつかは関わることになるカラスという存在を知らせることは必要だと思い頷いた。
「それに、ちょうど先日ブローイン男爵の後継者としてサリエラが認められたわ。
あの子が成人したときに旦那様が認めればマグネ公爵が後ろ盾となり男爵家を復興できるの」
僕は母上の言葉に思わず目を瞠る。
母上はそんな僕の顔を見て苦笑いしながら話を続ける。
「ブローイン男爵の爵位は現状マグネ公爵の管理下に入ったの。
正当な血筋が残っているのならばということでサリエラは次期男爵として我が家で教育をすることになったわ。
だから別邸での生活ではなく、行儀見習いとして正式に我が家で引き取ることになったの」
母上の言葉に少し安心する。
まだカラスになっていない訓練期間であるひなガラスと呼ばれる子供たちは我が公爵家の各別邸で過ごすことになる。
親ガラスと呼ばれる指導係に面倒をみてもらいながらの生活なので親元を離れたとしても不自由なく生活できる。
しかしサリーを別邸に送ることを僕は認めることはできなかった。
だからサリーが本邸で生活できることは喜ばしい事だった。
「よかったです。ということは普通の生活ができるようになってもサリーはここで生活するのですね?」
「そうね。本来14歳で入学する学園も我が家から送り出すつもりよ。
ただ、今のままだと二年後に入学するのは難しいとお医者様が言ってたわ。
環境の変化に心と体が追いつくまで待つ方がいいと。
だから学園入学もルイと同じ時期と考えているの」
母上の言葉に賛成の意味を込めて強くうなずく。
今はまだ細くて小さいサリーだが年齢は僕よりも2歳上の12歳。
今まで人との関りが歪だったこともあり精神も幼く感じる。
これから公爵邸で生活することで心も体も健康体になるには時間がかかる。
ゆっくりとゆっくりとサリーが元のサリーを取り戻せればいいと思う。
「体が弱い貴族子女が入学を遅らせることはよくあると聞きます。
まずは体の健康を取り戻しつつ、ゆっくりとサリーが学べる環境を得られればと思います」
「そうね。旦那様が、次期領主の勉強もゆっくりとすればいいとおっしゃっていたわ。
今度、公爵領の代官をしていたフリックが家族でこちらに戻ってくるの」
「フリックが?」
「そうなの。お義父様とお義母様が若くして公爵位を旦那様に渡して早々に隠居されたからまだお元気でね。
領地の事は自分たちがするからフリックも久しぶりに王都で過ごすようにと計らいがあったらしいの。
だからこちらでフリックは働いてもらうつもり。
臨時の王宮事務官と我が家の家庭教師としてあなたとサリエラの勉強も見てくれるそうよ」
フリックの家系は代々公爵領の代官としてクライン男爵位を持って勤めてくれている。
ただ若くして隠居した先代公爵の代は王都に来て公爵家の執務を手伝うのが習わしだ。
フリックは明るくてとても聡明な人物で僕も公爵領に行ったときはよく勉強を教えてもらっていた。
「もしかしてライオネルも一緒ですか?」
「えぇそうよ。家族でこちらに来るとのことよ。来月には越してくるって聞いたわ」
フリックの息子のライオネルも僕の公爵領での幼馴染だ。
僕よりも2歳年上の12歳。サリーと同い年だ。
母上のくれた情報に喜びが募る。
「公爵邸もにぎやかになるわね。
サリエラにとっても良い環境になるし関わる人間は多い方がいいから良かったわ。
クラリッサも良くやってくれているしね」
僕は母上の言葉に大きくうなずいた。