【おまけ】 女帝と呼ばれた女公爵とワンコ令息(4)
「ははははは……はぁはぁ」
笑いすぎて息が上手く吸えないほどだった。
隣にいるサミュエルは見えない尻尾をピーンとしているように目を大きく開いている。
真っ赤な瞳が宝石のようだった。
「びっくりした……どうしたんですか? いきなり」
「あぁすまない。もう大丈夫だ。
誰かとこうやって寄り添うことが久しぶりだったものでな」
「……緊張してくれていたんですか?」
「あぁ。少しな。
さぁ公爵領の年越しを始めようか」
そう言って私は、保温容器に入っているホットワインをカップに入れる。
一つをサミュエルに手渡すために振り返ると、彼は頬を少し染めつつカップを受け取る。
「今年、一緒に過ごしてくれてありがとう。乾杯」
「こちらこそありがとうございます。乾杯」
2人でカップをカツンと合わせホットワインを一口飲む。
ほんのり残ったアルコールが体を温める。
「今年あった事を話すんだが……どうしようか?」
「これは今年の話しかしてはいけない決まりとかあるんですか?」
「いいや?
そのような厳格な決まりなんかは無いぞ?」
私の言葉にしばらく考え込むサミュエルの横顔を見る。
フワフワとした髪が柔らかそうに見える。
長い手足と文官には不似合いな広い肩幅。
そのギャップに思わずクスリとしてしまう。
そんな私とは正反対に真剣な面持ちでこちらを見たサミュエルとパチリと視線が合ってしまう。
「それでは、僕の話を聞いてくれますか?
ただ少し恥ずかしい話なので……。
ジュリエッタ様には顔が見えないここに来て欲しいんですが……」
サミュエルの指さすのは、彼が胡坐をかいているその間だ。
「………………」
「やっぱり気持ち悪いですよね……」
だから、その大型犬がしゅんと落ち込むように、落ち込まれると……。
私は思い切って膝立ちで彼の指さす場所に移動した。
顔が真っ赤になっている自覚があるので、それを見られないように彼の胡坐のあいだに急ぎ座り、俯く。
「ふふ。ジュリエッタ様も耳が真っ赤です」
サミュエルが私の耳元で嬉しそうに囁くのを無言でやり過ごす。
サミュエルは私の頭の上で
「ふぅー」と軽く息を吐く。
そして私の前に手を回し、両手でホットワインのグラスをギュっと握る。
「それでは僕の話聞いてください……」
私はサミュエルの言葉にコクリと頷く。
私のストレートの赤髪がさらりと顔の横に落ちる。
それをサミュエルの手が耳にかけてくれるのを大人しく受け入れた。
「ぼくはジュリエッタ様もご存知の通り三男です。
我が家は文官家系で、長男も次男も、父も王宮で働いています。
僕は幼少の頃から兄たちほど期待もされていませんでした。
だから文官を目指さず一時期は騎士になろうと考えておりました。
しかし次男の兄が王宮騎士団の文官になり、僕は自分だけの何かを目指すことをやめました」
私はサミュエルの話を静かに聞いていた。
彼がどんな気持ちでこの話を始めたのかは分からないが、私の前でカップを持つ両手が時々何かに耐えるように震える。
私はそれを握る勇気が無かったので時折、彼の手を指先で撫でる。
はじめこそビクリと体を揺らしたが、すぐにそれを受け入れてくれていた。
「そんな状態で僕は王宮文官になり、自分だけの何かを得ることを諦めていました。
しかし、文官になって二年目に初めて一人で担当することになったのがジュリエッタ様……。
エイハウンド領だったのです。
今から6年前の話です」
サミュエルの言葉に彼の手を撫でていた指を思わずピクリとさせ彼の手から離れてしまう。
サミュエルは片手をカップから離し、私の指を逃すまいと捕まえる。
そして私の指を絡めるようにして再びカップに手を戻す。
「その時、僕は投げやりになっていたのです。
ある日、僕はエイハウンド領からの資料の一部が欠けていることに気づき、手紙を書きました。
忘れてくれていると嬉しいのですが、僕はかなり失礼な内容を書きました。
『確認もせずに送ったのか? こちらも暇ではない。すぐに送るように』というような内容でした。
しかし、その資料は手紙を送ってすぐに見つかりました。
別部署の資料に紛れていたのです。
僕は焦って手紙を回収しようとしたのですが、すでに手紙は送られていて間にあいませんでした」
「……正直、覚えていない……。
そのような手紙は良く届くことだから……」
私の言葉に頭の上でクスリとサミュエルがしたのが分かった。
「いいんです」
そう言ってサミュエルは私の頭頂部に額を押し付けている。
軽く「ふぅー」
と息を吐き、再び顔をあげ続きを話す。
「その後、送った手紙に対する謝罪を追って送ったのです。
しかしジュリエッタ様から返事はその時はありませんでした。
でも次の書類が届いた時僕の担当の書類にカードが挟まっていたのです」
私はその話に思い当たる。
思わず彼に握られた指を思わずビクリと動かしてしまう。
「覚えてくれていたんですか?
嬉しいです。あれは僕です」
その言葉と同時に私の頭頂部に柔らかい何かが当たる。
それを何か問う前にサミュエルは話しはじめた。
「ジュリエッタ様からの返事の内容は今でも覚えています。
『書類があってよかった。自分の間違いを真摯に謝ることのできる君が、私の担当で嬉しいよ』
そう書かれていました。
僕とジュリエッタ様のカードのやり取りはそれから僕が担当を外れる1年半の間続きましたね。
僕は見つけたのです。
公爵の仕事に対して真剣に取り組み、その肩に乗る大きな責任を果たそうとするあなたを支える。
それが僕が求めていた僕だけの何かだと……」
サミュエルの手が私の指をギュっと握る。
私は恐る恐る、そのまま彼の手を受け入れるために手を広げた。
それに気づいたのか私の手を絡めるようにサミュエルが握った。
「何度も何度も王宮舞踏会であなたに挨拶をしようとしました。
しかし憧れ過ぎてしまってあなたに声をかける勇気が無かったのです。
それに公爵位を狙う他の令息と同じように見られることがどうしても嫌だったのです。
だからあなたに声をかけていただいたあの舞踏会で僕は覚悟を決めたのです。
あなたの支えとなれる力はつけられたはずだと。
顔を覚えていただけた今のうちだと。
そしてあなたの秘書となり、僕は僕が欲しかった僕だけの居場所を得れたはずでした……」
私の絡めた手をギュっと握り、サミュエルはコツンと私の頭頂部に額を預け大きく息を吐いた。
彼の吐いた息が私の首筋を通り、背中を走る。
ぞわりとした感覚に思わず身じろぎすると、サミュエルは私の肩に額を移動させ、私の首筋に顔をうずめる。
「僕は……欲が出てしまいました。
あなたの仕事だけではなく……心を支えたい。
あなたの心に僕の居場所が欲しい……。
好きです……ジュリエッタ様……」
「……っ! ……しかし私はもう34歳だ。
君よりもかなり年上だ……。
君であれば……っ」
私が全て話し終える前にサミュエルの腕が私を強く抱きしめる。
そして私の首筋に顔を埋めたまま懇願するように絞り出す声で言葉を紡ぐ。
「年齢を言い訳にしないでください!
あなたの……気持ちを教えてください……」
「…………私の居場所を作ってくれるの?」
「えっ?」
ガバリと顔を上げ、驚いた声を出すサミュエルに私はじわじわと恥じらいが生まれ始める。
「サミュエルも!
あなたも!
私の居場所になってくれるの?
絶対私の方が先におばあちゃんになるのよ!?
それでも私の手を離さないって約束できる!?」
「もちろん!! もちろんです!!
絶対に離しません!!」
「サミュエル!!」
私は勢いよく振り向きかれの頬に思い切って口付けた。
私が口付けた場所をそっと自分の手で押さえるサミュエルの真っ赤な瞳を見据えて私は言う。
「私の居場所になりなさい!
あなたの居場所は私の隣よ!」
勢いよく言いつつもすぐに恥ずかしくなり俯く私の手からカップをそっと抜き取りテーブルにコトリと置くサミュエル。
自分のカップもいつの間にかテーブルに置いていた。
そして両手でわたしの頬を挟み顔を上にあげられる。
思わず目線が揺らいでしまうがそんな私を逃さずにサミュエルが一言、言葉を口にする。
「好きです……愛しています……」
そういったサミュエルの目は大型犬なんかではなくで狼のそれになっていた。
そして、食べられるようなキスをされた。
次の日の朝、大型犬に戻ったような安らかな寝顔のサミュエルにそっとキスを落とす。
「愛してるわ。サミュエル」
読んでくださった皆様へ
本編も含めてこれで『疫病神と氷の王子様』
を完結とさせていただきます。
一作目の『カラス令嬢とヘタレ王子』と少し雰囲気を変えてみました。
いかがでしたでしょうか?
いいねや評価、ブックマークで応援してくださった方々には感謝が尽きません。
本当にありがとうございます。
「これから評価するよ」
「ブックマークするよ」
「感想書くよ」
などなど次回作への力になりますのでぜひよろしくお願いします!
ここまでお付き合いしていただき本当にありがとうございました!
次回作もまだカラスシリーズを続ける予定です。
またお会いできる日を楽しみにしております!
本当にここまでお読みいただきありがとうございました!