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【おまけ】 女帝と呼ばれた女公爵とワンコ令息(3)



サミュエルが公爵領に来て、私の秘書となり3か月が経った。

公爵領では既に雪が積もるほど降っている。



「さすがにもう外にはでれませんね」


「そうだな。

雪が解け始める頃には、またたくさんの申請書やなんやらが届くから今が勝負」



サミュエルの仕事は的確で早く、既に春が来るまでに終わらせなければならない書類は1/3しか残っていなかった。



「今年はゆっくり年越しできそうだ」


「こちらの年越しはどのようなことをするんですか?

王都では王宮での年越しパーティーに毎年参加していましたが」


「それに比べたら本当に何もないぞ」


「何もないことはありませんよ」



執事の爺やがお茶の準備をしながら、私たちの会話に混ざる。

私はじっとりとした視線を爺やに送るが、爺やは素知らぬ顔でサミュエルに公爵領での年越しの仕方を教える。



「我が領の年越しは必ず家族で行うのです。

昔は、各部屋に暖炉があるなんてかなりの贅沢だったのでその名残なのです。

一つの暖炉の近くに集まり、皆で一つの大きな毛布にくるまるのです。

一つの大きな毛布に包まることで距離が普段より近くなり、子供の成長や伴侶の変化に気づくのです。

そして、ホットワインを飲みながら過ぎゆく年について夜通し語るのです」



「それはとても素敵です!」



またサミュエルの見えない尻尾がぶんぶんと揺れている。

私は二人の会話に混ざらずに、サミュエルがまとめてくれている書類に目を通していく。



「お嬢様はこちらに戻られてから一度もゆっくりと、年越しを過ごしていただけておりません。

今年は年越しをゆっくり過ごせそうで良かったです」



私は書類の上を動かしていた視線をぴたりと止めて爺やの方を見る。

爺やは嬉しそうにこちらを見ているが、私は軽くため息をついて爺やを見る。



「私にはもう家族がいないだろう。

さすがに使用人のみんなに私に付き合えとは言いたくない。

みんなには家族で過ごして欲しいと思う」


「サミュエル様もおひとりじゃないですか」



爺やの言葉に私とサミュエルはカチンと固まる。

思わず合ってしまった視線をゆっくりと外すと、サミュエルが私の執務机に近づいてくるのが分かった。



「ジュリエッタ様。僕と年越ししてくれませんか?

公爵領に来たからには、公爵領のやり方を覚えたいので教えていただきたいです」



その言い方はずるいのではないか?

公爵領の事を知ろうとしてくれるのは嬉しい。

そういわれたら私が断れないことを分かって言っている。


しかし伺うようにこちらを覗き込む瞳は不安に揺れている。

おそらく尻尾があればしゅんと、地面に着くほど落ちているのだろう。

 


「毛布とホットワインの準備は我が家のついでにご準備しますので。

執務室だとお仕事が気になるでしょう。

歓談室の暖炉を準備しておきますね。

我々は年明けの日は全員休みをいただいておりますので、お食事は歓談室に置いておきます。

ごゆっくりお過ごしください」



私は思わず眉間に皺を寄せる。

それを無視して爺やは部屋を出て行く。

私は思わずと言った風にため息をつく。

するとそれを見て不安そうに私を見て口を開くサミュエル。



「すみません。さすがにご迷惑ですよね。

独りでやってみます……」


「いや! それが嫌だとか迷惑だとかではない!

私が気にしているのは君が未婚だから!

変な噂が流れて……」


「僕は全然気にしませんよ。

ジュリエッタ様と過ごせるなんて楽しみです!!」



あっさりと切り替えるサミュエルはこの数か月で私の扱いを覚えたようで困る。

私はなんだかんだと彼のお願いを聞くことに毎回なってしまっている。

しかしそれを嫌だと思わない自分に一番困っている。





年越しの日、私はメイドたちに

『仕事納めですから』

と言われながら体も髪も念入りに磨き上げらた。


そして着せられたのは今まで見たことも無いもこもこでふわふわのルームウェアだった。



「さすがにやりすぎだろう?

私はもう34歳だぞ?

こんなかわいらしいルームウェアを着る年ではないだろう?」



「何をおっしゃるのですか!

メイクを落としてしまえば、こんなにかわいらしくなる34歳なんて私見たことないですよ?」


「そうですよ。お嬢様は作りに作った噂の『女帝』姿よりもこちらの方が似合うのですから!」



そう押し切られ、私は結局着替えることなく、これまたフワフワのスリッパとガウンを着せられて歓談室に送り出された。





寒い廊下を急ぎ足で駆け抜け、歓談室の扉を開けてすぐに締める。

中に入ると暖かさに寒さで強張った体の力が一気に抜ける。

ふぅーと息を吐くと心地良い低い声が聞こえた。



「ジュリエッタ様。寒かったでしょう。

早くこちらへ」



歓談室はソファやテーブルが端に移動されている。

暖炉の前にはこの領、独特の織物である分厚い絨毯と毛足の長いラグが敷いてある。


その上にはたくさんのクッションが置いてある。

スリッパを脱いでラグの上に上がると、サミュエルが毛布を肩にかけそれを広げるように両手を広げ私を待っている。



「……あのな? サミュエル……。

さすがにそこまで密着するのはよくないんじゃないのか?」


「公爵領の年越しを体験させてくれるんじゃないんですか?」



見えないはずのサミュエルの尻尾と頭の上のふさふさの耳が、しゅんと垂れる。

私はその姿を見て一瞬戸惑う。


その一瞬の隙をついて、サミュエルが私を抱きしめるように毛布で包み込む。

けれど、私の体に腕は当たっていない。



頭の上から掠れた

「ダメですか?」

と言う声が降ってくる。



私は動揺から思わず

「大丈夫だ!」

と言って顔を上げてしまった。



「「っ…………」」



2人の顔が思った以上に近くて驚いて、私はサミュエルに囲われていた毛布の壁から飛びのいた。



「……すまない。驚いてしまった。

そうだな。

私が教えることを承諾したのだ……。座ろう」



私の言葉にまたもや見えない尻尾がブンブン振られているように見える。

瞳は嬉しそうにキラキラと輝き



「はい! お願いします!」

と嬉しそうにラグの上にクッションを背もたれにして座り込むサミュエル。


私はその隣に腰を下ろした。

するとサミュエルの腕が私の肩に回ってきてビクリとしてしまう。



「あぁ! すみません! 毛布を!!」

「いやっ!こちらこそすまない!」



慌てて肩にかかった毛布に手を伸ばすと、サミュエルの手を誤って掴んしまう。

次はサミュエルの体がビクリとする。

慌ててサミュエルの手から自分の手を放し、毛布を掴む。

私はこの変な緊張感が面白くなってしまい声を出して笑い始めた。



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