【おまけ】 女帝と呼ばれた女公爵とワンコ令息(2)
「……とりあえず話を聞こうか」
「承知いたしました公爵様」
2人でソファに向かい合って腰掛ける。
何から話していいかと私が思案しているとサミュエルが口を開いた。
「あの……公爵様……ご迷惑だったでしょうか?」
「何がだ?」
「いえ……その秘書は不要だったでしょうか?」
「あぁ違う。
もちろん爺やの言う通り、彼に色々と任せすぎていたから秘書を雇おうかと言う話はしていたんだ。
だから君が来てくれてとても助かる」
先ほどまで、シュンとうなだれていたが私の言葉でパッと顔を上げキラキラとした瞳でこちらを見てくるサミュエル。
その様子はまるで……あれだ!大型犬のようなのだ。
ふわふわした髪も少し高い身長も。
そして文官なのに鍛えているのか少し広い肩幅も。
そう思えばもう私には彼が大型犬のように見えて仕方がなかった。
「ふふふ」
「どうされました?」
そう言って私を不思議そうにのぞき込む姿もかわいらしく見える。
「いや。すまないこちらの事だ。
それではまずは自己紹介しようか。
その後、君に頼みたい仕事を少しづつ教えよう」
「わかりましたよろしくお願いします!」
私たちはお互いに自己紹介をすることにした。
といっても私の方は特にすることも無いので、主にサミュエルの自己紹介を聞くことになる。
「サミュエル・ヴィオレーラ。
ヴィオレーラ家の三男と言うことまでは舞踏会でお話したと思うんですが……」
「あぁ覚えている」
私の言葉にまたもや彼の顔が嬉しそうにほころぶ。
「年齢は25歳。婚約者はおろか結婚もしておりません。
三男ですので、両親も僕の事は特に気にしていません。
こちらに来ることも特に反対されずむしろ応援されました」
応援とは? こちらでの出世をご両親は期待されているのだろうか。
「王宮では文官として経理部門を担当していましたので数字には強いと思います。
ここ一年は経理担当長の補佐兼秘書もしておりました」
25歳と言うことは学園を卒業して8年。
8年でそこまで出世するということは仕事ができるのだろうと考える。
王宮の経理担当長は何人かいる。
そのうちの一人の補佐兼秘書と言うことは、王宮を辞したとしても引く手数多だっただろう。
「それなのに何故この公爵領へ?
我が公爵領を馬鹿にしているわけではないが、ここはほかの辺境地と違い王都の者には人気がなくてな。
冬が特に王都からすれば長く寒い」
「それは公爵様が公爵様だからです」
私の疑問にためらいなく答えるサミュエル。
しかし彼の言うことが私には理解できなかった。
それを察してサミュエルは更に言葉を続ける。
「分かりにくかったでしょうか?
この領の公爵様がジュリエッタ様だからです」
私は彼の言葉を理解し年甲斐もなく、頬を染めてしまうほどに照れてしまう。
女帝と一線引かれる、もしくはこの公爵領と公爵の地位目当てで近寄ってくるものはたくさんいる。
これほどまで真っ直ぐに伝えられることは、今までなかったので変に勘違いしそうになってしまった。
「そうか……仕事が認められるというのも嬉しいものだな」
「あぁもちろん公爵様の手腕は王宮でお有名でしたからそちらに憧れもありますよ。
でも僕はそれだけではありません。
あの王宮舞踏会の日に、僕に声をかけて下さったのはジュリエッタ様だけでした。
大の大人があれごときで怯えるなんてと普通ならば関わろうとはしません。
実際にあの場で、声をかけてくださったのはジュリエッタ様だけですし。
他の者は皆、僕を冷めた目で遠巻きに見ているだけでした」
少し悲しそうにうつむきながら話すサミュエルに心配になる。
思わずあたまを撫でそうになり、伸ばしそうになった自分の手に驚き急いで膝の上に戻す。
「僕が恐れたのはあの侯爵令嬢の態度ではありません」
「では何だったのだ?」
「ブローイン男爵の近くにおられたジュリエッタ様をはじめ、女性爵位の方々は僕たち経理部の者からしたら女神なんですよ。
僕はこちらのエイハウンド公爵領を一時期、担当していたので分かるのです。
女性爵位の方々の領の経理報告などは本当に素晴らしいのです。
他の領地の担当になればよくわかるのですが、計算間違いや水増し報告は当たり前。
ザル計算や項目などの表記も曖昧。
『とりあえず出してみた』というのがありありと分かるんです」
熱く語り始めるサミュエルに驚きつつも納得するところもある。
私たちは女爵位だからと舐められないように必死なのだ。
『だから女は』と言わせないためにかなりの努力をしている。
「繁忙期に皆様の領を担当している者達だけが定時に帰れるのです。
ぎりぎりに提出されることも無く、あいまいな表記も、計算間違いも差し戻すことも無い。
経理以外の部署でも女性爵位の皆さまは女神と言われているのです」
「ん? それと君があの舞踏会であのように恐れていた事と何がつながるんだ?」
「僕は恐れと同時に怒りを抱いていました。
女神たちに何たる愚行を犯すのかと。
そしてあの場は、ジュリエッタ様とブローイン男爵のおかげで何とか収束しました。
しかし、これからあの事を持ち出し、女神の邪魔をするような輩が出るのではないか。
と言うことに恐れていたのです」
「……なるほど……まぁ私たちの事を心配してくれたのは素直に嬉しい。ありがとう」
私の言葉にほんのりと頬を染め、嬉しそうにこちらを見るサミュエル。
その様子に彼の背後に大きなしっぽがぶんぶんと揺れている幻覚が見えそうになり急いで頭を振った。
「それで……ジュリエッタ様に声をかけていただいて……その……」
急に頬を染めてもじもじとし始める。
その様子に私も思わず照れてしまい頬が熱くなってくるのが分かる。
「お嬢様。お話はおわりましたか?」
いきなり扉が開いて爺やが顔を出した。
「おや失礼。お取込み中でしたか」
私とサミュエルの顔を交互に見て爺やがさらりと言ったので
「何も取り込んでいない!大丈夫だ!」
と思わず立ち上がり爺やに訴えたのだった。