【番外編】氷の王子と夜の王子(ルイ視点)
サリーから指輪を貰い、昨日の夜は充足感に満ち溢れていた。
今日、僕は嬉々として指輪をこれ見よがしにつけて王宮に来た。
朝、サリーが見送りに来てくれた際に僕の指を見て嬉しそうな笑顔を見せてくれたことで更に嬉しさが募った。
「ルイ様、陛下から言伝を預かっております」
「ありがとう」
アレクの従者から手渡されカードが入っているであろう封筒を受け取る。
中を確認するためにペーパーナイフを手に取り封筒を開ける。
『約束していた酒を飲もう。
今日の夜、時間を。 アレク』
そう言えば、もろもろ落ち着いたら一緒に酒を飲もうと約束していた事を思い出す。
僕はサリーと想いを通わせることができたので、今回は強い酒ではなく良いワインがが飲める。
「陛下に了承したと伝えてください」
「承知いたしました」
従者にそう伝え、僕は書類に再び目を通した。
時折、書類をめくる手に今までなかった感触を感じたり、文字を書くときにふと目に入る僕の左手の薬指。
そのたびに緩みそうになる頬に力を入れる。
それでさえ、僕の心を満たしていった。
「ルイ。顔が緩んでいるぞ」
「ライオネルか……」
恐らく誰も気づかないような僕の小さな表情の変化も目ざとく指摘する者は数少ない。
その中でもライオネルはさすがと言うべきか、僕が必死に耐えているのも関わらずあっさりと見抜く。
「ライオネル。
今日はアレクと予定が入ったとサリーに伝えてくれないか?」
僕の言葉を聞いているのかいないのかライオネルは僕の指を凝視している。
驚きの表情から嬉しそうに表情を変える。
「あぁわかったよ。
それと……。よかったな」
「あぁ。昨日サリーから貰った。
ライオネルが教えてくれた『愛の血管』の話をサリーも気に入ってくれたらしい。
本当にありがとう」
ライオネルの言葉に僕は満面の笑みを返しながら礼を言う。
ライオネルも嬉しそうに笑顔を返してくれた。
仕事を終え、僕はアレクの執務室の隣にある応接室でアレクと向かい合っていた。
「ルイ。ご所望のワインだぞ」
そう言って高級なワインのボトル満足そうに掲げるアレク。
「こっちが飲めて本当に良かった……」
僕は心からの言葉を漏らす。
僕の言葉に声を上げて笑うアレクの手をふと見ると今までつけていなかった指輪が左手の薬指についている。
僕は大きく目を見開いた。
アレクは基本的に装飾品を好まない。
書類仕事や剣の訓練の時に邪魔だからとめったにつけることはない。
そんなアレクの指に慎ましやかにはまった指輪に目を取られる。
それに気づいたアレクが愛おしそうに指輪を見ながら口を開く。
「あぁ。ローレンナからだ……」
そう言ってグラスにワインを注ぐ。
「まぁ、この話は乾杯の後だ」
僕たちはグラスを軽く当て「「乾杯」」と言い合う。
「ローレンナがな、ルイがサリエラ嬢に送った指輪の由来をことのほか気に入ったらしくてな。
お前のその指輪をサリエラ嬢が選ぶときに一緒に注文したそうだ。
我々の妖精はなかなか独占欲が強いらしいな」
自身の指輪と僕の指輪を見つつアレクが幸せそうに微笑む。
僕はその言葉にアレクの指輪を見る。
アレクに良く似合う、華美だが控えめなデザインのそれは、どうやらシトリンとプリベットが隠されるようについている。
シトリンは『繁栄・富・成功』。国王であるアレクにはとても良く合う石だ。
そして……。
「『夫婦の愛』……」
「さすがルイだな……。
こんな小さな石を良くプリベットだと気づいたな……。
プリベットをメインにせずにこんなに小さな石で隠すように控えめに主張するのが……。
まるでローレンナみたいだ……」
最後の言葉は独り言のように呟いたアレクの表情は愛おしそうに見えるが切なさが垣間見える。
「ローレンナがこれ俺に渡すときに言ったんだ。
『この先、側妃と共に居る時間もあるでしょう?
けれど私はあなたを愛してるの。
そのことを忘れないで』と。
側妃を娶るからには初夜だけは済まさなければならない。
俺がいろいろ不安に思う以上にローレンナは不安だろう……」
「そうだな。サリーもとても気にしていた。
その日はサリーが一晩ローレンナ妃のそばにいると言っている」
「それは助かる……。
次の日は必ずローレンナと過ごせるようにするが……。
その後は……」
「あぁもちろん話を聞くよ。
今度は僕が強い酒を準備しとくよ」
「あぁ助かる……。
すまないな。ルイとサリエラ嬢の想いが通じた祝いだったのにしんみりとさせた」
僕は気にしていないと軽く首を振った。
アレクもローレンナ妃も国の頂点の者として弱みをみせることなくここ数年、理想の国王夫妻としての姿を見せていた。
しかし彼らも一人の人間だ。
落ち込むこともあれば、不安になることもある。
僕はアレクの友人としてこの先もずっとアレクを支えていくつもりだ。
この器用に見えて私生活には不器用になるこの友人のために。
僕は笑顔で再び、彼のグラスに軽く自身のグラスをカツンと合わせた。
この日、僕たちはアレクの不安をかき消すように朝方まで二人で酒を飲み交わした。