【番外編】羽ばたく妖精と溶けていく氷の王子様(ライオネル視点)
「サリエラ……。本当にいいのかよ……」
「良いも悪いもないわ。
私が覚悟できないだけなの。
ルイに婚約者ができることを目の前で見ることが……」
俺はライオネル。
12歳の頃からマグネ公爵家でサリエラとルイと共に育った。
初めて出会った時のサリエラは木の棒のようにガリガリで見るに絶えない様相だった。
けれど夫人やルイのお陰であっという間に同い年の子よりも小柄だが比較的健康に見えるようになっていった。
しかし何より驚いたのはその記憶力と考察力。
その才能は大人になっても変わらず成長し続けている。
俺は本来、代官として公爵領で公爵の代わりに領地を管理する家系に生まれた。
俺も、もちろんそうするつもりでいた。
しかし、代官になるための勉強はもちろんしていたが、俺が興味を持ったのは剣術だった。
必要がないと分かりながらも俺はしつこく訓練場に出向き、身体を鍛え続けた。
それが功をなしたのか、俺は代官になるまで護りのカラスになる事が許された。
今はサリエラの護りのカラスとなっているが俺の主はルイだ。
ちょうど2週間前、俺はルイに呼び出されルイの専属カラスとして初めての勅命を受けた。
それはサリエラが男爵領に戻って1週間経った頃だった。
『ライオネルに主としてサリエラの護りのカラスとしてブローイン男爵領に同行することを命ずる』
『御意』
ルイの専属カラスとなったのは学園卒業後だ。
それまでは『専属カラス候補』だった。
主からの勅命は専属カラスとして最優先に遂行する任務で命に代えても任務を完了させる意味を含める。
だから主となるものは『命』を与えても『勅命』を与えることはほとんどない。
そんな勅命を俺に与えるルイ。
それがどういう意味を含んでいるかルイ本人が気づいていないわけがない。
サリエラが急に男爵領で男爵の仕事をすると決め、男爵領に移ることになった。
俺はルイから勅命を受け急ぎ彼女を追いかけ男爵領にやってきて冒頭の問答をした。
「サリエラはルイの事が好きなんだろ?」
「好きだからよ……。小さな頃からずっと……。
ルイは優しいからもし私が想いを伝えれば応えようとしてくれるわ」
「でもそれでは嫌だと……」
「そう……我が儘なのは分かってるの。
ルイにとっての庇護対象ではなくて、愛されたいと思ってしまう……」
サリエラの頭をポンと叩いて俺はその日、それ以上話すことはしなかった。
そんな最初の日から一年。サリエラは変わっていった。
体が小さいのも、細いのも、今まで通りだったが今まで以上に健康的に見えるようになってきた。
「ライオネル。今日も少し外に出るわ」
「分かった。馬を準備してもらうのでいいか?」
「うん」
明るい返事を聞いて俺は馬を準備してもらうために厩に向かう。
今までは公爵家で深窓の令嬢よろしく見本となるような淑女の鑑だったが、この男爵領で彼女は変わった。
今まで過保護だったルイが居なくなったのも大きな影響だろう。
自ら興味のあることにチャレンジしている。
もちろん大きな怪我をしそうなときは、手を貸したが意欲的に乗馬や投降の練習を行うようになっている。
サリエラがそうなった理由は男爵領に移り、男爵としての責任を目の当たりにすることで、その責任感が大きくなったからだろう。
「今日も警備隊はきちんと巡回しているぞ?」
「それでも私が直接行く方が早いわ。
警備隊では彼らは現れないもの。
今の私なら『ご令嬢がおてんばしてます』って感じに見えるでしょう?」
「まぁそうだが……ルイにばれたら……」
俺の言葉を聞こえていないのか聞こえていないふりをしているのか……。
「行くわよ」
と馬に飛び乗り駆けていくサリエラの背中を、俺も馬に乗り追いかけた。
こんなにサリエラが活動的になった理由は男爵領に来て暫くしてからあった出来事のせいだった。
サリエラが男爵領に来て暫くした頃、男爵領と隣の領地を結ぶ街道に盗賊が良く現れるようになった。
その街道は王都に繋がる道でもあり、商隊がよく行き来する。
王都近辺だと王都の警備隊が管理するので、盗賊などが現れたりすることは滅多にない。
この男爵領は王都からほど近い田舎領なので盗賊に目をつけられやすい場所ではある。
まずサリエラが取り掛かったのがこの盗賊の撲滅だった。
最初は男爵領の警備隊が頻繁に巡回していたが、なかなか盗賊たちは現れなかった。
ある日、しびれを切らしたサリエラが巡回に同行した。
するとあっという間に、隠れていた盗賊の見張り役をすぐに見つけ短剣を投降して捕まえた。
それからサリエラは乗馬の練習をしつつ、自ら定期的に盗賊狩りを行うようになった。
『私だけだと捕まえられないからライオネルよろしくね』
と毎回いい笑顔でお願いされれば止めることもできない。
そもそも、ルイからの勅命があるので絶対に同行するが……。
もちろんこの勅命に関してサリエラには秘密にしている。
今日もサリエラは男爵領を守るために、自ら動いている。
「ほら。サリエラからの手紙だ」
「ありがとう」
この笑顔を見て誰が氷の王子様と言えようか。
俺は定期的に報告のため、公爵邸に戻っている。
俺が一人で馬を駆ければ、数時間で王都の公爵家に到着する。
ルイは最近やっとサリエラへの気持ちを自覚したようだった。
離れて過ごすサリエラのため王都の人気菓子や普段使いのできるアクセサリーなどを買っては俺に預けるようになった。
「そんな顔するなら、ルイがサリエラに『戻って来てくれ』って言えばいいじゃないか」
「……サリーは俺や公爵家に恩があると思っている。
僕がもしそんなことを言えば、サリーは何も言わずに戻ってくるだろう……」
「それじゃ嫌だと?」
「我が儘なのは分かっているがサリーの気持ちも欲しいんだ……」
「はぁ……本当お前たちはよく似ているよ」
俺の言葉は聞こえなかったようで、ルイは急ぎ手紙の返事とサリーへのプレゼントを準備し始めた。
俺は数日、王都に滞在することになっている。
公爵邸を出ていつも王都に戻ってきた時に必ず行く場所に向かった。
コンコンと扉をノックすると「はぁーい」と返事がある。
俺は扉を開き中に入る。
部屋の主は、髪をきれいに結い上げてシャンパンカラーの体に沿ったドレスを綺麗に着こなしている。
「あらライオネル。こちらに戻ってきていたのね」
「あぁ定期報告だ」
「サリエラは元気?」
「あぁ元気すぎて困るくらいだよ。
これ、サリエラからクラリッサに」
俺はクラリッサにサリエラからの手紙を預けた。
クラリッサはそれを嬉しそうに受け取りながらお茶の準備をしてくれる。
お茶を淹れてソファの俺の隣に座る。
手紙を開けようとするクラリッサの手を止め、頬に手を添えサリエラの顔をこちらに向かせて唇を奪う。
「ぅむ……。ぅうん!!
もうライオネル! これから営業が始まるのよ!
メイクが崩れちゃうじゃない!」
「……好きだ。クラリッサ」
俺の言葉に頬を真っ赤に染めて
「もう!!」というクラリッサを抱きしめる。
「どうしたの?何かあった?」
心配そうに俺の背中に手を添えて優しくさするクラリッサに甘えるように彼女のうなじに顔をうずめる。
「サリエラとルイの話を聞いていたら、ちゃんと気持ちは伝えないとと思った……」
俺がそう言うとクラリッサがクスクスと笑いながら俺の頬に唇を落としてくれる。
「しっかりしてて私より年上に思っちゃうのに、こうやって年相応にされると私もまたあなたを好きになるわ」
そう言ってまた抱きしめてくれる。
俺はこうやって好きな人と結ばれることができて、お互い気持ちを素直に伝えることができる。
けれどあの二人は真面目過ぎるがゆえ。
想い合っているのに、お互いへの思いやりが深すぎるせいで気持ちが伝えられない。
2人の事を思えば俺は少し切なくなってしまう。
「クラリッサ……いつかちゃんと言いたいことがある」
「……うん。いつまでも待ってるわ」
その返事に俺は再びクラリッサの唇にキスをした。