35 ピンクダイヤモンドの誓い
ルイに抱きしめられたまま、顔中にキスを落とされる。
ルイは私が
「花カラスの長になろうと思っている」
といった瞬間から今までみたことが無いほど……。
いや、あの伯爵家でバルコニーから落ちた演技をした日の様に、感情を表にむき出しにして猛禽類のような眼差しで私に怒りをぶつけた。
しかし私が話を続けていくうちにルイの強張った体はゆっくりと力が抜ける。
やっと先ほど私の顔にキスをすることに満足した様子で、再び私を自分の胸に隠すように抱え込んでいる。
「ねぇ? サリー?
カラスはね、キラキラ光るものが大好きでそれを自分の巣に持ち帰るんだよ。
そして大事に大事に守るんだ。
僕はね、今そのカラスの気持ちが良くわかる。
君は僕にとってかけがえのない宝石だ。
大事に大事に守りたい。
けれど君を守るために家にずっと囲ってはおけない。
だから僕にその印をつけさせて欲しい」
そう言って私の左手の薬指をそって撫でる。
「さぁ見て?」
ルイの言葉に自分の薬指を確認すると、また涙があふれだした。
小さな頃、まだ文字を勉強し始めてすぐの頃、毎日ルイが私に様々な本を持ってきてくれた。
その時の光景が脳裏に広がる。
ベッドの上でルイに抱え込まれながら一緒に読んだ図鑑。
『これ。サリーの瞳の色と同じだね』
『石言葉……完全無欠の……愛……』
『君が素敵なパートナーと巡り会えた時にこの宝石のついたアクセサリーをプレゼントすればいいよ』
ルイの言葉を思い出しクスリと笑う。
私が笑ったことでルイは不安に思ったのか
「気に入らない?」
と聞く。
「いいえ違うわ。
昔、ルイは『君が素敵なパートナーと巡り会えた時にこの宝石のついたアクセサリーをプレゼントすればいいよ』
って言ったの覚えてる?」
「あれ? もらえばいいよって言ったと思ってた」
「いいえ、私にプレゼントすれば良いよって言ったのよ」
私がクスクスと笑うと
「あぁ」と落ち込む様子を見せる。
しかしハッとなっても一度ポケットに手を入れるルイ。
「ねぇもう一度左手を貸して?」
私はよくわからないけれど、素直にもう一度ルイに左手を預けた。
すると再び指がするりと撫でられる。
自分の左手の薬指を確認すると、先ほどのピンクダイヤモンドの下の部分にちょうど沿うようにサファイアが囲むように連なる指輪がつけられている。
「実は、僕の瞳の色だってサリーが言ってくれていたのは覚えていたんだ。
だからローレンナ妃にお願いして特別にディープブルーのサファイアをお願いしていたんだ。
どうしても僕の瞳とサリーの瞳の色を重ねたくて……。
ねぇ? サリー? サファイアの石言葉覚えている?」
私は言葉が出て来なくてコクコクとただ頷く。
「僕の気持ちはピンクダイヤとサファイアの石言葉そのままだ。
完全無欠の愛をこの先も一生君に捧ぐよ」
私はルイに思わず抱き着く。
「私の『春の空の王子様』。
私をあなたのお嫁さんにしてください……」
「僕の『春の妖精』さん。
僕を君の一生にしてください……」
2人で顔を見合わせて
「「もちろん」」
と声を合わせて答える。
2人の想いが通じ合ってすぐ、落ち着いた私たちはソファに座ってお茶を飲む。
私は左手の薬指に光る指輪を何度も眺めては感嘆のため息をこぼしていた。
「そんなに気に入ってくれるなんてうれしいよ。
ライオネルにね、今、市井ではプロポーズの時に指輪を送るのが流行ってるって聞いたんだ。
なんでも左手の薬指には心臓につながる大事な血管が通ってて、それを愛の血管って呼ぶらしいよ。
それを真似してみたんだけど。
そこまで喜んでくれたならよかったよ」
「うん。本当にうれしい」
私は心のまま返事をする。
ルイの顔を見ればとろけそうなほどの笑みをこぼしている。
「本当は王命で婚約なんかせず、きちんとサリーに婚約を申し込みたかったんだ……。
けれど勇気が無くて手をこまねいているうちにこうなってしまった……」
「私たちの婚約はどうなるの?」
そうなのだ。
私たちの婚約は王命で定められた婚約なため、もうすでに婚約をしてしまっている。
「もちろんアレクにも一度、解消してすぐにもう一度結びなおすことができるように手配してもらっているがどうする?
アレクは僕たちに任せると言っている。
サリーと相談して決めようと思って」
「私はこのまま王命の婚約がいいわ」
私の即答にルイが驚いた表情をする。
私はその表情を見て、ルイに微笑みながら私の考えを伝える。
「ルイの気持ちを疑っているわけではないの。
でも王女がこの先、側妃になるのであれば……。
どのようなことをしてくるか分からないでしょう?
いくらルイが拒んでもどうにもできないこともあるかもしれない。
それにマグネ公爵家は筆頭公爵家だから絶対に狙われる。
だから王命の婚約であれば私たちはどんなことがあっても別れることがないじゃない?
もし陛下が何か私たちの婚約に後ろめたい気持ちがあるならこういう追加文書をかいてもらいましょうよ…………」
私は部屋備え付きのメモ用紙にさらさらと書き記す。
それを見たルイが嬉しそうに微笑みながら
「あぁそうしよう」と返事をしてくれた。
次の日の夜、ルイが持ち帰って来てくれた新しい王命の書簡にはこう記されている。
『この先、どんなことがあっても王族でさえ、この婚約に異議を唱えこの王命を解くことはない。
唯一例外として認めるのは二人が婚姻の誓いをしたときのみにする』
END
【after story】
「ねぇルイ。あの子、私の事『母様』って呼んだのよ……」
「うれしいね。サリーはアイラの事どう思う?」
婚約から10年結婚して9年。
私は32歳になりルイは30歳になった。
あの後、私たちは無事に結婚したけれどなかなか子供に恵まれず、今は養子をと考えていた。
そんな中、ひなガラスとして預かっているアイラ。
綺麗な銀色の髪。
そしてルイの髪にそっくりな水色の瞳を持つかわいい女の子に出会った。
アイラは運動神経は信じられないくらい良いけれど、表情がとても乏しい子だった。
ある日のお茶会の翌日、アイラが第二王子の婚約者に抜擢された。
陛下からの命で安全のため別邸から公爵家本邸へやってきた。
表情が乏しいと思ってはいたが、よく観察しているとその乏しい表情の中でもわずかだが表情にも変化がある。
アイラの感情が見えてくるたびに私は思わず頬を緩めてしまう。
私は自分がこの公爵邸に引き取られてすぐに、エイダ様からウサギのぬいぐるみを頂いたことを思いだした。
私は当時、そのプレゼントがものすごく嬉しかった。
私はアイラに今日、熊のぬいぐるみを贈った。
アイラは分かりにくいが嬉しそうにしながら
「ありがとうございます。母様」と言った。
アイラはすぐに呼び間違えたことに気づいて、ふっくらした頬を真っ赤に染めて
「すみません」と謝った。
私は初めて『母様』と呼ばれた嬉しさを抑えきれず、アイラを抱きしめて涙をこぼした。
「あの子が娘になってくれたら私は幸せだわ」
「そうだね。アイラは小さな頃のサリーに少し似ている」
「え? そう? あんなにかわいらしくなかったわよ」
「そうかな?
キラキラした瞳とか、新しいものを知った時の喜び方なんかは一緒だと思うよ」
私たちは顔をクスクスと見合わせて笑う。
幸せな時間が過ぎていく。
「けれど、まだ正式にアイラを養子にすることは彼女に危険を及ぼすからできない……」
「えぇ。そうね……。
でもエイダ様が私にしてくれたように……。
書類での関係ではなく、親の愛情を与えることはできるわ」
「そうだね。その時が来るまで、アイラを娘の様に大切にしよう」
「えぇ。早く『お母様』と呼ばれるようになりたいけれど、後の楽しみに取っておきましょう」
私はルイのあたたかなぬくもりに包まれて今日も幸せに眠りに落ちる。
もう誰にも『疫病神』とは呼ばせない。
あの暗くて狭くかび臭い部屋から救ってもらったあの日から私は暖かな場所で生きることができている。
私を助けてくれた『春の空の王子様』のそばで……。
お読みくださった皆様へ
本編は以上で完結です。
今回は『カラス令嬢とヘタレ王子』で登場する公爵夫妻の出会いから結ばれるまでのお話となりました。
ブクマや評価。そしていいねでの応援本当にありがとうございます!!
アイラとは違う魅力のサリエラを楽しんでいただけましたでしょうか?
もしまだ『カラス令嬢とヘタレ王子』をご覧になられていない方がいましたらお読みいただければ嬉しいです。
さぁさぁ。本編は完結ですが、このまま【番外編】と【おまけ】を投稿させていただきます。
【番外編】は3話。
【おまけ】は短編風で4話準備しております。
【おまけ】の短編で主役になるのは誰でしょう?
その辺も予想しながら引き続きお付き合いしていただけると嬉しいです。
Macchiato