33 勇気と勢い
私は部屋に戻り、今日のルイの表情を頭の中で何度も反芻していた。
『君と話したい』
その言葉を聞いた時、最初に思い浮かんだのは婚約解消のことだろうと思い胸がギュっと締め付けられた。
けれどそれを伝えるルイの表情は真剣で何かを必死で伝えようと瞳の中に何かが宿っていた。
私の大好きなあの濃い青の瞳に宿もの……。
あれは私の願望が見せるものなのだろうか……。
でも、もしその期待が外れたら……。
そう思うと怖くなり、思わずぶるりと震えてしまう。
「どうしたの? 寒い?」
明日のローレンナとのお茶会のためのドレスの準備をしてくれていたクラリッサ。
私が少し震えたことに気づいてこちらにやってくる。
「ねぇクラリッサ……。
少しお話したいんだけど時間ある?」
「いいよ。もう明日の準備は終わったし」
「じゃぁ座って」
私が子供の頃に専属メイドとしてついてくれたクラリッサ。
しかし彼女はもう花街で花のカラスとして仕事を始めている。
今回、私がローレンナのために戻ってくるということで、私のために花街での仕事を休んで私についてくれている。
クラリッサはいつも通り、私の隣に自分の分のお茶を淹れて座る。
「どうしたの? 元気ないわね。
ルイ様の事?」
「……まぁ……うん……そうなんだけど……。
ねぇクラリッサ。花街のお仕事はどう?」
「突然ね。まぁいいわ。
花街の仕事は私には合ってるみたい。楽しいわよ。
春を売ることも無いし。
お金持ちとお酒を飲んで楽しくお話しするだけ。
情報を持ってるお客さんだと、なお楽しいわ。
私の抜いた情報がカラスのために、国のためになるんだもの」
「そうよね……」
「ねぇほんとにどうしたの? 急に花カラスの話なんて……もしかして!?」
クラリッサは昔から察しが良すぎて困る。
私は困ったように微笑みながらクラリッサの手に自分を重ねる。
「私ね……明日、ルイと多分この王命の婚約について話すの。
ルイの事を諦めるわけじゃないわ。
けれどずっとエイダ様にもお願いされていたから……。
もしルイと結婚できないなら私は花カラスの長になる」
私の言葉にヒュっと音を立てて息を飲むクラリッサに微笑む。
私が握ったクラリッサの手はいつの間にか、しっかりと握り返されていた。
クラリッサが目に涙をためるその様子をしっかりと見ながら話す。
「もちろん気持ちは伝えるわよ。
今の婚約は王命の婚約。
事が落ち着けばルイは公爵家に、そしてカラスの主にふさわしい奥様を選ばないといけない。
私はそれを近くで見るのが嫌で男爵領へ逃げたの。
でも今は違う……。
しっかりとルイが幸せになるところをこの目に焼き付けて花カラスの長になろうって決めたの。
だからルイに婚約解消を言われたときに、私のこの気持ちも伝えようと思うの」
ポロポロと涙を流すクラリッサに私はそっとハンカチで彼女の涙を拭う。
私は今泣くべきじゃない。
ルイが幸せになったときにすべての想いを涙とともに流してしまおうと決めている。
「サリエラ……あなたがどんな立場になっても私はあなたの親友よ……。
忘れないで? そして約束して?
もう一人で泣かないって。
時々、あなたが夜泣いてるのに気づいてないとでも思った?」
クラリッサの言葉に驚きつつもおかしくて笑ってしまう。
「やっぱり気づいてた?」
「あたりまえよ。ねぇ? 約束してくれるの?」
「わかったわ。約束ね」
優しい約束を二人で小指を絡ませて結んだ。
「サリエラ!!」
私がローレンナの部屋に入ると予想外に、元気に私を抱きしめてくれたローレンナに驚いた。
昨日のルイの話だと落ち込んでいるかと思っていたが、今はすっきりとした表情をしている。
「予想外だわ」
私の言葉にローレンナはクスクスと笑いながらソファに二人で腰掛ける。
「落ち込んでると思った?」
「もちろんよ。
ルイからは『納得したらしい』ってことしか聞かされてなかったんだもの」
「えぇ。そうよね。ごめんね。
こんなに長い間、決断できなくて」
「全然長くないわよ。私が王都に戻ってきてまだ数か月しかたってないもの。
王女が来てから半年もたってないわ」
「そう言ってくれると助かるわ。
それで私とアレクの話聞いてもらってもいい?」
「もちろんよ」
私はそう答えつつお茶を一口飲む。
ローレンナも同じようにお茶を飲み「ふぅー」と軽く息を吐きゆっくりと話を始めた。
「まずね、私アレクに言ったの。
『私の事愛してるの? これからも私だけを愛せる自信はある?』って」
私はローレンナの言葉に大きく目を見開いた。
ローレンナは聡明でなおかつ察しが良い分、相手の考えを優先して話しがちだ。
もちろん王妃としてのローレンナはそうではないが、プライベートでのローレンナはかなりの気遣い屋だ。
だから今回の王女の件も陛下の気持ちや自分の気持ち、そして王妃の立場などに雁字搦めになっていた。
だからそんな彼女が直球で陛下にそのような事を言ったと聞けば驚くほかなかった。
するとローレンナはクスクスと笑いながら続きを話す。
「アレクも今のサリエラと同じような表情をしていたわ。
アレクは私の言葉に『もちろん』とすぐに答えてくれたの。
私はそこでストンと急に納得ができたの。
私が欲しかったのはこれだったんだって。
もちろんアレクの態度や視線や会話で私への愛情は感じられていたわ。
けれど『愛』って目に見えないものじゃない?
だから不安になっていたの」
「……そうよね……」
私はルイの最近の態度や行動、そして表情を思い浮かべていた。
ルイの態度は仮の婚約者だからそれに合わせた態度なのか、それとも……。
「私はこの国の王妃だわ。
だからアレクが王妃に対する態度の一部として、そういうことをしているのではと不安に感じていたの。
けれどアレクは私を『ローレンナだから愛している』と言ってくれた。
だから信じようと思う。
これからまだたくさん不安に思うこともあるだろうけれど、アレクに『ローレンナとして』愛されようと思うわ。
そして私も『ローレンナとして』アレクを愛そうと思うの。
立場や役割で自分の事がないがしろになっていたし、入り混じってよくわからなかったけれど……」
「紐解いてみれば簡単……」
「えぇ。そうよ。サリエラは紐とけそう?」
「……そうね。私もきちんと『サリエラとして』ルイに伝えるわ」
ローレンナは嬉しそうに微笑みながら私の手をそっと握る。
「役割とか立場とか考えてしまうと言いたいことが言えなくなっちゃう。
だから時には勢いも大事だわ」
いたずらっ子のように笑うローレンナの微笑みに私もつられて笑う。
ローレンナがいろいろなものを吹っ切ったかのように笑う。
雁字搦めになって不安になってどうしようもなかった時期を思えば……。
今、このローレンナの笑顔の様に私も……。
ローレンナを支えるつもりで王都に戻ってきたが、結局勇気をもらったのは私の方ではないだろうか。
私はこの聡明で心の強い親友が幸せになることを心から願った。
「えぇ。そうね。勢いも大事……」