31 正攻法と裏工作
このベントール伯爵家。
正直、調べたところ後ろ暗いことが特に無い。
しかし王女派と言うことで今後どのようなことに王女に利用されるか分からない。
できるだけ力を削いでおきたいというのが陛下とルイの意見だった。
この家の長女がグロリアに嫁いでいるためグロリアとの交流も盛んだ。
私はこの伯爵家の弱点を突くことにした。
それがこの家の末娘ベルニカだ。
カラスの報告書によるとかなり苛烈で学園でも下位貴族の令嬢を何人もいじめてきたようだった。
私と年齢がそれほど変わらないのに婚約者がいないのも、その苛烈な性格と学園時代のいじめが尾をひいている。
しかし、そんなことを知らないベントール伯爵夫妻は遅くにできた末娘を溺愛し、我が儘放題にしているらしい。
そして何より、ここ数年ルイの婚約者になるのは自分だと社交界で自ら吹聴しているのも確認している。
先ほど彼女を煽りに煽った。
私が今、テラスに一人で着ていることにも気づいているだろう。
もし再び、ルイに言い寄っていたとしてもルイは簡単に断る。
そうすれば……。
「いいかげんにしなさいよ!!」
テラスの扉がバンっと大きな音をたてて開く。
そんな大声を出さなくても聞こえるだろうに。
他にも参加者が数名このテラスに居ることに気づいているのだろうか?
「あなたよ!! 聞いているの!?
サリエラ・ブローイン!!」
「まぁどうされました?」
「ルイ様の婚約者からおりなさい!!」
「何故ですの? これは陛下も認められた婚約ですよ?
それに私たちは婚約してすでに3年近くになりますのよ?」
「うるさいわね!!」
そう言ってテラスの手すりのそばにいる私のところまで大股で近寄ってくる。
そして私より大柄の彼女にドンと押される。
私はそのまま手すりを乗り越えて落ちていく。
周囲に居た貴族たちの
『キャーーーーーー』という叫び声を聞きながら。
バルコニーから大騒ぎしている様子が聞こえる。
そしてバタバタと私に近づく足音が聞こえた。
「サリー!!!!!」
やはり、一番最初に私の元にたどり着いたのはルイだった。
私はゆっくりとルイに支えられながら起き上がる。
「サリーケガは!?」
「植木がクッションになってくれたから……。
大丈夫そう……」
実は手すりの下に手を置いて、下の窓枠に足をかけて降り、ただ植え込みに寝転んだだけなので本当に怪我はない。
しかしルイの剣幕に私も慄いてしまい、この後の責任追及についてどうするべきか頭を悩ます。
「派手にしすぎたかしら?」
ルイにだけ聞こえるようにルイの首に抱き着きながらそう囁くとルイの安堵のため息が聞こえる。
「今日は帰ろう」
そう言ってルイが私を抱き上げる。
思わぬことに頬が一気に熱くなる。
バルコニーから落ちた人間の頬が真っ赤に染まっているのは、かなりおかしいことだ。
それを隠すためにルイの首筋に頭を置き、自らの顔を隠す。
「ルイ様!! これは!!」
「このことについては正式に王宮騎士隊に調査願う。
我が公爵家騎士も調査に参加させてもらう。
目撃者は名乗り出てもらえれば助かる」
伯爵の言葉を遮り、周囲を冷たい視線で一瞥するルイ。
そして簡潔に言いきって私を馬車に運んで行った。
馬車の中で私はひとりで座ると何度もルイに言ったけれど、ルイは私を決して離してくれなかった。
ルイは私を膝に置いたまま公爵邸までの道のりを過ごした。
やっとルイから降ろされたのは公爵邸の歓談室だった。
ルイの空気が明らかに『怒っています』と悟っている。
これほどルイが怒りをあらわにすることが、今まで無かったので私はかなり戸惑っていた。
「あの……ルイ……?」
いつもは向かい合って座るはずなのだが今日はルイの座る場所の隣に降ろされた。
だからだろうか……余計に変な緊張感を感じる。
「ルイ……ごめんなさい」
私の言葉にルイがピクリと反応する。
「僕は聞いていない……。
サリーはひどくてもぶたれる程度だろうって言った。
それにそれも防ぐと言っていた」
怒りのあまりなのか少々、子供っぽい話し方になっているルイに雰囲気とは裏腹にかわいらしいと感じてしまう。
「えっと……ごめんなさい……。
まさか突飛ばそうとしてくるとは思わなくて。
でも……でも、ちゃんと手すりにつかまって窓枠をつたって、ただ普通に植え込みに寝転んだだけだからね」
「分かってる。サリーが無茶しないことは分かってる。
でも昔サリーは無茶して骨折した」
「あれは!!
あれは私のせいじゃない……でしょ?
今回は私の許容範囲内よ」
「そんなことがあり得ると分かっていれば僕は離れなかった……」
「ごめんなさい。心配させて」
私の言葉を聞いてルイが私の方に向き、腕が伸ばして私をギュっと抱きしめた。
「僕は君がケガをすることも傷つくことも本当は嫌なんだ……。
『疫病神』だなんて言っている奴の口を引き裂いていきたい。
君はサリエラだ……サリエラなんだ。
今までも……これからも……
僕の……僕だけのサリーでいて……」
かすれたような懇願するような声音で絞り出して言うルイの声。
……私は……ルイだけの私なの……?
混乱のせいでルイが体を離して私の頭を撫でることも呆然としてしまい反応できなかった。
「念のためクラリッサにでも怪我がないかだけ確認してもらってね」
そのルイの言葉にだけなんとかうなずいた。
私が正気に戻ったのはルイが扉を閉めた音が聞こえてからだった。
次の日、さすがにあれだけの騒ぎを起こしたため王宮には行かなかった。
ローレンナには謝罪の手紙を書き、朝のうちにルイに手渡した。
ルイの様子は昨日から変わらなかった。
けれど王宮に出仕するルイを見送る時に、私の頬にそっと手を添え額に触れるか触れないかのキスをした。
私はまた顔を真っ赤にするだけで、ルイになんとか
「行ってらっしゃい」と言うことしかできなかった。
最近、目をしっかり通せなかった王女関連以外の報告書に目を通す。
午後には王宮騎士が来て、念のためと言って昨日の聴取を受けた。
「運が良かったですね」
と怪我が無かったことも怪しまれずに済んで、胸をなでおろした。
夜、ルイの帰宅の知らせが届き、私は玄関でルイを待つ。
「おかえり。ルイ」
そう言う私をそっと抱きしめて「ただいま」と囁く。
昨日からルイの距離感がおかしくなっている。
これではまるで……。
そんな考えを振り払い、ルイの着替えの間に厨房へ軽食を頼み、歓談室でルイを待つ。
この生活にもだいぶ慣れた。
今日は話が長くなることも考えられたので、軽食も多めにお願いしておいた。
ルイが部屋に来て、いつもの場所に座るかと思えば私の隣に座る。
お酒を準備しに来たメイドが少し目を見開きつつも、いつも通りルイにお酒を何にするか尋ねる。
メイドも何も言わずいつも通り部屋を後にする。
「サリー昨日の話をまずは始めるね」