3 疫病神じゃなくて私はサリエラ
目を覚ますとふかふかの布団の中に私はいた。右手は誰かに握られていた。
まだ体がぎしぎしとする感覚は残っているが手を握っている人をなんとか横を向いて確認する。
目に入ったのは真っ白のシーツに広がる春の空の綺麗な水色だった。
よく見るとあの時の水色の髪の男の子だった。
「うーん」
という声とともに寝ぼけ眼で私を見る瞳は真っ青だった。
この色が見たかった。
私はなぜか安心を覚える。
「あっ!! 目が覚めたんだね。まずは水を飲んで。お医者さんを呼ぶからね」
そう言って私の背中を支えてゆっくりと起こしてくれる。
手渡された水は甘酸っぱいレモン水だった。
喉がカラカラだったのだがゆっくりとしか喉を通らないレモン水をなんとかすべて飲み終える。
カラカラだった体に優しく水分が染み渡っていくのを感じていた。
先ほどの男の子が戻ってきて、きれいな女の人を2人つれてきた。
男の子は女性二人を部屋に入れて自分は外で待つようで扉の外で私に手を振る。
扉が閉まると一人は医者だったようで私に優しく声をかけてくれた。
「ちょっと体を確認させてね」
そう言って私の服を脱がせる。
もう一人の綺麗なドレス姿の女の人が、私の体を見て手で口を押えて泣きそうな顔をしたのに気づいた。
傷痕の多い体をこんなきれいな人たちに見られることは恥ずかしかった。
傷痕の確認もしているようで、時々引きつった傷痕部分を撫でられる感覚がある。
私はそれが気持ち悪く感じて思わず眉間に皺が寄ってしまう。
私の体を軽く濡れたタオルで拭ってくれて再び、柔らかい生地の服を着せてくれた。
「よく頑張ったわね。とりあえずまずは栄養をつけてゆっくりしなさい。
熱は下がるだろうけど体が落ち着くまでは無理しない事」
先生は私の頭を軽く撫でてくれる。その手が冷たくて気持ちよかった。
「それじゃぁ先生の話を聞いてくるからね。
私はまた後で戻ってくるからまだ寝ていなさい」
綺麗な女の人は私を優しく寝かせて布団をかぶせてくれる。
私はなんと答えればいいのか分からず、とりあえず素直にコクリとうなずいた。
私がうなずいたのを確認したのか、女の人は優しい笑顔で私を見てトントンと軽くお腹の上を叩いてくれる。
昔、お母様がベッドに入るといつもそうやってくれていたのを思い出した。
2人と入れ違いに先ほどの男の子が扉をそうっと開いて入ってくるのが目に入った。
やはりきれいな空の色の男の子だと思わず見とれてしまう。
「先生がしっかり水分を取るようにと言っていたから、レモン水をまた持ってきたよ。
あと額を冷やせるようにタオルも」
男の子が優しく冷たいタオルを私の頭にのせてくれる。
それが気持ちよくてうとうとしてしまう。
けれどこれが夢だったら覚めたくないと思い必死で眠気を振り払おうとする。
「どうしたの? 寝た方がいいよ」
「これが夢だったら……いやだ……」
優しく声をかけてくれた男の子に何とかそう答える。
ふっと男の子が笑った気がした。
私の手を優しく男の子が手で包んでくれる感触がする。
「じゃぁ君が目を覚ますまでずっと手を握ってあげるね。
何か感触があれば夢じゃないだろう?」
私はその言葉に安心してうなずく。
男の子の手は少し冷たくて、熱い私の体にはとても気持ちよく感じた。
力がなかなか入らない手でなんとか男の子の手を握り返す。
先ほどより、男の子の冷たい手の感触がしっかりと伝わってくることが嬉しいと思った。
「僕はルイだよ。眠る前に君の名前を教えてほしい」
「ルイ……ルイ……。わたし……はサリー……サリエラ……。
私の名前はサリエラ」
夢現の中、もう一度誰かに呼ばれたかった私の名前をなんとか口にする。
私は疫病神なんて名前じゃない。
私はサリエラ。私の名前はサリエラなの。
ずっと誰かに呼ばれたかった私の名前を優しい声が呼んでくれた気がした。
「サリー……サリエラ。
今はゆっくりおやすみ」
その声を聞きながら重い瞼が下がっていった。
いい匂いがして私は目が覚めてしまった。
「あら? 目が覚めた? お腹すいていない?
まだスープしか無理でしょうけれど、食べれそう?」
先ほどの綺麗な女の人が、スープを運んできてくれたようだった。
私がコクリとうなずくと、本当に私が目覚めるまで傍で手を握ってくれていたルイが優しく体を起こしてくれた
「よかった。食べれそうだね」
そう言って真っ青の瞳を嬉しそうに揺らして私を見てくれていた。
ルイとは逆側のベッドサイドに椅子と机を持ってきて、そこに座りお盆を置く女の人。
「あなたはサリエラという名前なのね。
かわいい名前だわ。私はルイの母親のエイダというの。
よろしくね。サリエラ?」
寝る前にもルイにも呼んでもらえた名前をエイダ様にも呼んでもらい私の目からはポロポロと勝手に涙がこぼれる。
「あらあら。どうしたの? 体が辛い?」
やさしく私の頭をエイダ様が撫でてくれ、ルイがベッドに上がって優しく抱きしめてくれる。
「ご……ごめん……なさい……。
名前……名前を……呼んでもらえたのが……嬉しくて……」
私の言葉にエイダ様が私とルイごと優しく抱きしめてくれる。
「サリエラ……よく頑張ったわね。
これからは私たちが毎日あなたの名前を呼ぶわ……」
「サリエラ……サリー。君はサリーだよ……」
2人にしばらく優しく抱きしめてもらっていれば安心したのかお腹がぐぅーと小さく鳴った。
私は恥ずかしくなってしまい、熱とは別に顔が熱くなってしまう。
エイダ様とルイは少し笑って私から離れていく。
「そうね。ごめんなさい。お腹がすいたわよね」
言いながらエイダ様が、白いとろとろとしたスープをスプーンですくって私に差し出してくれる。
私はそれをどうすればいいのかきょろきょろと慌ててしまう。
ルイがクスリと笑って「こうするんだよ」と身を乗り出し、エイダ様が差し出すスプーンをパクリと口にする。
「もうルイ。これはサリエラのよ」
「サリーすごくおいしいよ。これはジャガイモとミルクのスープだよ。
熱くないからたべてごらん」
そう言われて再びエイダ様が差し出してくれたスプーンにゆっくりと口を近づける。
「ほら。あーん」
エイダ様に言われるまま口を開けるとスープの優しい味が口に広がる。
「おいしい……」
思わず口に出た言葉にエイダ様が嬉しそうに微笑む。
「やっぱりサリエラは声もかわいいわ。
元気になったらたくさんお話しましょうね」
「母上ずるいです。まずは僕がサリーとお話しますから」
エイダ様はルイと話しながら次々とスプーンを差し出してくれる。
私はあまりのおいしさにパクパクと差し出されたスプーンに口を開けていた。
全てスープを食べ終えた私はお腹がいっぱいになりまた眠くなってしまう。
「あらあら。眠いわね。
けれど眠る前にこれだけ飲んでね」
差し出された薬を溶かした水をゆっくりと流し込む。
爽やかなミントの香りが鼻を通っていくのでとても飲みやすかった。
エイダ様にまた優しく布団をかけてもらい、お腹をトントンと叩かれる。
「ルイ……」
思わずルイの名前を呼べば、ルイは再び私の手を優しく握ってくれる。
「眠るまでちゃんと握っているよ。
安心しておやすみ。サリー」
その声に安心して私はまた夢の中に落ちて行った。