27 役割と人の気持ち
「サリー。ありがとう。そしてごめん」
ルイの腕の中で言われた言葉はちゃんと聞こえた。
しかし小さな頃に感じていた腕の強さよりも、何倍も強くなった腕の力と体の大きさに頭がいっぱいになる。
私がその言葉について考えられるようになったのは、それからだいぶ後になることになる。
なぜなら、次の日となった今日も昨日の処理で忙しくなり考えることはできなかった。
まずはあるだろうなと思っていた、陛下からの呼び出しを受ける。
非公式の場ということで陛下の執務室の隣にある応接室にルイと共に伺うことになった。
「昨日はすまなかった。
すべての対処をサリエラ嬢に任せてしまうことになって」
陛下はいつまでたっても私の事をサリエラ嬢と呼ぶなぁ。
と少しほっこりとしながらも陛下に向き直る。
「陛下。謝罪は不要です。
臣下として当たり前の行動をしたまでです」
私の言葉に陛下は顔を上げる。
しかし表情はそのまま辛そうなものだった。
「いや。二人の婚約に王命を使ったこともだ。
昨日のようなことは普通の令嬢では対処しきれなかっただろう。
サリエラ嬢が機転を利かせてくれたからこそ、ルイも思うように動けたんだ。
そして私も……」
「それでは陛下。
謝罪よりもお褒めの言葉を頂きたいですわ。
私ははカラスとしての自分を誇っています。
陛下にお褒め頂ければ今後もカラスとして、陛下もローレンナ妃もお守りすることにさらに力が入りますわ」
私の言葉に陛下はクスリと笑いながら
「あぁサリエラ嬢というのも失礼になるんだな」
と冗談交じりに言う。
「陛下。私を男爵と呼ぶのは公式の場だけにしてください。
陛下にサリエラ嬢と呼ばれるのは好きですので」
私の言葉に驚いたように目を瞠りながらもクスクスと笑いながら陛下は言う。
「そうか……好きなのか……。
私がサリエラ嬢と呼ぶことが……」
なぜかルイの方をちらりと見て、陛下が言うので私も思わずルイの方を見てしまう。
本当に一瞬、ルイの顔が険しい表情になったのが目に入る。
しかし私の視線に気づくとすぐに私の方に微笑みをうかべてくれる。
先ほどのルイの表情は見間違いだったのだろうかと思ってしまう。
「アレク。謝罪はその辺にしてその後のことを教えてくれ」
「あぁそうだったね」
いまだクスクスと笑っていた陛下はスッと表情を変える。
昨日捉えられた王女派の貴族と侯爵令嬢について話を始めてくれた。
「昨日だが……。
あの後、侯爵令嬢は貴人用の監視室に入れた。
そして手引きした者たちは牢に。
侯爵令嬢は『私は婚約者と会うために舞踏会に出ただけだ』と言って聞かない。
他国の常識ある貴人たちなら、我が国の王宮舞踏会に参加しようなどとはまず思わないんだがな……」
そう言って一呼吸置く陛下。
見るからに疲れを滲ませている。
こうも国際問題に発展しかねない問題を起こされるとは露ほどにも思わなかっただろう。
それは誰もが一緒だった。
「会場には通常の入り口を使わず、休憩室への通り道を使ったようだ。
さすがに衛兵たちも気づかなかったようだ。
まぁ彼らは減給と軽い謹慎処分にはしたが、まさか王宮滞在者がそんな奇行に走るとは誰も思わないだろう。
そして……問題はリリーアンヌ王女だ」
「もちろん今回の件について話はきいたんだろう?」
「あぁもちろんだ。だが……」
「なんだ?」
ルイと陛下のやり取りをただ静かに聞いていた私はなんとなく予想がついた。
言い淀む陛下に私は失礼を承知で口をはさんだ。
「切り捨てですね?」
2人が私の方を見る。
陛下は驚目を瞠りながら私の言葉に同意する。
ルイは説明を求むように私をしっかりと見る。
「あぁ……そうだ」
「王女は侯爵令嬢を切り捨てたのです。
ここからは私の推測ですが……。
昨日、王宮舞踏会があることは王女はご存知だったはず。
そして、そこにルイが参加するのは当たり前の事。
クォーツ国筆頭公爵家嫡男であり陛下の補佐ですから。
それを利用して侯爵令嬢を焚き付け、ルイと顔を合わせる機会を作ったのでしょう。
もしルイが侯爵令嬢を見初めればそれで良し。
見初めなければ切り捨てる。
恐らくですが、侯爵令嬢の日頃の行いが王女には都合が悪くなっていたのでしょう。
だから彼女を誘導した」
「私たちもおそらくそうではないかと思っている」
大きなため息をついて、うなだれる陛下。
申し訳なく思いながら、私は最近のカラスの報告書にあった情報に交えながら話しはじめる。
「王女は本来、我が儘で苛烈な性格だと情報を得ています。
しかしさすがに我が国のしかも王宮で、問題は起こせないことは、理解しているのか大人しく過ごされているようです。
その分と言っては何ですが、侯爵令嬢に王宮の一般開放エリアに行かせていたようです。
国王やローレンナ様の情報を探らせていたような形跡はありました。
しかしただの侯爵令嬢にそのような事ができるわけもないでしょう。
彼女は自分の好みの男性を探すことに躍起になっていたように見受けられます。
そして訪れていた令嬢にドレスやアクセサリーなどの他愛もないことで言いがかりをつけたりしていたようです。
最近はそれが顕著になり、このままだと連れてきた王女の面子に関わるだろうと言うところで切ったと推測します」
「なるほど……」
「しかし王女も侯爵令嬢も証言しないとなると……」
「むずかしいだろうな……」
私の言葉に二人は沈黙する。
確かに王女が誘導したという証拠も証言もとれないのであればただの推測に過ぎない。
どうするべきか悩みどころだ。
「陛下失礼を承知でお伺いしたいことがあります」
「なんだ? 言ってみろ」
「ローレンナの相談役としても私には必要な情報ですので不敬になりますがどうぞ正直にお話しください」
「あぁ……分かった」
「陛下は王女を娶るつもりですか?」
陛下は私の言葉にヒュっと音を立てて息を飲み、しばらく黙りこんだ。
ルイは膝の上でぎゅっとこぶしを握り耐えているように見える。
おそらく二人の中では結論は出ている。
「ローレンナの心も大事ですが、陛下のお答え次第で彼女をどう支えていくかを考えねばなりません……。
酷なことを聞いているのは承知です。
しかしローレンナを支えるのは陛下だけではありません。
私も彼女を大切に想う人物の一人なのです」
「……すまない。あぁ謝ってばかりだな……。
本当にこんなにも君たちを巻き込むとは思わなかったのだ。
本当に申し訳ない……。
結論から言うと、娶らざる得なくなるだろう……」
陛下は一度言葉に詰まり、ギュっと唇をかみしめる。
それを見て私も胸が苦しくなる。
もちろんルイも同じなのだろう。
静かに黙っているが親友が苦しんでいるのだ。
「時期はローレンナ次第だと思っている。
私たちの間に子供ができないことを突かれ、更にグロリアからの交易の優遇が今までとは比にならないほどに約束されている。
国王としてはこれ以上、俺の我が儘を通すわけにはいかない。
グロリア側はこちらに王女が嫁いだ後は一切、王女に関知しないとも言っている……」
私もルイも黙りこんだ。
部屋には重苦しい空気が流れる。
もちろんローレンナが自ら納得してからだと陛下は話す。
ローレンナは多分納得するだろう。
自分が陛下の子供を身ごもれないということにかなり責任を感じていることもある。
ただ、彼女の不安は王妃としては納得するが、個人としては陛下の愛に不安を抱いていることに他ならない。
これに関しては二人で話し合っていくしか方法は無い。
「陛下はローレンナを愛し続けられますか?
彼女への愛を変わらず注がれますか?」
「俺は!! 一生ローレンナだけを愛する!!
その気持ちは変わらない!!」
私の言葉に陛下がハッとしたように勢いよく反論する。
しかし問題は王女への気持ちだ。
そこがローレンナの不安を掻き立てている。
「それでは王女へは?」
「……国王としてではなく俺個人の気持ちとしては……。
興味も何もない。
あるとすれば無関心だ……。
王女は俺を好いてクォーツに来ているわけでは無い。
俺の地位、そして容姿だ。
それだけしか見ていない相手に関心も何も抱けるわけがない」
「そうですか。安心しました。
私はローレンナを支えましょう。
彼女も王妃として納得せざる得ないと分かっています。
後は陛下のお気持ちに自信がなくなっているだけでしょう。
私もお支えしますが、陛下もきちんとローレンナにお気持ちをお伝えくださいませ。
そして愛を伝えてあげてください。
これはローレンナの友人としてのお願いです」
「…………分かった」
陛下の言葉を聞き私とルイは部屋を後にした。
私は心の中で陛下がおっしゃった言葉を反芻する。
『無関心』……。