25 本当の笑顔と溢れる気持ち
「君の本当の笑顔を見せて?」
私の胸が大きく跳ねる。
ダンスの最中、私の耳元で囁くように告げるルイの言葉に驚きと羞恥で思わず頬を染めてしまった。
ずっと淑女の笑みを携えていたのだが、それではない笑顔を求められたことを理解した。
私は混乱しながらも少し強引に私をターンさせるルイのリードにおかしくなり思わず笑ってしまう。
「ルイとのダンスやっぱり楽しいわ」
私の言葉にルイは頬染めながら微笑む。
周りのご令嬢やご婦人方の「素敵……」という感嘆の声が聞こえる。
ルイは決して微笑まない『氷の王子様』として社交界では有名だ。
しかし、私や気の心の知れた相手には少しばかり表情を緩める。
いつもはダンスを避けて、常に玉座の後ろに立ち陛下とローレンナを待っていたが、今日は初めて私というパートナーを連れての参加である。
社交界がざわつくのも仕方がない事だろう。
それに加えて、普段見せない笑みを私に向けていることで婚約が真実のものとして広がっていく。
そのことに少しの寂しさと、そして堂々とした態度で『仮の婚約』を疑わせる事なく『本物の婚約』として印象を操作するカラスの主としてのルイの力量に尊敬を覚える。
けれど私はこのルイの笑顔や態度が、任務としてのものではなく、ルイの心から来るものだと思いたいとも思ってしまう。
期待してしまう。
ルイが私を兄妹ではなく……。
私はそう考えて頭を振る。
今はルイとのダンスに集中しよう。
ルイとのダンスが楽しいと思えるこの気持ちは私だけのものだから……。
1曲目が終わり再び2曲目へと移る。
3曲目を踊る陛下御夫妻は、陛下の溺愛を示すいつも通りの流れである。
1曲しか踊らない者たちはその場だけのパートナー同士である。
2曲目に引き続く私たちは婚約者として見せなければいけない当然の行動である。
時々見せてくれるローレンナの久しぶりの笑みに安心を覚える。
そして、急なターンをしながら私を楽しませてくれるルイに先ほどの考えは押し込めて、心から微笑みながらダンスをした。
2曲目が終わり、国王夫妻に拍手を送りつつ私たちもダンスフロアを去るだろうと足を踏み出そうとした。
その時、急にルイに手首を掴まれて引き留められる。
何だろうと振り返ろうとしたとき3曲目が始まってしまった。
早くダンスフロアから出なければと焦る私をルイはグイっと手を引いてそのままダンスを始める。
「ルっ……ルイ!?」
私は動揺のあまり間違えそうになるステップを必死で整えながらルイを見上げる
ルイは懇願するような様相で「もう一曲……」と言ってステップを踏む。
確かに周囲にこの婚約はお互いの意志の元であるとアピールするにはとても効果的だ。
しかしその分リスクも生じる。
今後、婚約が解消になった後の事を考えればよくない。
一度、想いあっておきながら解消するということは、どちらかに大きな問題があったとみられ噂されやすくなってしまう。
私はそれでも別に構わないが、公爵家を継ぐルイにとっては醜聞になることも予想される。
そんなことを考えつつも淑女の微笑みを携えていたのにルイには簡単に見破られてしまう。
「ごめん……サリーは嫌だった?」
泣きそうな表情で私にそんなことを言うルイに私は思わず本音を言ってしまう。
「嫌じゃないわ! むしろ嬉しい……。
……ずっと思い出にできるわ……」
私の言葉に嬉しそうに微笑むルイに思わず目が奪われてしまう。
こんな甘さを含んだ笑みは見たことがない。
ターンしたときにルイが言った
「思い出にはさせないけどね……」
という言葉はルイの笑顔にキャパオーバーになった私には届かなかった。
高位貴族のダンスが終わり下位貴族との交代となった。
私たちはウェイターからシャンパンを受け取り軽く二人で乾杯をして口をつける。
私は正直お酒には強くない。
それを知っているルイは形だけの乾杯を終えると、さりげなく私の手からグラスを抜き取る。
代わりにアルコール抜きのシードルのグラスを私に手渡してくれる。
シャンパングラスに入っているがグラスの色が少しだけ違うのでよく見なければシードルとは分からない。
さりげない気づかいに私たちに話しかけて事情を聞きたくてたまらないと言った様子のご令嬢方が「ほぅ」とため息をつくのが分かった。
今この場にいるのは高位貴族のご令嬢やご婦人方なので、私が男爵位だとしても実際に男爵を務める者として敬ってくれる。
そして公爵家嫡男の婚約者なので、無粋に話しかけてくるものもいない。
私はルイと共にお互いの挨拶が必要な方々へ挨拶を行っていた。
各家のご婦人やご令嬢も、私たちの婚約をもちろん本物の婚約として捉えてくれていた。
時々、悔しそうにするご令嬢がいるが、概ね温かいお言葉をいただくことができた。
下位貴族のダンスが終わる直前に、ルイに手を引かれ私たちは少し休憩するべくソファが置かれている二階席に向かった。
ここは貴族の順列に沿って休憩できるエリアが決まっているため、先ほどご挨拶させていただいた方々も数組ほど目につく。
この二階にある休憩エリアは旦那様や婚約者がご挨拶に言っている際に、ご婦人やご令嬢が休憩に使ったりする。
そしてすぐに会場に戻るけれど、しばし休憩したい時などに使うため軽い会釈程度で深い社交は行ったりしない。
例外として女性同士でおしゃべりに興じたりすることはある。
本格的に人の目を避けて休憩したい時やお化粧を直したい時、ドレスが汚れてしまったりしたとき用の別室は準備されている。
この二階は正式な社交と本格的な休憩室との間のような扱いになる。
私とルイはしばらくウェイターの運んできてくれた軽食をつまみつつ階下の状況を眺めていた。
しばらくすると階下の会場がざわめき始めたことに気づく。
私たちの視界に入らない場所で何か騒ぎがあったようだ。
私とルイが顔を合わせて「なんだろうね」と言っていると先ほど来たお隣に座る侯爵夫人が私たちに教えてくれた。
「あの騒ぎが少々不快でこちらに逃げてきましたのよ」
「まぁ。なにかあったのですか?」
「なんでも突然グロリアの侯爵令嬢が、王宮舞踏会に乱入されたようなの。
我が国の王宮舞踏会は他国の者が入ることはあり得ないのにどういうことかしら?」
頬に手を当て困ったように侯爵夫人が仰るのでルイと私は思わず顔を合わせる。
ルイが立ち上がり「僕が行ってくる」というのを思わず手を引いて引き留める。
私の手にそっと手を添え私の顔を覗き込みながら「大丈夫だよ」というルイ。
隣の侯爵夫人が「あらあら。初々しくてすてきですわね」という声は私の耳には届かない。
私は硬い表情になっていることを自分で分かっていたが、私任務のためにここにいる。
「ルイ。私も連れて行って?」