24 仮の婚約と本当の気持ち(ルイ視点)
僕が王命を受け取り、サリーに王命を伝えて数日後。
珍しく夜遅くにライオネルが僕の私室を訪ねてやってきた。
「ルイ。おせっかいかもしんないけどさ……」
そう言って話しはじめたライオネルを僕は俯きそうになる顔をなんとか上げて見る。
「なんだ……?」
「ちょっと……。もうお前の様子、見てらんないからさ。
俺から助言というかなんというか……。
教えておこうと思ってな。
サリエラから『仮の婚約者』って言われて落ち込んでるのかもしれないが、それは事実だ」
僕はその言葉に思わず苛立ち、その気持ちのままライオネルを睨みつける。
それに怯んだ様子も見せず、慣れた様子でライオネルは顔の前でひらひらと手を振り「やめろ」と伝えてくる。
それに更に苛立ちが募る。
「殺気が漏れてるぞ。
事実を指摘されたからって怒るんじゃない」
「……すまない……。
……だがそれがお前の言いたいことか?」
「そんなわけないだろう?
そうじゃなくて『仮の婚約者』だからってお前が気持ちを押し堪える必要はないぞって言いたいんだよ」
ライオネルの言葉に意表を突かれ、さっきまで漏らしてしまっていた殺気が霧散していく。
「どういうことだ?」
「ルイもサリエラも真面目過ぎるのがいけないんだ。
なんでこの状況を利用しようと思わないんだ。
俺なら遠慮なく利用する」
「利用……?」
「そうだ。
今までルイはサリエラが男爵になったばかりだからとか、過去の事があるからだとかで、サリエラが社交界でカラスの仕事をするのに支障が無いようにしてきただろう?
そのせいでサリエラに社交界で堂々と近づいたりすることもできなかった。
けれど今は違う。
今は王命とはいえ婚約者だ。
お前が婚約者を溺愛しようが周りは納得するしかない。
そしてサリエラもそれを受け入れるしかない」
「しかしサリエラは任務だと思うだろう?」
ライオネルの言葉に一瞬、浮上しかけた気持ちが再び落ちていく。
サリーは真面目だから任務だと思えば、自分の気持ちは置いておいて婚約者として完璧にふるまうだろう。
そして、それらをすべて受け入れるだろう。
そう思えばどんどんと気持ちが落ち込んでいく。
「要はサリエラの気持ちが欲しいんだろ?
それならサリエラの気持ちを表舞台でも惹ける格好のチャンスだとなぜ思わない。
今まで堂々とできなかった分、サリエラを表舞台でも口説けるチャンスだと。
順番が変わっただけだ。順番が」
そう言い切るライオネルにハッとする。
本来であればサリエラをもっとゆっくり囲い込んで、口説き、甘やかして婚約しようと密かに画策していた。
しかしサリーが男爵領に行ってしまったのと、僕がアレクの補佐で忙殺されていたためそれもうまく事が運べなかった。
王命とは言え婚約したのだ。
今までのように我慢する必要はない。
気持ちが欲しい。サリーの気持ちが。
「そうか……そうか! ライオネル!
婚約者を口説いてはいけない事なんてないものな!」
僕の言葉に満足そうに声を出して笑いながらライオネルは「そうだ」と答える。
「それじゃあ善は急げだ。
ライオネル。母上御用達のドレスショップにこの手紙を届けてくれ。
特急料金も遠慮なく言うように伝えてくれ」
僕の言葉に嬉しそうにうなずくとライオネルは急ぎ部屋から飛び出していった。
ドレスショップは基本夜勤の者が何名か滞在している。
貴族のドレスなどの急ぎの直しや染み抜きなどを対応するためだ。
この時間であればギリギリその者たちに手紙を手渡すことができる。
それであれば明日の朝一番で取り掛かってもらうことができる。
そう考えて満足すると先ほどまで進みが遅かった仕事がサクサクと進んでいった。
王宮舞踏会の日、玄関でサリーを待つ僕は柄にもなくそわそわとしてしまう。
僕の贈ったドレスをサリーが着てくれるかどうか……。
現れたサリーを見て僕はそんな不安も簡単にに吹き飛んでしまった。
僕の色を纏うサリーは春の妖精ではないだろうかというほどの可憐さと美しさだった。
デザインはドレスショップのオーナーが担当してくれたので色しか指定しなかった。
ドレスを纏ったサリーは小柄で大人と少女の間の美しさだった。
胸元はすっきりとみせ、胸のすぐ下から広がるように青が色を変えていく。
水色から濃紺へ。
それが自身の色だという事を自覚し、嬉しさと満たされていく独占欲に頬が緩みそうになる。
あえて刺繍はほとんどせず、濃紺の色の中に少しだけ裾に僕のジャケットと同じ刺繍が水色で施されている。
アクセサリーは薄い色のガーネットでまとめられている。
アップにまとめた髪が女性らしさと大人っぽさを演出していた。
僕を見て少し頬を染めるサリーに思わず表情筋に力を入れようとしてやめる。
取り繕わず、頬が染まることも厭わずサリーに微笑みを向ける。
「綺麗だ……僕のサリー」
そう言うと驚いたかのようにこちらを見て口を開くサリー。
「仮の婚約者ですが精いっぱい努めます。
よろしくね。ルイ」
サリーの言葉に僕は現実に引き戻されたように感じたが、勝負はここからだと思い直し心の中で気合を入れる。
その言葉に思わず息を飲みそうになるが、心を入れ替えてエスコートの腕を差し出す。
僕の腕に手を置くサリーに聞こえないように
「今はね……」と答え歩き出した。
王宮の大きな扉が開き僕たちの名が呼ばれる。
「マグネ公爵家 ルイ・マグネ様
御婚約者 サリエラ・ブローイン男爵様」
二人で礼を執り、サリーの歩調に合わせ歩き出す。
サリーが僕の婚約者と正式に認められた瞬間だ。
周囲はこの事でざわめきはじめる。
しかし周囲のざわめきを気にすることもなくサリーはしっかりと背筋を伸ばし微笑みを携えて歩く。
そんなサリーの様子に満足感を覚えながら僕も足を進める。
筆頭公爵家の僕たちの次はすぐにアレクとローレンナ妃が階段の上から登場し挨拶を行う。
王宮舞踏会は年に数回行われ、我が国の貴族が交流を深める機会でもある。
遠方の貴族も一年に一度はいずれかの王宮舞踏会に参加することが義務付けられている。
今日も国内の貴族が多く集まり、各家の動向の確認や新たな縁を求めて集まっている。
アレクの挨拶が終わり、アレクがローレンナ妃をエスコートしながら会場に降りてくる。
アレクの合図に合わせて楽隊が音楽を奏で始める。
心配していた二人の様子も最近は元の関係に戻り始めたようで、ローレンナ妃も自然な笑顔を見せてくれるようになったとアレクから聞いている。
2人はもともとダンスの名手でもあるので息の合ったダンスは見る者も楽しませてくれる。
アレクがローレンナ妃に何か言ったのだろう。
ローレンナ妃はクスクスと笑いながらダンスのステップを踏む。
その様子にサリーも安心したか目尻を下げて微笑みながら見守っていた。
一曲目が終わり、そのまま国王夫妻は残り、次は高位貴族もダンスフロアに入る。
既婚者や婚約者は同じ相手と2曲続けて踊る。
僕はサリーの手を取りアレクたちのすぐそばまで行くとお互いに礼をしてホールドを組む。
小柄なサリーと比較的長身の部類に入る僕とでは、体格差があるため踊りにくいと思われるだろう。
しかし子供の頃からお互いを練習相手としている僕たちにそんなことはない。
息の合ったステップで会場をゆっくりと優雅にサリーをリードして踊る。
距離が近くなった時にサリーの腰をいつもよりもぐっと引き寄せる。
サリーは驚いた様子を見せながらも淑女の笑みを向けてくる。
僕はそれに少し苛立ちを覚え耳元で囁いた。
「君の本当の笑顔を見せて?」