22 仮の婚約(ルイ視点)
サリーが王都に戻るきっかけとなったのが、グロリア王国から突然やってきて、勝手に住み着いたグロリア王国の王女リリーアンヌだった。
ちょうど半年前にアレクが単独でグロリアに表敬訪問を行った。
その時にグロリア王女リリーアンヌに一方的に好意を持たれた。
何度断っても彼女は諦めず、無理やりと言うようにこちらの国にやってきた。
なぜ我が国の国王が表敬訪問という形をとったかというと、隣国グロリアは世界から見ても大国である。
そのため敬を表しての訪問という形を取ったが、事実、我が国の方が国力は強い。
しかし、グロリアに敵意は無いという意味を込めて表敬訪問という形をとった。
それがいけなかったのか、政治に興味がない王女は我がクォーツ国を格下と見て押しかけてくることとなった。
王女はその性格から自国の貴族に嫁ぐことが無く、25歳となっても独身の姫としてグロリアで好き勝手していた。
そのせいでグロリアはこの王女の扱いに困っていたそうだ。
そこでアレクに一歩的に想いを寄せ、自国でのわがまま放題のままクォーツに押し掛けるという行動に移った。
現在のグロリア王はこのリリーアンヌの兄だが、この国王もまた、まともと言えるのかどうかは正直分からない。
これ幸いと、持て余した王女を娶る代わりに関税を大幅に下げるなどクォーツに有利な政策を持ち出してきた。
アレクに近しい者達はそこまでグロリアが譲歩するほど、王女の扱いに頭を悩ませていたことに絶句した。
これにより、貴族間では側妃を娶ることをアレクに勧める派閥とグロリアの今後の動きを警戒して反対する派閥と二分している。
アレクとローレンナ妃の間に世継ぎがまだ居ないことも原因の一つになっている。
さすがに王女も他国の王宮で自国でのわがまま放題といった態度はとっていない。
その姿だけを見て、情報を持たない貴族たちは慎ましやかな姫だと勘違いしている。
なおかつローレンナ妃とは違い、出自が王女という肩書に完全に騙されている状態だ。
それによってローレンナ妃は世継ぎができないプレッシャーと、側妃を許容するようにというプレッシャーに押しつぶされかけていた。
そんなローレンナ妃を心配したアレクが個人的にサリーを王都に召還した。
今日はサリーが王宮に来てローレンナ妃と面会をしている。
もちろんローレンナ妃のことも心配だが、状況が状況なのだ。
サリーに何もないとは言い切れないことに、僕の不安は募っていく。
集中しているつもりでも、心ここにあらずになってしまう。
そんな状態で書類に目を通しているとき、廊下がバタバタと騒がしくなってきた。
「騒がしいな」
「確認してくる」
ライオネルに渋い顔を向けてそう言うとライオネルはすぐに立ち上がり扉の前に向かった。
なんとなくライオネルを目で追っていると、扉に手をかけようとしたところでパッと扉から離れ移動をした。
何事だ? と思った瞬間、扉がバンっと大きな音を立てて開いた。
「ルイ!! すまない!!」
入ってきて第一声で謝罪の言葉を叫ぶのは、我が国の国王であるアレクだった。
国王が臣下に簡単に謝罪をすることは褒められた事ではない。
僕は急いで扉の方を見ると、ライオネルがアレクが入室後すぐに扉を閉めたようでこちらを向いて頷いていた。
「アレク。意味が分からない。
そしていくら友人と言えど国王が簡単に謝るな。
どこで誰が見ているか分からない」
「いやそうだな。すまない……。
あぁ……でも謝らせてくれ。
本当にすまないことになった」
僕はアレクの要領の得ない言葉にため息をつきながら、ライオネルにお茶を準備するように頼んだ。
アレクをソファに座らせ僕が正面に座ったところで、走ってきたアレクのために先に果実水をライオネルが差し出した。
それを一気に呷ってアレクが一息ついたところで話し出した。
「……王女について来ているグロリアの侯爵令嬢の事をルイも把握しているだろう?」
「あぁ。すでに調べている。
グロリアでの王女の親友という名の悪友だろう?
王女の名前を使って社交界で好き勝手にふるまっていた女だ」
「あぁそうだ。あちらの社交界ではもう嫁ぎ先も無いほどに悪名が広がっている。
王女と肩を並べるほどに」
「その女がどうした?」
僕の疑問にいい澱み言葉に詰まるアレク。
初め見るアレクのそんな様子に僕も戸惑いが隠せない。
「先ほどあちらの大使が俺との謁見で……。
その侯爵令嬢とお前の婚約を提案してきた……」
「はぁ!?」
驚きのあまり思わず立ち上がる。
膝の上に肘を置いて手で自らの額を支えながらうなだれるアレク。
その様子を見て俺は冷静になり、ため息をつきながらソファに沈み込むように座る。
「どういうことだ? 説明してくれるか?」
「あぁ……。もちろんだ」
そう言って僕と同じようにソファの背もたれに力なく背を預け、大きなため息をつくアレクはそのまま話し出した。
「もちろん俺は公爵家のカラスの事情があるから拒否をした。
しかしあの王女と親友だと言うからには何をしてくるか分からない。
だから気を付けてほしい」
「あぁそれは信用している。
僕が知りたいのはなぜそんな話が出てきたかということだ」
「侯爵令嬢と王女は親友だから離れたくないと……。
王女がこちらに嫁ぐのであれば、自らも『この国の貴族と婚姻を結んで差し上げる』
となんとも上から目線で言い始めたらしい。
そこで王宮に仕事に来る、見目の良い貴族令息を探していたところルイが独身でなおかつ公爵家の嫡男。
俺の補佐を務めていることを王女派の貴族から囁かれたらしい」
アレクがうなだれながら大きくため息をつく。
俺はあきれながらその話を聞いていた。
「とんだ忠誠心だな。
それで?」
「まぁグロリアの大使殿は長らく我が国に滞在している。
彼は無理な話をしていることは自覚していたから許してやれ。
大使殿でも持て余している王女からの命令だということで、仕方なく俺に言ってきたようだ」
「なるほどな。僕を推薦した貴族はこちらで探らせてもらう」
「もちろんだ。しかし……」
更に言いにくそうにしているアレクに、もう全部話せと目で訴えると渋々アレクが口を開く。
「お前、サリエラ嬢との婚約は考えていないのか?」
「はっ?」
急なアレクの言葉に思わず固まってしまう。
「いや、俺にもう隠す必要はない。
妹だ。家族だと思っていたのは違ったと気づいたんだろう?
お前の気持ちくらいわかっているつもりだ」
「そのことと何が関係している?」
思わず殺気を漏らしながらアレクを睨みつけながら答える。
アレクがやめろと言う風に、顔の前で気怠そうに手を振る。
僕が落ち着くために軽く深呼吸したのを見てアレクが言葉を続ける。
「お前に婚約者がいればすぐに断ることができると大使殿が言っていたのだ。
なんでもグロリアで何度も婚約者を持っている男性に言い寄り、それが原因であちらの社交界ではかなり痛い目を見たそうだ。
それ以来、婚約者持ちだったり、既婚者には警戒しているようなんだ」
「なるほど……」
「……すまない……。
我が国を守るためなんだ。
筆頭公爵家にグロリアの者を入れるわけにはいかないんだ……。
…………ルイに王命を下す」
アレクが真剣な目で僕のことを見る。
僕は嫌な予感がして思わず目をそらしてしまう。
ちらりと見たアレクの目が辛そうに揺れるのを見てしまい、僕は覚悟を決め床に膝をつく。
「何なりと」
頭を垂れながらそういう僕に、アレクが思わずと言ったようにギリッと歯を食いしばったのが分かった。
「……ルイ・マグネ次期公爵……王命によりサリエラ・ブローイン男爵との婚約を命じる……」
「……御心のままに……」
「すまない……ルイ……」
その言葉に僕は顔を上げ再びソファに座る。
「サリエラ嬢であればカラス教育も受けているから、もし何かあったときにもある程度は対処可能だろう……。
男爵領での盗賊狩りの話は俺の耳にも届いている。
何よりルイとライオネルのそばにおり、公爵家で生活する事にも慣れているからこれほどの適役はほかにもいない……」
「分かっている……」
「マグネ公爵家が代々、恋愛結婚をしていることは有名だから男爵位のサリエラ嬢でも問題は無い。
何より幼少期から公爵家で過ごしているから自然だ。
婚約した日取りもこちらで偽造は簡単にできる。
そして我が国の筆頭公爵家にまでグロリアが食い込むことは王として看過できない。
……本当にすまない…………」
自分も辛い思いをしているにも関わらず、僕のために辛そうに、切なそうに顔を歪めるアレクに何とか笑いかける。
「もう謝るな」
僕の言葉に「分かった」と言い黙り込む。
一筋流れた涙を隠すように下を向くアレクをただ見守るしかなかった。
昨日とは打って変わって僕の帰宅への道すがらは重いものとなっていた。
手にしている王家の印がしっかりと入った書簡をじっと見る。
時折、サリエラの顔が頭をよぎり、思わず握り潰しそうになるそれをグッと堪える。
「こんなことになるなら……。
せめて先に気持ちだけでもサリーに伝えておくべきだった……」