20 大きな変化(ルイ視点)
僕は20歳になり、サリーは22歳になった。
あの事件後、学園でのサリエラの評価は上がり、以前のような嫌味や噂に巻き込まれることは無かった。
最終学年まで僕はサリーと成績を競い合い、その聡明で淑女の見本と言われる礼儀作法でむしろ人気者となっていった。
人を爵位で判断せずに社交でもその話術や微笑みで、それとなく会話の主導権を握り上手に情報を抜き取る手腕は母上も唸るほどだった。
学園を卒業後、一年はサリーも王都におり、社交界では社交界の華としてローレンナ嬢と共に人気者になっていた。
アレクとローレンナ嬢が結婚したことを期に、サリーは男爵になっていたので男爵領に移った。
代官と共に更に男爵領を盛り上げるために、一旦カラスの業務を休職し男爵領で生活していた。
ライオネルも時々、男爵領に行きサリーの補佐をしたり、こちらで僕の補佐をしたりして生活している。
サリーが王都に戻ることは時々あり、母上と会ったり、ローレンナ嬢とお茶会をしたりしている。
そして年に数回行われる王宮舞踏会の時も公爵邸に戻ってきている。
しかし僕も学園卒業後、正式に次期公爵として父上の執務を請け負ったり、王太子補佐の仕事のため王宮で執務に明け暮れたりとなかなか忙しい日々を送っていた。
そして王太子が王になり僕は更に忙しい日々を送ることになる。
そのため王都に来ているサリエラとは王宮舞踏会の時に少しだけ挨拶をする程度しか会う時間はない。
しかしその代わり手紙のやり取りを頻繁に行っていた。
今、僕は王宮のとある問題で頭を悩ませる日々を送っていた。
今日もカラスからの大量の報告書に埋もれながら書類の処理に勤しんでいたところ扉のノックの音が聞こえた。
「おぉ。今日もすごい量だな」
「そう思うならもう少しこちらに居てくれてもいいんだぞ」
「まぁまぁ。とりあえずサリエラからだ」
「あぁありがとう」
気軽に僕の執務室に入ってきたライオネルに冗談交じりの嫌味を言う。
受け取ったサリーからの手紙に思わず心を弾ませる。
メイドにお茶を頼みライオネルにソファを勧め、休憩ついでにサリーからの手紙を読み始めた。
最初は時候の挨拶が書かれており、男爵領での生活がいつも通り書かれていた。
一口お茶を口に含んだ時その先に書かれた内容に思わずお茶を吹きだしそうになるほど驚いた。
「おぉ読んだか?」
「…………どういうことだ?」
ニヤニヤとこちらに目線を向けるライオネルのこういうところは大人になっても変わらない。
学園でも同級生よりも2歳年上だったため、体は出来上がっていたと思っていたが卒業後もどんどんたくましくなったライオネル。
身長は僕よりも少し高く、体格は騎士のように筋肉で大きくなっている。
そんな、いい大人にニヤニヤとからかわれたので僕は鋭くライオネルを見る。
「おうおう。やめてくれよその目。
凍ってしまうじゃないか」
ライオネルの冗談に鼻で笑い「これはどういうことだ?」と説明を求める。
「書いてある通りじゃないか?
今、王太子殿下。あっ今はもう陛下か。
陛下が大変ということはもちろんローレンナ妃も大変だろう?
心配かけないようにローレンナ妃はサリエラに黙っていたようだが……。
前回の王宮舞踏会ですぐに状況を察知したサリエラがすぐにこちらに戻る準備をし始めたんだ。
陛下からの呼び出しに応えたのと男爵領での準備が終わって今回正式にこちらに戻ることになった」
「……確かに今サリーに戻って来てもらえるのは助かる……。
アレクはやはりサリーに相談していたのか……。
アレクはローレンナ妃を気にしすぎているあまり、いまいち夫婦関係がうまくいっていない。
サリーがローレンナ妃の支えになってくれるのは助かる。
アレク……俺に黙ってサリーに……。
ん? ところでこの『屋敷ができるまで』というのはどういうことだ?」
サリーの手紙には
『屋敷ができるまで公爵邸でお世話になることをエイダ様にも了承いただいているので、しばらくの間よろしくね』
と書かれている。
「あぁ。一応、男爵だからタウンハウスを持つべきだろうかと悩んでいてな。
急に王都に戻ることになったから、すぐには見つけられなかった。
こちらに戻ってからゆっくりと決めればいいという話になったんだ」
「サリーには公爵邸があるだろう?」
「…………おい。お前本気で言っているのか?
サリエラもルイも、もう婚約どころか結婚していてもおかしくない年齢なんだぞ?
そんな二人が同じ屋敷に住めば憶測を生むだろう?
幼いころから住んでいたと言っても、もうサリエラは社交界では独り立ちしたものだとみられている。
しばらくの間であれば夫人の客人として住まわせることはできるが、いつ解決するかわからない状況なんだからサリエラがタウンハウスを持つことを考えるのも普通だろう?」
僕はライオネルの言葉に納得するものの、納得できない自分もいる。
そのせいで思わず眉間に皺が寄る。
「まぁタウンハウスの件はまだすぐというわけでは無い。
それまでにしっかり考えておけよ」
立ち上がって僕の肩に手を置いて、背中越しにひらひらと手を振って部屋を出るライオネルを見送る。
一緒に住んでいる間、僕はサリーの事を兄妹のようなものだと思い込んでいた。
しかしサリーが男爵領に移り、会うことが減った。
そして王宮舞踏会で久しぶりに会ったサリーに思わず目が奪われた。
会っていない間に女性らしくなったのか。否、もともとそうだったのだろう。
近すぎて気づかなかった自分の気持ちに気づいてしまった。
爵位を将来持つことができない貴族の次男や三男が、サリーの元に群がる様子を見て思わず独占欲が溢れそうになった。
その殺気に気づいたアレク、が玉座に座りながらクスクスと笑いをこらえていることも知らなかった。
この独占欲は妹のようだと言うには歪すぎる感情だ。
僕はもうサリーを一人の女性としか見れなくなっていた。
しかし学生時代、僕との関係で言わなくても良かったサリーの過去の事を暴露させることになってしまった事や、サリーを妹扱いしてきたこともあって言い出すことができないでいた。
「あのカラスの次期主も好きな女の前ではヒナ以下だな」
「まぁ陛下。それはサリエラもですわ」
アレクとローレンナ妃の会話に思わず眉間に皺を寄せてしまったのも仕方がないと思う。
サリーが男爵領に移って初めての王宮舞踏会での出来事を思い出しながら、僕は思わずソファにだらしなくのびることとなった。
それから数か月後、サリーが正式に王都に戻ってくる日となった。
もちろんその日も僕は王宮で執務に明け暮れていた。
ノックもなしに扉を開けるアレクの顔を見てうんざりとしてしまう。
もう今日で5回をゆうに超える。
「おい。アレク。君は国王だろ。
そんなに仕事が少ないのであれば僕の分を半分持っていくか?」
「仕方がないだろう?
今日、サリエラ嬢が王都に戻ってくるんだ。
これでやっとローレンナの憂いを少し取り除くことができるんだ。
落ち着かなくて当たり前だろう?
お前がいつもどおりな事の方がおかしいんだ」
「それじゃぁ今日、僕は定時で上がれるんだろうな?
もう毎日毎日、こちらで公爵家の仕事もしているくらいなんだぞ」
今日サリーが戻ってくるため僕はできるだけ早く公爵邸に戻ろうと精力的に仕事に取り組んでいた。
にもかかわらず、アレクがこうやって何度も邪魔をしに来るため、仕事が進まなくなっていることに眉間の皺が深くなる。
「すまない、すまない。分かっているよ。
けれど今日の分は今日終わらせてくれよ」
僕の殺気が漏れても気にした様子もなく、気楽に手を振って出て行くアレク。
入れ違いに新たな書類を持ってきた侍従が「ヒッ」と言ったことでなんとか殺気を抑える。
鬼気迫る様子で僕は休憩なしで執務に取り組んだ。
ガタゴトと音が聞こえる馬車の中で僕は大きなため息を漏らす。
途中、終わらない仕事に限界を感じ、急遽ライオネルを呼び出し手伝ってもらった。
それにかかわらずこんな時間になってしまった。
「まぁいつもより早いじゃないか」
「夕食を一緒に取る予定だったんだ……」
「約束はしていないだろう?」
「約束できないんだ。こうなることも分かっていたから……」
からかうように言うライオネルを睨むこともできず僕はうなだれながら公爵邸に戻った。