2 氷の王子と呼ばれた男の子
公爵家嫡男、次期公爵。その肩書だけで子供の頃からたくさんの大人やたくさんの令嬢に囲まれてきた。
父上や母上から愛されている自覚はあったが、それよりも次期公爵として恥ずかしくない自分であるためにいつも己を律していた。
そのせいか、子供らしいとは言えない子供に成長した自覚はある。
その分この公爵家の裏の仕事にも早々に関わり、次期主としての勉強も着実に進んでいた。
もちろん勉強や剣術などを純粋に楽しいと思えたからでもある。
しかし、もともとの性格のせいか表情に乏しく髪や目の色も相まって冷たいという印象を周囲から持たれていることも知っていた。
そして我が国の王子が黒髪に紺の瞳で『夜の王子』と呼ばれているのに相まって僕を世間が『氷の王子』と呼んでいることも知っていた。
「ルイ。お前、俺といることが多いから『氷の王子』とかって令嬢に人気だぞ」
「馬鹿馬鹿しい。何が氷だ。僕は公爵家子息だ。王子でも何でもない」
「お前が『氷の王子』とは笑えるな。お前は執着した物事には情熱的なのにな」
幼馴染でもある王子のアレクにそう言われるほど、どちらかと言えば僕は熱っぽい方だ。
だから僕の事を知らない令嬢から『氷の王子様』と呼ばれ熱っぽい視線を受けても全く心は動かなかった。
そんな事よりもやりたいことや、やらなければならないことに集中する方が大きく心が動く。
ただ気持ちが表に出ないだけ。
そして興味ない事には全く関心を示さないだけ。
ただそれだけのことだった。
ある日、僕は母上と公爵家の縁戚に当たる男爵家令嬢の誕生日パーティーに行くことになった。
まだ令嬢は8歳ということでパーティーと言ってもお茶会らしく、近い年齢の令嬢令息が集まるそうだ。
僕も10歳ということで呼ばれたのだが、僕の腰はすこぶる重かった。
「母上。縁戚と言ってもかなりの遠縁ではないですか。
本当に行かなければなりませんか?」
「あのね。ルイ。我が公爵家にとって縁戚はものすごく大事なものだとあなたも知っているでしょ?
あなたも次期主なのだからきちんと縁戚との顔合わせはしないと」
母上の苦言も重々わかる。
我が公爵家は代々この国の隠密集団を束ねる者として国王を支える一族だ。
隠密の仕事は多岐にわたる。
そのため縁戚から子供の頃から能力のあるものを見出し、公爵家に引き取り隠密として育てていく。
隠密の事を我々はカラスと呼んでいる。
そして公爵になるものはカラスを束ねる主として全てのカラスの管理をする。
もちろん平民や孤児からカラスになるものもいる。
しかし縁戚から貴族令嬢や令息を引き取り、社交界を渡り歩く青のカラスとして育て重宝している。
だから、公爵家の縁戚というのは他の貴族の縁戚関係よりも距離が近い。
今回男爵令嬢の誕生日のお茶会に公爵夫人、次期公爵に当たる嫡男を招待することも失礼にあたらない。
しかし、あらかじめカラスを使って仕入れた参加者リストを見て僕は気が滅入っていた。
参加者はここ数年カラスを輩出していない家がほとんどで、公爵家としても注視していない家の令嬢令息がほとんどだった。
あからさまに僕との縁を求めての会だというのが見て分かる。
母上の苦言に負けず僕はなんとか言葉を返す。
「母上。すでにカラスに調査してもらっていますが、今回参加する令嬢令息にめぼしい者はおりません。
僕は今日アレクとの約束もあるので、顔を出したらすぐに帰らせてもらいます」
母上は僕の発言に大きなため息をついて諦めたように言う。
「はぁ。もう本当に誰に似たのかしら?
わかったわ。殿下との約束ならばしかたありません。
しかし、お茶会であからさまな態度は絶対に取らないように!」
「分かっております」
それだけ答えて馬車に乗り込んだ。
お茶会の会場に到着し、誕生日の令嬢に「おめでとう」と言い、花を手渡す。
会場の皆が僕を見ていることに内心ため息をつく。
確かに参加者は下位貴族ばかりだから公爵家と知り合いになれればと思うのもわかる。
しかしあまりにもあからさますぎる視線に僕はうんざりとしていた。
再度、内心大きなため息をつこうとしたとき。
『ガシャン』という何かが割れる音が聞こえた。
僕はカラスの訓練も受けているのでかなり耳は良い。
他の者が聞き取れなかったはずの音も僕の耳には聞こえた。
ただの興味で僕は令嬢令息の視線をよそに音がした方へ向かう。
すると、明らかに屋敷内の地下に人の気配がする。
響く足音からすると明らかに子供のようだったので僕は焦って、レンガ一つ分だけ開いている芝に隠れた空気穴を覗いた。
そこにはぼろぼろの布を服として纏っているくすんだ金髪のピンクの瞳の女の子が目を大きく開いてこちらを見ていた。
「ルイ!! 何しているの!!」
「母上。すぐに動かなければいけません」
僕の焦った雰囲気によくないことが起こっていると察した母上はすぐに態度を変える。
「何があったの?」
「女の子が牢のような部屋にいます。体の状態もよくないようです。すぐに助けなければ」
「分かったわ。すぐに動かします」
母上はそう言ってすぐに父上にカラスを飛ばして伝令を届ける。
女の子を救出する準備をする。
僕はしゃがみこんでその女の子に向かってできるだけ優しい声を意識して話しかけた。
「もう大丈夫。僕が今すぐ君を助けるよ」
その後、男爵邸に忍び込んだカラスによりすぐに女の子が秘密裏に救出される。
僕は母上にその場を任せ馬車に乗り込みぐったりとしている女の子を確認する。
がりがりにやせ細っている。今は熱があるようだ。
馬車に同乗している女性のカラスが女の子の体を軽く確認する。
古い傷跡はあれど、大きな外傷はないとのこと。
おそらく熱は衰弱からだろうとのことで、急ぎ公爵邸にカラス専用の医者を呼びつけるよう頼んだ。
僕よりも何歳か年下のような女の子が熱のせいか小さく震えている。
それを見て僕は着ていた上着を女の子にかけ、手を握った。
すると女の子は目をうっすらとあけて虚な視線で僕を見て言う。
「春の王子様ね……」
それだけ言って気を失ったかのように再び眠り込んだ少女に僕が大きくドクンと脈を打った。