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17 乗り越える過去



熱が下がり、数日おきにローレンナが私に会いにやって来てくれる。

学園での世間話や、授業のノートを持ってきてくれていた。


ローレンナと会う日以外はルイとライオネルが私の様子を見に来て、いろいろな話をしてくれたので飽きることはなかった。




そして私は使えない利き手が不便で仕方ないので、何かに使えればと左手で生活してみることに挑戦していた。

両利きになれば何かと便利だろうという軽い気持ちだったがなかなか最初は慣れなかった。


時々、訓練所に行って手先の器用なカラスに両利きにするための特訓を受けていた。



「お嬢、確かに両利きになれば便利だが、その訓練……飽きないか?」



私が何時間も棒を指の間に挟み、回す練習を続ける私に呆れたように言うカラスに微笑みを返す。



「確かに……もうこればかりやってますよね……」



わたしから棒を受け取りそれをシュッと的に向かってカラスが投げる。

私も別の棒を持って真似て投げてみる。

すると今まで一度も的に届かなかった棒がストンと吸い込まれるように的の中心にあたる。



「「…………え?」」



思わず私とカラスの声が重なる。



「お嬢……?」


「今あたったわよね?」



カラスはため息をつきつつ私の左手や腕を触りながら考えていた。



「おい! 何をやっているんだ!」


ルイがなぜか怒りながらこちらにやってくるのが見える。

先ほどまで私の腕を見分していたカラスが両手を上げて降参のポーズをとっている。



「何をしているんだと聞いている!」


ルイのあまりの剣幕に驚きながらも私はなんとか事情を話す。

そこにカラスが補足するように説明してくれる。



「ヘレナ女史に聞けば詳しく分かるだろうが、おそらくお嬢はもともと左利きだった可能性がある。

子供の頃に知らぬ間に矯正されていたことで、自分は右利きだからと右手しか使っていなかったのかもしれない。

お嬢は確かにもともと器用だから不思議にも思わなかったが棒回しも左手で問題なくできている」



カラスの言葉に落ち着きを見せていたルイが私の左手を握りじっくりと見る。


「すぐにヘレナ先生を呼ぼう」






「うん。左利きだった可能性はあるわね。

それに加えて、おそらく幼少期に受けた傷が右手に多かったのも原因かも」



私の過去の診断結果を見ながらヘレナ先生が話す。

私とルイはそれを真剣に聞いていた。

もしかしたら私に今まで叶わなかった可能性が生まれるようでワクワクしてしまう。



「確かに貴族は幼少期の物心つく前に左利きの子は右利きに矯正されることが多いわ。

それに加えてサリエラは右手と右腕に傷が多かった過去もある。

明らかに左手の方が握力も強いわ。

おそらく、サリエラのお母様とお父様が熱心にサリエラに向き合って右利きに矯正したのよ。

今まで気づかないなんて珍しいもの」



ヘレナ先生の言葉に胸が熱くなる。

もう私には顔も思い出せないお父様とお母様の影響が体に残っていたことが嬉しい。



「この調子なら、左手生活にもすぐ慣れるわ。

お父様とお母様に感謝しなさい」


ヘレナ先生の言葉に笑みがこぼれた。





それから、体力作りも兼ねて、私は時々訓練場に向かい投降の練習を始めた。


今までは深窓の令嬢が如く、訓練は禁止されていた。

幼少期の生活のせいで、普通の人よりも骨や体が弱いと言われていた。


それもあって私はまさに適度な運動という名の散歩くらいしか、させてもらえなかった。

けれど、カラスの訓練には憧れがあったので私は時間が出来る度に訓練場へ足を運んでカラスの訓練を見学していた。




ヘレナ先生にも無理しないならと許可をいただいた。


このことをエイダ様とルイに伝えると二人は正反対の反応を見せてくれた。

エイダ様は喜びの表情を、ルイは難しい表情を浮かべる。



「僕は反対だ」


「あらなぜ? 今後サリエラが最低限の護身ができる可能性をルイが潰すの?」



最初は反対していたルイもエイダ様の一言でなんとか納得してくれた。


しかし終始

「無理はするな」「集中しすぎるな」「一人でやるな」

と口酸っぱく注意事項を並びたてられた。

私は苦笑しつつそれらにすべてうなずいて返した。





骨折から一か月半が過ぎ、ヘレナ先生から学園へ通う許可が出た。


念のため明後日からの登校になる。

ヘレナ先生から許可が出たその日のうちに、私はエイダ様に部屋へ来るようにと呼ばれた。



腕の固定器具はまだ外せない。

しかしある程度、骨が固まってきたことで無理をしないことを条件に学園への登校を許された。

私は気分よくエイダ様の部屋へ向かっていた。



もうすっかり慣れた左手で部屋の扉をノックする。

エイダ様の声が聞こえ、扉を開けようとするとルイが扉を開けてくれた。

ルイがいることを知らなかった私は目を瞠りながらもエイダ様の部屋に足を踏み入れる。



「ごめんね。呼び出したりして。まずは座って頂戴」



そう言われて私はルイに手を引かれながらエイダ様の正面のソファに座る。

隣にルイが座った。


メイドがお茶を淹れてくれ、私には左手でカップが取りやすいように置いてくれる。


「ありがとう」というと「いいえ」とメイドが笑顔を返してくれた。

そのままメイドが部屋を出て、私たちはお茶を一口飲む。




それを確認してエイダ様が話始めた。



「ヘレナ先生から良い話を聞いたところなのに申し訳ないんだけれど……」



エイダ様の申し訳なさそうな表情に私は予想がつかず首を傾げる。

そんな私を見てルイがエイダ様の言葉を引き継ぎ話しはじめた。



「実は……3クラス4クラスの一部の生徒に……。

サリーが昔虐待を受けていた話が出回っている……」



私はルイの言葉に思わず目を瞬かせる。



「下位貴族の一部の者がサリエラの過去を風潮しているらしいの。

その者たちを何かしらの処罰にかけることは難しいわ。

やっていることは、もちろん下品なことよ?

サリエラが被害者なのは変わりない事なのだから……」


「それを面白おかしく話を膨らませて噂している者がいる。

僕がもっと早く対処できればよかったのだが……。

別件で手がいっぱいだったためにこのようなことを許してしまった……。

本当にすまない」




頭を下げるルイに私はあわてて顔を上げるように言う。

エイダ様もルイも自分が傷つけられたかのような悲しそうな表情をしている。

私はそれに申し訳ない気持ちになる。



「エイダ様……ルイ……。

謝らなければならないのは私の方です。

私はその噂が出回っていることを知っていました。

私が虐待されていて、公爵家に保護されたことは嘘でもなんでありません」



私の言葉に二人はそっくりの顔で同じ表情をして驚いていた。

私は報告しなかったことに申し訳なさを感じながらも私の考えを伝える。



「今まで私が噂に対して対処しなかったのは考えがあったからです。

効果的なタイミングと効果的な方法を考えているうちにこのような怪我を……。

私は私の虐待の事実を公爵家と自分自身の武器にしようと考えておりました」



私の言葉にエイダ様はさすがというべきか先が読めたかのようで、満足そうに笑顔になる。

ルイはまだ難しい顔をして私を見ている。



「なるほどね。サリエラ続きを話してごらんなさい」



「はい。エイダ様。

ずるいと言われればそれまでですが、私は自分に起こった境遇も利用しようと思っておりました。


『辛い境遇に合っても男爵位を得て努力を惜しまない令嬢』というレッテルを自分に張ろうとしておりました。


そして、そんな令嬢を助け出すだけでなく、十分な教育を与え育てる。

『器量のある公爵家』という事実を世間に知らしめることができるのではないかと考ええておりました。


怪我をしてこんなに長く学園を離れることになるとは思わなかったですが、ライオネルから話も聞いております。

私が学園に戻るころに本人が居ないことも相まって、噂は膨らみに膨らんでいることも予想しておりました」



エイダ様のほうを見ると先ほどよりも更に満足そうに笑みを深めており、ルイはまだ顔をしかめている。

私はそのことを不思議に思う。



「ルイは反対なの?」


「サリーがそこまで自分を犠牲にする必要はない……」



悔しそうに言うルイの手をそっと握って笑顔を見せる。

ルイは悔しそうに唇を噛みながら私を見る。

このままでは傷になると思い、握っている手に力を籠める。

ルイの唇が緩んだのが見えた。



「私は私を犠牲にするつもりなんてないわ。

確かにフラッシュバックを起こした私が言っても信じられないかもしれないけれど……。

私は過去を踏み台にして乗り越えようとしているだけなの。

だからルイ…………」


「…………分かった」



私の言葉に完全に納得していない様子だけれど返事はしてくれた。


そして続けて「フォローはするから」と小声で言ってくれる。



「わかったわ。サリエラの意志が固いことも、考えもよくわかった。

けれど、約束して頂戴。

あなたが傷つくようなことがないようにだけして。

もし辛い思いをしたら必ずすぐに言うように」


「分かりました」




私はエイダ様の優しい言葉に、必ず成功させようと心に決めた。



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