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15 悪夢と優しい手


『きゃーーーー』

というローレンナの叫び声と共に私は強烈な痛みを感じた。



起き上がるのも辛い痛みを覚えた。

私は昔、感じた痛みをフラッシュバックしてしまう。


カタカタと震える体をどうにかすることもできず、起き上がることもできなかった。




「持ち上げるぞ」

その言葉と共にライオネルの大きな体が私を持ち上げる。


ライオネルは私が震えていることも、顔色を悪くしていることにも気づいていた。

私が動く左手でギュっとライオネルの襟元を握ると何も言わずに保健室に連れて行ってくれた。


ライオネルは私に何も言わず、その場にいたライオネルの友人と思わしき人にルイを呼びに行くように頼む。

そしてローレンナに同伴するように言う。




保健室に到着し保険医からの処置を受けて私は呆然としながら、泣くローレンナに何も言うこともできずにいた。

それからしばらくすると走ってきたのか、身なりを乱したルイが扉を開けるのが目に入った。


『春の空の王子様』の深い濃い青の瞳が動揺で揺れる。



私はうまくルイに口を開くことができず、そのまま再びライオネルに抱きかかえられ公爵邸に戻った。


公爵邸に着くと小さなころから私を見てくれているヘレナ先生が待ち構えていてくれて早急に部屋で診察を受けた。


ただ男子生徒にぶつかられてこけただけで骨折してしまった自分の弱い体を思わず呪ってしまう。



「今日は熱が出るだろうがケガから来る熱だから、あまりにも辛いようなら薬を飲むんだよ」



私の腕を固定しながらヘレナ先生が優しく言う。

エイダ様が急いで私の部屋の扉を開き、動く左手の方に回って手を優しく握ってくれた。



「サリエラ……心配したわ……。

私がそばに居るからまずは寝なさい」



エイダ様の優しい言葉に先ほどルイに縋りそうになった気持ちが再び湧き上がってくる。

あの時はなんとかその気持ちを抑え込み、ライオネルに運んでもらうように伝えることができた。


エイダ様とルイはとてもよく似ている。



「エイダ様……。私……」


「何か不安があるの? 話せるなら話してしまいなさい。

その方がゆっくり眠れるわ」



そう優しく手を握りながら言ってくれるエイダ様に縋るように声を出す。



「痛みを感じたとき……。

私はまだあそこにいるのではないかと……思ってしまったのです……。

ルイに助けてもらって……。

エイダ様に優しくしてもらっているこの『今』は……。

…………すべて夢なのではないかと……」



私の言葉に何も言わずギュっと先ほどよりも力を込めて手を握り、空いた手で私の頭を優しく撫でてくれる。

まるで『夢ではなない』と伝えてくれているかのように。



「ごめんなさい……エイダ様……。

私……カラスなのに……こんなに体が弱くって……。

ごめんなさい……」


「謝る必要はないわ。私達にはサリエラが必要なのよ」



その言葉を最後に私は薬の影響かすとんと眠りに落ちた。





私はこれが夢だと理解している……。

それでも私の心は大きく揺れてしまう……。


私の手や足は16歳の私の大きさ。

けれどぼろぼろの服を纏っている。

最後に居た地下の薄暗くカビ臭い牢屋のような部屋に一人でいる。


あの頃の記憶が鮮明に思い出されていく。

私は自分の体を自分で抱え込みながら寒さに必死で耐えていた。




しかし、急に温かい体温が私の手から移ってくることに気づいた。

ふと顔を上げ、あのレンガ一つ分の小さな空気穴に目を遣ると優しい春の空の色が私の目に映った。



「ルイ……?」



重い目を開けると春の空の色が私の目いっぱいに映る。

私の背に手を入れて、上半身を起こされる。

その感覚で先ほどの、暗いカビ臭い部屋でのことが本当に夢だったと理解できた。



「ごめんねサリー。でもすごく熱が高いから……。

薬が切れる時間だったから様子を見に来たんだ。

薬飲める?」


ルイの優しい声に私はなんとかうなずくことができた。

ボーッとする頭で夢か現か分からない状態でルイに渡された液体をゆっくりと飲む。

途中むせながらもなんとか飲み干し、再びルイに背中を支えながら布団に入る。

布団をかけてくれていたルイの手を無意識に取った。



「サリーもう大丈夫だよ」


小さなころに何度も何度もそう言って、ぐずる私をなだめてくれていたことを思い出す。


「寝るまで……手を……握ってって欲しいの……」


私のかすれた声でもルイはきちんと聞き取ってくれる。

子供の頃のようにベッドの端に座り私の手を握り、もう片方の手で頭を撫でてくれる。


「これは現実……? それとも夢……?」


私の言葉に私の手を握るルイの手に力が入った。

その感覚で現実だと理解し安心して目をつぶることができた。





次の日、目が覚めるともちろんルイの姿はなく代わりにエイダ様の背中が見えた。

私が目を覚ましたことに気づいたエイダ様が私の方を振り返って声をかけてくれる。



「サリエラ。よかったわ。目が覚めたのね」


エイダ様の言葉に私は体を起こそうとすると右腕に激痛が走った。

それに気づいたクラリッサがすかさず私の元にやってきて背中をささえてくれる。



「もう……。あなた骨を折っているのよ。無理しないで」


クラリッサが心の底から心配そうに瞳を揺らしながら私の背に手をやり覗き込みながら言う。

声を出そうにも喉がカラカラでうまく声がでなかった。


クラリッサは私の背中にたくさんのクッションを敷き詰め、私が片手でも握りやすそうな細身のグラスにレモン水を入れて手渡してくれる。


「ありがとう」

と声にならない声でクラリッサに礼を言うと笑顔を返してくれた。


私はレモン水をむせないように慎重に飲み干す。

やっと喉が潤って声がスムーズに出るようになった。



「エイダ様……ご迷惑をおかけして申し訳ありません」


「迷惑なんて少しも思ってないわよ。

それよりもあなたは今日から念のため学園は2か月お休みですから。

傷の治り次第ではもう少し早く学園に戻れるかもとヘレナ先生がおっしゃっていたわ」



私は思わず「2か月も……」とつぶやいてしまう。

エイダ様は私のつぶやきが聞こえたようで苦笑する。



「2か月もじゃないわ! こんな大けがして!! みんな心配したんだからね!」


クラリッサが涙混じりに私に言うのを

「ごめんなさい……」と言いながらなだめる。



「ところで今回の件はすべてルイに調査を任せましたから。

もし意図的にあなたをこんな目に合わせていた場合はしかるべき対処をします。

これは相談ではなく決定事項ですから。

学園での調査はライオネルの協力もあるので、この2か月間あなたはしっかりとなおすことに集中しなさい」



有無を言わさないエイダ様の勢いに押され私は「はい……」とだけ返事をした。

先ほどとは打って変わり、私のベッドの端に腰掛けてエイダ様が優しい口調で私の頭を撫でながら言う。



「カラスである限りケガはつきものなの。

けれどあなたに求めているのは戦闘能力ではないわ。

場を把握する求心力よ。できないことは補い合うのがカラスなの。

あなたが悪い事なんて一つもない。

あなたを守れなかったルイとライオネルは今回でよくわかったと思うわ。

そうやってどんどん一人前のカラスになるのよ」



エイダ様の言葉が慰めだと理解はできる。

けれど本当の言葉だとも分かる。

私にできないことは誰かが、誰かができないことは私が。


そうやって今の私の強みをどんどん成長させようと心に刻む。

私はエイダ様の方を向いてしっかりとうなずいた。

そんな私を見てエイダ様は満足そうに笑いながら言う。



「理解できたならいいわ。

それじゃあなたはまず何をしないといけないかしら?」


「私は……まずはケガを治します」


「そうね。それじゃ早速。クラリッサ頼んだわよ」


「お任せください! 夫人」



そう言ってクラリッサが差し出したのは昨日まで飲んでいた薬とは見るからに違う、紫色をした変な匂いのする液体だった。

私はそれを見て思わず顔をしかめる。



「昨日までは熱さましと痛み止めを飲んでいたから飲ませられなかったけれど、今日からは数日おきにこれを飲むようにって。

カラスの筆頭医師のヘレナ先生お墨付きの『早く治るドリンク』よ」



そう言って手渡された液体を一瞬固まりつつも私は勢いよく呷った。

あまりの不味さに嘔吐きそうになるのを涙目になりながら我慢する私を見て、クラリッサがおかしそうにクスクス笑う。


「サリエラこちらを向きなさい」


エイダ様に言われ顔を向けると唇に何かが押し当てられる。

私は無意識にそれを口を開けて迎え入れる。


先ほどまで口からは何上がってくる異常なまでの匂いが徐々に爽やかなミントの香りに代わってくる。



「ミントの飴よ。私もそれを飲んだことがあるのよね……。

それを味わったカラスは二度とその薬を飲みたくないがために慎重になるからいい機会だわ」



エイダ様が笑いながら言うのを口の中で飴を転がしながら、後味を塗り替えるのに必死になりながら聞いた。


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