14 サリーの傷(ルイ視点)
ある日ローレンナ嬢から保健室に急ぎ来るようにという伝言を受け取った。
普段は走ったりしないが、アレクを置いて僕は廊下を走り保健室の扉を思いっきり開ける。
「おい……ルイ……早すぎる……」
追いついてきたアレクが俺の背後から保健室の中を見遣り
「どういうことだ!!」と怒りのまま口にする。
僕の目にベッドに座り真っ青な顔をしたサリーと涙を流し続けるローレンナ嬢が映る。
僕の腕を避けながらアレクが保健室に入りローレンナ嬢の肩を抱いて慰めている。
僕はゆっくりとサリーに近づき声をかける。
「サリー……どうしたんだそれ……」
腕を固定され顔にガーゼをつけたサリーが顔色を悪くしたまま僕の方にゆっくりと顔を向ける。
「ごめんなさい……ルイ……」
いつもなら学園では『ルイ様』と呼ぶサリーが家で僕を呼ぶように『ルイ』と呼ぶ。
その時バンっと扉が開かれる音がしてライオネルが入室してくる。
ライオネルもサリーと変わらず顔色を青くしている。
しかし冷静に
「ルイ様……後程ご報告を。まずはサリエラを連れて帰ります」
そういってサリエラを横抱きに抱えていこうとする。
俺はなぜかそれが気に入らなく、ライオネルの腕をグイっと引っ張る。
そんな僕の行動にライオネルは困ったように眉根を下げる。
ライオネルを掴んでいる僕の腕に冷たいサリーの手が添えられ、サリーはただ首を横に振る。
僕は震える声で「サリー……」とつぶやく。
それを目で『何も言わないで』と制しながらライオネルに「お願い……」とつぶやくサリー。
僕は呆然と横抱きに運ばれていくサリーの横顔と僕よりも大きなライオネルの背中を見送るしかできなかった。
「ごめんない……ルイ様……私のせいなんです……」
呆然と扉を見つめる僕にローレンナ嬢の小さな声が聞こえた。
「ローレンナ嬢……申し訳ありませんが状況を教えていただけますか?」
「まずは場所を変えよう」
僕の言葉を遮るようにアレクが言う。
アレクがローレンナ嬢を支えながら保健室の裏口から隠れている学園の東屋の一つに向かう。
席に着きローレンナ嬢が軽く息を吐く。
アレクが彼女を労わるように手を握っている。
「先ほどあった事を説明させていただきます……」
「お願いいたします。ローレンナ嬢……」
「私とサリエラが次の移動教室に向かって並んで渡り廊下を歩いているところに4クラスのご令嬢方がサリエラを捕まえていつものように嫌味を言い始めたんです」
「その内容をお伺いしてもいいですか?」
「…………『婚約者でもない癖にルイ様のそばに侍るな』と……。
サリエラはいつも通り笑顔で否定し、私もサリエラは私の友人だから自然にそうなっているだけだと申したのです」
「なるほど……」
頷く僕を窺うようにアレクが静かにこちらを向くのが分かった。
僕はアレクの方を向きつつも何も言うことはできなかった。
サリーであればどんな状況もうまく対応できると信じていたのもある。
そして僕もサリエラも婚約者がいない。
そのことについてもアレクに言及されたばかりだった。
「そして……いつも通りご令嬢方は何も言えずにいたところ、サリエラに男子生徒がぶつかった……。
私には体当たりしたように見えたのです……。
女子生徒が似たようなことをしたことは何度もありましたが、サリエラは倒れたりすることは無かったのですが……。
小柄なサリエラは男子生徒との体格の違いにより……飛ばされ倒れてしまったのです」
ローレンナ嬢はその時の状況を思いだしたのか再び目に涙を浮かべ始める。
ローレンナ嬢をアレクが慰めるように肩を抱いた。
「渡り廊下だったのもあり、そして次の授業の教科書をたくさん抱えていたのもありそのまま腕を地面に強打したようで……。
たまたま居合わせたフリック男爵子息のライオネル様がすぐに駆け付けてくれてサリエラを保健室に運んでくださったのです。
保険医の見立てでは骨折の疑いがあるということで、ライオネル様がマグネ公爵にご連絡してくださり馬車を呼びに保健室を出られたところでお二人が来られたのです」
「分かりました。ありがとうございます」
僕は早急に立ち上がろうとするとアレクに「待て」と腕を取られ引き留められる。
「アレク止めるな」
「頭を冷やせ。状況を冷静に考えろ。
サリエラ嬢はお前が原因で令嬢に詰め寄られたんだ。
その令嬢たちと令息がグルだったのかどうかも分からない。
お前は学園でやることがあるだろう。
そして今ルイが相対することでサリエラ嬢に対する噂は増長する」
アレクの言葉に頭が少し冷静を取り戻していく。
「すまないアレク。助かった……」
そう言って再び東屋の椅子に腰を下ろす。
そしてローレンナ嬢から令嬢と令息の特徴とその時近くにいた人物について詳細を聞いた。
その日なんとか僕は表面上だけいつも通り過ごした。
授業が終わりいつもであればアレクの執務の手伝いのため王宮に向かう。
しかし今日はアレクも許可を出してくれそのまま公爵邸に帰宅した。
玄関に到着するとライオネルが玄関で俺を待っていた。
「ルイ……今サリエラは眠っている。少し話せるか?」
「あぁ分かった」
サリエラの寝顔だけでも確認したかったが、ライオネルの話を先に聞くことにし、二人で歓談室に向かった。
ソファに座りメイドにお茶を頼みそれぞれ一口飲む。
メイドに部屋を出るように指示を出し、それを確認してライオネルが話しはじめた。
「ルイ。今日の事の詳細の確認は済んでいるか?」
「あぁ……」
「それじゃあ詳細省こう。
まずはルイも気になっているだろうからサリエラの容態から話しておく」
僕はライオネルの言葉にうなずき、冷静を保つために紅茶を一口飲む。
そんな僕を苦笑しつつ見てライオネルが話し出した。
「医者の診察ではサリエラは右腕を骨折。
顔の傷は数か月すれば消えるだろうとのことだ。
頭を打っていたので数日は自宅療養となる」
「骨折は完治するのか?」
「2か月は完治までかかるだろうとのことだ。
保険医の対応が良かったおかげでリハビリさえすれば後遺症もないだろうと言っていた」
ライオネルの言葉に密かに安堵を覚える。
しかし、けがをしたことだけでサリーがあれだけ動揺するとは思わずライオネルに尋ねる。
「……あの時のサリーの様子が気になった……。
何か聞いているか?」
俺の言葉にライオネルが少し言いよどむ。
「あぁ……。サリエラから聞いた……。
……昔を思い出してしまったそうだ……。
あとカラスなのにあれくらいで吹き飛ばされて大怪我してしまったことがショックだったそうだ」
ライオネルの言葉に思わず息を飲んだ。
確かにサリーには戦闘訓練はほとんど受けさせていない。
これは医者との相談の結果サリーも納得したはずだった。
子供の頃の虐待の後遺症のようなもので今でもかなり小柄なサリーは骨が弱いだろうということで禁止としていた。
しかし戦闘ができなかったとしてもサリーの社交能力と頭脳により引け目を感じることは無いように思っていた。
サリーは戦闘訓練を受けていないことをコンプレックスに感じていたことを今回初めて知ることとなった。
そして……未だサリーを蝕む過去の記憶……。