12 王太子からの相談(ルイ視点)
学園生活にも慣れ、数か月経ったある日。
放課後、アレクに頼まれ王宮に向かった。
僕は学園に入学してから正式に王太子の補佐となりこうして時々王宮でアレクの執務を手伝うことが増えてきた。
大事な話があるということで僕は慣れた足取りでアレクの執務室に向かった。
アレクの執務室に入ると執務机に頬杖をついて憂いの表情を浮かべるアレクが居た。
「アレク。集中できないなら先に話とやらを終わらせろ」
「あぁルイか……。そうしよう……」
僕がアレクに話しかけると今、僕の存在に気づいたように顔を上げた。
部屋付きのメイドにお茶の準備を頼みソファに二人で向かい合わせに座る。
アレクが軽く手を振って人払いを済ませお茶をゆっくりと飲む。
「それで? アレクから話があるとは珍しいがなんだ?」
「……あぁ。……俺は恋をした……」
「…………はぁ!?」
「ははは。氷のお王子も形無しだな」
「そんなことはどうでもいい。詳しい話をしろ」
いきなりのアレクの言葉に脳内での処理が追い付かず思わずおかしな声をあげてしまう。
声を出して笑いながら言うアレクに少し不機嫌になりながら詳しい話を求める。
「分かった。分かった。まぁ怒るな。
俺が想いを寄せているのはサリエラ嬢の友人のサベッジ侯爵家のローレンナ嬢だ」
サリエラの名前がでて思わずドキリとしてしまったが早とちりだった。
僕はよくサリーと共に居るローレンナ嬢を思い浮かべる。
茶色に近い金の豊かな髪に緑色の瞳。小柄なサリーと違いすらりと長身のご令嬢だ。
よく二人で休憩時間や放課後に一緒に居るところを見かける。
最近はサリーとよく勉強をしているようで、サリーと勉強をはじめてから元々自頭がよかったのか入学試験では高位貴族の中ではそれほど目立つ成績でなかったが、前回のテストでは10位以内に入って来ていた。
そして外国語の部門では3位の成績を収めていた。
「なるほどな。侯爵家であれば問題なく婚約できるのではないか?」
「いや。王命で婚約するのは簡単なんだ。
俺が求めているのは相思相愛の後の婚約だ」
俺はアレクの言葉に大きなため息をする。
この国の王族男子の悪癖がしっかりとアレクにも遺伝していた。
この国の王族の男子は一人の人間を一度愛するととことんその相手を愛する。
他国では後宮とよばれたくさんの妃を迎えることもあるのにこの国では政治的取引により側妃を娶るのが限界だ。
アレクもついに一人の女性を見つけてしまったことに喜びと同時にこれからの事に不安が生じる。
「それでだな……。ルイに頼みがある」
「分かった。我が家でサリーも含めたお茶会を一度開いてみよう」
「さすがだ! ルイ! 頼む!」
アレクの頼みを先んじて言うとはじけたような笑顔でアレクは嬉しそうに自分のスケジュールを伝えてきた。
「分かったわ。ルイ。それじゃあローレンナの予定を確認してお茶会の準備をするわね。
一応、主催はルイということでこちらで準備しておくわ」
公爵邸に帰りサリーに事情を説明するとお茶会の開催を請け負ってくれた。
普段学園ではあまり接する事もないが家では僕の事を『ルイ』と呼んでくれることに安心を覚える。
サリーは一度は『ルイ様』と呼ぶことにこだわっていたが、僕が『家の中だけでも今まで通りにしてほしい』と言うと苦笑しながらも承知してくれた。
サリーは学園では最初こそ遠巻きに見られたり、3クラスや4クラスの生徒から嫌がらせめいたことをされたりしていたみたいだが、僕が手を出す前にローレンナ嬢と共にうまく立ち回っているようだった。
男爵位が確約されており、後ろ盾が我が公爵家、そして母上の行儀見習いと言うことでサリーの学園生活に懸念を感じていたが僕の不安は必要のないものだった。
サリーはローレンナ嬢を『王太子が学園での話を聞きたい』という名目で今回のお茶会の開催を依頼されたということで誘ってくれた。
お茶会当日、僕とサリーは先にローレンナ嬢を迎え席に座っていた。
サリーとローレンナ嬢は学園と変わらず本当に仲が良いようで話題が尽きないようで楽しそうに話していた。
それからしばらくして走りながらアレクが庭を走ってくるのが見えた。
「すまない! 出る前に少し執務がはいってしまって……」
そう言いながら駆け寄ってきたアレクに僕たちは立ち上がり挨拶をする。
サリーは言わずもがな綺麗な淑女の礼をしていたが、ローレンナ嬢もサリーに負けず劣らずの綺麗な礼をしていた。
「あぁすまない。頭を上げてくれ。
待たせてすまなかった。
早速お茶をいただいてもいいかな?」
サリーに笑顔を向けながら言うアレクにサリーも笑顔を向けて了承の意を見せる。
「ローレンナ嬢も待たせてすまなかった。こちらからお願いしてお誘いしてもらったにもかかわらず……」
「いいえ。王太子殿下がお忙しいのは存じております。
サリエラと学園外で会えることはなかなかないので楽しくお話しておりました」
ローレンナ嬢が笑顔で言うのをアレクも耳を少し赤くしながら笑顔を返していた。
サリーがお茶を淹れてくれたので全員がお茶を一口飲み、学園でのことを話しはじめた。
「ローレンナ嬢は前回のテストでかなり好成績だったみたいだね」
「まぁ。ルイ様とサリエラに比べれば恥ずかしいですわ」
「しかし外国語ではルイとサリエラ嬢に続く結果だったではないか」
「今回のテストは隣国の2か国語だけでしたから私もなんとか取れましたがローレンナはほかにも5か国ほど読み書きできますものね。
会話だけだと合計10か国語ほどできますの」
2人の会話にさりげなくサリーがローレンナ嬢を褒める。
サリーの言葉に僕も驚いたが、アレクも驚いたようだった。
ローレンナ嬢は恥ずかしそうにしながらも理由を話しはじめる。
「そもそもお母様が隣国の人間ですから……。
私自身、他言語に対する敷居が低いのですわ。
お母様の国の方々や、おば様が嫁がれた先の方々とお話したいだけなのです……」
確かにサベッジ侯爵家は先代が外交官を務めていたので周辺諸国に縁も深い。
現当主の兄弟姉妹は他国の貴族と婚姻を結んでいる。
現当主は外交官よりも騎士が向いていたようで巡回騎士をまとめる巡回騎士団長を務めている。
貴族の中には代々同じ業種を極めていくことが当たり前のようになっているが、サベッジ侯爵家は昔からクォーツでは珍しくかなり柔軟な考えを持つ家系である。
『当人の得意な事を求めることを伸ばすべき』と家訓にも入っている。
「さすがサベッジ侯爵家の令嬢だ」
「ありがたきお言葉です。
しかしサリエラと仲良くなって言語以外の勉強の楽しさも覚えましたの。
これからはもっとバランスよく勉強しようと思っております」
アレクの言葉に頬を染めながらも返答をするローレンナ嬢。
そんなローレンナ嬢を嬉しそうにして見ながらサリーがさりげなく提案をする。
「そろそろお茶もお菓子もつきますし……。
王太子殿下は公爵邸の庭もよくご存知ですからローレンナにお庭をご案内していただくのはどうかしら?」
「そうだな。もしよければ夕食もご一緒していただければと話していたからね。
もしお二人に時間があるならアレク、ローレンナ嬢をご案内してもらえないだろうか?
僕たちは夕食の席を確認したいからね」
僕に笑顔を向けながらサリーが言うので僕も同意して二人を散歩に促すように言う。
僕たちの言葉にローレンナ嬢は嬉しそうに微笑みながら言う。
「ご夕食もご一緒させていただきたく事は既に家には伝えております。
もし殿下にお時間があれば散策にお付き合いしていただければうれしいですわ。
公爵邸のお庭をいつか散策してみたかったのです」
はじけるような笑顔をアレクに見せながら言うローレンナ嬢。
耳を赤くしながらも立ち上がりエスコトートのために手を差し伸べてアレクが言う。
「ぜひローレンナ嬢をエスコートする栄誉を私に」
ローレンナ嬢は頬を染め驚きながらも嬉しそうに微笑みながら「よろしくおねがいします」と手を取った。