11 子供と大人の間
この国クォーツの学園は勉強のレベルは他国に比べると高いのに加え社交界の縮図とも言われている。
学園で爵位は暗黙の了解のごとくもちろん影響があるのでクラス分けも学園側が頭を悩ますらしい。
例年であれば下位と上位の爵位の者は家庭で受けられる授業レベルが違うのですんなりと分けやすいそうだ。
しかし今年は私が異例の成績で入学してしまったがためにかなりもめてしまったらしい。
それにマグネ公爵家の後ろ盾を持って成人前に男爵位を得ることが確定している。
クォーツでは女性で爵位を得ることは珍しくないが未だ少ない。
未成年のうちに『男爵』と爵位をつけて呼ばれるように世間から認識される者は居ないことは無いがとても珍しくある。
そしていくら王太子が成績の順位に入っていないとしても2位の成績。
よって私は男爵位にしては異例の2クラスに入ることになった。
王太子、ルイは1クラス。
私は初めてのお茶会で仲良くなったサベッジ侯爵家のローレンナ様と同じクラスになった。
ライオネルは3位の成績だが男爵令息なので3クラスになっている。
2クラスまでに高位貴族と呼ばれる王族、公爵家、侯爵家、一部伯爵家がまとめられている。
やはり男爵位の私が2クラスなのはかなり肩身が狭いのではと思っていた。
「サリエラ様と同じクラスで嬉しいです」
「ローレンナ様。私もご一緒できて心強いですわ。ぜひ仲良くしてくださいませ」
「あの方がマグネ公爵の……」
「男爵位らしいわよ」
「なぜこのクラスに……」
クラスメイトが遠巻きに私を見ている中ローレンナ様が朗らかに私に話しかけてくれた。
こそこそと陰口が聞こえているが気にしないようにはしているつもりだった。
だが学園生活を楽しみにしていた分、友達ができなさそうだと思い少し内心落ち込んでいた。
そんなところにローレンナ様が話しかけてくれたのだ。
「まぁ。サリエラ様はたかが侯爵家の令嬢に過ぎない私よりもすでに男爵位が確定されているのですもの。
私の事はローレンナとお呼びくださいませ。ブローイン男爵様?」
クスクスとけん制も込めていたずらっぽく笑顔を携えて話すローレンナ様にありがたく乗ることにした。
「それでは私の事はサリエラとお呼びください。
確かに私はすでに領地経営も任されておりますがまだ爵位を賜るまで一年ございますわ。
皆さん高位貴族の方々ですから……皆さんからたくさん学ばせていいただけると嬉しいですわ」
このクラスで最高位の爵位のサベッジ侯爵家令嬢が敬称なしを求め、更に私がクラスメイトの方に困ったように微笑めば数人の令嬢が微笑みながら近づいて来てくれた。
「先ほど、入学試験の順位を見てまいりました」
「サリエラ様は2位だったのですね」
「すごいですわ」
令嬢のお話を聞いてまだ遠巻きにしているクラスメイトも
「それはすごい」
「1位のマグネ公爵令息と点差はさほどなかったそうだ」
と近寄ってきて話かけ始めてくれた。
最初は私の存在で少し距離の合ったクラスの雰囲気がどんどん良くなっていくのを感じた。
私はローレンナ様の方を向き微笑むとローレンナ様も微笑み返してくれた。
「サリエラ、これから仲良くしてくださいませ。
あとでカフェテリアで少しお茶しません?」
ローレンナ様のお誘いに二つ返事で
「もちろんです」と答えた。
入学初日からローレンナとよく行動を共にするようになった。
いつしか私もローレンナを敬称なしで呼ぶようになり私たちの仲は深まっていった。
昼食を二人でとったり、勉強をしたり。
そして時々クラスの令嬢令息も共にすることもあった。
今日は令息と令嬢に別れた礼儀作法の授業になる。
礼儀作法の授業は1クラスは3クラスと共に。
2クラスは4クラスと共に受ける。
これは上位貴族の仕草や作法を下位貴族が手本にして学べるようにという学園の配慮である。
「今日はやっとお茶会を模した授業ね」
ローレンナが弾むように言うので私は微笑みを返した。
ローレンナが私の顔を見て少し心配そうに小声で言う。
「まだ4クラスの令嬢方は……」
「大丈夫よ。ローレンナ。さすがにこれ以上続くのは授業の迷惑にもなるし今日で終わらせるわ」
苦笑しつつローレンナにいうと
「お手柔らかにね」とおかしそうに笑いながら私の手を励ますように軽く握ってくれた。
「今日はよろしくお願いいたします」
私の担当テーブルになった場所にクラスメイトの伯爵家のご令嬢と席に着く。
挨拶した相手は4クラスの令嬢3名だ。
私の挨拶を鼻で笑い無視する令嬢は2クラスに入らなかった伯爵令嬢と子爵令嬢が2人だった。
この伯爵令嬢、2クラスにも入らず更に4クラスと言うことは問題を抱える家なのか……。
もしくは成績が著しく悪かったのか……。
私を無視する3人に苛立ちながら
「あなたたち!」と詰め寄ろうとしたのは同じクラスのバクラジャン伯爵家のスザンヌ嬢だ。
彼女の手を軽く握り首を横に振って制する。
悔しそうに歯噛みしながら席に着くスザンヌ様を見て苦笑しつつもありがたく思う。
私達はお茶のセットがされているカートにむかう。
今日は上位貴族の者がホステスとして下位貴族の者をもてなし見本を見せるという授業だ。
上位貴族の者も恥ずかしくないようにするためにしっかりと復習する。
下位貴族の者は上位貴族から作法を学ぶという双方にとってとても勉強になる授業である。
「まぁ私たちは残念でしたわね。スザンヌ様は伯爵位ですからまだしも……」
「ほかの方よりも学べることが少ないじゃないの」
「どうせならローレンナ様のテーブルが良かったわ」
三人がクスクスと笑いながら話しはじめるのを私はお茶をスザンヌ様と淹れながら聞いていた。
「お気になさらないで。サリエラ様」
私を気遣いながら言ってくれるスザンヌ様に微笑みを返し、お茶を配るように使用人に指示をした。
全員にお茶がいきわたったところで私たちも席に着く。
私が代表してお茶とお菓子の説明をする。
「本日のお茶はお客様であるカプスリト子爵領でとれる若摘みのお茶を準備させていただきましたわ。
お菓子はマッシュルーフ子爵家のはちみつをふんだんに使った焼き菓子でございます。
お二人とも領地からお離れになって長いとお伺いしたので懐かしいお味をお楽しみいただければ嬉しいですわ」
お茶もお菓子もホステス役の生徒が選び準備を依頼する。
今回私は子爵家の2人の領地の特産物を選んだ。
そのおかげか子爵家の2人は先ほどと打って変わって嬉しそうに目を輝かせる。
全員が一口お茶を飲み終えたところでスザンヌ様が話しはじめる。
「この度、我が家の領地でもブローイン男爵領を参考にさせていただき改革に着手しましたのよ。
ありがたいことに我が国は戦争もなく平和なため小麦が飽和状態ですものね。
それを打開する斬新な領地経営は私の父も感嘆しておりましたわ」
「まぁ。ありがたいことですわ。たまたま私の案が採用されて領地が豊かになって嬉しい限りですわ」
私の言葉に4クラスのコエル伯爵令嬢フローラ嬢がピクリと反応した。
「あぁ確かコエル伯爵家からも我が領地の視察をご依頼されておりましたが……。
わたしから学ぶことは無いとのことですので今回はご遠慮させていただきますわね」
私は笑顔でフローラ様を見て言う。
いかにも嫌味ではなく親切な提案として言った風に装う。
「はぁ!? なぜそんな話になるの!?」
「まぁフローラ様ったらおかしい。ご自分で仰っていたじゃないですか。『学べることが少ない』と」
「それはカプリスト子爵令嬢が言ったことであって私ではないわ!」
「フローラ様!!」
スザンヌ様の言葉に三人が顔色を真っ青にしながらこちらを見る。
私は笑顔のままスザンヌ様に同意を示すようにうなずいた。
三人の言い合いが始まりそうだったのでうんざりしながらも笑顔を崩さずに軽く扇を持って咳払いする。
その言葉に全員が私の方を向く。
「誰かが言ったことに賛同してしまえばその方が言ったも同然ですわ。
社交界とはそういう場所。
いくら練習と言えど。いくら令嬢と言えど公の場で責任は家にございますわ。
私とスザンナ様はあなたたちを想いこの場を作らせていただきました。
今日、使わせていただいたカトラリーは昔コエル伯爵領で盛んに作られていたものですわ」
私の言葉に顔色悪くどんどん俯くフローラ様。
私はそれを見てさらに笑顔を深め話を続ける。
「コエル伯爵からご相談を受けておりましたので、ご令嬢に先にヒントをと思いまして準備させていただきましたの。
私から学ぶことは何も無いと決めつけられておりますと、大事なものを見逃されましてよ。
私はすでに領地経営に携わっていることは周知の事実だと私も過信しておりましたわ。
申し訳ございません」
私が軽く頭を下げると三人はカタカタと震えはじめた。
スザンナ様が先生を呼び軽く事情を話してくれ、私たちの授業は終わりになった。
「スザンナ様申し訳ございません。授業がきちんと行われずに終わってしまいました」
教室にスザンナ様と一足先に戻る途中私が立ち止まり頭を下げ謝る。
「やめてくださいませ! サリエラ様! サリエラ様のホステスとしての心遣いは私にはとても勉強になりましたわ。
自領の物だけではなくお客様の領地の物を準備することがこんなに素晴らしいものだとは思わなかったです。
また今後も授業の際はぜひご一緒に受けさせてくださいませ」
私の手をギュっと握り嬉しそうな顔をして話してくれるスザンナ様に私も笑顔を返し「ぜひ!」と返事した。
後日マグネ公爵邸に3家のご当主とご婦人から丁寧な謝罪文が届いた。