新学期と悪役令嬢達
1週間じっくりともらった本を読み込み、本来の戦車に何が必要なのかを漠然とながら考えていた私も今日から学校です。
今年で15歳、学校ではより専門的なことを学ぶためにそれぞれクラス分けされます。
私は工学部、設計・開発を志す者たちが集う学科ですわね。
教室に席の決まりはなく、長机とつながった椅子が並んでいますので、好きなところに座れます。
既に教室には1限目の授業を受けるべく生徒が集まっているところ。
そんな教室に、なぜか私の”元”婚約者のマルクス・フォン・フォーゲルがやって来ました。
彼は経済学を専攻しているので、この教室に用はないはずですが…
「ユーディット、どういうことだ?」
すでに着席している私の向かいに仁王立ちのまま声をかけてきたマルクス。
学校内とはいえその態度は貴族令息としていかがなものかと思いますがね。
「どういうこと、とは何でしょうかフォーゲル様」
私は座ったまま冷静に姓で返答する。無礼なものに対しては無礼な態度で対応だ。
「婚約破棄のことだ」
「父を通じて、フォーゲル卿へお話し済みです。フォーゲル様は、お好きな方とどうぞお幸せに」
「私は了承していない」
「フォーゲル様が了承していようがいまいが関係のないことです。
婚約は家同士の約束、この決定に不服ならフォーゲル卿へ抗議なさいまし。
まぁ今までの私への扱いを考えれば決定が覆ることはないと思いますけれど」
「っ、お前がアンナを虐めていたことを訴え出てもいいんだぞ」
私にだけ聞こえるようにマルクスが私の耳にささやきましたが、私に動揺はありません。
「そのことすらフォーゲル卿はご存じですわ。
そして、理解もしてくださいました。
”婚約者がいるにもかかわらず平気で浮気をするような男に愚息を育てて申し訳なかった”
とお言葉をいただきましたわ」
あえて皆に聞こえるように返答してやります。
私の瑕疵を盾に自分を正当化しようなど甘いですわ。
「…っ!」
舌戦で勝てぬとみて、マルクスは苦虫をつぶした顔で教室を出ようと背を向けました。
「フォーゲル様、私のことを今後は名で呼ばないでいただけますか?
もう赤の他人でございますので」
彼は返事もなく教室を出て行ってしまいました。
まったく、彼はこれほどバカだったのでしょうか?
「失礼するわ。ダルムシュタット令嬢とお見受けいたしますが、今のは何ですの?」
すっと私の隣の席に座ってきたのは、ローザ・フォン・アルセロール様。
私と同じく貴族令嬢にして、この工学部の女子生徒の一人。
金髪碧眼の小柄な令嬢ですが、目つきの鋭さと性格のキツさは私以上…
また、構造力学における成績は男子生徒を凌駕するお方です。
「お騒がせして申し訳ございませんわ。
私、こないだまでフォーゲル令息の婚約者でしたの」
「まぁそうなのですか…して婚約を破棄したと?」
「えぇ、アルセロール様もご存じだと思いますけれど、例の女と浮気をしていたことを理由にあちらの有責で婚約を破棄いたしましたわ。
家の繋がりは得られなくなりますが、我が家として困ることはありませんので」
「まぁ…羨ましいですわね」
「あら、アルセロール様も?」
「えぇ…実は」
どうやらアルセロール様も同じような境遇らしい。
あの女狐は婚約者のいる男しか狙わないのかしら?
…いいえ、皆目美しく金を持っている貴族令息ばかり声をかけておりますから、アルセロール様の婚約者も同じなのでしょう。
彼女の実家は公国における鉄鋼製造を担う家として有名です。
たしか彼女の婚約者は石炭輸入を生業とする御家だったはず。
相当な金持ちでしたわね…
「ダルムシュタット様は羨ましいですわ。あたくしは彼を愛していますから…野良猫は排除すべきと思っておりますの」
さらに私の席の隣にブルネットの髪をなびかせた長身で糸目のご令嬢が座る。
シルビア・フォン・ネッドガー様
その目付きのせいでいつも微笑んでいるように見える長身のご令嬢で、身長は同年代の男性より高く、すらりと伸びた手足が笑顔と共に見ると不気味にも見えてしまいます。
怒らせるととにかく怖く、後でどんな目に合うか分からないと言われる方ですわ。
ご実家は自動車メーカを立上げ、生産を本格化しておいでだったはず。
たしかお兄様が連合国家で技術取得のため留学されているのよね。
「ネッドガー様は一途に愛しておいでですのね…私、婚約者に他人の手垢のついたらとても気持ち悪くって、愛も一瞬で冷めてしまいましたわ」
「…なるほど、そういう考えもありますのね」
「こちらが一途に愛しているのに、あちらがそれを返さないなど不毛だと思いません?」
「フム…そう考えるとなんだか馬鹿らしくなってきますわね」
ネッドガー様もどうやら婚約者との間に問題が有るようですね…
「とても楽しそうなお話をされておりますわね~。私も混ぜてくださいまし」
私の席の後ろに綺麗なブロンドヘアをアップでまとめた垂れ目の令嬢が座る。
ニーナ・フォン・ファブリーク様…おっとりとしたしゃべり方が特徴的ですが、彼女もなかなか粘着質な嫌がらせを実行する恐ろしい方ですわね。
あと、我が国で大砲製造と言えばファブリーク社というほど軍需産業では有名な家です。
私の父は軍属ですが、ファブリーク様の御家はもともと商家。
前大戦時に武器商人として暗躍された御家でもあります。
何度かお父様の出席するパーティーでご挨拶したことがありましたわね。
「ファブリーク様も例の?」
「えぇ、とっても困っておりますの。でも今のダルムシュタット様を見てスッキリいたしましたわ。
私も婚約の破棄をお父様に相談してみようと思いますわ」
おや、彼女は家のしがらみ的な物はないようだ。
そういえば、夢の中で私と一緒に断罪されていたのはここにいる3人も含まれていた気がする。
共通の敵がいて、こうして同じクラスなら手を取り合うのも道理かもしれない…
それに、この3人もしかすると戦車開発に重要な役割を持っていないかしら?
「ねぇ皆様がた、よろしければお昼をご一緒してくださいません?すこしお伺いしたいことがありますの」
「あら、いいですわよ。数少ない工学部の女子生徒同士、仲良くいたしましょう?」
「私も喜んで」
「ご一緒させていただきますわ」
もしかすると、あり得る未来で私たちは一緒にレーマンを虐めぬいたのかもしれません。
4人とも貴族令嬢ですから、その手段は苛烈だったでしょう。
これは運命を変えるチャンスかもしれません。
それに、戦車開発に必要そうな人脈ですわね。