秘密
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朝起きると急いで朝食の準備をルイたちが始めた。私はガキたちを起こしに向かった。部屋に入ると面白くガキたちの体が絡み合ったり、互いの腹の上に足がのったりしている。女の子の髪の毛を誰かが握ったり口に咥えたりもしている。
「ほら、ガキども起きるよ。おはよー。おはよ。」
ガキどもは一人二人と起き始め伸びをしたり目を擦りながらあくびをしている。朝日が顔に当たっていても起きない子もいる。昨日気になっていたボンロとレノは部屋の一番奥で間にランを挟んで一緒に寝ている。
「ほら、みんな周りのやつを起こせ。」
そう言いながら私は近くのガキたちの背中をさすったり軽く叩いたりしてボンロたちへの方へ向かっていく。起きた子はみんな夕食を食べる部屋に走って行く。いつも最後まで起きないのはボンロとレノ、ランだ。
「ほらボンロ、レノ、ラン早く起きろ。みんなもういちゃったぞ。朝食無くなっていいの?」
まず最初に起き出したのはランだ。髪の毛を触りながら伸びをし始めた。
「おはよう。お姉ちゃん。」
「おはよう、ラン。ねぼすけ二人を起こして。」
「はーい。」
両手でボンロとレノの背中を摩っている。
「昨晩はなんもなかった?」
「レノとボンロ?別に一番早く寝てたよ二人とも。」
「良かった。」
「ボンロお姉ちゃんの部屋に行かなかった?」
「大丈夫だった。」
すると、ムクっと二人同時に起き出した。
「おはよう。お姉ちゃん。」
「おはよう、シランねえ。」
二人同時に起きて言った。
「おはよう。レノ、ボンロ。お前ら二人とも今日も最下位だよ。」
「えー。」
「ごめん。」
「ボンロは素直だな。レノは文句言う前に早く起きるようにしような。ほら行くぞ。」
三人は起き上がり食卓へと向かった。私はガキたちの寝具を片付けて窓を開けた後部屋へと向かった。今日は珍しくおねしょする子がいなく早く終えることができた。ひどい時は5人も同時におねしょして朝から水浴びをみんなして、1日かけて布団を掃除することになった時があった。
部屋へ向かうとガキたちは数人で走り回って遊んだり暖炉の前で集まってう(・)と(・)う(・)と(・)してたり机で突っ伏して寝てたりしている子もいた。
「こら、走るな。危ないだろ。」
私が叱ると走っていたガキたちが立ち止まった。
「はーい。」
そういうと今度は集まって座って遊び始めた。私の声に反応したのかリンが調理場から戻ってきた。
「おはようみんな。」
リンが声をかけるとみんな答えて挨拶した。
「おはよう。シランいつもありがとうね。」
「いいよ別に。」
「今日は早いね。おねしょした子のお世話もう終わったのかい?」
「いいや今日はいなかったんだよ。」
「いやああそれはスゴイ。今日は奇跡だね。」
「うん。今日はいい日になりそう。」
「神父様にも報告しないとね。ガキたちを褒めてもらわなきゃ。」
「うん。」
ガキたちはそんな事何も知らないようにまた騒がしく遊んでいる。
「うわーーー。」
レノが叫ぶ声が聞こえた。ガキたちが寝ていた部屋からだ。私とリンは急いで部屋へ向かった。
「どうしたの?」
「ボンロがー。漏らした。」
「違うよ。違うもん。うっうぇえええん。」
ボンロのズボンが変色し右足の足首から水が垂れ始めている。ガキたちも集まってきた。リンはそれに気付きガキたちの方を向いて手を広げて
「あっちで新しいお話を教えてあげる。私が小さい頃この町で出会った妖精の話だ。」
と言った。私は急いで扉を閉めてボンロのところへ向かった。
「嘘だ。」
「ほんとだよ。ほら話してやるからこっちへ来い。早く来ないともう一生教えてあげないぞ。」
リンはガキたちを連れて暖炉の方へ行った。
ボンロはその場に座り込みシクシクと泣いている。
「ボンロ大丈夫?出しちゃったか。大丈夫だよ。」
「汚い。汚いのボンロ。」
レノがその場でジャンプして指差しながら言った。
「これ、レノあっちいってて。レノがおねしょした時のことみんなに後で言ってもいいの?」
「そんなのダメだよ。ダメ。」
「ほら、いいから一回外に出てミリーナかルイ呼んできて、呼んで来たら言わないよ。騎士様ならできるよな。お願い。後でお礼するからさ。」
「うんまあいいけど。約束だよ。」
「うん。」
レノは扉を勢いよく開けて出て行った。私はボンロの服を脱がせてルイたちが来るのを待った。しばらくするとタオルとバケツを持ったルイがやってきた。
「おはよう。大変だね。ボンロ大丈夫??じゃないか。安心しなガキ達にはバレちゃいないよ。」
「ありがとうルイ。」
「いいよ。早く終わらせよう。ボンロも気持ち悪いよな。」
「ボンロもう泣くな。早く拭いて飯食べよう。」
ボンロは私に抱きつき泣いている。私たちはまずボンロを拭き新しい服に着替えさせた。ボンロは目が赤くなり鼻水を垂らしていた。
「ボンロほらスッキリしたろう。あっちへ戻って飯食ってきな。」
「無理嫌だ。恥ずかしいよ。」
「そんなことないぞボンロ。レノだってランだってみんなおねしょの2回や3回したことあるさ。ミリーナ姉だってあるんだぞ。」
「ミリーナお姉ちゃんが?」
「そうだよ。私だってしたことあるんだから。」
「シランお姉ちゃんも?ほんと?」
「うんそうだよ。だから恥ずかしくなんか少しもない。」
「そうだぞボンロ。それにレノにはみんなに言うなって言っといたから大丈夫だぞ。」
ルイが続いていった。
「レノなんか信じられないよ。」
「レノは友達じゃないのか?」
「友達じゃない。」
「ほんと?でもお姉ちゃん二人が仲良くしてるの好きだけどな。」
「でも、あいつが。」
言葉に詰まりながら鼻を啜りながら言っている。
「ボンロは頭がいいから色んなことに気づいちゃうんだな。じゃあレノと一生遊べなくてもいいのか?」
ボンロはしばらく泣きながら考えた後、息を整えて
「いやだよ。」
「だよな。私もレノとボンロが遊ばなくなったら嫌だもん。それに、レノは本当はボンロのこと好きなんだと思うよ。」
「そうかな?」
「そうだよ。レノのことよく考えてみろレノがボンロとした大切な約束を破ったことが一回でもあったか?」
「ないかも。」
「な。だから本当はボンロのこと大切に思ってるんだよ。だからさ、戻ろう。」
「うん。」
「よしえらいぞボンロ。」
ルイは荒々しくボンロの頭を撫でた。そのままボンロは走って部屋を出た。そのあと私とルイは床を掃除した。ボンロのおねしょで時間を使ったとは言えいつもよりは全然早い時間に終えることができた。ガキたちは部屋の中で絵を描いたりボードゲームをして時間を潰している。私たちはその間急いで朝食を食べて外へ仕事に行くことになる。
孤児院では11歳になった子どもから外へ働きに行くことになる。しかし、私たちの代は特殊で11歳になるまで孤児院にいたのがミリーナとルイと私の3人しかいなかった。
私は娼館の掃除の仕事をしている。夜は賑わっている娼館もお昼は全然忙しくなく人は一人もいず黙々と作業することができる。対照的にルイは宿場の厨房でミリーナは道具屋の店員を忙しそうにしている。二人とも評判がいいらしく特にミリーナは店の看板娘として町中で人気になっている。孤児院のガキたちがミリーナに会いに道具屋へお使いへ行くことがあるらしい。その影響で将来孤児院の女の子はみんな道具屋で働きたいと言っている。
娼館の前に着くと扉を叩く。すると、中から神父様よりも歳が高そうな娼館のオーナー出てきた。オーナーは私を舐め回すように見てくる。気持ちが悪いが仕事のためには仕方がない。
「おはよう。シランちゃん」
粘りっこく口を変異大きく開けてしゃべった。強烈な香水のにおいがする。
「おはよう御座います。オーナー本日もよろしくお願いします。」
「ああよろしく。ところで夜も働かないかい?」
「何回も言いますが結構です。早く掃除しないと営業に間に合いませんよ。」
「ふっ、生意気なお前なんか孤児院にいなかったらすぐに攫えるんだぞ。」
「それは残念でしたね。早く掃除しますからいいですか。」
「ああ、いいよ。早く掃除しろ。」
オーナーの脇を抜けて入り口に入った。夜は玄関の大扉が開き扉の上のバルコニーから女性たちが顔を出しているのだがお昼は締め切られお化けでも出てきそうなほど真っ暗だ。一階のフロアには赤い絨毯が引かれた大きな階段が二つあり2階へ上がれるようになっている。各フロアにも各国から取り寄せられたような花瓶や絵綺麗な薔薇が飾ってある。壁には贅沢にも蝋燭の燭台がいくつもかけられ昔の貴族のお屋敷のようになっている。
私はそんなものに一つも目につけず黙々と従業員専用の隠し階段に行き地下へと向かう。地下は、倉庫になっていて娼館で使うだろう大きな道具や飾りが無造作に置いてある。埃っぽくてカビのにおいがする。鼻と口を服の袖で覆いながら掃除道具を素早く手に取り走って一階へと戻る。
一階へ戻ると、やはり静かで廊下の先の窓から微かに日光が入っているだけで薄暗く、色んなものが混じった臭いが漂っている。だからいつも最初に、一回の窓を開けることから掃除は始まる。一階の窓はこの掃除の時しか開けないのか錆びついていて開けにくい。窓を開けるとおばさんと住み着きで働いている男の人が働き始めていた。二人に軽く挨拶し部屋の掃除に取り掛かった。奇数の日は奇数番号の部屋を掃除して偶数の日は偶数の部屋を掃除する。毎週金曜日だけはガキたちの世話があるので早く帰らせてもらっている。今日は13日なので奇数番号の部屋へと向かう。
1番の部屋に行くと扉を3回ノックし扉を開ける。部屋の中から一気に生臭いにおいが漂ってきた。カーテンが閉められて入るが北向きの部屋なので廊下より明るく部屋の中がよく見える。急いで、シーツを取り替えて部屋のゴミを回収する。ゴミは娼館のすぐそばに焼却炉がありそこで燃やすことになる。他汚れていいそうなところを雑巾で拭いて一部屋の掃除は終わる。大体そんなに汚れてなければ平均15分程度で終えることができ、全50部屋あるのでその半分の25部屋を6時間30分ほどで完了する。でも、大抵プラス2時間30分程はかかる。
次の3番の部屋をノックし扉を開けると女性が寝ていた。おそらくカーラだろう。起こさないように慎重にゴミを回収していく。その途中シーツを見ると赤く血で汚れている。その上にネイルが綺麗にされたアザだらけの足が乗っている。顔は髪の毛で隠れて上手く見えないが寝息はよく聞こえてくる。床の掃除を黙々とやっているとすぐに終わりシーツを変えないといけない時間になり、
「おはよう。カーラ。おはよう。」
小声で肩を少し揺らしながら言った。カーラは起きることなく寝返りを打った。
「カーラ。シーツ変えないと汚いよ。うわ。」
急にカーラが体をこっちに向けながら抱きしめてられた。
「おはよう。可愛いシラン。今日はシランの日なんだね。」
カーラはより一層私の頭を抱きしめて言った。
「おはよう。シーツ変えないと。」
「ああ、そう言えば今日生理だったんだ。」
「そうなの?昨日おばさんに言った?」
「忘れてたよ。シランごめんね?」
「いいよ。じゃあ立って水浴びてきて。」
「シランも一緒に来ないと嫌。」
「ダメだよまだ仕事があるから。それに早く綺麗にしてもう一回寝ないと健康に悪いよ。」
「本当にシランはいい子だね。わかった。」
そう言って起き上がり水を浴びに行った。その間にシーツを取り替えて麻布を一つ置いて部屋を出た。幸いなことに下まで染み込んでることもなく早く終わった。娼婦の中には住む家がないので娼館に住みながら働く人もいる。その人たちに気を遣いながら掃除するため6時間30分では終わらない。
次の部屋はおそらくセレストがいる部屋だろう。セレストは寝起きは気が荒く気をつけて掃除をしないといけない。ノックをすることなくゆっくりと扉を開ける。5番のセレストの部屋は南向きの部屋なのでより暗く部屋の中が見えにくい。しかし、セレストの長く黒い髪の毛が床に垂れているのは見える。忍足で床を歩きゴミを拾いながら箒で床をはく。セレストが寝返りを打つたびに息を止めながら掃除をしていく。そして遂にシーツを変えないといけなくなった。このまま変えなくてもいいんじゃないかと思ったが、それはそれで怒られそうなので起こすことにした。
「セレスト。おはよう。朝だよ。」
耳元でカーラの時よりも小さな声で言った。
「シランおはよう。布ありがとう。」
カーラが元気よくセレストの部屋に入ってきた。
「おい、お前らうるさいよ。」
セレストが頭をかきながら起きた。
「あっあごめん。おはようセレちゃん。」
カーラは右手で左腕も握り足をばたつかせながら言った。
「お前、次こんな起こし方したら分かってるよな。」
「はい。」
カーラが声を裏返していった。
「おはよう。セレスト。」
「ああ今日はシランか。おはよう。」
「うんおはよう。シーツ変えたいんだけどいい?」
「ああごめん。どくね。」
今日は何事もなくちょっと怒っただけで起こすことができた。セレストはカーテンを開けて誰にもらったかは分からない頭文字が『M』で始まる外国製の紙タバコに火をつけて左手でタバコを吸い始めた。カーラはその隣に行ってニコニコで私が作業しているところを見ている。
「カーラもセレストも朝日浴びて大丈夫?寝れなくならない?」
「大丈夫だよ。シランちゃん。」
カーラは髪を揺らしながら言った。セレストは返事をすることなくタバコの煙を見ながらぼっとしている。
「シランはさ、将来どんな職場に就きたいの?」
急にセレストが言い出した。
「将来?そんなの分からないよ。」
「分からないか。」
タバコをふかし間をたっぷり溜めていった。
「医者とかどうだい?」
「私もシランちゃんはお医者様になれると思うよ。だってこんなに面倒見がいいんだから。」
「そんなことないよ。頭悪いし。」
「孤児院で算術習ってんだろ?」
「うん。でも。」
「女だからって言いたいのか。」
「うん。」
「もう戦争は終わったんだ。世界中の人間が悲劇を体験したんだもうあんな日常には戻らないさ。だから女にもチャンスがきっとあるよ。」
「私もセレちゃんと同じ意見だよ。それに本当になるんだったら娼館のみんなが手助けしてくれると思うよ。」
「そうだね。」
「ありがとう二人とも。じゃあ次の部屋に行くよ。」
「もう行っちゃうの?」
「ああ長時間話してごめんね。頑張って。」
「うん二人もしっかり寝て。特にカーラ。」
「はーい。シランちゃんと約束する。」
カーラは私の方へ走ってきてキスをして自分の部屋に戻って行った。セレストはタバコを吸ったままだったが、吸い終わったら寝るだろうと思い部屋を後にした。このあと何部屋も周り数人の娼婦と話をしながら掃除を淡々とこなしていった。
気が付けばもう逆側の窓から日が差し込んでいた。遂に最後の部屋になったが、私はいつも49番のこの部屋だけには行きたくなかった。49番の部屋にはつい先日娼館にやってきた人がいるからだ。扉を3回叩き慎重に開けようとした瞬間、泣いている声が聞こえた。決して大きな声を出しているわけではなく今朝のボンロよりも小さい声で泣いていた。ドアノブから手を離し扉に耳を当てた。鼻を啜る音やシーツが擦れる音が聞こえる。
「お母さん。お母さん。もういやだよ。」
微かにそう言っているような気がする。私は優しくドアを一回ノックした。
「こん。」
ノック音が部屋に響く。それに気づいたのかシーツの擦れる音が短く鳴った。寝たフリをしたらしい。ドアノブを慎重に下げて静かに入っていく。部屋の中は今までの部屋とは違い生臭いにおいはそんなにせず逆にかぎ覚えのある匂いが部屋中を包んでいる。彼女は私が入っても少しも動かず布団の中でうずくまっている。私は何にも気づいていないふりをして出来るだけいつも通りを装って掃除を続ける。布団の隙間からカーラたちより小さく私と同じくらいの足が見える。爪が派手な真っ赤なネイルをして綺麗に手入れしてある。私の視線が気になったのか足を引っ込めた。鼻を啜る音はずっと聞こえる。私は気まずくなり話しかけることにした。
「おはよう。シーツ変えてもいい?」
返事が返ってこない。
「あの、私シランって言うの。前も来たんだけど覚えてる?」
まだ返事が返らない。
「今日は昨日より少し寒いね。最近は日が経つにつれて寒くなってくるよね。私孤児院で生活しててさ、今朝なんかうちのガキの一人のボンロっていうやつがおねしょしちゃってさ大変だったよ。」
「それにさ、ボンロの友達のレノっていうのがそれを茶化しちゃってさ喧嘩になったんだよね。でも、その後ボンロが頑張って仲直りしたんだ。あいつは泣き虫だけど本当は心が強い男だと思うんだ。」
「ごめんね。こんな話しちゃって、私もう出ていくよ。後でまた部屋の前通るからさその時にシーツ部屋の前に出してくれれば回収するよ。それに新しいの置いておくから好きな時に自分で付け替えてな。じゃあ。」
最後まで返事は帰ることなく部屋を後にした。窓から焼却炉の煙が見える。煙は天高く夕焼け空に一直線に上がり消えていく。
部屋掃除が全て終わると汚れたシーツを一箇所にまとめて専用の業者が取りに来るところに置き、ゴミをまとめて出しに行った。焼却炉には朝の男の人が立ってゴミを燃やしている。彼の顔には黒い汚れがつき腕には汗がつきときより滴り落ちている。顔は炉の火に照らされ赤く染まり体は夕日に照らされ長く影が落ちている。何となくリンと同じ雰囲気を感じた。
私はゴミを私急いで娼館へ戻り、新しいシーツを手に持って49番の部屋へと向かった。部屋の前には汚れたシーツが無造作に投げてあり、シーツを手に持つとぐっしょりと濡れていて重たかった。心臓がギュッとなった。ここの部屋の女の子は先日やってきたばっかりで色々大変なんだろう。カーラたちも最初はあんな感じだったのかなと思うと少しつらいがおかしくも思う。新しいシーツを部屋の前に置き一様ノックを一回してあげる。心の中でバイバイといい掃除用具の片付けに向かった。おばあさんはすでに帰ったらしく地下へ行くと綺麗に掃除用具が並んでいた。いつもの場所に自分の用具を戻して一回に向かうと先ほどの男の人が燭台に火を灯し始めていた。男の人は後ろを向いていて気づかないのは分かっていながら軽く会釈をして娼館を後にした。外はすでに真っ暗で頼りになるのは建物から漏れるろうそくの光だけだった。孤児院に帰る間頭の中では49番の女の人の事でいっぱいだった。
孤児院に近づくとガキたちの騒がしい声が聞こえ始めた。いつも娼館からここに戻ると無性に寂しい気持ちになる。別に娼館の仕事が嫌なわけでも孤児院に帰ってくるのが嫌なわけでもない。ガキたちやミリーナやルイに会えなくて寂しいわけでもない。孤児院の蠟燭の揺らぎといくつも動く影が幻のようにある意味神聖にかんじ、足が動かなくなる。
「おかえり、シラン。」
リンが孤児院の窓から顔を出し手を振っている。
「ただいま。」
いつもリンが最初に私が帰ってきたことに気づき、お帰りといってくれる。その一言でやっと孤児院に入れる気がする。
「お姉ちゃん。お姉ちゃん。おかえり。」
「お姉ちゃん。あいつがいじめてくるよ。」
ガキたちが一斉に私に駆け寄ってくる。胸や背中に飛び込み体を引っ張り各々好き勝手に喋りまくっている。
「ほら、ガキども。シランは疲れてるのその辺にしときな。」
ガキたちは聞く耳を持たない。仕方がないので歩く遊具状態になりながら孤児院に入る。孤児院のテーブルにはすでに蠟燭が並びパンが出されている。そして、一番奥に羨ましそうにレノとボンロが座りながら私のほうを見ている。
「レノ、ボンロただいま。」
大きな声で言うと、
「おかえり。」
と二人して言うだけでこっちに来ない。いつもならほかの子と同じように飛び込んでくるはずなのだがどうしたのだろう。ガキたちはしばらく私に順番に乗ったのち飽きたのかまたテーブルに戻ったり走り回って遊び出した。
「おかえり。シラン。」
ルイが調理場から野菜スープを持ちながらでてきた。
「ただいま。ごめん今日は少し遅れちゃって。」
「別にいいよ。ミリーナも帰ってるから。」
「分かった。手伝えること何かない?」
「そうだな。残りのスープを運んできてもらえる。」
「分かった。」
調理場へ向かうとミリーナがいた。
「ただいま。ミリーナ。」
「おかえりなさい。帰ってたんですね。ごめんなさい気づかなくて。」
「いいよ別に。ところであっちに持っていくスープどれ?」
「これです。すみません。帰ったばかりなのに。」
「いいよ。それにさっきガキたちにもみくちゃにされた後だし。」
ミリーナは口を押えながら笑った。ほかのシスターたちも笑っている。
「シランさんは本当に子どもたちに愛されているんだね。」
「愛されているっていうよりなめられてるんだよ。」
「そんなことないですよ。」
二人で笑いあいながらスープを出した。みんなテーブルに座りお祈りの準備をしている。お祈りを終えるとみんな昨日のようにわちゃわちゃして食べ始めた。
「あのさ、レノとボンロなんかあった?」
隣に座っているミリーナに聞いてみた。
「いいや私は何も知りません。」
「そうか。」
「リンさんに聞いてみたらどうですか?」
「うんそうしてみるよ。」
席を立ちリンのところへ向かった。
「リン。レノとボンロなんかあった?」
「あああったよ。」
「なにがあったの?」
「知らない。」
「えー、教えてよ。」
「本人たちに直接聞きなさいよ。」
「えーめんどいよ。」
レノとボンロのほうを見ると二人とも黙っておとなしく席に座っている。そばによって
「お前らどうしたの?仲直りできたの?」
と聞くと
「ちがうよ。」
「ちがう。」
二人が同時にこたえる。
「じゃあどうしたの?」
「お姉ちゃんには秘密。」
「シラン姉には秘密だ。」
また同時にこたえた。
「なんだよみんなして秘密秘密って。」
「じゃあ、いつなら教えてくれるの?」
「いつになっても教えてあげない。」
「そうだ。」
「そう、別にいいもん。私だってあんたらに負けないくらいの秘密持ってるんだから。」
「なに?」
「おしえてあげない。」
「いいもん。」
そんな言い合いを何回か繰り返し席に戻った。
「教えてもらいましたか?」
「いいや。誰も教えてくれなかったよ。ボンロとレノがあんなに口がかたいとは思わなかったよ。」
「二人にとっては本当に大切なことだったんですね。」
「そうなのかぁ?ミリーナは本当にしらないよね?」
「はいもちろんでしゅよ。」
「噛んでるじゃん。知ってるんでしょ?」
「知らないですよ。」
「ふーん。あとさ初めての人とうまく会話する方法って何?」
「なんですか急に。今日仕事場で何かありましたか?」
「いいやこの前から一緒に働く人がさ極度の人見知りで、看板店員にアドバイスもらおうと思って。」
「看板店員じゃないですよ。初対面の人と話す方法はシランさんのほうがしってるんじゃないんですか?最初あんなに人見知りだったボンロくんがシランさんにはこころをひらいているんですから。」
「ボンロは子どもだからどうすればいいかわかったけど、大人はどうしたらいいか分からないよ。」
「そうですよね。大人と子どもでは違いますよね。そしたら、まずは自分の話をしてみたらどうですか?人見知りの人は第一声を発するのが苦手ですからね。」
「でも、今日もう試してみたんだけどその人一回も話さなかったんだよね。」
「そうだったんですね。そしたら私ならもう一回相手が話すまで同じことを繰り返します。」
「意外と強引なんだな。」
「そうですかね?相手が動かないなら自分で動かないと何も変わりませんよ。」
ミリーナがこんなこと考えている人だと思はなかった。生まれた時からずっといるがこんな発言一回もなかった。でも、細かい言動を思い出すと若干そんな気がしなくもない。そのうちに食事は終わり寝る時刻になった。
横になってからもレノたちのことや49番の女性の事を考えてうまく眠れなかった。
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