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神の心臓  作者: ナニ
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プロローグ

読んでいただきどうもありがとうございます。

神歴1925年8月25日 

 

 規則正しい足音が聞こえる。チューバや太鼓に混じりながら行進してくる。だんだんと音が近づき新品の軍服に身を包み銃を肩にかけた軍人たちが見えてきた。表情は皆引き攣り笑いで額や鼻の下には汗がだらっとついている。彼らの息遣いがさらに拍子を刻み、それを見ている人々の心臓も同じ拍子を刻んでいる。周囲はガソリン臭いと人々の熱気と合わさり倒れそうになる。

 その後ろから声援と共にアリア国の最高指導者であるカントーリが手を振りながらやってきた。これまた新品そうなスーツを着て汗をかきながら、笑っている。群衆もそれに応えるように声援が増していく。しかし、たまにおじさんの怒鳴り声が聞こえたり若い女性の叫び声も聞こえてくる。

 さらに、私の方へカントーリが近づくと後ろの大人たちが私を無視するかのように手を伸ばし、もみくちゃにされる。足も踏まれ唾も飛んでくる。

「ありがとう。また、国を救って。」

「お前をこれからも応援するぞ。頑張れ。」

「飯をくれ。約束はどうなってるんだ。」

「私の夫をどこにやったの。ねえ。」

「ありがとう。」

「死ね。消えろ。」

と皆さまざまな声を出している。この前まで戦争で陸軍司令官であったこの男は、奇才な戦略や敵の穴をついた攻撃や抜群の外交力そして強運によって戦争を終わらせた、と報道されて以来国民的ヒーローになった。そのまま、最高指導者にまで担ぎ上げられ今や彼の独裁状態になっている。しかし、他国とは違い今のところは国民からの不満は少なくむしろ、景気は急激に回復し始めこのままいけば後数年で戦前以上の経済に発達していくらしい。おかげで、街の雰囲気はこの前で戦争が本当にあったのかというぐらい賑やかになっている。


 ふと気づくともうカントーリはとっくに私の前を通り過ぎまた靴の音しかしなくなった。私の周りにいた大人たちはカンナトーリについて行ったらしく前方の列はどんどん太くなっていっている。

 すると、突然。

「バンバン、ドンばああああああんかああああんどん。」

「だあああんぎゃああああああん。」

と幾つもの爆発音が響き渡った。耳鳴りが鳴り始めると同時に私は先ほど多くの人が集まっていた列の先頭の方で黒い煙と共に大量の人が倒れているのを見た。続いて、人々が一斉に四方八方に逃げ始めた。軍人たちは一斉にカントリーリの方向に走った。だんだんと火薬の臭いと血の臭いが漂いだし、人々の悲鳴が聞こえ出した。私と友達のミリーナは大人たちに踏まれ蹴られた。私は必死に頭を守りうずくまるが私を踏む人の数は収まらない。血の味がし始めて鼻血が首に垂れてくる。よりが一層異臭が濃くなり、視界がぼやけついには見えなくなった。


新暦1922年

 私は床の拭き掃除をしていた。この頃急激に冷え込んでしまって雑巾を絞るのがつらい。孤児院は毎日掃除をしているはずなのだが、床には色んなシミでいっぱいで机の脚は虫にやられたのか半分ほどの太さになっている。汚れを爪でこそぎ取ろうとしても爪が割れてしまって上手くいかない。

「シラン、邪魔だよ早く退いた。」

そう言って私の体を軽く足で押してくるのは、リンだ。この孤児院のシスターとして毎日私たちの面倒を見てくれている。戦争中は食糧がなく、冬を越せない人々が街で何人も死んでいった。孤児院も例外ではなく元々周りの人の寄付やお布施によって成り立っていた運営も機能しなくなり孤児院の子供たちも餓死することが多かった。しかし、今は経済の回復により食糧の心配は以前より少なくなってきている。一方、孤児の人数は戦後に一気に増えシスターたちはまだまだ厳しい運営にしいられている。

 リンはこんな状況の中街中の孤児を見捨てずどうにかしようと頑張ってくれている。少し、雑なところもあるが私たちの見えないところで努めているに違いない。

「あんた、昨日水浴びしたかい?なんか臭うよ。」

「入ってないよ。それに、そんな臭くない。」

ボロの洋服の袖でひたいの汗を拭いながら言った。

「臭いよ。早く井戸へ行ってきな。」

「寒いよ。雑巾握るだけだって手がジンジンして指が取れそうなのに、体に水なんか浴びたらもっと色んなところが取れちゃうかもね。」

「あんたは男じゃないだから取れるも何もないよ。」

「それシスターが言っていいこと?」

「なに変な風に考えてるんだい?えっちだね。」

「違うけど。別に。」

鼻を啜りながら手の水気を服で拭った。

「変な知識ばっかりつけてないでもっと違うことを勉強しな。」

「違うことって。算術や読み書きの勉強?あんなの女がやったって意味ないよ。どうせ貧乏な女は娼婦になるのが落ちなんだから。」

「今はそうかもしれない。でも、今後はどうなるか分からないよ?例えば、エラーマ(せき)の研究者になれるかも知れないよ?」

「それはないよ。エラーマ石は大学を出た人しか研究できないんだよ。そんなお金一生働いても稼げないよ。」

「だから、頭を良くするんだよ。飛び切り頭が良かったらお金持ちがあんたに目をつけて養女に欲しいっていうかもよ。」

「そんなの努力して頭が良くなっても、かぼちゃを出す魔女が現れなきゃ無理だね。」

「魔女は来る必要ないさ。舞踏会の招待状だけあればいい。はい、話は終わり早く体洗ってきな。ついでにチビどもも連れていいってやって。」

「うん。」

正直そんな招待状を貰うのは10000人に一人いや100000人に一人の確率だ。でも、なぜかこれ以上文句を言えなかった。たまに見るリンのこの気合いが入った目の色は本当のような気がした。しかし、同時に少し悲しそうな悔しそうな複雑な表情を浮かべている。

 先の大戦では勝利した連合国軍も敗戦した帝国軍も大いに打撃を受けた。利益を得た国は、この地より遥か遠い連合軍の国と武器や食糧を輸出していた国、そしてエラーマ石、別名神の心臓と呼ばれる鉱石の鉱山が発見された国だ。私たちの生まれた国アリア国は、大戦では連合国軍として戦い勝利したと新聞では取り上げられている。

 しかし、実際はそんな見事なものじゃない。戦前から私たちの国は、オイス帝国と隣国であり大戦が始まる前から圧力をかけられていた。そして、大戦が始まると一気に帝国に攻められて私たちはオイス帝国の一部となった。だが、大戦末期帝国が弱っているのをみて連合国軍の大変大きな支援の下反乱を起こし独立した。戦後、運良くアリア国でエラーマ石の鉱山が発見され、その研究に一番早く取り組み経済は成長してきた。

 これら全てカントーリのおかげとして新聞は取り上げている。実際はここまで成功を収めたのは彼の並外れた頭脳でも鍛え抜かれた体でもなく運によるものだろう。さらに、連合国がカントーリを支援しているおかげでより国内での人気と地位が跳ね上がっている。穿った見方をすれば虎の威を借る狐状態だ。

 数人のチビたちを連れて井戸まで行き、水を汲み上げ、水に手を入れる。水は凍りそうなぐらい冷たくなっていた。チビたちは文句を言い合いその度に睨みつけて静かにさせた。私は、チビたちがまた文句を言う前に急いで脱がせた。

「早く浴びて帰るよ。凍死する前にね。」

「ねえ、シランこれを浴びたらちんちん取れちゃうよ。」

「私ついてない。」

「お前のちっせえの。」

「違うもん。だって子どもなんだから。いつかは」

「いつかは来ねえよ。お前はほんとバカだな。」

「うるさい。あんた達黙ってて。いい、私だって浴びたくない。でも、今浴びないと後で頭殴るから。」

チビたちは一瞬身震いした。チビたち、一人一人にの頭に水をかけ洗っていく。また、みんなの手に水をつけて体を手で洗ってもらう。みんな、足をジタバタさせながら必死に擦っている。

「ほら、背中も洗ってあげな。」

みんなお互いの背中を必死に擦っている。

「よし、もういいだろ走れー。転けんなよ。」

そういうとチビ達は一斉に孤児院に裸のまま戻って行った。孤児院から井戸までは子供でも歩いてすぐに距離にあるのでいつも孤児院で乾かすようになっている。私は、少しだけ残った水で服を脱ぐことなく頭だけをあらって急いで走って帰った。

 帰ると、みんなボロのタオルに身を包み暖炉に固まっている。暖炉には窓から日が差し込み、ガキたちは互いに身を寄せ合って顔を赤くしている。その後ろで一人一人髪をミリーナが拭いてあげている。

「ああ、シランさん。早くシランさんもこっちにきてください。風邪ひきますよ。」

「ありがとう。」

私は机の上に置いてあったこれまたボロのタオルを持って急いで髪を拭きながら暖炉へ向かった。日がさしている部分に爪先が触れると少し暑く感じ膝までくると心地よくなっていき、へそまで行くと暖炉の暖かさも合わさって眠くなってきた。私は、そのままガキたちを腕を目一杯伸ばして抱いた。

「あんたたちあったかい。」

「おねえちゃん。苦しいよ。」

「シランねえ、髪の毛邪魔。」

「うるさい。いいじゃん皆んなでおしくらまんじゅうしたらより暖かくて気持ちがいいよ。」

「暑い〜ー。」

ガキたちの子供特有の匂いと肌のもっちりとした柔らかさに本当に眠ってしまいそうだった。

「シランさん。髪早く拭いてくださいよ。」

ミリーナがそう言いながら私の髪の毛を拭いてくれている。

「こんなに優しいミリーナは大金持ちの王子様のお嫁さんになれるんじゃないか?」

「いや、無理ですよ。」

「いや、ガキの世話もできて料理も裁縫もできる。それに、美人なんだから絶対なれるよ。」

「僕も思う。ミリーナお姉ちゃん可愛いから。」

「わたしも。」

「でも、ちんちんついてないぞいいのか?」

「バカ、関係ないし、ミリーナお姉ちゃんは女の子だからついてないの。」

「カッコ悪いの。」

「やめろ。」

少し頭をこついた。

「痛いよ。殴ることないだろ。」

「お前らは黙ってれば可愛いのにな。」

「殴った。痛いよおおおお。ううぇえん。」

「ほら泣くな。ごめんちょっと強くしすぎたな。」

ミリーナはこんな会話を聞きながら私の髪をずっと拭いていた。たまに首に当たるボロのタオルの感触ががシルクの布のように感じた。

 目が覚めると私は暖炉の前で一人蹲(うずくま)って眠っていた。体の上にはガキたちが体に巻いていたタオルが置いてある。

「私は、物干し竿じゃないぞ。」

「おお、起きたか。」

右後方からルイが話しかけてきた。暖炉の火の反射も相まっていつもより天然パーマの髪の毛が赤くなっている。ボロの服がシランやミリーナよりも黒く変色し穴も空いている。

 私は、タオルを集めながら身を上げた。タオルは暖炉のおかげですでに乾いていて日の匂いをかすかに感じる。髪の毛にはタオルが巻いてあり触ってみると少し湿っていてまだ乾いてなさそうだった。

「みんなは今何してる?」

「みんな読み書きの勉強中だよ。シランも早く行くぞ。」

「それリンに言われたの?」

「そうだけど。嫌とか言うなよ。後で私が怒られるんだから。」

「分かってるよ。私もさっきガキ達をそう言って叱ったんだから。」

そう言いながらガキたちのタオルを脇に挟みながら立ち上がり机に投げて勉強部屋へと向かった。日は先ほどより窓から差し込まなくなり気温も暖かくなっているような気がした。

 勉強部屋の扉を開けると神父が黒板に向かってアリア語の授業を行っている。神父の服は綺麗で少し黒光りしているが、チョークの粉がつきところどころ汚れしまっている。隣にいるリンはそれを少し気にしながら子供たちを見守っている。

「おはようございます。シランさん。今朝は掃除や子供たちの世話をしていただいてありがとうございます。ほら、皆さんもお礼を言ってください。」

「ありがとうございます。」

一斉にガキたちがお礼を言いながら頭を下げた。リンも同時に頭を下げている。

「うん。」

私は少し頭を下げて服を両手でギュッと握った。

「シランさんそうじゃありませんよ。ほらみんなな何て言うのが正解だったかな。」

「ありがとうじゃねえか?」

「どういたましてだよ。」

「どういたましてってなんだよ。どういたしましてだろ。バ〜カ。」

「バカって言った。ねえバカって。ウウェーーーン。」

「はいはい、ありがとうボンロくんとレノくん。レノくんは人の良いところをもっと見るようにしましょう。今のままでは将来おとなになれませよ。ほらボンロくんに謝ってください。」

「はーい。ごめん。」

顔を膨らませながらほんの少し頭をボンロに向けて頭を下げた。

「いいよ。」

「偉いですね。二人とも素直に謝れるのもそれを素直に受け入れることができるのも二人が立派である証拠です。すごいですね。」

リンも少しだけ笑っている。

「じゃあ、シランさん二人から教わった言葉を言ってください。」

「どういたしまして。」

より一層服をにぎり締め地面を見ながら言った。

「よろしい。シランさんとルイさんは別室でミリーナさんと勉強してください。」

「うん。」

「うんじゃないですよ。返事ははいです。」

「はい。」

「よろしい。」

私とルイは顔を下に向けながら別室へと向かった。後ろから元気な聖書の読誦が聞こえてくる。

「あんたたち、可愛いね。」

私とルイの背中を叩きながらリンが言ってきた。リンの手が私の背中を覆うぐらい大きく感じた。

「もう、あんなの嫌だよ。どういたしましてって。」

「仕方ないだろ。読み書きの授業なんだから。」

「でもさ、あんなのガキたちに後で調子に乗られるだけだよ。」

「いいじゃないか。そしたら、みんなダメでしょって女性らしく言ってあげれば。」

「何だよダメでしょってミリーナでも言わないね。」

ルイと顔を合わせながら言った。

「そんなことないよ。ミリーナはあんたたち二人と違って“正しい”アリア語が使えるんだから。」

戸を開けながらそう言うとミリーナが勉強している姿が見えた。

「私は別に”正しい“アリア語は使えませんよ。」

「聞いてたのかい?」

「皆さんの声大きすぎて扉の外でもはっきり聞こえましたよ。」

長い髪の毛を横に揺らしながら手を太ももの下に入れて唇を尖らせながらいった。

「ごめんな。ミリーナ。」

リンは謝った。

「まあ、いいですけど。」

「ぞれじゃあ、3人ともお姉さんぽくしっかり勉強しよう。」

手を叩きながらリンが言った。

「読み書きなんて勉強してなんになるんだよ。」

「またその話かい?何回も言ってるだろ世界は変わっていくんだよ。」

「そんなの分かりませんよ。」

「ミリーナもそう思うのか?」

「いいかいあんたら男と女に生まれつきの頭の良さには大差なんか存在しない。ただ教育を受けてるかどうかの差しかないんだ。つまり、女だって教育を受ければどんな風にだってなれるんだよ。」

「でも、女の発明者なんて聞いたことないよ。」

「だから今は。今後はあんたたちが未来の発明家になるかもしれない。」

「ミリーナとルイが?」

「そうだよ。もちろんシランあんたもね。」

「ミリーナはお金持ちのお嫁さんになると思うけど。」

「それもいい道かもしれない。でも、勉強ができれば嫁に行ってからでも発明家にはなれるさ。」

「発明家?なりたくないな別に。」

ルイは癖毛をなおしながら言った。

「別に発明家にこだわる必要はない頭が良ければ医者にでも弁護士にでも政治家にもなれるかもしれない。」

「それは無理ですよ。法律で政治家は男しかなれないって決まっているんですから。」

「あんた達は本当に夢がないねえ。確かに今は厳しいと思うかもしれない。でもね、世界はきっと変わる。今までの血の時代は私たちの世代で十分だよ。」

リン手が震えていた。私もルイもシランも心の底ではリンのように感じているのかもしれない。しかし、生まれながら人の死と隣り合わせの世界を経験し女性が大人になるとどういう扱われ方をするのかを見てきた私たちにとって煌びやかな夢を語るにはまだ脳が口を開かせてはくれない。世界がよりいい方へ向かっても女性の待遇はこのままかもしれない、色んな人から冷ややかな目を向けられ馬鹿にされ時には暴力を振るわれるかもしれない。そう脳が警告をしてくると物語の王子のようには体が動かない。

 日はいっそう傾き孤児院の反対側から日が少し差し込もうとしている。隣からはまだ半分叫んでいるような読誦が聞こえ暖炉の木が弾ける音と共に部屋に鳴り響いていた。

 しばらくの沈黙の後私たちは勉強を始めた。時より文法で分からないところや難しいところがあるとリンやミリーナに教えてもらいながら勉強は続いた。隣からは読誦が聞こえなくなり代わりに遊んで騒いでいる声が聞こえ始めた。リンは部屋から出て行き子供たちの喧嘩を止めに行ったり一緒に遊んであげたり怪我をしているこの手当をしたりしている。毎週目一杯体を動かす遊びができるのは金曜日と決まっている。その日はパンの配給が少しだけ多くもらえお腹が空いてもガキたちだけはお腹いっぱい食べることができるからだ。今日はちょうど金曜日なのでガキ達のはしゃぐ声が一層激しい。

「今日は金曜日か。みんな楽しそうだな。」

「そうですね。私たちの頃はなかったですよね。」

「そうだな。世界は変わっているってことなのかもな。」

「リンみたいなこと言うなよシラン、ミリーナ。本当に変わっているはずないだろ。」

「そうかもしれないけど。あの顔は本気だと思う。私も。」

話を遮るようにルイが言った。

「いや、そんなことはない。この世界は残酷なんだ。血の時代はまだ終わっていないんだよ。」

ルイは癖毛をいじるのをやめて私たち二人の目をしっかり見ていった。

「あの、ところで服の穴直しましょうか?ルイさん穴空いてますよ?」

空気を変えるようにミリーナが言った。

「ああそう言えば気づかなかった。ありがとう。」

「いえいえ。じゃあ後で日が明るいうちに急いで直しますね。」

「あのさ、どこでそんな穴作ったの?」

「いや掃除しててさその時に。」

「なんの掃除?それにその服の汚れ方最近酷くないか?」

「暖炉の掃除だよ。リンに頼まれたんだ。」

「私は暖炉の掃除は危ないからやるなって言われたよ。」

「私はいいって言われたんだ。」

「そうなんですか。」

「うん。」

少し気になるが話は終わった。私たちは勉強を終えてそれぞれ孤児院の仕事に取り掛かった。ミリーナはルイの服を直したり神父の服を洗ったりしている。ルイはリンたちと一緒に料理をしている。私はガキたちの世話をすることになった。外では夕陽がガキたちにあたり体をオレンジ色に染めていた。

 ガキたちと遊んでいると私の太ももにちょこんと座りながら

「シランお姉ちゃんって料理できないの?」

とランが言った。

「いいや、べっべ別にできないことはないよ。ただやらないだけだ。」

「でも、お姉ちゃんが料理してるところ見たことないよ。」

「それはお前が見てないだけだ。」

「そうかな?」

そう言うランを私は勢いよく持ち上げた。

「きゃー。」

ランが叫ぶと周りで遊んでいたガキたちが一斉に集まってきた。

「僕もやって。」

「俺も俺も。」

「私もねえお姉ちゃん。」

「お姉ちゃん下ろして。」

ガキたちは私の体を揺らしたり服を引っ張ったり、背中に乗ろうとしながら言ってくる。ランを慎重に下ろして

「よし、お前ら私を捕まえたら同じことをする権利を与えてやる。」

と言った。

「お姉ちゃんケンリって何?」

一人が聞いてきた。

「権利かそうだなー。」

しばらく考えた後

「権利っていうのは、ある事をしてもしなくても誰にも馬鹿にされず邪魔されない力ってことかな。」

「スゴイ。」

みんな目を輝かせながら見てくる。

「じゃあお姉ちゃんは何かケンリあるの?」

「ああ、例えば、、、、。」

言葉が出てこない。私はなんの権利を持っているんだろう。もし権利を本当に持っていたとしたら生まれながらに体験したあの地獄のような日々を過ごすことはなかっただろう。

「ごめん、分からない。」

「えーそんな。お姉ちゃんはケンリ持ってないの?」

「じゃあ俺欲しいケンリ欲しい。」

「ねえお姉ちゃん。私も。」

「おーい、チビたち夕食の準備ができたぞ。」

リンの声が聞こえる。ガキたちは一斉に今までのことは忘れたように走って孤児院に向かった。私はただ先ほどまで子供が立っていた地面を見つめていた。地面はほのかに暖かいが足に触れる影は冷たい。気づけば周りは暗くなり始め建物からは蝋燭の光が漏れ出ている。

「おい、シランご飯だぞ。」

「おーい。シラン。」

もう一度呼ぶ声が聞こえると私は走りリンの胸に飛び込んだ。

「どうした?」

「何にもない。」

リンが私の肩と頭に手を優しく置いてくれた。リンの手はやっぱり大きく温かく私の体全体を包み込んでくれているように感じた。

「大丈夫大丈夫。」

ただそう言ってリンは頭を撫でてくれた。

 私は泣くのを歯を食いしばりながら耐え、息を整えながら言った。

「けっけ権利って何?」

「権利?そんな難しこと神父様みたいに私は賢くないから分からないねえ。」

「でもシランあんたはあったかいねえ。」

「どっどう言うこと。」

鼻水が垂れそうになるのを感じ鼻を勢いよく啜りながら聞いた。

「いや、権利とは全然関係ないかもしれないんだけどさ。今年の冬はこんなに寒いのにシラン達がいると全然寒くないなあって思ってね。たぶんガキ達もミリーナやルイだって感じてるんじゃないかな?なんでだと思う?」

そう言いながらリンはずっと私の頭を撫でていた。

「分からない。」

「そう?私は単純なことだと思うけどなあ。ただただみんなみんなのことが大好きなんだと思うよ。もちろんシランのこともね。シランは私たちのこと好きかい?」

私は静かに首を縦に振った。

「それは良かった。だからさ答えになってるか分からないけどね、シランたちはみんなから愛される権利を持っているんじゃない?」

また勢いよく鼻を啜り上を向いて

「うん良かった。ありがとう。」

そう言って孤児院に入って行った。あたりは真っ暗になり寒さも増していた。

 

 孤児院ではすでに夕食のお祈りが始まっていた。蝋燭が三つほど食卓に置いてありみんな手を結び祈っている。急いで自分の席に座りお祈りを始めた。目を閉じて聖書の言葉を暗誦する。(まぶた)の裏側から蝋燭の赤色がほのかに分かる。

 お祈りが終わると皆一斉に食べ始まる。野菜を煮たスープと固いパンという組み合わせは何も変わらないがみんなおいしそうに食べる。特にガキたちは金曜日ということも相まってパンを取り合いながら食べている。テーブルは先ほどの神聖な雰囲気とは全く変わってあちらこちらで笑い声と食器が擦れる音が聞こえてくる。蝋燭の光も先ほどより明るく感んじた。

「お姉ちゃん。レノが僕のパン取った。」

ボンロが泣きながらレノを指差して言ってきた。

「レノ、何してんのパンはみんな平等にあるのいいから返しな。」

「だっていつもボンロちょっと残すじゃん。勿体無いんだもん。」

「じゃあ、その残りをいつもみたいに貰えばいいでしょ。」

「だって、そんなの汚いもん。それがケンリだ。ケンリ。」

「こらレノお前にそんな権利はないの。早く返しな。」

「なんだよ分かんないじゃんそんなの。いつもボンロの味方するじゃんシラン姉ちゃんは。」

「そんなことないでしょ。レノの味方もするよ。でも今回はあんたが悪いよ。返してあげな。」

「もういい。」

そう言ってレノはパンをボンロに投げつけて別の場所に行った。パンはちょうどボンロの頭に当たってしまい

「ううぇーーえん。」

ボンロが泣き出してしまった。

「嫌だなボンロ。意地悪されて。ほらお姉ちゃんのあげる。ほらアーン。」

「こんなのこどもぽくて嫌だ。」

ボンロはそう言いながらも私に抱きついて言った。

「ボンロは子供だろ。」

「違うもん。おとこだもん。お姉ちゃんたちを守るの。」

「そうかごめんな。男だもんな。じゃあこれ食べて強くなって私たちを守ってくれるか?」

「うん守る。」

「じゃ食べられるよな?」

「うん。」

ボンロは喘ぎ喘ぎしながら言った。そして、パンを両手でもらい小さく齧った。

「美味し?」

「うん。」

ボンロは少し落ち着いたみたいでパンを食べ始めた。

 今度はさっきのレノのことが気になり探してみると孤児院のはじの方で一人暖炉を見てパンを食べていた。ミリーナたちも気づいてはいるのだろうがみんないつものことと思ってしばらくそっとしてあげていた。私は立ち上がりレノのところに向かった。レノの横に座り黙って同じように暖炉を眺めた。すると、レノが徐に喋り始めた。

「お姉ちゃんレノのこと嫌い?」

「そんなことないよ。レノのこと大好きだよ。」

「でもボンロばっかりじゃん。」

「ごめん。これからはもっとレノともいっぱい話しして遊ぶからな。だから、あっち戻ろうよ。」

「やだ。」

「なんで?」

「だってボンロがいるもん。あいつ弱々しくて俺嫌い。それなのにシランねえのこと守るとか。」

「レノが私のこと守ってくれるのか?お姉ちゃん本当に嬉しいな。こんな立派な騎士様に守ってもらえるなんて。」

「騎士?俺が?」

「そうだよ。レノは騎士だドラゴンだってなんだって倒せるよ。」

「ほんと?」

「ほんとさ。レノは足も速いし力もあるし誰よりも強いからな。」

レノは少し頬を赤らめている。

「じゃあもし俺がドラゴンに勝ったらシランねえとずっといられる?」

「もちろんさ。レノとずっといるよ。だからさ、こんなに強いレノがあっちに戻れないわけないだろ?」

「うん。ドラゴンに挑むより簡単だね。」

「さすが騎士レノだ。行こう。」

レノの手を握り食卓に戻っていった。戻る途中リノと目が合うと、リンがニコッと笑った。少しレノを握る握力が強くなってしまった。席に着くとレノの頭にキスをし私は自分の席に戻って行った。レノは少しだけ肩が上がりもじもじしていた。

 席に戻るとルイが話しかけてきた。

「レノどうだった?」

「ちょっといじけてた。でも、レノが頑張って戻ってこれたよ。」

「そっか。ボンロはどうだった?」

「ボンロも落ち着いたよ。二人ともいつも一緒なのにいつも喧嘩するんだよね。」

「二人ともあんたのことが好きなんだよ。」

「それはありがたいよ。私も大好きだしね。」

「違うよ。多分本当に愛してるんだよ。」

「いや、そんなことはないよ。二人とも大人になったら私よりもっと可愛い子と付き合うって。」

「まあそうかも?」

「なんだよそんな感じ。」

「いいや別に。ところで、二人は仲直りしたのか?」

「いいや。今はそっとしておいた方がいいと思う。今無理やりレノに謝らせたりしたらもっといじけてずっと仲直りできないかもしれないし。」

「いつもガキたちと遊んでいるあんたが言うならそうか。」

「なんだよそんな遊んでばっか見たいな言い方。」

「だって実際そうだろ。料理も裁縫もてんでダメだろ。」

「いいや何回も言ってるけど、やらないだけだ。」

「やってるところなんか一回も見たことないけどな。」

「ミリーナは多分知ってるよ。」

「本当か?」

私とミリーナは生まれつき孤児院に預けられ本当の姉妹のように育ってきたが、ルイは7歳ぐらいにぼろぼろの軍服を着た兵士に運ばれて孤児院にやってきた。運ばれてきた時全身に包帯が巻かれ、孤児院にやってきてからも1週間以上目を覚ますことはなく、目を覚ましてからも元々シャイなのかトラウマのせいなのか上手く孤児院に馴染めず一人でいることが多かった。しかし、二ヶ月ほど経ち包帯が少しづつ取れ始めると急に外交的にあり右腕や右足に怪我の跡が残っていたが一切気にすることなく私たちと遊びだした。

「じゃあ聞いてみるよ。」

「いいよ別に。」

「なんでだよ。やってないからだろ?」

「違うって。」

「はい、皆さん食事を終えましたか。」

神父が立ち上がり言った。神父の隣には女の子が神父の服を握りながらまだパンを食べている。

「私まだ。」

その子が言った。

「後で食べてもいいですから。取り敢えずみんなで食事を終えましょうね。」

神父は優しく頭を撫でながら言った。食事の最後にもお祈りをする。みんな自分の席で目を閉じて手を結び暗唱を始める。孤児院の周りの建物からは蝋燭の火がだんだんと少なくなり始め街中が寝る準備を始めているようだった。お祈りが終わるとみんな自分の席を綺麗にし食器を直し寝る支度をする。ガキたちはくっついて寝るので冬でも夏でも暑くなるのでみんな下着だけになって眠る。

私はボンロとレノのことが気になっていつも二人といるランに一言だけ言って寝ることにした。

「ねえ、ラン。レノとボンロが今ちょっと仲が良くないから二人が喧嘩しないようにしてくれない?」

「うん。わかった。いつものことだね。」

「うんいつもありがとう。」

ランは二人が喧嘩するたびに間を取り持つ役目を負ってくれて助かる。

「じゃあおやすみ。」

「お姉ちゃん、待って。」

ランは私の服を引っ張って言った。

「何?」

「ボンロがお姉ちゃんと一緒に寝たいって夜中にお姉ちゃんたちの部屋に行って言うと思うよ。」

「ランがそう思うならそうだな。まあ別にいいけど。」

「ダメだよ。レノが嫉妬しちゃう。だからその時は断ってね。」

「うんまあいいけど。」

私はそのまま部屋へ向かった。ガキたちはいっぱい遊んで食べたら一気に疲れが来たのかすぐに眠った。レノとボンロの二人も喧嘩する体力も持ち合わせていないようで特に何もなく寝ているようだった。また、夜中にボンロが来ることもなく平和に1日が終わった。
















ここまでご覧いただきありがとうございます。面白ければ評価、ブックマークよろしくお願いします。そして、もし宜しかったら次も見てください。

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