心霊交流
注 現在加筆中
作者は専門的な知識が乏しい為、少し現実と差異がありますがご容赦ください。
同様に誤字脱字も多少は目をつむってくれるとありがたいです。
それはいつも通りの帰り道、明日から始まる連休で何をしようかと考えていた。閑散とした夕暮れの住宅街、田舎特有の竹藪、そんな日常の風景に、非日常の象徴のようなものがいれば嫌でも目に入る。
長い黒髪に自分と同じ学校であることを示す紺色の制服、違いがあるとすれば女性用の制服であることと、まだ涼しさの残る季節とはいえ冬服である点だろう。そして何より、その女性は宙に浮いているし、体全体が半透明なのである。
俗に幽霊と呼ばれるものだと推測できる。
幽霊は憂いを含んだ表情でどこかを見つめている。
俺はそんな非日常な光景に胸が高鳴り、しばらく立ち止まり見惚れてしまった。
それが運の尽きだった。
幽霊は俺に気づく。咄嗟に俺は目を逸らす。鼓動はいまだにドクドクとなっている。そんなことをしてしまえば幽霊に見えていることを教えているようなものだと目を逸らしてから気づくが、時すでに遅し。
「きみ、もしかして私の事見えてるの?」
幽霊はとても楽しそうな声色をしていた。生前はさぞ友達が多かっただろうと思われる。そんな場違いな感想を抱くほど、彼女は自然に話しかけてきた。
俺はそれを無視して帰路に戻る。いまさらそれは無理だろうと思ったが、この時の俺に正常な判断は出来なかった。
「あ、ちょっと! 無視しないでよ!」
幽霊はなおも声をかけてくるが俺は振り返らずに走って家に帰った。
これが俺、鴻上 真と記憶喪失の幽霊との初遭遇であった。
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連休初日。
心臓が正常な心拍を刻んでいるのを確認して、安堵の息をつくが目覚めは最悪だった。昨日の幽霊を目撃したことが原因だ。あの後、帰ってからもあの幽霊が頭から離れなかった。物理的に。
「ねぇ、聞こえてるんでしょ! もしもーし」
走って家に帰る俺にこの幽霊は普通に浮遊しながら並走(?)してきた。その間もずっと話しかけられ続け、家にまで憑いてきた。そして、眠るまで……眠ってからもずっと話しかけられている。眠るまでの間ずっと心拍上がりぱっなしだったため、目覚めが最悪なのは当然だろう。休日はいつも昼過ぎまで寝ている俺が8時に目を覚ましてしまった。知りたくもなかったが、常に頭の上にいるせいで少し情報が増えた。どうやらこの幽霊は俺にしか見えていないようだ。両親は何も言わないし、鏡にも映らない、電子機器には声すらも入らない、またこれは確証はないが物や人に触れることも出来ないようだ。
いつもより早く起きたせいで親からは「寝てないのか?」と言われる始末。寝てないのではなく眠れなかったのだ。
「ちゃんと寝ないと健康に悪いよ」
頭の上の幽霊にまで言われる始末。誰のせいだと思っている。
この際この幽霊が見えていることを認めて対話してみたほうが楽かもしれない。
とりあえず朝飯を軽く食べてから考えることにした。
考えた結果やはり対話をしてみるという結論に至った。半日程度、憑りつかれているような状況であったが、睡眠不足になった以外特に害はないのでもしかしたら悪い幽霊ではないのかもしれない。幽霊を他に見たことは無いが。
両親が出かけたのを見計らいテレビで流しているニュースを興味深そうに見ている幽霊に話しかける。
「なぁ、あんた名前は?」
緊張からか少しぶっきらぼうな聞き方になってしまった。
しかし、テレビに夢中の幽霊からの返事はなかった。
「聞けよ!」
思わず大声が出てしまった。周りに家がなくてよかった。
「うわっ! びっくりした、急に大声出さないでよ」
大声を出したことによりようやく俺の声に気づいた幽霊がテレビから目を離しこちらを向いた。
「あんたが俺の声に気づかないからだろ」
「それならもっと優しく言ってくれてもいいでしょ! ってあれ?」
言い合いに発展するかと思ったが幽霊が何かに気づいたようだ。
「きみ、私の姿見えてるの?」
「見えてる」
「声聞こえるの?」
「聞こえる、てか聞こえてないと今会話できてないだろ」
幽霊はひとつひとつ確認をしてきた。
「やっぱり見えてたんだ私のこと……」
幽霊は安堵の表情を浮かべていた。目にはうっすら涙が浮かんでいた気もしたがそれを確認するよりも早く幽霊が震えだした。
「だったらもっと早く返事しなさいよ! 昨日、私の前で驚いた顔して立ち止まっていたからもしかしたら私のこと見えてる? とか思ったら全力で目をそらしてダッシュするんだもん! こっちがびっくりしちゃったよ!」
幽霊は矢継ぎ早に昨日のことについての文句を言い放つ。
「幽霊に話しかけられたら誰だってパニックになるだろ!」
俺も負けじと反論する。
幽霊と俺の口論はしばらく続いた。
お互いに言いたいことをあらかた言い終わったところで少し冷静になった俺は最初の質問を再び投げかける
「ふぅ、それであんたの名前は」
「へ? 私の名前?」
幽霊はきょとんという擬音が聞こえそうな顔をしている。
「そう、あんたの名前。俺は鴻上 真」
俺は三度問いかけながら、自分もまだ名乗っていないことを思い出し名乗る。
すると幽霊はとても難しそうな顔をし、しばらくしたのち観念したように口を開く。
「わかんない」
「は?」
幽霊がひねり出した答えはとても単純なものだった。
「私、自分のことほとんどわかんないんだよね、記憶喪失みたいな感じかな?」
幽霊が生前の記憶を失っている。物語などでよくある設定である。
「じゃあ、あんたはなんで幽霊になっているかもわからないのか?」
物語などにおいて幽霊の大半は生前の未練を晴らすために現世に残っている。この幽霊がその定義に当てはまるかは知らないが。
「ううん、それははっきりわかってるよ」
しかし、幽霊からの返答は予想外のものだった。
「私が幽霊になったのはりゅーくんに大切なことを伝えるため!」
幽霊は満面の笑みでそういった。
いや、りゅーくんって誰だよ。
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彼女曰くりゅーくんとは生前に恋人の愛称らしい。そして、彼女はそのりゅーくんとやらに何か大切なことを伝えるために幽霊となったらしい。
「りゅーくんに何か大切なことを伝えないといけないことだけわかっているんだけど、それ以外はさっぱりで」
彼女は寂しげにそう事情を説明してくれた。
「なるほどね、それで俺があんたを見えている反応をしたから憑いてきたと」
「そうそう、みんな私のこと見えていない感じだったのにきみだけは私が見えてそうだったから!」
彼女は明るくそういい放つ。
「だから、きみなら私のこと助けてくれるかもって思ったの!」
そしてそんな幸せ脳な発言をする。
「助ける? 俺があんたを? なんで?」
心底意味が分からないという思いを言葉にのせて彼女に返す。
「だって私のこと見えるし声も届くから」
「それだけでなんで俺があんたを手伝わなきゃいけないんだよ」
正直霊感など無いと思われる俺が彼女のことをみえたり会話ができることは不思議だがそれだけだ。それだけで彼女を手伝うという結論には行き着かない。
「え? 手伝ってくれるからいろいろ聞いたんじゃないの?」
「俺が聞いたのは名前だけだ。聞いたのもずっと頭の上でうるさいことについて文句言うにも名前を知らないと思ったからだ」
自分でも驚くくらいすらすら嘘の理由が出てくる。こんなこと名前を聞いた段階では思いついてすらいなかったくせに。
「確かにそれはそうだけど……、けど、こういうときって助けてくれるものじゃないの!」
ほぼ言いがかりのようなことを言ってくる。
「俺はすでに貴重な休日をわけもわからない幽霊に使わされてるんだ、そんな状況なのに助けるわけないだろ。俺はそんなお人好しじゃない」
今言ったことはほぼとっさに考えたものだが本心からの言葉だ。俺は見ず知らずの幽霊に自分の時間を使うわけがない。
「なんでよ! せっかく私の姿が見える人に会えたのに!」
「そんなこと言われても俺だって好きで姿を見ているわけじゃないし、ほかをあたってくれ」
俺が見えるんだほかに見える奴がいたって不思議ではない。
「そんな人いないもん! きみだけだもん、私のことを見つけてくれたのは!」
彼女の声は泣きそうだった。その姿はまるで親に見捨てられそうな幼子のようだった。
俺は他人が泣いている姿が好きではない。泣いて被害者ぶる姿が好きではない。
「泣くなよ、俺が悪いみたいになるだろ……」
「どう考えても悪いのはきみでしょ、てか泣いてないし!」
彼女は精一杯強がっているように見えた。
「泣こうが喚こうが俺は手伝わない」
そんな姿を見たところで俺の意思は変わらない。そんなもので変わってたまるものか。
「……人でなし」
彼女はそういうと部屋から出ていった。律儀に扉を通り抜けて。
俺以外誰もいなくなったリビングは静かでようやく俺の連休が幕を開けた。
そして、すぐに幕を閉じた。
部屋でまったりと休日を満喫しようと思っていたらメッセージアプリに親からの頼みごとが入っていた。内容は近くの郵便局に手紙を出しておいてほしいというものだった。日ごろからお世話になっている親からの頼み事は断ることができない。仕方なく外出用の服に着替えて郵便局に向かう。
時刻は正午を回ったぐらいでまだ日が照っており暑い。親にはぜひとも帰りにアイスを買ってきてもらいたい。そんなことを考えながら郵便局までの道をひた歩いていると、
「キャー!! りゅーくーん!!!」
という奇声が聞こえてきた。
なぜ誰も通報しないのか不思議なぐらいの奇声が、昼間でも閑散な田舎の住宅街に響いている。
恐る恐る声の出所を覗くと……
そこには俺と同い年ぐらいの少年の頭上で奇声を上げている不審者、いや不審霊がいた。
俺は見てはいけないものだと判断してその場を後にしようとしたが。
「ん? 鴻上じゃん。おおーい!!」
不審霊が憑りついている少年の隣を歩いていた人物から大声で呼び止められてしまった。
振り向くとがっつり不審霊と目が合った。
「こんなところで何してんの?」
俺と不審霊の間に流れる何とも言えない空気を全く意にも返さず俺を呼び止めた人物、坂口 亮太は俺に問いかける。おそらくこいつは不審霊が見えていないのだろう。
「郵便局に用事があってな。お前は?」
俺はいかにも自然な感じで会話をつなげる。不審霊は俺のことを呪い殺すかのような視線を向けているがきわめて冷静に気づいていないふりをする。
「俺は部活だよ部活。この辺で練習試合しててな。今はジャン負けで飲み物の買い出し」
あの時グーさえ出しておけばと悔しそうにこぶしを握り締めている。
「そっか頑張れよ」
俺は少しでも早くこの場を脱出するために会話を切り上げる。
「おう! ありがとな!」
こいつが単純バカで助かった。
単純バカと別れて郵便局への道に戻る。不審霊と一緒に。
「ねぇ、いつから見てたの?」
不審霊からの問いかけは無視する。
「ねぇ、聞こえてるよね?」
少しづつ声に怒気が含めれている気がするが無視する。
「ねぇ!」
「うわぁ!」
急に目の前に逆さの顔が出てきて後ろに飛びのく。
「無視するな」
不審霊は不満そうに頬を膨らませる。逆さの状態で。
「ストーカーの幽霊なんて知り合い俺にはいないからな」
先ほど驚かされた腹いせに皮肉たっぷりに言い返す。
「誰がストーカーだ!」
「見えないのをいいことに、少年の頭上で奇声を発しているのは十分ストーカーもしくは不審者だと思うよ」
先ほどの衝撃的な光景を思い出しながら皮肉を言い続ける。
「あれは違くて……」
不審霊は少しばつが悪そうな顔をしながらくるくる回りはじめる。
幽霊自覚したの最近みたいに言ってる割に幽霊の能力使いこなしているなこいつ。
「りゅーくんがいたからつい我を忘れたといいますか……」
「あの単純バカがりゅーくん?」
「ちがうわ!」
わかってて言ってる。俺はまだ驚かされたことを根に持っている。
「で、あの少年があんたが言ってたりゅーくんなのか?」
「うん! 私がりゅーくんを間違えるはずがない!」
自信満々の幽霊少女。生前の記憶ないくせにどこにそんな自信があるのだろう。
「まぁ、奇声あげるのはほどほどにしてくれ迷惑だ」
「別に君にしか聞こえないし、いいでしょ」
「俺に迷惑だからやめてくれって言ってんだよ」
「君にしか迷惑かからないから構わないでしょって言ってんの!」
どうやら平行線のようだ。むしろ俺が劣勢だ。
「君が私のことを助けて私が成仏できれば君の苦悩が減るかもよ~」
不審霊はこの言い合いで自分が有利であることを理解しているようだ。
「……わかった。協力する」
俺は渋々、協力することにする。ここで要求を突っぱねても俺の私生活に悪影響しか出ないと判断したためだ。
こうして俺の連休はつぶれていった。
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連休二日目。
今日は快眠できたため目覚めは昼過ぎだ。心拍も正常だ。
リビングに出ると今日も両親はおらず、代わりに約束通り生活の邪魔をせずおとなしくしている幽霊がいた。
「ようやく起きたの? もう1時過ぎだよ……」
幽霊はあきれたように声をかけてくる。
「休みなんだから何時まで寝てようが俺の勝手だろ」
冷蔵庫をあさり何か食べ物を探しながら適当に返す。冷蔵庫の方には何もなかったため冷凍庫からレンジで温めるタイプのパスタを取り出しレンジで温める。ついでに牛乳で割るタイプのコーヒーを入れて幽霊のいる机あたりに向かう。
「だとしても寝すぎだと思うよ。日の光を浴びないと健康にも悪いよ?」
「幽霊に健康のこと心配されてもねぇ」
テレビをつけて適当な番組を垂れ流すが面白いものはやっていない。
俺は携帯を無線でテレビにつなぎ動画投稿サイトの動画を垂れ流すことにした。
「へぇ、今はこんな動画が流行ってるんだぁ」
幽霊が俺の真上に来て感心したように口を開く。
心臓の鼓動が速まる。そこでふと思った。
「そういえばあんたっていくつなんだ?」
「きみさぁ、ずっと言おうと思ってたんだけど、そのあんたっていうのやめて」
幽霊は俺の質問に答えずそう返してきた。
「なんで?」
「なんかむかつくから」
なんだこいつは。
「じゃあ、なんて呼べばいいんだよ。名前もわからないのに」
こいつが記憶喪失で名前がないからこう呼んでいたのに。
「きみって何歳?」
そんなことを思っていると、さっき俺がした質問を幽霊が返してきた。
「16歳ですけど?」
「ふーん、じゃあ、私の方が先輩ね」
幽霊は勝ち誇ったようにそう言う。
「だから何?」
「先輩だから敬語使いなさい! それにあんたっていうのもなし!」
歳が上だからと急にそう命令してきた。歳というか享年か?
「別にいいけ……いいですけど、では、なんとお呼びすればよろしいですか?」
少しむかついたのでわざとらしく敬語のようなもので問いかけると満足気な顔をした幽霊が答える。
「おねぇさんとか?」
「わかりました、これからよろしくお願いします先輩」
「ちょっと、呼んでよ!」
からかうような期待するような目で指定された呼び方を即座に無言で拒絶し無難な呼び方に落ち着かせた。
「別にいいけどさぁ……一回くらい呼んでくれても……」
部屋の隅でふてくされている先輩を横目に俺は動画を眺める。心臓の鼓動は正常になっている。昨日、判明したが何故か先輩が近くにいると心拍が速まるらしい。そして、温めていたパスタの存在を思い出し少し遅めの昼食をとる。パスタはすこし冷めていた。
昼食を食べてから先輩の成仏のための情報収集を始めた。
先輩から得たなけなしの情報からヒントとなるのは身に着けている制服とりゅーくんの存在だ。制服なんの偶然か俺と同じ学校の制服であり、同じ学校の生徒ということで間違いないだろう。しかし、そう考えると不可解な点がある。俺がこの先輩の事故または事件を聞いたことがないのだ。確かにうちの学校は生徒数が多いマンモス校で上の学年のことはおろか同学年の噂話ですら知らないことなどざらにある。だが、俺はとある事情で事故とか事件があったら耳に入っているはずである。なのに、知らないとなると俺が入学するより前の話ということである。
「先輩って何年に生まれたんですか?」
「生まれた年? さぁ?」
そういえばりゅーくん以外の記憶ないんだった。
しかし、それだと不可解な点がある。
「でも、自分の歳はわかってましたよね?」
そう、先輩はさっき自分の方が年上だと主張していた。記憶がないなら年齢など覚えていないだろう。
もしかして騙されたかと考えていると、
「私の歳は覚えてなかったけどりゅーくんと同級生なことは覚えているからね!」
本人から予想外かつ意外な答えが返ってきた。
「なるほどね、先輩から情報を聞こうとしたらりゅーくんとやらを絡ませないといけないんですね」
とてもめんどくさいが、りゅーくんとやらしか手がかりがないのだから仕方がない。
そこでふと辻褄が合わないことに気づく。
「先輩この前りゅーくんに付きまとってましたよね? だとしたら、先輩の年齢とりゅーくんの年齢が合わないんですけど?」
「んー? そんなこと言われてもねぇ。もしかしてりゅーくん留年しちゃったのかな!?」
りゅーくんだけにとつまらないことを言っている先輩を華麗に無視してその線を考えてみることにする。
確かにりゅーくんが留年していればこの話の辻褄が合うな。少し確かめてみるか。
連休三日目。
結論から言ってりゅーくんが留年している線はかなり薄くなった。
確かな情報から聞いているのでほぼ間違いないが、そうなるとますます先輩の話に整合性が取れない。
ついでに先輩のことも聞いてみたがさすがに知らなかった。
となるとあのりゅーくんに直接聞くのが早そうだが。
「りゅーくんの苗字? うーんと……なんだっけ?」
唯一の手掛かりである先輩がこれだ、こんなのどうにもならない。
俺はりゅーくんから探る線をあきらめ別の線から探ることにした。
先輩本人についての情報を集める。先輩のことを聞いも知らないといわれたのはひとえに先輩本人の情報が乏しいからであった。もう少し、せめてフルネームがわかれば何期生かがわかり芋づる式にりゅーくんひいては未練の正体にまで行き着くはずだ。
と息こんではみたもののまったく進展はなかった。
何なら残り半分の連休中はこれ以上の進展はなかった。先輩も連休後半からどこに行ったか姿を消していたため何もわからないまま学校が始まってしまった。
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気が付いた時にはそこにいた。自分が何者なのかわからなかった。頭の片隅には大切なあの人に伝えなきゃいけないことだけがあった。しばらくして自分が幽霊だということに気づいた。道行く人にいくら声をかけても誰も私に気づかない。伝えたい言葉が誰にも届かない。だったら、私がここにいる理由は何?
絶望していた時にきみと目が合った。きみはあり得ないものを見るような表情をしていた。私は初めて見るきみにどこか懐かしさを抱いていた。
「きみ、もしかして私の事見えてるの?」
思わず問いかけるときみはさっと目をそらして走って行ってしまった。
この時、私は確信したこの人には私の声が届いていると。
気づいたら私は追いかけていた。ようやく見つけた私をみえる人ということもあったが、何より彼に抱いた懐かしさの正体を知りたかった。てっきり自分のことを地縛霊だと思っていたがそうではなかったらしく追いかけることができた。
その後、私は彼を脅して協力を取り付けた。彼の行動を見るにきちんと協力してくれるようだ。
私もできる限りのことをしようと、おぼろげなりゅーくんとの記憶の中からヒントになりそうな場所を転々とする。残念ながら得られたものは何もなく、ただ自分が本当に死んでしまったという事実を時代の流れで感じるだけだった。
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学校に登校していると先輩が初めて会った場所で辺りをキョロキョロ見渡していた。
「何しているんですか?」
俺は再び不審霊とかしている先輩に声をかけた。
「うわぁ! なんだきみか。私は忙しいの気にしないで」
先輩は俺に驚いた後落胆してから追い払いようにそう返した。
「どれだけ探してもりゅーくんはいませんよ。彼、朝練に行きましたから」
「えっ! なんで君がそれを知っているの!?」
俺の情報に先輩はとびかかるように食いついた。
「先輩がいなくなった連休後半に坂口に連絡とって、あの時一緒にいたりゅーくんについて聞いておいたんですよ」
連休中に進展はなかったといったがあれは先輩の情報についてでりゅーくんについては少し進展している。
「坂口曰く一緒にいたのは後輩の滝川 翔平って名前でバスケ部らしいです。で
バスケ部は朝練があるからこの時間にはもう学校です」
坂口から集めた情報を先輩に伝える。
「滝川……確かにそんな苗字だった気がする!」
先輩も苗字にしっくり来たらしい。
「納得しているところ申し訳ないですが、先輩こいつがほんとに先輩の探しているりゅーくんですか? 苗字にも名前にもりゅー要素ないですけど?」
そもそも年齢も俺より下だしどう考えてもおかしい。
「たぶん滝川の『滝』字の右側をとってりゅーくんなんだよ! うん、きっとそうだ。で年齢が違うのはたぶん私の記憶違いだったんだよ!」
先輩にとっては大した問題ではないらしい。
「先輩がそれでいいならいいですよもう……」
別に先輩が満足しているならいっか。
先輩はここにいてもしょうがないから学校についてくるらしい。
騒がないことを条件に渋々承諾した。
学校に到着すると先輩はふらふらと体育館方へと向かっていった。とっくに朝練は終わっているが、わざわざ伝える必要がないので放っておく。
教室に着くとクラスメイトの一人に声をかけた。
「おはよう北本。坂口もう来てる?」
「おはよう、坂口ならさっき飲み物買いに行くって出てったよ」
北本は眠そうな声でそう返してきた。
こいつは北本 隼人いつも眠そうにしている男で俺の数少ない友人だ。そしてどこから仕入れてくるのかわからないが学校の噂話に詳しい。
「坂口になんか用事?」
「あいつに連休中に頼んでたことがあるんだよ」
先輩のことで坂口に頼みごとをしていた。
「そうなんだ。あ、そういえばあの件で少し進展があったよ」
興味なさそうな感じを出してから急に思い出したかのように重要なことを言い放つ。
「な、なにがわかった!?」
俺は身を乗り出して先を促す。
「俺たちの上の代で事故で亡くなった生徒がいないか聞いてみたんだけど、最近だと俺たちの5つぐらい上の代で女子生徒が交通事故で亡くなったらしい」
5つ上それがわかれば何となく絞り込めるか。
「なるほど五年前ね。ありがとう助かった」
「何話してんの?」
北本に礼を述べていると後ろから声をかけられた。
「坂口、探したよ。それで例の件は?」
後ろから声をかけてきたのは俺が探していた坂口だった。
「あぁ、あれな大丈夫だってよ。今日の昼休みにでも行こうぜ」
どうやらちゃんと覚えてくれていたみたいだ。
「なんの話?」
今度は北本が話についていけないと質問してくる。
「こいつが部活の後輩と話がしたいって頼まれてな」
坂口がとても簡潔にまとめてくれた。
「お前に頼んだ件も関わりがあるけどな。今度二人にはちゃんと話すよ」
先輩のことがまだわからない以上何も話せない。というか話したらこいつらめっちゃ馬鹿にしてくると思うし。
「なんかわかんねぇけど、お前から頼み事なんて珍しいからな」
「そうだね、鴻上の中でまとまったら話してな」
この二人のこういうところが俺が友達になれた要因かもしれない。
「あ、そういえばさっき先生たちが話してたんだけど来週から教育実習の先生が来るらしいよ」
坂口が話を変えるためかそんなことを言い出す。
「教育実習? 正直俺たちに何の関係もないよな」
「だねー」
この時の俺は知らなった。教育実習期間が先輩と過ごすタイムリミットであったことを。
昼休みになり坂口に連れられて下級生のクラスがある三階に向かう。
うちの学校は学年が上がるごとに階段を上らなくてよくなるという割り振り方がされている。
目的のクラスの前にたどり着き坂口が声をかけると中から連休の日に見た先輩曰くりゅーくんが出てきた。
「お待たせしました。初めまして滝川 翔平といいます」
滝川後輩は礼儀正しく自己紹介をしてくれた。
「初めまして、坂口の友達の鴻上 真だ。わざわざ呼び出してごめんな」
「いえいえ、坂口先輩にはいつもお世話になっていますから」
二人とも少しづつ気まずさを感じながら挨拶をすます。
「それじゃあ、時間もないし移動しながら話そうぜ」
見かねた坂口が助け舟を出してくれた。
二人と中庭に移動して昼食を食べながら本題を切り出した。
「時間もないから単刀直入に聞くけど、君の知り合いで事故にあって亡くなった方はいないか?」
「事故ですか?」
「急になに聞いてんだお前?」
坂口にも事前に何を聞くかまでは教えてなかったため驚いている。滝川の方はなぜそんなことを聞くのかといった様子だ。
「不快にさせたならすまない、忘れてくれ」
俺は慌てて発言を撤回しようとしたが
「いえ、不快になったわけではないです! すみません思い当たることはないです」
滝川後輩は申し訳なさそうにうつむく。
「いや、心当たりがないならその方がいいに決まってる! ごめんな、こんなこと聞いて、坂口も悪かったな」
二人に謝罪をしてから俺はそそくさくその場を去る。
理由は視界の端にふよふよ浮かんでいる先輩を見つけたからだ。
「お、おい! 鴻上!」
後ろで坂口が俺の名を叫んでいるが構わず先輩の後を追う。
先輩は終わりの近い昼休みで人がまばらな校舎裏にいた。
校舎裏には一組のカップルと、それを見守る桜の木と幽霊という異様な光景が広がっていた。
「何しているんですか先輩?」
俺は携帯電話を耳にあてる。あたかも電話しているかのように装いながら先輩に話しかける。
先輩はこちらに気づいていないように残り少ない昼休みを楽しむカップルを見ている。
「先輩?」
再度呼びかけると、先輩はようやく俺に気づきこちらに振り返った。
「なんだきみか……、何してるのこんなところで?」
「先輩こそこんなところで何やっているんですか?」
お互いに質問し合うという不毛なことをしたのち先輩が口を開いた。
「ここね、私とりゅーくんの思い出の場所なの」
先輩はどこか昔を懐かしむような声でそう答えた。
「先輩、滝川はりゅーくんじゃないですよ」
俺は先輩に先ほど確認できた事実を話す。
「嘘よ」
先輩は素直に受け入れないだろうとは思っていた。
「本当です」
だけどこれが現実なんだと俺は念を押す。
「嘘だよ」
「ほん…」
「嘘よ!!!」
俺の答えをかき消すような大声を先輩があげる。
「先輩……」
こちらに背を向けそう言い放つ先輩。その背中は震えていた。
「嘘よ! だって私は覚えているもの! この桜の木の下でりゅーくんが告白してくれたこと! 一緒に毎日下校したこと! 初めて手をつないだ時のこと! 初めてキスをした時のこと! ほかのことだってこんな鮮明に覚えているもの!」
先輩の悲痛な叫びはいつの間にか誰もいなくなっていた校舎裏に響き渡る。もとより聞こえるのは俺だけなのだが。
「りゅーくんは……私のこと忘れちゃったのかな?」
振り向いた先輩の目からは涙がこぼれていた。
「……」
俺はそんな先輩に何と声をかけていいかわからなかった。
先輩はまた俺から顔を背けると学校の敷地から出てどこかに行ってしまった。
昼休みはとっくに終わって、午後の授業の開始を告げるチャイムが校舎裏に響き渡る。俺はその日初めて授業をサボった。
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薄々わかっていた。自分をいくら誤魔化してもわかっていた。あの子はりゅーくんじゃないと。学校に来てみたら何か思い出すかもと思ったけど、自分のことはなにも思い出せなかった。鴻上くんが授業を受けている間にいろんなところを見て回った。りゅーくんとの思い出だけを頼りに、私の記憶の断片を探していた。教室に行ってもなにも思い出さなかった。体育館ではりゅーくんがよく体育の時間に大騒ぎしていたなと少しりゅーくんを感じられた。図書室でテスト前によくりゅーくんと私ともう一人誰かと一緒に勉強していた気がする。校舎を見て回って得たものはりゅーくんに会いたい思いだけだった。最後に一番記憶に残っている校舎裏の桜の木に向かう。昼休みになっているようでたくさんの生徒が思い思いの場所で昼食を食べている。誰も私のことなんて見えていない。校舎裏の桜の木にたどり着く。着いた瞬間りゅーくん都の記憶があふれだす。だけど、自分のことなんて一つも思い出せなかった。そこにきみが来た。きみは私が気付かないように必死に目をそらしていたことを確信を得てから突き付けてきた。私はそれを受け止めきれず学校から、きみの前から逃げてしまった。
「なんで、お前がこんなところにいるんだ」
学校から逃げた私の耳に誰かの声が聞こえた。
その声は記憶がない私に再び謎の懐かしさを抱かせた。しかし、私のことが見えているわけではないとその場を離れようとしたが、
「お前だよ、そこの浮幽霊」
その懐かしき声は私に向けて発言していた。
「いったい何の冗談だこれは」
声の主は心底いやそうな表情をしている。まるで天敵に出会ったかのようなそんな表情だ。
「というか反応もなしか、もしかして話すこともできないのか?」
私は何も答えることができなかった。
「もしかして、僕のことがわかっていないのか? 僕は……」
声の主が名乗った瞬間、封印されていた記憶の蓋が開かれた。
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サボりは急な体調不良で押し切ろうとしたのだが、個人的な事情でそんなことをすれば大事になりかねないので、おとなしく保健室に行った。その後、養護教諭から無事に担任に連絡が行き、放課後に呼び出され怒られた。一回目であったことが幸いし注意喚起で済んだのが不幸中の幸いであった。
ようやく解放されて昇降口を出ると体育館やグラウンドから部活動に励む声が聞こえる。部活ができない俺はそんな生徒たちを横目に帰宅する。
帰り道のどこかで先輩を見かけると思ったがそんなことなく家に着いた。家の中にいるかと思い中に入るが、中には人も幽霊もいる気配がない。俺の部屋にいるのかと二階に上がり自分のは部屋を覗くが先輩の姿はない。この日から俺は先輩の姿を見かけることがなくなった。
先輩の姿を見なくなってから早くも一週間たった。俺のいつも通りの退屈な日常が戻ってきただけであり何か変わったことはない。先輩と過ごした日常も思い返せば一週間にも満たないものだ。
この一週間で先輩を探したりなどはしなかった。元々俺は関わりたくなかったから当然だろう。不思議な夢を見ていたそんなものだ。
キーンコーンカーンコーン
物思いにふけっていると朝礼の開始を告げるチャイムが鳴り担任の国語教師の東先生が入ってくる。いつもと違うのは、その後ろに俺たちより少し年上の青年がいることだ。
「おはようございます、今日も一日頑張っていきましょう。皆さんには先週お伝えしましたが今日から教
育実習生が来ます。うちのクラスにも一人入ります。では、自己紹介をお願いします」
教育実習生かそういえば先週坂口がそんなこと言ってたな。俺はぼんやりとそんなことを思っていた。
「はい、ご紹介にあずかりました。この度母校であるこの学園に教育実習に参りました。|滝川 龍平《た
きがわ りゅうへい》です。二週間と短い間ですがよろしくお願いします」
教育実習生は丁寧にそう名乗った。その名を聞いた瞬間、俺の鼓動が速まる。教室では担任からの提案で朝礼時間いっぱいの質問タイムが開かれた。俺はその情報の中から必要な情報を聞き逃さないように集中する。朝礼終了のチャイムが鳴り一時間目の授業の担当教員が入ってくる。その授業中に俺は朝礼中に集まった情報を統合していく。そして確信する。滝川龍平あの男が先輩の探していたりゅーくんであると。
その日の昼休みくだんの教育実習生は陽キャグループに絡まれながら昼食を食べている。俺はその会話に聞き耳を立てながら読書をしている。学生時代の話や趣味の話など。盗み聞きしている罪悪感か心臓の鼓動が速まる。
「そういえばこの学校に俺の弟も通っているんだ。みんなの一つ下なんだけど知ってる人いる?」
「あ、俺知ってるかも翔平っすか?」
「そうそう」
「部活の後輩なんで知ってます!」
やはりこの男がりゅーくんなんだろう。陽キャ集団に交じってる坂口のおかげで確定的な情報が増えた。
「あ、やばい次の授業の準備先生に頼まれてたんだ! ごめんみんな職員室行かないと!」
滝川龍平は急いで残りの昼飯を平らげ、教室を出ていく。俺も飲み物を買いに行くふりをして少し後をつけてみる。
「お、頑張っているな」
職員室の前で滝川龍平はとある教師に声をかけられた。
教師の中でも古参の方である歴史の野口先生だ。授業中は何をしていても怒らないがテストが授業をまじめに聞いていないとまったく点数を取れないことで有名な教師だ。俺たちのクラスの歴史を担当してい
るため知っていた。ちなみに俺は結構この先生の授業が好きだ。
「野口先生! お久しぶりです」
「久しぶりだな、お前が卒業して以来だからもう四年ぶりくらいか、立派になったな」
「はい、おかげさまで」
「教師を目指していたのは知っていたが、この学校には来ないと思っていたよ」
「いつまでも、引きずっていられませんから……、自分、東先生から授業の準備を頼まれているので失礼します! また時間のある時にお話ししましょう!」
滝川龍平は職員室に入っていった。盗み聞きをしている間、心拍はどんどん上がっていた。
「そうか……もう五年も前になるのか」
一人になった野口先生はそうつぶやく。
「あの、何が五年なんですか?」
野口先生は驚いたようにこちらを向く。俺はたまたま聞いてしまったといった体を装って質問する。
「おっと、声に出てしまっていたか」
「すみません……盗み聞きするつもりはなかったのですが、先生たちの話聞こえてしまって……」
もちろん嘘である。ウソがばれないかドキドキしている。
「彼は私の元教え子でね、彼が三年生の時に私が担任だったんだ」
野口先生は昔を懐かしむようにそう答えてくれる。
その時、俺の中に電流走る。この人なら先輩の生前のことを知っているかもしれない。ていうか、なんで今まで思いつかなかったんだ、当時の先生なら当然知っているに決まっているだろう。鼓動が速まる。
「つかぬことをお聞きしますが、その年に何かありませんでした? 例えば事故で生徒が亡くなったとか?」
俺がこの質問をした途端先生の顔が驚愕の表情に変わる。
「君どこでそのことを?」
「えっとその…」
先生からの言及に正直に幽霊などといっても信じてはくれないだろう。何か言い訳を。
「家の近くで五年前ぐらいに事故があったという場所があって、それがうちの学校の生徒だったと最近聞きまして……」
ギリギリ嘘はついていない。聞いた相手が幽霊なだけだ。
「なるほど、そうだね。あれは不幸な事件だった。滝川君も相当気に病んでいたからね」
「無礼を承知でお伺います。何があったのか教えてくれませんか?」
これでだめならもっと失礼だが滝川龍平本人に聞くしかない。
「私が話したことは内緒だよ」
先生は放課後職員室に来るようにとだけ告げ授業に向かってしまった。
俺も急いで教室に戻る。
これで少しは先輩の生前に近づける。そんな確信があった。
俺はついに真実にたどり着けるかもしれない問い興奮からか心臓が高速で脈打っている。
放課後になり俺は野口先生のもとに向かう。
職員室に入り野口先生を探すと、個人面談ができるブースからこちらを手招きしていた。
面談ブースに入ると野口先生が座っていた。テーブルの上にはアルバムのようなものが置いてあった。
「いやぁ、ちょうど今日はここのブースが空いてたんだよね。それで君が聞きたいのは五年前に事故にあ
った生徒のことだったかな」
先生は普段の授業と変わらないような柔らかい口調で話してくれる。緊張で速まっていた心拍が少し落ち着く。
「はい、五年前に亡くなった女子生徒の名前と事故の概要が知りたいんです」
俺はここまで来たら隠すような言動をやめて聞きたいことを正直に聞くことにした。余計な遠慮をしていたら先輩のことを知れないと思ったからだ。
「あまり気持ちのいい話ではないが、生徒が知りたいということを教えるのが教師の務めなのでね」
そういうと、先生はアルバムを開き一つの写真を指差す。
「彼女の名前は天野 麗華友人も多く生徒会にも入っていたなどとても活発な生徒だった」
天野麗華そう呼ばれた写真の中の女子生徒はまさしく、俺が先週まで交流していた幽霊先輩だった。
事件のことを話す前に彼女のことを話しておこう。彼女は先ほども言った通り生徒会にも入っており、皆の中心になることが多い印象の生徒だった。みんなに慕われていた。将来の夢は小説家といっていたよ。意外だったよ。
活発であったが生徒会の活動がない日は図書室に入り浸っていたよ。なんでも当時から自作の小説を書いていたらしい。
そんな彼女と当時交際していたのが、いま教育実習に来ている滝川君でね、昼休みに校舎裏の桜の木の下で二人が仲良く笑っているのを見るのが、当時の私の楽しみの一つでもあったよ。今もその癖が抜けないほどにね。
教師が生徒の恋愛を知っているのがそんなに意外かね、教師は生徒のことを存外しっかり見ているものだよ。君が偶に私の授業で寝ているのも知っているとも。話を戻そう。
二人の関係も続きそろそろ卒業も近づいてきたころ事件が起きた。彼女が事故にあった。住宅街の見通しの悪い路地でね。突然飛び出してきた彼女に運転手は反応できなかった。そして、その場には滝川君も居合わせていたそうだ。滝川君はひどく憔悴していた。それはそうだろう目の前で最愛の恋人を無くしたのだから。
彼はその後PTSDを発症してしまった。それでも当時の養護教諭やカウンセラーなどの協力を得ながら、徐々に快復に向かっていたんだ。そんなある日こんな噂が立った。「天野 麗華の死は事故ではなく、滝川 龍平が殺した」というものだ。根も葉もない噂だった。
しかし、ある生徒がその噂で滝川君をひどく攻め立てた。その生徒は思い込みが激しいのもあったが、どうやら天野くんに好意を寄せていたらしい。そういった生徒は数多くいた。みんな怒りの矛先が欲しかっただけなのかもしれない。滝川君はそんな噂を否定していたがそのせいでせっかく快復に向かっていたPTSDがまた深刻化してしまった。人の噂も七十五日その噂が消え始めたころ、また別の噂が立った。「天野 麗華は自ら車の前に飛び出した。自殺であった」というものだ。さらにこの噂には尾ひれがつき、この自殺は滝川君に見せつけるために行ったものであるとまで言われた。なんでも、滝川君に別れ話を切り出された天野くんが滝川君に自分の存在を刻み込むために自殺したと、そんな話だったと記憶している。
天野くんが人気者だったように滝川君もまた人気者だった。天野くんが恨まれるほどにね。幸いにも、その後すぐに三年生は自由登校になった。
こんな経緯もあってこの事故のことはその世代の子供たちの中ではタブーのように扱われているんだ。結局滝川君はそんな思いを抱えたまま卒業していったよ。
先生は話し終えると、最後にこう付け加えた。
「当時教師をやっていたといっても事件のことは当事者にしかわからない、部外者という点では私も根拠
のない噂を流した者たちと同じなんだよ」
俺は先生にお礼を述べて職員室を後にした。先輩の名前、事件の概要、生前の先輩今まで引っかかっていたものすべてが解けたはずなのにすっきりしない。それはたぶん明らかになった真実を報告する相手がいないからだろう。心臓は高鳴っている。
すっきりしない感情を抱えたまま俺は学校の敷地を出る。
「やっと出てきた。待ちくたびれたよ」
学校の敷地から出るといきなり黒いコートを着た人物に呼び止められる。
「鴻上 真君だよね、アホ幽霊の件で話がある」
黒いコートの不審者はそう告げた。
ーーーーーーーーーーーー
黒いコートの男に案内されたのは学校近くの喫茶店である。
二人分のコーヒーを頼むと男が話し出した。
「自己紹介がまだだったね、僕は黒岩 幸助フリーの霊媒師をやっている」
黒岩幸助と名乗った不審者はそう言って名刺を渡してくる。
「霊媒師?」
「そう、悪霊とかをこう、破ッ!! ってやるやつ」
胡散臭すぎる。
「それにしても龍がこっちに帰ってくるっていうから、懐かしき母校見に行ってみたら、あんなのがいるんだもの驚いたよ」
「そうだ、さっき言っていたアホ幽霊って……」
そう俺がこの胡散臭い不審者についてきたのはこいつが言ったアホ幽霊って言葉が気になったからだ。
「ん? 天野だよ天野、天野 麗華」
やっぱり先輩のことだった。
「なんで、あんたが先輩のこと知っているんだ? それに名前も」
「一応、僕年上なんだけどなぁ。まぁ、いいけど。なんで知っているかって、それは会ったからだよ一週間前に」
一週間前って俺の前から先輩が消えた日。
「名前を知っているのは同級生だからね、一応。天野 麗華は僕が高校三年生の時に事故で亡くなった僕の親友の恋人だった女だよ」
「同級生!?」
「そんな驚くことかい?」
俺の反応に黒岩は怪訝な顔をした。
「じゃあ、りゅーくん、滝川 龍平のことも知っているのか!?」
「うわぁ、その呼び方やめてほしい。もちろん知っているとも滝川 龍平は僕の幼馴染で親友だよ」
つまりこいつは当時の事件の当事者二人に近しい人物。
「ん? ていうか一週間前に先輩に会ったって言ったよな、あんた先輩のこと見えるの!?」
「今更かよ、さっきも言ったけど僕は霊媒師だよ。君と違って天野以外の霊もばっちり見える凄腕霊媒師だからね」
黒岩は自信満々な顔でそう告げる。
「じゃあ、先輩の行方は!?」
「天野はどうやら僕に出会う前までは記憶が欠落していたようだね。それもそうか、死んでから年月も経
っているし、何より未練が弱いからな」
未練。こいつ先輩の未練についても知っているのか。
「心配いらないよ、天野は今、生前の記憶を辿っているだけだと思う。どうやら僕と出会って記憶を思い出したようでね、記憶の整理のために姿を消しただけじゃないかな。たぶん、天野の生前の家にでもいると思うよ」
「そっか、それで先輩の未練についてなんだが…」
「はいはい、それについてもちゃんと話すけどその前に」
黒岩はいつの間にか運ばれていたコーヒーを一口含み人機付いてから告げる。
「単刀直入に言うと君には天野 麗華の霊に憑りつかれている。そして、君はすでに少なからず霊障を受けている」
「え、急に何言って…」
「僕は今、霊媒師として真面目な話をしている。おそらく君が天野の霊を視認に声も聞こえるのは波長があってしまったからだ、ここまでならよくあることなんだが君はそのあと霊と対話をし、契約を交わしてしまった。この時点で天野は事故現場に佇む地縛霊から君に憑りつく悪霊になってしまった」
淡々と告げる黒岩。言っている内容は常人なら笑い飛ばすような内容だが、俺はただ黙って聞くことしかできなかった。
「悪霊といってもまだ大したものにはなっていない。しかし、このまま放置していると君や未練の対象である龍にも被害が出るかもしれない。僕はそれを防ぎたい。だからなるべく早く君と接触しようと思っていたんだけど、少し遅かったようだね」
「え、」
「さっきも言ったけど君はもう少し霊障が出ている。具体的に言うと天野から頼まれたことを意地でも遂行しようとしている」
言われてみれば覚えがある。先輩がいなくなってからの俺は特に先輩に関することなんて調べなかった。しかし、滝川 龍平。その名を聞いた瞬間、何かに突き動かされるように情報を集めていた。異常なほどに。
「自覚はあるようだね。憑りつかれていると霊と感情がリンクしてしまうことがる。今回の場合、龍の名前を聞いたことで君が龍や天野の情報を集めるようにな、無意識的に操作したんだろう。これについては僕の落ち度だ。偶然とは故、天野の記憶を呼び覚ましてしまったことで龍の名前に反応してしまった」
黒岩は頭を下げるがそんなことで謝罪されても困る。
「謝罪とかそんなことはいいから、先輩の未練ってなんなんだよ」
「天野の未練は定番中の定番だよ。龍に伝えたいことがあるそれだけだよ」
「いったい何を伝えたいんだ…」
「それについては僕も…」
「それについては私から話すよ」
黒岩の声を遮るように透き通るような声が響く。
そこには文字通り透き通っている幽霊・天野 麗華先輩が浮いていた。
「これはこれは鴻上君を無意識に苦しめている悪霊じゃないですか」
先輩の存在を認識した黒岩は皮肉たっぷりにそう言い放つ。
「それについては本当に悪いと思っているよ…」
見るからに元気をなくす先輩を見て黒岩もバツが悪そうにしている。
「そんなことより、記憶が戻ったんですか?」
俺は場の空気を変えるために質問する。
「うん、黒岩君と出会って時に全部思い出したの。私の名前は天野 麗華でりゅーくんは滝川 龍平。私はあの日りゅーくんに大事なことを告げようとしていた」
「それが未練となって幽霊になったと」
先輩の未練。一体何を伝えるつもりだったんだろう。
「本人が未練を思い出したんなら、あとはそれを伝えるだけだな」
黒岩が事件解決といったテンションで言い放つ。
「伝えるだけって、滝川先生は先輩の姿見えるのか」
「その辺はまかせとけ、一応霊媒師だ、霊感のないやつにだって数分程度なら霊を見せることぐらいできるよ」
「ありがとう黒岩君」
「お前のためじゃない、あくまで龍と悪霊に苦しめられている鴻上君のためだ」
ツンデレのようなことを言う黒岩。しかし、込められた感情には悪霊への確かな憎しみを感じる。この人にも何か霊媒師を志す出来事があったんだろうと思えた。
「決行日時は明後日、場所はあの桜の木の下だ」
ーーーーーーーーーーーー
時間はあっという間に経った。
この二日間で特に変わったことはなく、しいてあげるのであれば黒岩が昼間に不審者と間違えられて緊急集会が開かれかけたぐらいで、後は先輩もおとなしくしていた。
そんなこんなで残り少なかったタイムリミットも迫り放課後になる。
あの日から俺の頭の上にずっと暗い顔をしている先輩と黒岩に指定されたあの桜の木の場所に向かう。
「なんかあっという間でしたね。なんていうか最初から黒岩に任せればよかったですね」
俺は極めて明るく先輩の話しかける。しかし、先輩からの返事はない。表情から察するに緊張しているようだ。
「先輩との交流も思い返せばそんなに長くなかったのに楽しかったですよ」
これは本音だ。こんな時に少しふざけながらでないと言えない自分の性格が嫌になる。
「それは私のセリフだよ。きみが私のことを見つけてくれなきゃ何も始まらなかったよ。だから君には本当に感謝しているの、ありがとう」
先輩がようやく答えてくれたと思ったら恥ずかしくなるようなセリフを次々と言ってくる。これだから陽キャは。
「そんなことないですよ、俺が見つけなくてもきっと黒岩が先輩を発見して教育実習に来た滝川先生を見つけてきっと同じ結果になっていましたよ」
自虐のようにそう述べる。これもきっと本心だ。だから、高鳴っているこの鼓動はきっと何かの間違いだ。
「そんなことないよ!」
先輩は大声でそれを否定する。
「たとえ結果が一緒でも、あの時私を見つけて助けてくれたのはきみだから」
そう言って先輩は笑った。この笑顔を見て俺の胸の鼓動は正常になっていた。
「やっと来たか、待ちくたびれたよ」
先輩と話していたら目的地についていた。そこには一昨日、校門で俺を拉致した時と同じようなことを言っている黒岩が立っていた。
「あ、不審者だ。先生に呼んでこなきゃ」
「待て待て、よく見ろ! ほら入校証! ちゃんと許可取ってます!」
俺がくだんの不審者騒動を弄ると慌てて入校証を見せてくる。
「冗談ですよ、それで準備はできているんですか?」
「当たり前だ、成仏の儀式の準備から、人払いまで全部な」
黒岩は得意げな顔をしている。霊媒師のことはわからないので実際にどのくらい大変かわからないが、おそらく二日で整えるには相当な労力が必要なものだったと思う。
「それで、滝川先生は?」
「まだ呼んでいない、昼間に会ったときに伝えても良かったんだけど、今回はお前にも役目をやろうと思ってな」
昼間に会ったというのは不審者騒動の時に身分を証明するために滝川先生が呼び出されていたからその時だろう。
「決して、昼間の件でこっぴどく怒られて今そんなことを言うと本気で怒られそうだからとかではないぞ……」
震えながらそんなことを言う黒岩に頭上の先輩と共に冷たい視線を向けながら、言われた通り滝川先生を呼びに行く。
ちなみに先輩は憑いてきていない。なんでも今、滝川先生に会ったら感情が爆発してしまいそうだから、らしい。
職員室に向かいながらぼんやりとこの一週間を思い出す。特にいい思い出はなかったが退屈な日常とはかけ離れた退屈しない日々だった。
「おや、何をしているんですか?」
物思いにふける俺にお声をかけてきたのは野口先生だった。
「野口先生。ちょっと職員室に用事があって」
「滝川君に用事かな?」
せっかく少し濁したのに全くそんなことを気にせず野口先生は質問してくる。
「なんでそうだと思うんですか?」
「さっき君と黒岩君があの場所で話しているのを見かけて、もしかしたら黒岩君が君に滝川君を呼びに行かせたのかと思ってね」
「な、」
ほとんど正解だった。
「前も言いましたけど、私はあの場所を眺めるのが好きでね、すっかり癖になってしまってね」
先生は少し茶目っ気を出してそんなことを言った。
「何をするのかまではわかりませんが、きっと滝川君に必要なことなんでしょう」
先生はそう言うとどこかに去っていった。
俺は先生の言葉を胸に刻んで職員室に入っていく。
「鴻上君? だったかな俺に何か用事?」
滝川先生はあまり絡みのない俺が話しかけてきて少し困惑しているようだ。
「黒岩さんから滝川先生を呼んで来いといわれました」
嘘は言っていないし、たぶん黒岩の名前を出さないと俺では好感度が足りないと思う。
「黒岩が? アイツ生徒まで使って……」
滝川先生は黒岩にぶつぶつ小言で文句言っている。
「それと自分からも先輩について話があります」
「ん? 先輩?」
「そうです、天野 麗華先輩についてのね」
「え? 今なんて!?」
「では、いつもの桜の木の下で待っていますので、三人で」
俺は滝川先生の質問を無視して場所だけを告げる。これは完全に嫉妬かもしれない。先輩に好かれていることではなく、死んでも、自分のことを忘れても覚えられていた、愛されていたこの男への醜い嫉妬だ。
ーーーーーーーーーーーー
滝川先生が到着して、桜の木の下に役者がそろった。現生徒と元生徒で幽霊、教育実習生、卒業生で霊媒師と異様なメンツがそろっているためか心拍が上がっていく。
「幸助、生徒を使って俺を呼び出して何の用だ?」
この異様な空気を破ったのは滝川先生だった。
「そう怒るなよ、用があるのは俺じゃないんだよ」
「じゃあ、誰が用があるんだよ」
「天野 麗華」
「ッ!?」
黒岩がその名を出すと滝川先生は先ほどと同じように動揺した。
「さっき鴻上君も言っていたけど麗華は死んだんだよ! なのになんで今更!」
「それについてはどうぞ本人に聞いてくれ」
黒岩がそういうと謎の道具を取り出し、滝川先生に投げ渡す。サツマイモのような見た目をした謎の道具を受け取った滝川先生は信じられないようなものを見たかのように刮目していた。
「れ、麗華……?」
「うん、りゅーくん久しぶり……になるのかな?
私からしたらそんなに久しぶりじゃないんだけどね相変わらず泣き虫だね」
滝川先生がこの場に来てからずっと目の前でそわそわしていた先輩が、謎の道具によって幽霊が見れるようになった滝川先生に語り掛ける。滝川先生はどうやら泣いているようだ。
「まぁ、見てわかるようにどうやら私、幽霊みたいなんだよね?
何なら、この前までりゅーくんのことしか覚えてなかったくらいなんだけどね」
「麗華、ほんとに麗華なのか……?」
ようやく再会した死別した恋人同士であるのに話がかみ合っていない。俺の鼓動は緊張しているのか恐怖しているのか異様なほど鼓動が速い。ここまで来たら俺はもう部外者だというのに。
「りゅーくん、聞いて私から伝えたいことがあるの」
「麗華! 俺もお前に言いたいことが……」
「龍!」
二人のかみ合わない会話にしびれを切らしたのか黒岩が遮る。
「僕の術だって万能じゃない。天野の言葉を聞いてやってくれ」
事前に説明はされていたが、黒岩が幽霊を他人に認識できるようにするのには時間制限があるらしい、しかもとても短い。
「幸助……、わかった」
滝川先生も言いたいことはたくさんあるはずなのに先輩の言葉に耳を傾ける。
「ありがとう、幸助君」
「何度も言うがお前のためじゃない、未練が残って悪霊になられる方が厄介なんだよ」
黒岩の不器用な優しさに少し親近感を覚えていると先輩は語りだす。
「私の未練はね、あの日りゅーくんに伝えられなかった言葉を伝えたかったの。あの日私はりゅーくんを公園に呼び出して伝えたかったの」
そこで先輩は一度言葉を切る。その先輩の緊張がうつったのか心拍がさらに速くなる。先輩は深呼吸をして残りの言葉を紡ぎだす。
「私と別れてください、そして私のことなんて忘れて幸せになってね」
先輩が紡いだ未練の言葉はとてもありがちな言葉だった。恋人の別れ台詞の定番のようなものですらある。しかし、俺の心拍は上がっていた。だって、こんなことってあるかよ、先輩は死んでも、幽霊になっても、滝川 龍平に関すること以外、全部忘れてでも伝えたかったものが、その最愛の恋人への別れを告げる言葉とよりにもよって自分を忘れてほしいという願いだなんて、こんなことのために俺は手を貸したわけではないのに。
「うん、言えた、ちゃんと言えた。これで未練はもう無いよ」
俺の憤りをよそに先輩はすっきりとした顔をしていた。そして徐々に姿が薄くなっている。
「麗華……」
「始まったか」
滝川先生は先輩の言葉をかみしめているようだった。黒岩は成仏が始まった先輩を見てどこか悲しげであ
った。
「いやぁ、よかった言えて。あの日りゅーくんが待っている公園に着く前に事故にあっちゃったから、何も伝えられなかったことが未練だったの。だから、ようやく逝ける」
もう先輩の姿は目を凝らさないと見えないほど薄くなっていた。先輩の瞳から一筋の涙がこぼれたように見えた。
そして、ついに先輩の姿は俺にも完全に見えなくなった。
「逝ったか」
黒岩の発言からも先輩が完全に成仏したことがわかる。先輩が消えたと同時に俺の心拍は正常値になっていた。
これで俺と先輩の奇妙な交流は幕を閉じた。
「……知ってたよ、その言葉は。生前に君から伝えられていたから」
はずだった。
ーーーーーーーーーーーー
「何を言って……?」
滝川先生の言葉に俺は耳を疑う。
「だから、俺はあの言葉を聞いた、あの日、あの場所で麗華から伝えられたんだ!」
滝川先生の目は真剣だ嘘を言っているようには見えない。
「でも、あいつはそれを未練に思ってた。どういうことだ?」
「一応、さっきの先輩の話には違和感があった……」
黒岩も困惑する中、俺は先程の話で抱いた違和感を思い出す。
「俺が野口先生に聞いた話だと、先輩が事故にあった時その場には滝川先生がいたはずなんだ」
そう、先輩の話は野口先生から聞いた話と微妙に違ったのだ。
「なぁ、滝川先生。あの日ほんとは何があったんだ?」
おそらくこの真相はその場にいた滝川先生にしか分からない。
「あの日、俺は麗華に呼びだされていた」
滝川先生は思い出したくないものを無理に思い出すように話始めた。
あの日俺は麗華に呼びだされていた。呼びだされたのはいつも下校時に寄っていた公園だ。
そこで麗華を待っていると、しばらくして麗華がやってきた。どこか緊張しているようで、それでいて覚悟を決めているような表情だった。
そして俺はさっきの言葉を伝えられた。俺は当然、理由を聞いたしかし、麗華は何も答えずただ、ごめんなさいと繰り返した。俺が近づくと怯えたように来た道に向かって走り出した。俺は慌てて追いかけた、なぜなら麗華の目には涙が浮かんでいたからだ。きっとなにか理由があるはずだと、当時運動部だった俺は体力には自信があった。そして、徐々に麗華との距離が縮んでもう少しで追いつけるってところで……麗華は急に意識を失ったかのように前に倒れた。そして、そこに運悪く車が来てしまった。俺は必死に手を伸ばしてが届かなかった。
「野口先生に話を聞いたのなら、あとは知っての通りだよ」
滝川先生から語られた真実によってまた謎が増える。一体なぜ先輩はそんなことを言ったのだ? なぜ滝川先生に別れを告げる必要があった。
「その答えは私から教えよう」
頭を悩ませていると校舎の方から声がした。声のした方を向くとそこには野口先生が立っていた。
「野口先生……」
「すまないね、盗み聞きをするつもりはなかったのだが、聞こえてしまったのだ」
先生はゆっくりと俺たちの方に歩いてくる。
「今の話に私がこれから君たちに話す情報を加えれば、謎は解けると思う」
野口先生は確信に満ちた表情でそう告げる。
「天野くんはね、心臓に病を抱えていた。しかも、治ることの無いものをね」
「「な、」」
二人の声が重なる。野口先生から伝えられた情報はあまりにも残酷なものだった。そして、その情報を聞いた瞬間俺の心臓がドクンと鼓動する。
「おそらくその時にはもう寿命の宣告を受けていたのだろうな」
先生は淡々と述べていく。俺たちを置き去りにしながら。
「なんで、そんなこと一言も……」
「言えなかったんだろ。お前だけには」
滝川先生の発言に黒岩は冷静に答える。
「大好きだったから、言えなかった」
愛してるが故にその人には幸せになって欲しかった。つまり、そういうことなのだろう。
「黒岩君はもしかして知っていたのかな?」
「いいえ、僕も初耳です。でも、他の人よりはあいつの秘密を知っていただけです」
「秘密?」
「たまたま、天野のドナー登録のカードを見ただけだ。ただ、それだけだ」
ドナー登録。この歳からそんなことを考えているのはそれこそ同じように病に苦しんでいる人くらいだろ、とつけ加えた。
「じゃあ、あの時意識を失ったかのように倒れたのは……」
「おそらく、発作が起きてしまったのだろう」
「それって、俺が追いかけたから……走らせたから……」
滝川先生は絶望しきったかのような表情をしていた。
「それは違う。彼女の発作は激しい運動の有無は関係ない。この事実を加えても結果は変わらない。ただ、不幸が重なってしまっただけの事故それが真相だ」
野口先生はしっかりと嗜むように告げる。
「当時この事実を伝えなかったのは滝川君がそうやって責任を感じてしまうからと考えた学校側からの配慮でもあった」
「先生……」
野口先生は話は終わったとばかり踵を返し校舎に戻って行く。
「君たちに伝えてない情報としてはもうひとつある。これはご家族からの依頼でな」
校舎に戻る途中で足を止めた野口先生はこちらを見ずに最後の情報を開示する。
「実は天野くんは即死ではなかったらしい、脳死状態になって彼女の希望通り臓器提供がされたらしい」
それだけ言うと野口先生は今度こそ校舎に消えていった。
残された俺達には語るべき言葉も繋いでいた先輩という縁もなくなっていた。ただ、俺の心臓だけが高鳴っていた。
ーーーーーーーーーーーー
先輩が成仏して一週間が経とうとしていた。その後、俺達はあの場で解散した。俺と滝川先生は元の生徒と教育実習生になり、黒岩はどこかに消えた。退屈な日常を享受しながら俺の心臓は脈打っている。
「なぁ、結局、鴻上が俺たちになんか聞いてたのって何だったの?」
昼休みいつもの3人でだべっていると、北本が切り出した。
「そういえばそんなこともあったな」
バカの坂口は遠い昔の出来事を思い出すレベルの声を上げていた。
「あぁ、そういえばお前らにはまだ伝えていなかったな」
俺は二人にこの二週間であった出来事を話した。話している自分でも信じられないような出来事を。二人は時折相槌を打ちながら真剣に聞いてくれた。
「へぇ、そんなことがあったのか……」
坂口が感心したような声で感想を述べる。
「自分で言うのもなんだが信じてくれるのか?」
「にわかには信じられない話だけど、鴻上が嘘つく意味なさそうだし……」
意外だった北本はこういった話は信じないと思っていた。
「それにしても幽霊ねぇ……、俺も見たかった」
とても悔しそうにそうつぶやく坂口。
「確かに、僕も見てみたかったな、幽霊」
それに北本も乗っかる。
少し俺の話をしよう。実は俺は昔、先輩と同じく心臓に爆弾を抱えていた。治療には臓器移植しかないと医者から言われ、両親は大いに悲しんだ。ドナーは見つからず俺はこのまま死ぬのだと達観していた。そんな俺を支えていたのは本だった。病気が発覚してから入院生活で退屈な俺の唯一の楽しみだった。ベッドの上から動けない俺は本の世界で体験できないことを擬似体験していた。そんな俺に両親はタブレットを買い与えた。タブレットで俺は様々な本を読んだ。そんな中で俺が気に入っていたのは小説を投稿するサイトにいつからか上がっていたとある小説だ。それは小説と言うよりは日記に近いものだった。内容は病を患い絶望している少女が少年と出会い生きる希望を見出して行くというものだ。俺以外に読んでいる人は一人しかいない小説を俺は自分のようだと共感して読む反面自分との落差に少し嫉妬していた。そんなある日、奇跡が起きた。なんと、ドナーが見つかったのだ。俺はその日ここ最近更新がない日記小説を読み直していた。そこに両親と医者がやってきて、ドナーが見つかったことを知らされた。そしてあれよこれよと手術の日取りが決まった。手術は無事成功して俺は今も生きている。終わり。
そんな経緯もあり、先輩の話には共感を通り越し感情移入していた。
今日の学校も終わり、帰路につく。これからも続く退屈な日常を思いながら先輩と初めて会った場所を通る。その時ふと思い出す。なぜ、俺は先輩のことを認識できたのだろうか。思い返せば先輩といた時は先輩関連の話を聞いていた時に心拍が異様に上がっていたことも気になる。そんなことを考えていると、頭の中に一つの空論が思いつく。俺は携帯を取り出し母親にメッセージを飛ばした。急いで帰り、メッセージの返信をもらい電話をかける。そこで、俺は全ての謎の答えを得た。心臓は高鳴り続けている。
そして、時は進み、教育実習が終わる日が来た。
今日の国語の授業は滝川先生が担当し、内容も滝川先生独自のものとなった。授業内容は臓器移植やドナー登録についてのものだった。国語の授業で取り扱うものかと疑問に思ったが、
「確かにこの内容は国語の授業で取り扱うものでは無いかもしれないでも、俺の友達は病に苦しんでいたそれに俺は気づけなかった、そして、その子はドナー登録をしていた。君たちと同じぐらいの時に、自分と同じように苦しんでる子供のために。それを伝えたくてこの授業をしました」
滝川先生の言葉にみんなはそんな疑問を忘れ去ったようだ。
滝川先生は最後にクラスのみんなからメッセージをもらって実習を終了した。俺もメッセージ書いた。
『放課後、桜の木の下で』
と。
ーーーーーーーーーーーー
放課後、待っていると滝川先生は来てくれた。
「わざわざメッセージに書くなんて何か大事な話かな?」
滝川先生は妙にスッキリした表情をしている。俺はそれが気に入らない。
「滝川先生。俺はあなたに伝えたいことがあります」
「伝えたいこと?」
「はい、それは先輩がほんとに伝えたかったことでもあります」
俺の言葉に滝川先生は動揺した。
「麗華の件は解決したはずだろ」
「いいえ、あんな終わり方俺は認めない。だって、俺の心臓はまだ叫んでる」
ドクンドクンと心臓が高鳴る。俺に伝えたいことを教えてくれる。
「心臓?」
「実は俺、昔心臓に病抱えてたんですよ。臓器移植しか手がないやつを」
俺は語り始めるこの物語の残りの謎を精算するように。
「それでこのまま死ぬと思ってた時に奇跡的にドナーが見つかってね。今もこうして生きてるって訳です」
乾いた笑いを挟みながら俺は語る。
「それが麗華の件となんの関係が……」
「まだわからないですか? 鈍いですね」
俺は大きく深呼吸をする。もう、分かりきっているひとつの真実を述べるため。
「俺の心臓は先輩の、天野 麗華のものです」
そう、俺の心臓のドナーは天野 麗華だった。本来なら教えて貰えないことなのかもしれないが。当時手術を担当した先生に名前を出して聞いたところ渋々教えてくれたのだ。
「なん……だと……」
「事実は小説よりも希なりといったところでしょうか?」
俺は少し皮肉を込めてそう言い放つ。
「では、そろそろ本題に入りましょう」
俺の心臓のことも確かに大切なことだが今回の本題はそこでは無い。
「麗華が本当に伝えたかったことだったか……」
「そうです。今からあなたに伝えることは心臓が教えてくれた本当のメッセージです」
全部デタラメだ。今から行う事はただの自己満足だ。そんなことはわかっている。でも、心臓が叫んでいることだけは嘘じゃない。
「先輩は滝川先生に自分を忘れて幸せになって欲しいと伝えましたね」
「あぁ、生前にもそう言われていた。でも、俺はそんなことが出来なかった……」
「あんなのは本心ではありません。成仏したのは先輩が未練をそうだと思い込んでいたから。否、思い込みたかったから」
俺は今から死者を冒涜する。自分のことより他人の幸せを願って消えた、綺麗な心の先輩を汚す。それがたとえ俺のエゴだとしても。
「先輩があなたに伝えたかった本当の言葉は……『私のことを忘れないでほしい』ただこれだけです」
真逆だ。先輩が伝えた思いと真逆の言葉。でも、おそらく、きっと、先輩の本心だと思う。
「忘れないで欲しい……そんなわけないだろ!!」
滝川先生は慟哭する。それはそうだ本人の口から2回も、死んだ後にも忘れてほしいと言われたのだからでも、
「あの人がなんで今、現れたのかずっと考えてた」
先輩に関する謎としてもうひとつ残っているものがある。それはなぜ死んでから相当たった今幽霊として現れたのかということ。
「先輩の起こすこと全てには貴方が関係している。そして、俺はある考察を立てたそれは」
あの人はきっと無意識だったんだと思う。そして、自分でも気づかない醜い感情があったんだろう。
「もしかして、それは滝川先生、貴方が先輩を忘れて前を向き始めたからじゃないのかと」
これはきっと誰も幸せにならない。
「なん……だと」
滝川先生はまた、動揺する。そして、おそらくそこにある感情には少しだけ自覚も含まれているだろう。
「彼女は無意識にそれをわかってしまった。だから、化けて出てきた。でも、先輩は優しすぎた」
きっとあの人は自分では気づけなかったんだろう。俺だから、他人からの愛に飢えているエゴの塊である俺だから気づけた。先輩の胸の奥にある醜い感情に。
「俺は! 麗華のことを片時も忘れたことはなかった! でも、麗華から言われたことだからってようやく……」
滝川先生の言葉は嗚咽交じりとなっている。
「それに、この前だって!」
「俺は!」
滝川先生の言葉を遮り、叫ぶ。滝川先生と目が合う。絶対にそらさない。心臓がドクンッ! と高鳴る。
「俺はあの人に命をもらった! あの人のおかげで今も生きていられる! あんたもそうだろ! 俺たちはあの人に心をもらったはずだろ!」
俺は泣いていたかもしれない、心拍は速まり続けている。
「……心をもらったか、確かに俺の心は彼女が死んだときに一緒に死んだようなものだ」
「でも、今は違いますよね」
「あぁ、もう一度彼女に会ったあの時、俺の心はよみがえった」
滝川先生は心を俺は文字通り心臓を。あの人にからもらったのだ。
「君には感謝しないとな。麗華の本当の言葉を伝えてくれたのだから」
滝川先生は薄々気づいていると思う。これがただの俺のエゴだということに、でも、おそらく心のどこかで自分が先輩を忘れて前を向くことを否定してほしかったのかもしれない。
「俺はただ先輩の冥福を祈っているだけです。命の恩人なんですから当然でしょ」
俺も言いたいことは次で最後だ。深呼吸をする。鼓動は正常になっていた。
「人の死というのはその人のことを覚えている人がいなくなった時だと思うんですよ。だから、せめて、あなただけは覚えておいてあげてください。あなたのことを死後も、自分のことすべて忘れてでも、愛し続けて、幸福を祈ったあの人のことを」
これは呪いだ身勝手な。
「俺と君が覚えている限り麗華は死なないということだね」
「俺は違いますよ。でも、俺は心臓が鼓動を刻むたびに思い出しますよ何度でも」
俺が知っているあの人は幽霊になった後だ。しかも、記憶がない状態、おまけに実際に交流したのは一週間にも満たない。でも、この心臓が鼓動するたびに思い出す。この奇妙な交流の日々を。自分のことより他人を優先してしまう、優しい幽霊先輩のことを。
お読みいただきありがとうございました。前書きにも書いたように作者には専門知識が乏しく、教育実習や臓器移植のところは何となくで書いてしまっています。現実とは差異があると思いますがこの世界ではそういう風になっているということでご理解ください。以下書ききれなかった内容、友人二人に鴻上がこの話をする。北本の謎の情報力の正体。黒岩、滝川、天野の学生時代の話。天野が書いていた小説。鴻上が読んでいた小説のもう一人の読者と作者の話。数年後の鴻上が黒岩と再会し天野の小説を読んで鴻上が小説を完結させる話。鴻上の家庭事情や内面の話。あの日の出来事の天野視点の話。最後に鴻上に天野の霊が守護霊となっている展開。