Episode.5
番外編.1 最終話。
逢いたい。
逢いたい。
だからって。
駄目だというのは解っている。
なのに、私の足は止まる事を知らない。
諦めようとしていたのに、自分は今、ギルシュグリッツに居る。
真夜中。
アステラの指定していた日時。
諦めたのに。
諦め切れない。
帰らなきゃ。
こんなところに居ては場違いだ。
何を企んでいる?
まさか、王宮の中へ入ろうなどと思っていないだろう。
なぁ、私よ。
物事の善悪は、昔から自分でも良く理解できていた筈だ。
なのになぜ、私は、王宮の方へと歩を進めているのだろう。
まさか、この場に及んで、『また逢えるのかも』とか思っているのか?
そんな訳無い。
そんな訳…………
いや、もう行ってやる。
此処まできた。
踏ん切りがつかないなら、いっそうの事、踏ん切りつくまでもがいてやろう。
もう良い。
私は十分楽しんだ。
これ以上楽しんでしまったら、怒られてしまう。
恋は盲目とよく言ったものだが、実際自分は今、それに陥っているのだ。
やってやる。
やるならとことん。
「誰だ?!」
シュリの身長の1.5倍はありそうな槍を携えた門兵が二人、王宮へ入ろうとする彼女を止めた。
シュリは、少し俯いたまま、行手を阻む二本の槍の前で止まった。
「何の様で此処に来た?」
少し力強く、男は言った。
「……アステラ王子に…………招待されて……来ました。」
低めのトーンで、シュリは答えた。
「紹介状は?」
そう言いながら門兵は、右手を差し出した。
その上に紹介状を渡せという事だろう。
だが。
その紹介状は、今や灰となり消えてしまった。
「あ、ありません…………」
「じゃぁ入城はできない。済まんが、諦めてくれ。」
少し申し訳ない様な声で、門兵はシュリに告げた。
嗚呼、シュリよ。
自分よ。
そうなる事など、とっくに気が付いていただろう。
許可証が無ければ入城できない。
当然。
なのになぜ来た。
本当に盲目になってしまったのか。
とうとう頭も可笑しくなったか。
そんな直ぐ解るような事も解らないとは。
本当に盲目になったのかもしれない。
もう駄目だ。
流石に、
もう疲れたのだ。
そうだ、疲れていたのだ。
だがらこんな事も解らない。
そうだ。
盲目なんかじゃなかった。
ただ単に自身が疲れていただけなのだ。
もう、諦めようか。
消えた筈の悪魔が、またやって来て、耳元でそう囁く。
そうだ。
諦めようか。
全て忘れて………………
いや。
何をさっきと同じような事をしているのだ。
決めただろう。
やってやるって。
やるなら、とことんやるって。
「お、おい!!」
シュリは、門兵の槍を掻い潜って、王宮に不法侵入した。
突然体制を低くして、X字に交わしていた槍の下を掻い潜り、王宮の中へと侵入した。
「不法侵入だぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
門兵の一人がそう叫ぶ。
その瞬間、走るシュリの後ろから、十数人の兵が追いかけて来た。
シュリは走った。
普段あまり運動もしないから、体力も無いが、今は、足が捥げても走り続ける覚悟で、王宮内を走り続けた。
逢いたい。
逢いたい。
その一心で。
思えば、あの人と一緒に街を周るのは、良い足の運動になっていた。
あれのおかげで、自身の運動不足が多少なりとも改善されたのだ。
それに、あの人のおかげで、ギルシュグリッツの事も色々と解った。
――貴方は。
貴方は私に、「楽しい」を教えてくれた。
――貴方は。
貴方は私に、「嬉しい」を教えてくれた。
――貴方は。
貴方は私に、人の優しさを教えてくれた。
――貴方は。
貴方は私に、人の温かさを教えてくれた。
――貴方は。
――――貴方は。
――――――貴方は私に。
――――――――笑顔を教えてくれた。
逢いたい。
逢いたい。
逢いたい。
逢いたい。
逢いたい。逢いたい。
逢いたい。逢いたい。逢いたい。
逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。
逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。逢いたい。
――――――――――逢いたい。
笑顔を教えてくれた貴方に。
私に笑いかけてくれた貴方に。
あの日、パンを買ってくれた貴方に。
ガチャ
不意にある扉を開けるとそこには、テラスから外を眺める人が居た。
何故この扉を開けようと思ったのか。
判らない。
けど、この扉を開けないとと、そう感じた気がした。
「済まないね。本当は私の方から迎えに行くのが道理というものなのだろうが。」
そう言いつつその人は、顔をシュリの方へ向けた。
嗚呼。
私は貴方に逢いたかった。
アステラ様。
「少し、こっちに来て欲しいんだ。」
アステラはそう言いながら、シュリのいる方へと片手を差し出した。
息切れを必死に隠すシュリは、言われるがままに、アステラの方へと歩き、テラスへ出た。
シュリは、はっとした。
そして思わず、その光景に見惚れた。
彼は覚えてくれていたのだ。
私の願いを。
『綺麗な。綺麗な三日月と満天の星を、一度で良いからこの目で見てみたいのです。』
そこには、雲一つ無い夜空にかかる、完璧な三日月と、無数の星々が、まるでシュリを歓迎するように輝煌していた。
「どうしても、君にこれを見せたくって。」
同じ月を眺めながら、アステラはそう言った。
シュリは、先程の疲労など知らぬ間に忘れてしまった。
そうだ。
今私たちは、同じ月を見て、同じ星を見て、同じ空を見て、同じ風を感じているのだ。
同じ空間で、二人きりなのだ。
部屋の扉の外では、兵たちは騒いでいるのだろうが、今のシュリには、そんな声、一切聴こえていなかった。
シュリの耳に入るのは、夜凪とアステラの吐息。
まるで、この広い世界に二人きりしか居ないように錯覚した。
「……シュリ。」
アステラはそう言いながら、シュリの方を向いた。
それを感じ取り、シュリもテラスの柵に触れていた手を離し、全身をアステラの方へと向けた。
「シュリ。」
アステラは、もう一度その名を呼んだ。
「好きだ。」
アステラはそう言い、一年前に見せたどの笑顔よりも美しい笑顔を見せた。
シュリはそれを微動だにせず聞いていたが、突然、右目から何かが垂れる感触がした。
次は左目からも同じ感触がした。
右目のその感触が大きくなった。
その時シュリは初めて、自身が泣いている事に気付いた。
「わ、私…………です……か………………?」
「あぁ。シュリだ。」
「なんで……私なん……か……を…………?」
「君が…………君だと……思ったから。」
「こんな、……こんな、どうしようもない……平民で…………いいんですか」
「ああ。」
「こんな…………弱い……人間……で……良いんですか」
「弱くなんてないさ。」
「こんな…………こん……な…………」
「私は、シュリの声が好きだ。シュリの笑顔が好きだ。シュリの笑い声が好きだ。
シュリだから良いんだ。
シュリがいいんだ。」
アステラは、その透き通った曇りのない目で、シュリの目を離さないで言った。
「王子じゃなくて、一人のアステラとして聞いて欲しい。
どうか私に、貴女を愛させてくれないだろうか。」
叶うならば。
叶えられるならば。
勿論。
私も貴方が好きです。
貴方と会ったその日から、ずっと。
王子だと知らなかったあの日からずっと。
この時、シュリの脳裏に、父母の顔が思い浮かんだ。
――――――――――――――
「私、この子大好き!」
そう言って少女は、絵本に描かれたある女の子を指差した。
女の子は、作中で「灰かぶりの少女」と呼ばれていた。
――――――――――――――
「は、はい………………勿論…………わた……し……で……良ければ………………」
泣きすぎて、顔がぐちゃぐちゃになった。
この返事も、ちゃんと聞こえているかどうか判らない。
でも、
きっと届いている。
ほら、
アステラが笑っているから。
シュリは必死に涙を拭き、アステラの目を見た。
そのつもりが、いつのまにか自身は宙に浮かされ、さっきまで前を向いていたのに、今は上を向いていて、直ぐそこにアステラの顔があった。
この抱き方。
まるでお姫様みたいだ。
「わ、私で良ければ……是非…………」
もし返事が聞こえていなかったらと思ったので、シュリはもう一度答えた。
「大丈夫。ちゃんと君の声は聞こえているから。」
そう言ってアステラは、また笑みを浮かべた。
――――――――――――――
灰かぶりの少女。
義理の母親と姉達に蔑まれて来た少女が、魔法使いの力を借りて王子様に会い、自身を探す王子と再び再開し、それをきっかけに、少女と王子が結婚するお話。
私は、そのお話が大好きだった。
お父さん。
王子様になってくれると言ってくれてありがとう。
びっくりするかもしれないけど、私、本当に王子様と結婚することになったの。
大丈夫。
王子様の事も大好きだけど、お父さんの事も大好きだからね。
お母さん。
本当に、灰かぶりの少女みたいに、王子と結婚する事となりました。
あの時お母さんは、冗談混じりで言ったのだろうけど、現実になっちゃった。
これも、私を産んでくれたお母さんのおかげだね。
ありがとう。
天国で元気にしていますか。
私は元気です。
なので安心して下さい。
次に会う時には、王子様と結婚してあった事を色々、教えてあげるからね。
それまで後数十年くらい待っててね。
――――――――――――――
人しれぬテラスで、本来結ばれる筈のない王子と平民は、煌めく三日月の下、そっと、口づけを交わした。