Episode.2
「えーっと…………此処が…………」
シュリを先頭に、ギルシュグリッツを回っていった。
アステラは終始楽しそうで、まるで少年が、初めて満天の星々を眺めた時の様に目を輝かせていた。
それを見ていると、シュリも気分が高揚した。
自分は今、人を喜ばせている。
その実感が、今まで経験したことのないその実感が、途轍もなく堪らなかった。
今までと言えば、叔母叔父の言う通り働いても、難癖をつけられて傷みつけられるだけだった。
感謝など、された事が無い。
されるとも思っていない。
だが、生きていくためには、従順に振る舞う他無かった。
成長したと言っても未だ十六歳。
当然一人稼ぎなど出来ないし、するとしても援助交際や風俗店などしか思いつかない。
治安の悪い所や法がしっかりと定められていない所であれば、子供でも様々な働き口はあっただろうが、法律もちゃんとしているこの王国じゃ、子供は消費型になる他ない。
そうか。
人の為に何かをすると言うのは、こんなにも素晴らしいものだったのか。
そんな事を考えているといつの間にか、陽が傾いていた。
「あっ、気付いたらこんな時間…………」
少し橙に染まっている空を認知したシュリが、思わずそう言った。
「すいません、こんな長々と…………」
本当は市場周りを回るだけの予定だったが、気付いたらギルシュグリッツ外の近くまで来ていた。
「いえいえ、ありがとうございました。お陰で、この街について色々と詳しくなれました。」
そう言ってアステラは、良い笑顔を見せながら一礼した。
「後……折り言ってお願いがあるのですが…………」
アステラが、少しシュリと目線を外しながら言った。
「これからも、数日に一回、街を案内していただけませんか? この街の事を……知りたいので。」
そう言いながらアステラは、シュリと目を合わせた。
その瞬間、シュリは感じた。
本当の曇り無き眼とはきっと、アステラの眼の事を言うのだろうと。
その目は、真っ直ぐシュリの目を見た。
パッチリとした、大きな二重の両目が、私を見つめる。
断ろう…………にも…………
「わ、私で良ければ…………」
「本当ですか! ありがとうございます!」
そう言ってアステラはシュリの両手を握り締め、上下にぶんぶんと振った。
シュリは知らぬ間に、顔をまた赤らめた。
優しい手だった。
ゴツゴツしている訳でもなく、とりわけもちもちしている訳でも無かったが。
暖かい。
きっとこの人は、とても優しい人なんだ。
「それでは、また!」
そう言いながらアステラは、振り返りながら右手を大きく振り、去っていった。
明後日。
また再び、アステラと会える。
そう約束した。
次は何を言おうか。
市場の事は、今日でほぼ言い尽くしてしまった。
次は飲食店か。
はたまた服屋か。
あの人は服に興味があるのかな。
食べ物は何が好きなんだろう。
スラッとしているから、健康志向なのかな。
逆にダイナミックに、ガツガツ系の肉料理が好きだったりして。
シュリはクスッと笑った。
他人の事について考えるのが、こんなにも楽しかったとは。
シュリは楽しかった。
人の優しさに触れられたのが。
シュリは嬉しかった。
人の優しさを知れたから。
次はどんな話をしよう。
次は。
その次は。
そのまた次は、
そしていつか、
私の事を言おう。
――――――――――――――
「何やってんだい! この出来損ないが!」
そう言われながら、シュリは叔母に殴られた。
頬に赤いあざが出来る。
そうだ。
これがいつもの日常だった。
買い物に行けと言われるから買い物に行き、帰ったら「遅い」と言われ殴られる。
そうだ。
いつもの事だった。
不意に忘れていた。
はたして私は、さっきまで夢を見ていたのか。
いや、夢でも良い。
もう一度。
もう一度。
夢を見たい。
だから。
今は、
――――――――――――――
二日後。
待ちに待った日だ。
そう。
アステラ様との街巡り。
丁度、ギルシュグリッツへの買い出しが二日に一回だったので、買い出しに行った時に、アステラと巡れる。
荷物を持ち、いつもの外出用の服を着た。
そしてシュリは玄関に手を掛け、「五月蝿い」と殴られるので、行ってきます、は言わずに、外へ出た。
いつも通りの路面電車へ乗り込み、窓の外からの風を顔で受けながら、涼しんだ。
数十分同じ電車で同じ風を浴び続けて、ギルシュグリッツへと到着した。
一昨日と同じ景色。
同じ賑わい。
同じ人集り。
だが、シュリにはそれらが、一昨日とは別物に見えた。
目が可笑しくなったのか。
はたまた、今の気分のせいか。
何故なのか分かりかねたが、一昨日と同じ様に、市場へと向かった。
一昨日とほぼ同じ物を、同じ様に買った。
そして、例のパン屋の前に来た。
(一昨日食べたパン美味しかったなぁ……)
そんな事を考えていた時。
「このパン二つつ下さい!!」
背後から、あの優しい声が聞こえた。
「はい。20ギールね。」
声の主は、店員にお金を渡し、パンを受け取った。
そしてそのパンを一つ、シュリに渡したのち、一口食べて言った。
「それでは、今日もお願いします。」
シュリも一口食べ、答えた。
「こちらこそ。」
そう言って二人は、歩き出した。
この調子だと番外編1、エピソード5か6くらいで完結かな....?